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第三章

No.48 ヒューラ

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短い拍手の後に座り直すヒューラ。
ここからヒューラの姿は見えても、その表情まで探る事は出来ない。だがクラドは少し怪訝に思っていた。
カトレナも同じくそうだろう。

護衛がこれだけ?自分達の力を過信するわけでは無いが、大蜘蛛だけで勝てると思っているのだろうか。
てっきり、ガーロンがいると思っていた。そうで無くても、優れた“人間”の護衛部隊がいるものだと。

簡単にとは行かなくても、充分突破出来る。大蜘蛛は知恵を身につけている様だが、知識が無い。それは致命的な事だ。数でどうにか出来ると思っているのだろうか?

もしくは、突破されてもいいと。
まさか、偽物か。一番可能性がある。

が、そこで考える時間は無くなった。ヒューラが手を伸ばし、それを合図に百近い数の大蜘蛛達が一斉にクラドとカトレナへ襲い掛かったからだ。

ガン・キューブやソード・レック等の武器を使っていては、きりが無い。かなり体力も気も使ってしまうが、能力“そのまま”を使うのが一番早いだろう。


「俺は左、君は右を。」


そう言いながら、クラドが赤いオーラをより一層強くさせた。カトレナも頷き、クラドと同じくオーラをより強く、鋭く尖らせる。
そして目にも留まらぬ速さで、襲い来る大蜘蛛達へと同時に駆け出した。


幾つもの糸がクラドへと飛ばされる。
避け切れる僅かな隙間すらまるで無い。
が、無意味だ。ディスターのオーラはその全てを通さない。人間の兵士であれば、そんな無駄な攻撃をしないだろう。だからこそ大蜘蛛だけを護衛につけた事が不思議でならないのだ。

クラドは急停止した。丁度真ん中辺り。
視界は真っ赤。シャンデリアもテーブルも全て見えない。映るのは、大蜘蛛のみ。

そのまま目を瞑り、意識を集中させる。
無防備な状態だが、ディスターを纏うクラドには何も攻撃を仕掛けられない。
それにも関わらず数匹の大蜘蛛が襲い掛かって、触れた部分から溶け出した。

その悲痛な叫び声を聞きながら、クラドは目を開いて限界まで凝縮させたディスターを爆発させた。

それは幾つもの、凄まじい熱の刃となった。

こんなにも多くの敵が周りを囲んでいなければ、もしかしたらヒューラにも、カトレナにさえ刃は届いたかもしれない。
だがそれはクラドに群がった全ての大蜘蛛と、テーブル、左側の壁だけに留まった。

サイコロ切りにされた大蜘蛛達の欠片が、バラバラと地面へ落ちて溶け出す。
カトレナはそれを見て笑った。クラドの本気を久し振りに見られた。

しかしその笑みはすぐに消えた。
襲い掛かる大蜘蛛達の隙間から、それでも未だ行儀良く椅子に座るヒューラの姿が見えたからだ。
おかしい。やはり、偽物か。それとも。

カトレナは一番近くにいる大蜘蛛の頭に右手を置いた。するとその瞬間、他の大蜘蛛達は動きを止め、右手を置かれた大蜘蛛は小さく音を立てた。
言葉はわからずとも、その音が笑い声だと理解した。馬鹿め、これでお前は操られたと、そう言っているのだろうか。


「本当に、舐められたものだな。」


そう言って、嘲笑する。
拒絶を扱える者であればシールドは無用。ディスター同様に、力が勝ってさえいれば何の攻撃も通さない。

カトレナの体の中から、電撃の様な音が発せられた。それは触れた大蜘蛛を体内から破裂させた。
そのまま、空いたその手を地面にやる。
八、九、十メートル、三十、いや四十匹。
自分に当てられた大蜘蛛の位置と数を瞬時に感じ取る。そこから一秒も経たない内に、地面に脚を付いている大蜘蛛達は最初のもの同様に体内から破裂した。

凄まじい威力が中を通ったせいで、カトレナ周辺の地面はひび割れ、地震の様に大きく揺れた。
運良くも天井、壁、空中にいた十数匹の大蜘蛛達は一瞬戸惑ったが、それでも己の役目を果たさんとカトレナへ向かった。

ヒーリスは防御、サポートの役目だと言われているが、カトレナはそうは思わなかった。それは扱い切れていない“未熟者”の言い訳に過ぎないと思っていた。

シールドを、何故自らを守る為だけの壁だと捉えるのだろうか?
ガン・キューブを手に取り、襲い掛かる残りの大蜘蛛達へ数発撃ち込む。それは鉄壁となった。が、取り囲み守るのでは無く、そのまま大蜘蛛を押し返して元いた天井や壁に勢い良く押し潰した。


生き残り、ゼロ。
クラドの様に綺麗に一発で、とは行かなかったものの、まあ上出来だろう。

ヒューラの方へ目を向けた。映るのは、目の前に立ってガン・キューブを構えるクラドの姿と、銃口を眉間に押し付けられたヒューラの姿。


「...ヒューラだな?」

「ふふ、如何にも、ふふふ」


訝しがるクラドの声と、不気味な笑い声をあげるヒューラの声が聞こえた。
転がった大蜘蛛の死体を蹴り飛ばしながら、カトレナもヒューラへと近付く。そして、ようやくその顔を間近に見る事が出来た。

十年近く前のものではあるが、ラギスと、ヒューラの資料には目を通していた。その姿も載っていた。
十年経てば老け込む事は当たり前。だが、視界に捉えたヒューラの姿はとても老化だけが原因とは思えない程に萎れていた。
重い病にでもかかっているのだろうか。


「死ぬ前に、全ての真実を話してもらおう。お前一人が引き起こした事では無いとわかっている。黒幕は誰だ?あの操りは、あの大蜘蛛は一体何なんだ。」

「残念、誠に残念。私を殺したところで何も終わらんというのに。吐かせたければミジュラのナーチャーを連れて来るべきだったな。それでも、無駄だっただろうが。」


意外にも、その声はしっかりしていた。
“声だけ”は。首は傾き、目線はクラドやカトレナでは無く何処か違う場所へ向いている。クラドの目にはそんなヒューラが、ヘルシェアの姿と重なった。


「私を...私を殺すのか。そうだろう。」

「当たり前だ。自分のした事を忘れたとは言わせんぞ。貴様は罪に塗れている。死を持ったとしても償い切れない程にな。」


クラドが口を開く前に、カトレナが返した。
抱えきれぬ程の憎しみと怒りを込めて、ヒューラを鋭く睨み付けている。
故郷であるハンバニア国をラギスに抹消された彼女にとって、その感情もその目も、至極当然のものであった。

だが、ヒューラはそんなカトレナの殺気を間近で受けた今も、変わらず不気味に笑い続けた。


「御尤も。ああ、青年よ、そんな目で見ずとも今の私は操られてなどいない。」

「その言い方から察するに、操られていた時期もあると言う事だな?」

「ふふ、どうだろうな。だが君達は考え、感じ取るしか出来ない。私は何も答える事が出来ないのだから。」


クラド。とカトレナが名を呼んだ。
わかっている。もう時間切れだ。

このまま拘束し、拷問にかける事も可能だが、それでも口を割らないだろうと確信していた。ミジュラの能力を持ってしても、無理であろう。あれは心の弱き者にしか効果が無い。

敵ではあるが彼もまた一国を率いる存在。リャンカやクレガやベル、グランスやヘルシェアの様に。
クラドが能力の発動を解き、通常のガン・キューブに持ち替えた。姿を残しておける様に。


「...暗黒時代がやって来る。」

「最後の欠片はヴァレンシア国。」


不意に、ヒューラが呟いた。
そして同時に、ヒューラの身体が黒紫色に変化して行ったのだ。

クラドは反射的に距離を置き、ディスターを発動させた。カトレナも同じく警戒した。
が、それは二人では無く、ヒューラ自身への攻撃である様だった。ぐつぐつと煮え滾るヒューラの姿を、二人はただ見る事しか出来なかった。


「ミジュラが恐れるものは“彼”一人。だが彼もまた暗黒時代を現代に蘇らさんとする人物。世界は既に闇に取り込まれ始めている。」


大きく身体を震わせ、白目を剥き、泡を吹きながらヒューラはそう続けた。


「急げ、私の罪を、終わらせてくれ。」


それが、最期の言葉だった。
黒紫が隅々にまで行き渡り、ヒューラの身体はディスターの熱に侵された様に溶けて行った。

二人共、確信出来た。
彼は偽者では無いし、操られてはいないと。最期の言葉は彼自身の心からの言葉だと。










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