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公爵子息救出編
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しおりを挟む「うわぁ! 今年は豊作ですね!」
大きく実ったベリーを摘みながら、リリーがホクホク顔でプリシラに言い放つ。
「……ええ、そうね」
プリシラが顔を引きつらせて微笑んだ。
屋敷の文献で軽く見た程度だが、ワルプルギスの夜には植物の成長を促す効果もあったはず。そのため、食卓では見たことのない大きさのベリーがプリシラの視界には広がっている。だがそれは、他の植物の成長にも影響しているということで……プリシラは、眼下に鬱蒼と生い茂る雑草を見て言葉を失っていた。奥に進もうにも、目の前にはこれでもかというほどの雑草が立ち塞がり、ベリー採集と並列して事を行おうとすれば時間切れだということは容易に察することができた。
「……リリー」
「なんですか、お嬢様」
てくてくと近づいたリリーに、プリシラは8割ほどベリーが入ったバスケットを手渡した。
「申し訳ないけれど、新しいバスケットを持ってきてくれないかしら。あなたのも籠も満杯だし、ついでに──」
「もちろんです! 今取りに行ってきますね!」
プリシラが言いきる前に、リリーはバスケットを引ったくって馬車に駆けて行った。
「……」
プリシラはリリーが視界から消えたことを確認すると、彼女を護衛していた騎士を集った。そして命じる。
「もっと奥に行きたいから、雑草を剣で刈って道を作ってください」
雑草を剣で刈る──その言葉に騎士たちは難色を示
し、不愉快そうに眉を顰める。
「一体何のためにですか?」
(言葉選びを間違った……)
プリシラは騎士の地雷を踏み抜いたことを内心で後悔したが、それをおくびにも出さず語気を荒気た。
「いいから早くしてください。私の言うことが聞けないんですか?」
早くしないとリリーが戻ってきてしまうかもしれない。プリシラは公爵令嬢としての権威をちらつかせ、彼らを脅す。
「……」
騎士たちは蔑んだ目でプリシラを見つめたが、黙々と彼女の指示に従った。プリシラも、騎士たちと同様に自分の背丈を越す雑草を掻き分けてどんどん奥に進んでいく。だが、いつまで経っても手掛かりが見つからない。
前回の時間軸では、彼はワルプルギスの夜の後日、サヴァランの大森林の北西で見つかったという噂が誠しやかに流れていた。プリシラはその噂を元に駄目で元々でやって来たのだが……所詮噂は噂。それに、こんな広大な森で1日で彼を見つけるなんて端から無理な話だったかもしれない。
プリシラが、諦めかけてため息をついたとき
「おい! 誰かいるぞ!!!」
突如、プリシラの右側で叫び声が上がった。
その言葉にプリシラは弾かれたように顔を上げ、声の元に駆けつける。
「おい! 息をしてないぞ!」
「なんでこんな所に人が……」
「ごちゃごちゃ煩(うるさ)い! 止血だ! 止血!!! 急いで包帯を持ってこい!」
プリシラは自分が求めていた彼の容態を確かめようとそこを一瞥し、
「う゛っ」
そしてすぐに後悔した。
そこには、無数の死骸が散乱していた。
自分の足元にある魔獣と思われる動物の死骸は、裂傷や刺傷で死んでいるのか、原型を留めた比較的綺麗な状態で絶命している。だが、大木に寄りかかって座っている彼の近くに行けば行くほど、皮が剥ぎ取られ、臓物が散らばった凄惨な状態で死を迎えた魔獣が所狭しと積み重なっている。魔獣の死骸は巨大な水溜まりを作り、錆びた鉄の匂いが自分の元まで漂ってきて、胃から酸っぱい何かがせり上がってくる。プリシラは思わず口元を手で押さえた。
「おえええぇぇぇぇ」
騎士の誰かが、凄惨な光景にあてられて嘔吐した。プリシラもそれに誘発されそうになり、思わずキッと彼を睨み付ける。
「お嬢様、この光景は目に毒ですから……さあ」
(……遅いわ)
嘔吐していない方の騎士が、プリシラの視界にこの光景を入れまいと誘導しようとするが、もう遅い。
「彼の体調は?」
プリシラはなるべく死骸を視界に留めないようにして、騎士に尋ねる。
「出血が酷く、正直、生きていることさえ不思議な状態です」
「……そう」
プリシラは白い指を顎に当て、うーんと考える。
(出血といえば……私が火刑にかけられた時、民衆に石や硝子を投げられたけれど、どうした訳かそんなに酷く無かったのよね……体質かしら? それとも火で炙られたからマシになったとか?)
「火で炙れば良いのかしら? 私もそれでマシになったし」
「は?」
無意識の内に、口から考えが漏れていたようだ。
やばい、失言だ。
「何でもないわ。それより火をつけてちょうだい」
「……え?」
「早く!」
プリシラが叫ぶと、「はい!」と騎士が敬礼をして飛び上がった。幸運なことに、薪の代わりならいくらでもある。騎士とプリシラは先ほど伐採(裁断は紙や布に使う言葉なので)した雑草をかき集めると、騎士が腰に巻き付けたバッグから火打石を取り出し、火をつける。騎士たちは野外で宿泊することもあるため、宿泊に必要な知識と道具を一通り持っているのだ。
プリシラは木の棒を適当に探すと、それから棒を火の中に突っ込んだ。そして、棒に炎が燃え移ったことを確認すると、男の元へ歩み寄る。
「プ、プリシラ様!」
「邪魔しないで」
プリシラの今からなさんとすることに気づいた騎士が彼女を制止しようとするが、プリシラは冷たく突き放す。そしてピシャリピシャリと、血溜まりを掻き分けて男の元に辿り着くと
「どいて」「プリシラ様?」
騎士たちの疑問の声に答えず、ジュッと、プリシラは男の深い傷痕を焼いた。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」
直後、男の絶叫がサヴァランの大森林に響き渡る。
「プリシラ様、何を!」
騎士の一人が悲鳴に近い声を上げる。
「見て分からないの? 止血よ止血」
プリシラは再び火の棒を横に転がすと、肉を焼く音が響き渡り、再び男が絶叫する。
「う゛っ」
プリシラの経験談だが、人間の肉が焦げる匂いは酷い悪臭がする。プリシラは久し振りの匂いに少し眉を顰めた程度だが、騎士たちはそういう訳にもいかないらしく、途端に鼻と口元を押さえた。
「吐かないでね。肉の焦げた匂いに反応して魔獣や魔人がやってくるから、その対処をお願い。……吐いた方が役に立つなら構わないけれど」
思い出したようにプリシラが言い、騎士たちが絶句する。この悪臭の中で戦わなければならないのか。
騎士たちは黙々と立ち上がり、それから近づいてきた魔獣や魔人をなぎ払っていった。
「もうそろそろかしら……」
「お嬢様!?」
男の止血が終盤に差しかかると、ちょうど良いタイミングでリリーが戻ってきた。リリーはプリシラが男を焼いている様子を蒼白な顔で見つめている。……どうやら誤解を解かなければならないようだ。
「今皮膚を焼いてこの人の止血をしているのだけれど、リリー。貴女、包帯は持っている?」
「! はい、もちろん!」
「流石ね。もう少しで止血が終わるから、焼いた部分を包帯で巻いてちょうだい」
「分かりました!」
リリーは凄惨な光景に青くなりながらも、気丈に振る舞い男の手当てを完遂した。流石、腐っても公爵家に仕えるメイドだ。包帯の巻き跡も、医師がやってみたかのように綺麗だった。
「ごめんなさい、後で説明するから」
プリシラは優しい口調でリリーに告げる。
そして立ち上がり、周囲を見渡す。プリシラたちを囲んでくれた魔獣や魔人は、騎士たちのおかげでほとんど撃退されたようだ。
「聞いてください! 今からこの人を連れて馬車に戻ります!! 一人は前方を、そして後方を二人で守ってください! 残りの騎士と私とリリーでこの男の人を運びます!」
「分かりました!」
プリシラが指示を飛ばすと、騎士たちが勢い良く返事をする。そして、プリシラとリリーは、騎士が怪我人を運ぶのを補助しながら、なんとか馬車まで辿り着き、魔人と魔獣の追手から逃れながら魔の森から逃げ出した。
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