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回想、主治医の苦悩
喀痰吸引
しおりを挟むside:陽太
こうして、のんちゃんの主治医になった俺は、毎日、そしてほとんど毎晩、のんちゃんと顔を合わせることになった。
のんちゃんはといえば、一時期、おとなしかったのが嘘みたいにまた元気になった。
暴れるのが仕事、と言わんばかりの挙動を、毎日見せつけてくる。
……
そんなある日、のんちゃんは発熱した。
4月も終わり、だんだんとあったかくなってくるこの季節。
喘息は悪化しやすい。
「のんちゃーん? 大丈夫?」
病室に顔を出すと、元気のないのんちゃんが、ベッドに横たわっていた。
ここ数日の元気は、すべて使い切ってしまったかのようだった。
「ゲホゲホ……よーたせんせ、くるしい」
顔を赤くしたのんちゃんは、はあはあと荒い息を繰り返す。
ゼロゼロとした痰が絡む音が、聴診器を当てなくてもわかる。
これは、吸引しないと……厳しいかも……。
吸引器のセットを準備していると、のんちゃんにはこれから何が起こるのかわかってしまったようだ。
布団に潜り込む。
「のんちゃん、胸の音聞くから、ちょっとごめんね」
「だめ!」
布団を引き剥がすと、丸まったのんちゃんが、既にうるうると涙を流していた。
「だめじゃないよ、もしもしさせて。ね?」
背中側からそっと肺の音を聴く。
思った通り。喘息で痰が絡まる音が、酷く大きく聞こえた。
「のんちゃん、ちょっと喉のお掃除しようかな」
「やんない」
……予想通り、拒否を見せる。
「怖い?」
のんちゃんの顔を覗き込むと、
「いやだもん……くるしいから」
と返ってきた。
無理もない。
喀痰吸引は細長いチューブを口から入れて、掃除機のように痰を引く作業だ。
いま、ただでさえ痰が多いのだ。時間もかかりそうなことを考えると、少しかわいそうではある。
「でもさ、やらないと、もっと苦しくなっちゃうかもしれないよ。いま、のんちゃんの胸の音もごろごろ、苦しいって言ってる」
奥の手は、看護師さんに抑えてもらう。
けれど、こちらもできる限りのんちゃんの気持ちを汲んでやりたい。
「……」
黙り込む、のんちゃん。
吸引したあと、すっきりすることはわかっているのだ。
「頑張れるかな?」
丸くなった小さな背中をさする。
……大丈夫、大丈夫。
そんな気持ちも込めて。
「……うん」
ようやく、頷いてくれる。
「偉いね、のんちゃん。ありがとう」
のんちゃんの頭を撫でた。
「じゃあ、天井向いて寝ようか」
機械のスイッチを入れ、グローブをはめ、陰圧を確認する。
ブーーーーンっと低い音で、吸引機が音を上げる。
……この音、無駄に怖いよね。
「こわい、やだ」
「大丈夫、すぐ終わらせるよ」
水を吸わせて、吸引の準備をする。
「のんちゃん、お口開けて」
「むむむん(訳:やだもん)」
最後の最後で、のんちゃんは抵抗した。
「……じゃあ、お鼻から入れるけど?」
慌てて、鼻を抑えるのんちゃん。
「おはな、いたいからだめ」
「じゃあちゃんと、あーんってしてて」
恐る恐る、口を開けてくれる。
「ん。すぐ終わらせるからね。苦しいのなくなるよ」
下顎を抑えつつ、なるべく早めにと口腔内を覗き込む。
「綺麗にしていくね」
口腔内、喉の奥の方にチューブを滑り込ませた。
「ンガッ……ン、ウッ……」
ビクッとのんちゃん肩が跳ねて、表情が歪む。
痰が引ける音が大きくなり、のんちゃんの目から涙が溢れる。
「上手上手、ごめんね」
チューブを回転させて、なんとか素早く、見えないところまで痰を引く。
「ゲホッ……ウッ……」
「頑張れ、もう少し」
閉じかけるのんちゃんの口に、指を滑り込ませた。
「ンッ……ンン゛……」
「よしよし、苦しかったね……もう終わるよ」
だいぶ、引けたな。これだけ溜まってたら、相当苦しかっただろうに。
……少し、強引にはなってしまったけど。
なんとか、吸引することができた。
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