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回想、主治医の苦悩
花冠
しおりを挟む中庭は、ベンチが置いてあって、木々も茂り、木陰ができている。
夏も終わり、秋が近づくのに残暑は厳しい。
ここのところ夏日が盛り返しているので、のんちゃんの散歩はせいぜい20分が限界と踏んでいた。
手を繋いで、外へ出る。
「うわぁ~!」
まだ鳴き止まない蝉に、負けないくらいの大きい声で、のんちゃんは嬉しそうに笑う。
走り出しそうなのんちゃんの手をしっかり握って、まずは歩道になっているところを歩く。
大学病院の中庭は、意外にも広い。
ところどころのベンチで、休んでいる先生方や患者さんに会釈をしながら、のんちゃんと歩いた。
「どう? お外は?」
歩きながら聞くと、のんちゃんがうきうきと話し出す。
「あのね、おそら、すごくとおいね」
指差したのは、長く尾を引いた飛行機雲。
青空に一筋の線を書くように、それは伸びていた。
見上げると、ふわっと風が頬を撫でる。
そこには秋の涼しさが紛れ込んでいた。
「ほんとだ、気持ちいいね」
のんちゃんにとって、空を見上げることは当たり前じゃない。
幼い横顔に透き通った瞳は、空色に染まって、それがとても綺麗に見えた。
こんなに良い表情をするなら……
病気がこの子の自由を奪っている。
やっぱり、治してあげたい。
主治医として、そう思わざるを得ない。
「おはなさいてる!!!」
そんな俺の気持ちとは裏腹に、のんちゃんが咲いている花に近寄る。
繋いでいる手を引っ張られるようにしてついていくと、木陰にシロツメクサがまだ咲いていた。
駆け寄ってしゃがみ込むのんちゃん。
少しだけ手を離して、その場に一緒にしゃがんむと、ひとつ、花を摘む。
「花冠でもつくる?」
のんちゃんは、不思議そうに首を傾げた。
初めて聞いた言葉らしい。
「はなかんむる?」
「花冠。お花でかわいい輪っかを作って、頭にのせるんだよ。お姫様みたいにね」
そう言いながら、すでに手を動かしていたのは子どもの頃の癖だった。妹によくせがまれて作ったことを、手が覚えている。
お姫様、と聞いた瞬間から、のんちゃんの目が大きく輝きだす。
「おひめさま!! のんちゃん、おひめさまになりたい!!」
のんちゃんは、俺の手元を興味津々で覗き込む。
すると、見よう見まねでのんちゃんもお花を摘んで何かを作り始めた。
蝉の声も遠くなるくらいに集中して、黙々と、静かにその場にふたりでしゃがみ込んだ。
ほどなく、
「「でーきた!」」
気づけば、お互いが声を上げていた。
まずは、俺がのんちゃんに花冠の贈呈を。
「はい、どうぞ。のぞみお姫様。」
そっと、その小さな頭にのせると、のんちゃんはきゃっきゃとはしゃいだ。
「よーたせんせ、のんちゃん、おひめさまみたい!?」
「うん、すごくかわいいね」
花冠にそっと触れながら喜ぶその姿を見ていたら、今までの苦労が吹き飛ぶくらいに愛おしく思えた。
自然と、こんな言葉が口をついて出ていた。
「ここまで、よく頑張ったね。のんちゃん」
小さな小さなお姫様の頭を、ぽんぽんと撫でると、さらに嬉しそうに笑った。
のんちゃんは、ひとしきり花冠を愛でたあとに、俺に言った。
「よーたせんせい、おてて、だして」
「ん?」
右手を差し出すと、
「んーと、おちゃわんのほう!」
左手をご所望したので、言われた通りにする。
「あのね、ゆびわつくったの。のんちゃん、おひめさまだから、よーたせんせーはおうじさま」
言いながら、俺の左手薬指に、小さな手でシロツメクサを巻きつけた。
結婚指輪の位置だ。
幼いながら、大人をよく見てるんだなぁと感心する。
「陽太先生が王子様でいいの?」
この歳の子は、ごっこ遊びが好きである。
しかしながら俺は、初めてのんちゃんがくれたプレゼントに心から感動してしまっていた。
のんちゃんが作った指輪は、シロツメクサを結んで繋げただけの簡単なものだったけど……
これほど嬉しくて、大事なプレゼントは他にない。
柄にもなく、涙が出そうなくらいに嬉しかった。
いままでの、大変だった日々が帳消しになるくらい、子どもからもらうプレゼントはなんだって嬉しいのだ。
「ありがとう、のぞみお姫様」
のんちゃんの顔を覗き込んで言うと、のんちゃんは照れくさかったのか、中庭を走り出した。
「あ! こら、まって!!」
さっきまでの感動が、一瞬で消え去る。
もう少し余韻に浸らせてよ~!と思う間もなく…………
走り出したのんちゃんの足がもつれる。
危ない……!!
そう思う間も、そして、声に出す間もなく。
バランスを崩したのんちゃんは……
ズペーン!!!
酷い音を立てて、転んだ。
「うわーーん!!! いたいーー!」
火がついたように、泣き声が聞こえてきて、慌てて駆け寄る。
「大丈夫?!」
のんちゃんは膝を擦りむいていた。
その場に座り込んで、わんわんと泣き出してしまう。
「うえーーん!!」
さっきまでのふんわりした空気は霧散し、一転して修羅場である。
しかし、傷の深さや出血の量を見た感じ、大事にはならなそうで少し安堵する。
穏やかだった中庭に、のんちゃんの泣き声が響き渡った。年配の患者さんなんかは、そんなのんちゃんの様子を遠巻きに微笑みながら見守っている。
大事には至らなそうだけど、消毒は必須。
もともと短い時間の散歩に、救急セットの持参もない。
俺がついていながら……と後悔する気持ちと、やっぱり幼児用ハーネス持ってくれば良かったか……と、吹田先生の顔が頭をよぎる。
お散歩は、あえなく中止である。
「お部屋入って、消毒しよう。歩ける?」
「……いたいから、あるけない」
と、のんちゃんは意気消沈である。
めそめそとしょぼくれてしまっていた。
歩けるのかもしれないけれど、気持ちが折れてしまったようだ。
「じゃあ、仕方ないなぁ……」
のんちゃんの頭に花冠をのせ直すと、お姫様抱っこをした。
のんちゃんが驚いたような表情をして、泣くのをやめた。
「ほら、行くよ。お姫様」
病室まで駆け足。
のんちゃんがくれたシロツメクサの指輪を落とさないようにしながら、走り出す。
照れくさそうな嬉しそうな、しかし涙目の……そんな表情ののんちゃんをお姫様抱っこして、病室へと急いで戻った。
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