死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。

乞食

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公爵子息救出編

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ドンドンドンドンッ

「……お嬢様、どうしますか?」 
 
扉のノック音とは思えないほど激しい打撃音に、リリーが怯えの混じった瞳をプリシラに向けた。
だが、プリシラは表情を1mmも変えずリリーに言う。

「お兄様だと思うわ。開けて大丈夫よ」
「ですが……」

リリーが椅子に座るプリシラ下から上へ見上げ困惑した顔を見せる。
時間帯はまだ朝食も済ませていないような朝一番。かつ、髪はリリーに梳かしてもらっただけで、服装はプリシラが就寝するときに身に着けているネグリジェのままだ。
このまま兄と対面するのも貴族令嬢の一員としていささかどうかと思うが、現時点で興奮している兄をスルーする方がよっぽど面倒臭そうだ。

「無視する方が大事になるわ」

プリシラがつまらなそうな表情で告げる。
同意です、というように小さく頷いたリリーはドアノブに手を掛け「本当によろしいんですね?」と念を押し、プリシラが肯いたことを確認すると恐る恐るといった手付きでドアを開いた。

「どういうことだ!」
「きゃあ!」

リリーがドアを開けた僅かな隙間から、ダミアンが無理矢理扉をこじ開けた。そのせいで、扉に押され、壁と扉に挟まれたリリーが悲鳴を上げる。

「リリー!」

プリシラがメイドの名前を呼び、彼女に駆け寄る。それから、兄をキッと睨み付けた。

「お兄様!」

プリシラが怒鳴る。
流石にダミアンも自分の非を感じているのか、「す、すまない」と謝罪した。

「大丈夫? リリー」
「……はい、扉に押されただけなので大丈夫です」

気丈に振る舞うリリーだが、兄を見つめる瞳には確かな恐れが混じっている。

「ごめんなさいね、私がお願いしたから……。身支度も私一人でできるから、貴女は部屋に戻りなさい」
「申し訳ありません、お言葉に甘えさせていただきます」

リリーはプリシラとダミアンに一礼すると、青い顔のまま部屋から立ち去った。

「それで、こんな朝っぱらから何の用事ですか?」

咎めるような口調でプリシラがダミアンを見上げる。

「す、すまない。お前が以前言っていた法改正が新聞に載ってたから、興奮してお前の部屋に来てしまったんだ」

そう言って、ダミアンは右手に握り締めた新聞をプリシラに差し出した。
プリシラは差し出された新聞を広げ、表一面に貴族の家督に関する法改正の記事が大々的に取り上げられているのを確認して、そっと新聞を閉じた。

「……ほら、言ったでしょう」
(忘れていたわ)

プリシラは内心冷や汗をかきながら、だがそれを隠して挑戦的に兄を見上げた。
兄に法改正について話した後の一ヶ月の間、結局ダミアンは自室に籠りきりで、彼の役割はプリシラが果たしていた。そのため、あまりの多忙に、プリシラは兄との約束をすっかり忘れていたのだ。

「ロザリーさんは元からメディチ公爵家当主になるためにお兄様にすり寄っていたのよ。メレニアの件、覚えているでしょう? お兄様はあの事件、何か違和感を覚えなかった? いくらなんでもたかが一介の侍女が、恐れ多くも公爵令嬢を階段から突き落とせる訳ないじゃない。初めからあの二人はグルだったのよ。女性でも公爵家当主となれると知っていたから、その可能性がある私が邪魔で、私を消そうと私に罪を擦り付けたに違いないわ!」
「……けれど」

ダミアンが困惑した表情を浮かべる。

「それじゃあロザリーは一年以上前から法改正がなされることを知っていたのか?」

当然の疑問をダミアンが述べる。

「ロザリーとヨハネスは一年以上前から既に仲が良かったわ」

これは嘘だ。だがそんなことを一切感じさせずプリシラは立て続けに言う。

「ヨハネスは口が軽いからロザリーに喋ってしまったのではなくて? それに、国の法律を変えるのだもの。何年も前から検討されててもおかしくないし、内容を王太子であるヨハネスが知っているのも当たり前だわ」

平然と、真っ赤な嘘をつらつらと並べる。

「……たしかに」

言い訳としては大部苦しいことを自覚していたが、ダミアンは得心がいったというようにコクコクと頷く。
プリシラがダミアンに伝えた法改正が現実に起きたため、妹を疑うという根本的な部分が欠落したのだろうか。
まあ、プリシラにとってはその方が都合が良いし、真実は伝えてやらないけど。

「ロザリーさんは私の次にお兄様を消そうと、虎視眈々とメディチ公爵家当主の座を狙っていたに違いないわ。私はヨハネスの婚約者候補で、公爵家を継ぐ可能性は低いでしょうし。まあ、結局ヨハネスがロザリーさんにたぶらかされたおかげで、ロザリーさんの王妃という立場が現実味を増し、公爵家当主より王妃という立場を選択して、お兄様との仲良しごっこを止めたのでしょうけど……」

プリシラが淡々と語る。最初は呆然としていたダミアンであったが、プリシラの言葉を反芻し、彼の中で咀嚼が終わると、ダミアンは怒りに頬を染めブルブルと震えた。プリシラはそんな兄に慈愛に満ちた表情を浮かべて寄り添う。

「ですがお兄様、ロザリーさんも愚かですわね。ヨハネスとロザリーさんが結ばれることはありませんもの。だってお兄様も知っているでしょう? ヨハネスの頭の残念さを。彼を支えられるのは私だけ……王陛下、皇后陛下にもそう言われましたわ。ですから例えロザリーがヨハネスと結ばれるとしても……そうですわね。あんな教養のない人は側妃になることさえ難しい。きっと愛人止まりだわ!」

あはははとプリシラはダミアンに笑いかける。
実際、プリシラがもし彼らに復讐を果たさなかった世界線があるとしたら、ほぼ確実にそのような結末を辿るだろう。プリシラは愛人という立場から恨めしげに皇后である自分を睨み付けるロザリーの姿を想像して気分が良くなった。
プリシラの気に中てられたのか、ダミアンも狂ったようにゲラゲラと笑う。

「知識に富んで商才もあり、顔立ちも良いお兄様の方がヨハネスよりずっと素敵ですのに……。あの馬鹿を選ぶなんてロザリーさんも随分好き者ですわね。どうかしてますわ」

プリシラがダミアンの顔を両手で包んで血走った目で語りかける。
それから、プリシラは二人の罵詈雑言を兄にこれでもかというほど浴びせた。
プリシラの二人に対する憎悪は、メレニアに対しての物より強大で重い。
プリシラは兄をサンドバッグ代わりに二人の悪口を垂れ流していただけだったのだが、どういう訳か、彼の頭では、妹が兄を励ますために二人の悪口を言っているのだと解釈されたらしい。
プリシラがヨハネスとロザリーの批判を行っていると、突然

ポスンッ

と、プリシラはダミアンの腕の中に引き寄せられた。

「……お兄様?」

急な兄の行動に、プリシラは戸惑いの声を上げる。

「お前も辛かったんだな」
「は?」

プリシラは兄を睨み付ける形で見上げた。
気持ち良くヨハネスとロザリーの非難をしていたというのに、急に止められて、辛いというより不機嫌なんだが……プリシラの瞳からはそんな気持ちが感じられる。

「大切な兄をロザリーに奪われたと思ったら、婚約者までロザリーに奪われて……。すまない、プリシラの立場など一度も考えていなかったよ」

兄の発言にプリシラは絶句する。
彼の物言いは、まるでプリシラが兄が好きで、しかも可哀想な人だと認定されているようで気に入らない。

「お兄様、違い「そんなに強がらなくていい!」」

今度こそ、プリシラは自分の意識が遠くなることを感じた。

「……ええ、そうですわ。私、お兄様とヨハネスを奪ったロザリーが気にくわなかったのですね。今更だけど気付けて良かったわ。ありがとうございます、お兄様」

投げやりな口調でプリシラが言う。

「すまない、プリシラ。お前はそんな極限状態にいたというのに、私は部屋に籠り、自分のやるべき仕事をお前に放り投げていた。……本当にすまない」
「……とても大変でした」

これは本音だ。

「ですからお兄様。私の事を少しでも考えてくれるなら、部屋から出て、公爵家嫡男としての責務を果たして欲しいです。私は……その……少し疲れました」

しおらしくプリシラが微笑むと兄が「ああ、今までお前に押し付けていて本当に申し訳ない。今日から私も自分の仕事をきちんと遂行するよ」と弱々しく微笑んだ。

かくして、ダミアンは引きこもり生活を改め、これまでプリシラが担っていた仕事を行うようになった。しかも、これまでとは一転、ロザリーに対して嫌悪感を剥き出しにし、プリシラに優しく接するようになった。

「お兄様から同情されるのは気にくわないけれど、結果的にこれで良かったのかしら」

酷く複雑な心境でプリシラが枕に顔を埋める。様々な思いを抱えて、自分なりにその気持ちを消化していると──気づいた。
 

「そう言えば、お兄様にお願いするの忘れていたわ……」

プリシラの法改正が事実であれば、ダミアンが言うことを一つ聞いてくれると言う約束。
一番の目的は兄から同情を買うことでも、兄とロザリーを敵対させることでも、兄を自分の仲間に引き入れることでもない。この願いを聞いて貰うために、プリシラは兄と約束を交わしたのだ。 

「明日、もう一度お話に行かなければ」

プリシラは忘れぬよう何度も脳内で反芻し、それから眠りへと誘われた。

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