ほしとたいようの診察室

おにぎりマーケット

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回想、主治医の苦悩

のんちゃんと採血

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そうして、のんちゃん採血日がやってくる。

病室に行くと、のんちゃんは既に泣きそうな目をしていた。
週に1回の採血。曜日を覚えて警戒しているらしい。


「やだ! ちっくんするよーたせんせ、きらい!」


例によって、元気になって逃げ回るのんちゃんを抱き上げて、


「どうどうどう」


「うわーーん!!」


捕まえると、活きの良い魚のように体を動かす。


「こらこら、ちゃんとお話しようよ、のんちゃん」


のんちゃんは、もとから絵本は好きである。お話ときくと、興味を持つのだ。


「なんのおはなしするの?」


「ん? 楽しいお話」


……そうやって、なんとか落ち着かせる。

活きの良いのんちゃんは、すんなりと鮮度を落とすと、俺の声に耳を傾けた。


「今日はさ、陽太先生もちっくん頑張るよ」


「よーたせんせーも?」


なんで? というように、大きな瞳が揺れる。
  

「うん、俺も頑張る。いつものんちゃんが頑張ってるから」


そう、もうすでにのんちゃんは頑張っているのだ。
これは、忘れてはいけない。
入院している、治療を受けて安静にしている、ただそれだけで、褒められたものである。

頑張っている、と言われたのんちゃんは、満更でもなさそうな表情をする。


「あとさ、今日はちっくんのとき、優先生も来てくれるから、一緒にかっこいいところ見せようよ」


「……! ゆーせんせに、あえるの?」


揺れた瞳が、さらに嬉しそうに輝いた。
久しぶりに、優先生に会えることが、採血の恐怖より少しだけ大きくなったようだった。


「うん。だから、ちっくん頑張ろ!」


恐る恐るではあるが、のんちゃんは頷いてくれた。





採血会場は、のんちゃんの病室。



「じゃあ、まず陽太先生から頑張るよ。見ててね~」


言いながら、白衣を脱いでスクラブの袖を少し持ち上げる。

蒼音くんが俺の両腕を見ながら、血管を探す。

先日、蒼音くんに練習を持ちかけたのは、このためだった。

蒼音くんも、緊張気味である。
なんて言ったって、優先生と叶恵さんと、大騒ぎののんちゃんの目の前で採血をするのだ。無理もない。

不安そうなのんちゃん。
それを、抱っこで抱える優先生。

叶恵さんは、それぞれ採血の準備をしていた。

優先生と叶恵さんは、蒼音くんと一緒に、俺の腕を覗き込む。


「……あー、この血管で採れなかったら、下手だわな」


「ほんとですね。ね! 蒼音くん」


「ちょっと、優先生、叶恵さん! ハードル上げないでくださいよ!」


蒼音くんが言いながら、駆血帯を俺の右腕に巻いた。

用意されたスピッツは、小児用と成人用の2種類。


「陽太先生、健康診断まだでしたっけ?」


「うん。まだ」


「じゃあ、血液、健診に回しちゃいますね。……アレルギーはないですか?」


「助かります。うん、大丈夫」


「消毒しますね」


蒼音くんが言いながら、アルコール綿で俺の腕を拭いていく。採血針を手に取った。



「やっぱりちっくんいやーーー!!」


顔を背ける、のんちゃん。次は自分の番だと思うと、もう辞めたくなったらしい。

優先生がだっこしながら、


「見て、のんちゃん。陽太先生、頑張ってるぞ」


と、のんちゃんをあやす。



「蒼音くん、失敗しても大丈夫だから!」


「なるべく……一発で、頑張ります」



蒼音くんの手元をみんなで見つめる。

ひんやりとした針が、腕に当てられる。


緊張の一瞬。


チクッ…。


そういえば、採血って久しぶりかも……。
のんちゃんは……この痛みが週一なのか、と、その苦痛を胸に刻む。


ゆっくりと、遠慮がちに穿刺した針が止まる。

すかさず、


「もう少し、針進めて大丈夫」


優先生が、冷静な声でアドバイスをした。


「了解です」


蒼音くんの手元が、微かに震えている。


のんちゃんまでもが息を呑む。


すると……。

赤い血液が……ーー無事、一発でホルダーに上がってきた。



「はぁー、できた……!」


息を詰めていた蒼音くんの空気が、ふっと緩む。


「うまいじゃん、蒼音くん!」


蒼音くんは指先に集中して、最後まで丁寧に終えると、


「確かに、陽太先生の採りやすかったです」


と頭を掻く。

ほっとする蒼音くんと対照に、顔を強張らせるのんちゃん。

絆創膏をつけてもらい、腕を押さえながらのんちゃんに尋ねる。


「……のんちゃん、頑張れるかな?」


のんちゃんは、俯いていた。
なんでもない風に、みんながのんちゃんの返事を待つ。



……今日は、だめかな……。



そう思ったときだった。

優先生の腕の中、のんちゃんの表情が、きゅっと変わる。
唇を真一文字に結んで……意を決したようだった。


「……ちっくん、がんばる」


なんとか泣くのを堪えて、涙が目に溜まっていた。


「ん。よーたせんせ、だっこして。」


のんちゃんは、目にいっぱいの涙を溜めて、抱っこを求めてくる。
優先生からのんちゃんを受け取ると、


「えらいよ、のんちゃん」


頭を撫でる。


のんちゃんは……

少しだけ大人になったようだった。



「のんちゃん、なかないもん」


のんちゃんが、そう言って腕をまっすぐ前に出す。目を瞑った拍子に、二粒だけ、両の目から涙がこぼれ落ちる。


……それは紛れもなく、のんちゃんの成長の瞬間だった。


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