残念令嬢は冷遇王子を追いかける

下菊みこと

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アホの子令嬢は恋い焦がれる

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「好きです!ジェラール様!結婚しましょう!」

「あはは。相変わらずバカだなー君は。僕は第三王子でしかも妾腹。側妃の子ですらない。王位継承権がないどころかいつ暗殺されてもおかしくないんだよ?わかってる?何回も説明したよね?」

「わかってます!私、ジェラール様のためになら死ねます!むしろ喜んで盾になります!」

「…バカなの?あ、バカだった」

王宮の庭園でジェラール・ランべール第三王子に跪き、愛を捧ぐのは公爵令嬢オレリア・ベルナデット。輝く金の長い御髪をオレリアから贈られた紫のリボンで一括りにし、昔毒殺されかけてから極端に視力の弱くなった青い瞳を分厚い眼鏡で隠していながらもそれでも見目麗しいジェラールは、その美しい顔を歪ませる。銀のサラサラな髪を靡かせ、紫の瞳をキラキラと輝かせるオレリアはそんな彼が大好きなのだ。

「父と母は恋愛結婚ですので、私にも政略結婚をしなくていいと言ってくださっています!爵位は兄が継ぎます!兄も恋愛結婚です!なんなら国王陛下にもそなたが王家に嫁いでくれればと言っていただけております!幼い頃よりジェラール様が好きだと公言しておりますので王子妃教育も受けております!さあ、さあ、さあ!」

「…何回も聞いてるから知ってるけどさ、何回も言うけど君のご両親は僕との結婚をと思ってくれてるみたいだけど、父上は兄上達に嫁いで欲しいんじゃないの?」

「…あの、怒らないで聞いてくれますか?」

「え?」

急にしょぼんとするオレリアに息が苦しくなるジェラール。まさか打診されていたのか、もうこのバカと一緒に過ごせなくなるのかと内心パニックになる。

「実は随分と前に、一度だけ国王陛下からジェラール様を諦めて王太子殿下と結婚しないかと打診されたのです…」

「随分と、前に…」

…なら、なんで自分のところに通い続けた。兄上とイチャイチャしてればいいのに。兄上はオレリアが好きだ、だからオレリアが望むのなら…。

「だから、私言ったのです。そんなことをしやがりましたら死んでやると」

「…は?」

「そして常々持ち歩く護身用のナイフを取り出して、自分の首にあてました。王家に嫁ぐならジェラール様に嫁ぎます、それ以外認めません。他の貴族との縁談を王命でというならその時も首を掻き切りますと言いました。何故か国王陛下は顔色が悪くなってらっしゃったので、信じてもらえなかったかなと思い、死なない程度にちょこっとだけ首をナイフで傷つけて血を流したらやっとジェラール様との仲を認めてくださったのです!ジェラール様が私を求めてくださったその時は婚約を許すと!だから私は、ジェラール様と結婚するか一生独身かのどちらかなのです!責任を取って結婚してください!」

ジェラールは言いたいことがたくさん有った。たくさん有ったがとりあえずこのバカをどうしてくれようかと考えて…オレリアの腕を引っ張って抱きしめた。

「ジェラール様!?」

バタバタとジェラールの腕の中で暴れまわるオレリアは耳が真っ赤になっていたので、ジェラールは心が満たされる。

「君は昔、珍しく数日間僕の元に来なかったことがあるよね?その時?」

「はい、あの…そうです。お見苦しいかなと思って、首が治るまでと思って…ジェラール様?」

「なに?」

「何故私は抱きしめられているのでしょう?」

「婚約者を抱きしめてなにが悪いの?」

「え?」

「僕が君を求めるなら婚約出来るんでしょう?ほら、父上のところに行くよ」

「えっ?」

ジェラールはオレリアをお姫様抱っこして国王の元へ急ぐ。その時王太子と第二王子、第一王女とすれ違ったがみんなにやにやしてオレリアを応援するように手を振っていた。王太子だけは、その瞳にどこか切なさを浮かべていたがオレリアは気付かなかった。

「父上!」

「なんだ不良息子」

突然現れたジェラールにちらりと目を向けて、その腕にオレリアがいるのを確認すると書類に目を戻す国王。

「リアとの結婚を認めてください!」

「え?リアって私の愛称?きゃー!ジェラール様から愛称で呼ばれちゃったー!国王陛下聞きました?聞きましたよね、羨ましいです?うふふふふー!」

「オレリア嬢はちょっと落ち着きなさい」

国王はため息を吐くと別の書類を引っ張り出した。

「婚約届けだ。サインしなさい。保護者の欄はもう埋めてある」

「は?」

「どこぞの不良息子が自分の気持ちに素直になったらすぐ婚約出来るようにレオンと準備しておったのだ。ほれ、はようにサインしなさい」

「まあ、お父様が?国王陛下、本当にありがとうございます!」

「いやいや、オレリア嬢が不良息子を好いてくれたおかげでレオンがやる気を出してね。元々仕事が出来る奴だったが、オレリア嬢と不良息子をくっつけるためにと頑張ってくれるおかげで助かっている。感謝する」

…それでいいんだろうか。なんて考えていたジェラールだったが、さっさとサインしてオレリアにもサインをさせる。

「では、これよりお前達は正式な婚約者だ。頑張りなさい」

「はい、国王陛下!」

「不良息子」

「はい、父上」

「ベルナデット家が後ろ盾となるのだ。今後は毎日のように暗殺に怯えることもあるまい。もうちょっとオレリア嬢に素直になりなさい」

「…」

「でもっていい加減に仕事が出来ないふりをするのをやめるように」

「…チッ」

「あと、オレリア嬢は武術の心得があるし、至る所に暗器を隠し持っているのでそう簡単には死なない。お前と同じで毒の耐性もつけている。安心しなさい」

「…は?」

「ジェラール様を守れる盾になりたくて!」

褒めて褒めてとキラキラした紫の瞳を向けてくるオレリアにジェラールは目眩がした。可愛いがバカなのか?バカだった。

「リア」

「はい!」

「愛してる」

「…!わ、私も!私も愛しております!」

ボロボロと涙を流すオレリアを見て、初めて会った日を思い出すジェラール。

あれは幼い頃。一人で泣いているオレリアを宮廷の庭園で見かけた。おそらく父親の仕事について来て、道に迷ったのだろうなと思った。声をかけると、ボロボロと涙を流しながら抱きついてくる。撫でてやり、話を聞くとやはり親とはぐれたらしい。オレリアの手を引いて父親を探す。不安そうに自分を見てくるオレリアを安心させるようににこりと笑うと、何故か真っ赤になって俯いてしまった。

そうして歩いている内に兄上達に会った。第一王子であるセシル兄上、第二王子であるシエル兄上、第一王女であるアネット姉上。みんなこの頃は僕に殴る蹴るは当たり前で、罵詈雑言も浴びせられていた。この時も、オレリアが隣にいたから暴力は振るわれなかったが罵声は浴びせられた。僕は俯いて黙って聞いていたが、オレリアが何故かキレた。

「王子様と王女様は、いつもニコニコしてて優しいと思っていたのに!なんで意地悪言うの!」

「お、オレリア…」

ここで僕は初めてオレリアの名前を知った。オレリア・ベルナデット。あのベルナデット家の娘さんか。確かセシル兄上の初恋の君じゃなかったか?なんで好きな子の前で弱い者虐めしようとしたんだ、兄上。カッコ悪いです。

「この人はリアを助けてくれたのよ!意地悪しちゃダメー!」

そう言って僕を抱きしめたオレリア。女の子に守られるなんてカッコ悪いな、僕も。でも、なんだかとっても温かい気持ちになった。それだけで僕は充分だ。

「さあ、お父様を探すんだろう?早く行こう」

これ以上ここにいても気不味いだけだろうと、オレリアの手を引いて兄上達の元から離れる。その時オレリアが叫んだ。

「リアはこの人と結婚するのよ!この人とちゃんとお話してね!仲直りしなきゃ許さないから!」

強気なお嬢さんだなぁ。好きだなぁ。なんて。心からそう思った。

その後父上のところに行った。多分ベルナデット公爵ならそこにいると思った。いた。

「ジェラール、お前何故オレリア嬢と一緒にいる」

大変不機嫌そうに僕を見て言った父上。父上は僕が嫌いなのだ。それを、大親友であるベルナデット公爵の娘さんが懐いているのを見たら面白くないだろう。しかし、そんな父上にまたもオレリアはキレた。

「国王のおじ様なんて大っ嫌い!」

「お、オレリア嬢?」

「なんでみんなみんなこの人に意地悪するの!?リアの婚約者なのに!」

「オレリア嬢!?」

「オレリア、第三王子殿下と結婚したいのかい?」

「うん!好きになったから結婚する!」

「そうか。でも結婚は相手の意思も重要だよ。告白はした?返事は貰えた?」

「ううん、まだ」

「なら、それをしてからにしようね」

「うん!あの、お名前は?」

「…ジェラール。ジェラール・ランベール」

「リアはオレリア・ベルナデット!ジェラール様、リアと結婚してください!」

「…」

本当は頷きたかった。けど、それは出来ない。今まで何度も誰かから殺されかけていた。それは、父かもしれないし兄や姉かもしれないし、継母である王妃陛下からかもしれない。あるいは、別の誰かかも。それにオレリアを巻き込むわけにはいかない。

「…君にどこまで伝わるかわからない。けれど正直に伝えるね。僕は、国王陛下の子だけれど、王妃陛下の子ではない。国王陛下からも、王妃陛下からも、兄や姉からも嫌われている。守ってくれる人がいない中で、誰かから毎日殺されかけている。ここまで生きて来られたのが奇跡だ。君を巻き込めない。だから、僕も正直君が好きだけれど、庇って貰えて嬉しかったけれど、でも、僕じゃダメなんだ。ごめんね」

僕はボロボロ泣きながら謝って、お断りした。父上は何故かそんな僕を見てぽかんと口を開けていた。失礼な。僕だって泣くこともあります。

「でも、リアはジェラール様がいい…」

「ベルナデット公爵家の名に誓って、ジェラール様をお守りすることも出来ますよ」

「それじゃダメなんだ。せめて、僕がリアを守れるくらい強くならないと…」

「…そうですか。では、せめてリアが心変わりするまではリアに付き合ってやってください。ね?」

ベルナデット公爵はそう言ってくれた。僕は本当にいいのかとは思ったが、リアの側にいる口実が出来て嬉しかったので頷いた。

その後、何故かリアと一緒に国王陛下、王妃陛下、兄上達と姉上と一緒にお茶をすることになった。しかもリアが来る日は毎日。リアは、僕と家族の間を取り持つために一生懸命だった。リアはセシル兄上の初恋の君だけあって、僕以外の家族全員から可愛がられていた。そんなリアが懐き、一生懸命に褒めてくれる僕。家族の目は少しずつ変わっていった。セシル兄上は嫉妬を上手く隠せはせず、たまに前より手酷く詰ってくるものの兄として接してくれるようになった。国王陛下は僕を初めて息子と認めてくれた。シエル兄上とアネット姉上は、兄弟としては認めてくれないものの友達のようになってくれた。

そんな時だった。僕は久々に強力な毒を盛られたらしく、生死を彷徨った。目が覚めたら視力が極端に悪くなった。不恰好な眼鏡がないと、何も見えない。だけど、良いこともあった。それは、家族のことだった。

「ジェラール!やっと目覚めたのね!」

アネット姉上が、僕の手を握って泣いていた。今までごめんなさい、これからは私が貴方を守るわ、なんて信じられないことを言い出すようになった。シエル兄上は黙って頭を撫でてくれたが、酷い顔をしていた。そして、これからはお前は俺の家族だから、と呟いた声は枯れていた。セシル兄上は、犯人は俺が直々に尋問する、お前は安心していろ、もうお前に手を出す奴が出ないようにしてやると般若みたいな顔をしていた。国王陛下は、ちらっと僕の顔を見に来てとっとと帰ったが、僕が好きな蜂蜜たっぷりのホットミルクを机に置いて行った。不器用過ぎて愛情なのかなんなのかわからなかった。王妃陛下は僕を抱きしめた。意地を張ってごめんなさい、貴方は私の可愛い末の子よと言って泣いてくれた。この日からようやく僕の扱いはちゃんとした『第三王子』となった。

まあ、こういった経緯もあって、僕は目の前のボロボロ泣きながら愛を捧ぐバカに心底惚れ込んだわけだが。

「本当に僕でいいの?逃げるなら今のうちにどうぞ?」

「ジェラール様じゃなきゃ嫌です!じゃなきゃ死にます!」

「わかった、ナイフを出すな、深呼吸しろ落ち着け」

「すーっ、はーっ、あ、ダメ、ジェラール様の匂い…尊い…」

「怖い怖い怖いうっとりするな、現実に戻ってこい」

「ジェラール様、好きです、愛しています!」

「僕も愛してるよ」

国王がにやにやしながら二人を見守る。二人は国王の前であることも忘れてそっと口付けを交わす。やっと素直になったジェラールは、これからオレリアのために国に尽くすようになるだろう。オレリアは、ジェラールを守るために国に尽くすだろう。これでようやくこの国も安泰だと、国王は息を吐いた。
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