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回想、はじめまして
のんちゃんの大事件2
しおりを挟むすっとんできた優先生が到着した頃。
病室には、すっかり元気をなくしたけれど、容体が安定したのんちゃんがいた。
鼻には酸素を、腕には点滴を、そして手にはミトンをつけたのんちゃんだったが、いつものような活発さはまるでない。
処置はされるがままだった。
仁王立ちのまま、じっくりのんちゃんを見据えた優先生。
その目は実に厳しかった。
おそらく、もうのんちゃんの悪事の全てを耳にしていることを察した。
しかし、俺には報告の義務がある。
俺が事の顛末を詳細に伝えると、のんちゃんは泣きそうな顔をして優先生を見つめていた。
下唇をギュッと噛んで、今にも目から涙がこぼれ落ちそうだった。
優先生は真顔のまま、相槌ひとついれずに……
その報告に耳を傾ける。
俺が報告し終えると、優先生は呟いた。
「この……」
え?
俺が聞き返そうとしたその瞬間、いっぱいに息を吸った優先生が。
「「「この、ばかちんが!!!!!」」」
と、聞いた事のない声量で、のんちゃんに真っ直ぐ言い放った。
ビクッとしたのは、俺とのんちゃん。
モニターに出ていたのんちゃんの心拍数が、あからさまに上がる。
声で殴られるとは、こういうことだと思った。
叶恵さんと蒼音くんは、『やれやれ……』と言いたげな顔で処置の片付けをして去って行った。
優先生は時代が時代だったら、ここにゲンコツの一発でも喰らわせそうな形相だった。
後に聞いたが、優先生の本気の声量は、入院中に子どもが命に関わるいたずらをしたときに、病棟中に響くらしい。
そこには、優先生の気持ちの全部が詰まっていた。
どれだけ心配したか、そのいたずらで、どれだけの人をヒヤヒヤさせたか。
……そして、最悪、死んでたかもしれないという、取り返しのつかない事態に、毅然とした態度を示していた。
のんちゃんの涙のダムは、決壊した。
こういう時は、静かに泣くらしい。
ボロボロと音もなく大粒の涙を流して、布団に潜り込むと、せめてもの抵抗を見せた。
「ゆうせんせ……きらい……」
と呟いたのは、良い根性である。
これには優先生も苦笑いを漏らし、大きなため息をひとつついた。
「嫌いでもなんでもいいけど」
少し柔らかい、いつもの声色に戻ったが、すぐに厳しい口調でのんちゃんを諭した。
「いいか? のんちゃん。大怪我じゃすまなかったかもしれないんだぞ? わかるか?」
クレンメ全開からの、転落未遂である。前代未聞の事故だ。
全開になってから誰も気づかなかったら?
頭から転落していたら?
打ちどころが悪かったら?
考えられる最悪のシナリオはいくらでも思いつくから、身震いが起きる。
「わかんないじゃ済まさないがな。どうしてこんなことしたのか、自分の口で説明してみな」
優先生の事情聴取が始まろうとしている。
布団の山が、涙でぷるぷる震えている。
……一向に口を開かないのんちゃん。
待つ優先生も、優先生だった。
子どもだからって容赦しない。大事に至る可能性があったのだから。
猛禽類のような、厳しい眼差しは、いつものように緩まなかった。
静まり返った病室は、のんちゃんの部屋ではないみたいだった。
たったの数秒が、数分のように長く感じる。
埒が明かないと思ったのか、優先生はベッドサイドからパイプ椅子をひっぱり出した。
どっかりと腰を落ち着けると、厳しい視線をのんちゃんに向けたまま、俺にこう言った。
「……のんちゃんから理由を聞くまでここにいる。悪いけど、陽太先生。午後の外来代わってくれるか? これ終わったらすぐ出る。すまんな」
これにはもう、二つ返事で承るしかない。
「承知しました」
これは、のんちゃんと優先生にとって、すごく大事な時間なんだと思った。
もはや、闘いだった。
緊張感漂う病室を先に抜け、やっとのことで息をつく。
優先生が外来へ戻ってきたのは、それから1時間後だった。
なるべく、休憩時間にのんちゃんとの時間を割いたようだった。優先生は、戻ると休む間もなく、顔色を変えずに外来の診察にあたった。
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