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第三章
No.47 取り引き 2
しおりを挟むああ、こんなものか。
何だ、つまらないな。
裏切られた期待と、苛立つ程の興の無さ。
ゾーイの感情はその二つだけだった。
“彼”もそう思いながら戦ったのか?
それとも、完全体であれば張り合いのある存在となり得ていたのだろうか。
ああそれとも、この女が原因か。
兵士で無い事は確かだ。研究員か。
奇異な能力を手に入れ、己の本来の力を見誤り、ただひたすらにその力の強大さを見せつけるだけの攻撃。
見よ、感じよ、恐れ慄け。
そうやってこの数年を過ごしたのだな。
「キキがね、言ってたよ。」
攻撃と防御の動きはそのままに、大蜘蛛達の間から時折見えるソフィアに向かってゾーイが言った。
「ミジュラは陰湿で陰険で卑怯で、独りぼっちなのは嫌われているからなのに、自分を恐れているからだと勘違いする様な奴だったってね。」
襲い掛かる大蜘蛛の何匹かがギィギィとうるさい音を出した。母親を貶されて怒っているのだろうか。
頭の痛くなる音だ。怒りの声を出す大蜘蛛達を先に殺した。
「操る能力もね、指導者の資質が無いからそうするしか無かったんだって。誰も集わないから自らが手を加えないと駄目だったんだって、言ってたよ。」
そう言いながら、ただの悪口じゃないか。と笑ってしまった。キキは本当にミジュラが嫌いなんだな。
それにしてもきりが無い。半数にまで減ったがそれでもまだ三桁の数が残っている。
もう力量はわかったし、少し負担がかかるが一気に殺してしまおう。そう思い、目を瞑った。
もういいよ、制御しない。
全部全部、“食べて”いいよ。
そう声に出さず語りかけ、目を開けた。
仰向けに転がりミイラと化した大蜘蛛達と、驚愕に目を見開くソフィアの姿が映った。
それも構わずゾーイは話し続ける。
「それでね、あの二人が言うには、僕は彼と凄く似ているんだって。見た目もだけど、中身がね。適合者は自分と似た者を選ぶんじゃないかって、言ってた。」
そう言って、何も言わぬ(言えぬ)ソフィアに子供らしい無邪気な笑顔を向けた。
「君も似てるんだろうね。」
「くっ...!!」
激しい怒りにソフィアは顔を歪めた。
これだけ好き勝手言われて済むものか。
だがその激しい怒り以上に恐れがあった。
何だ、今のは。
ゾーイが目を瞑った瞬間、纏っていた漆黒の渦が爆発した。いや、一つの生命体になった。
ゾーイの身体を完全に取り込み、その上から人の形となった。だがそれは一つの人では無く、幾つもの意思の塊だ。
全体に何百という人の顔の様なものを浮かべ、その口から触手を出して三桁の数の大蜘蛛を一瞬にして“喰らった”のだ。
最初にゾーイが能力を発動した際、そこまで脅威には感じられなかった。だがあの時に纏ったものは上辺だったのだ。今のあれが、内側。
これが怨念の能力者。
ソフィアは唇を噛んだ。
「...どっちが化け物よ。」
「思い知ったなら、大人しくしてね。もう疲れたしベッドで今すぐ寝たい気分だ。」
確かにゾーイは疲れていた。顔は青白く、通常でも眠たそうな瞼は更に落ちている。
まだこちらは力も有り余っているし、大蜘蛛を作り出すよりも強力な攻撃手段だってある。だがそれでも、勝てる気がしない。拭う事の出来ない恐怖を植え付けられた。
ゾーイが一歩、ソフィアへと近付く。
ソフィアは焦りに焦った。殺される。間違い無く殺されると、そう確信した。
「ま、待って!」
「...何?」
手を出し、制止するソフィア。
ゾーイは眉を顰めて立ち止まった。
「降参よ、もうあなたの邪魔はしないわ。そっちに手を出すような事はしない!約束するわ!」
「ふうん、本当かな。君がそうでもガーロンがどう思うかな。」
「あいつらも必ず説得する。信じて頂戴!」
声を荒げながら、ソフィアはその場にへたり込んで頭を下げた。ゾーイは何も言わずにその情け無い姿を見つめた。
その間も、ソフィアは必死に考えた。それだけでは駄目だ、何か他に無いだろうか。自分にも相手にも利益のある事。
そして、思い付いた。
「予言者の娘、カレンって子。」
「うん、カレンがどうしたの。」
「あの子を貰うわ。」
そう言って恐々と顔を上げる。
ゾーイは無表情だった。何の感情も無い。
暫く待ったが何も言って来ない。そのまま続けろと言う事だろう。ソフィアはまた口を開いた。
「リリィから記憶を覗いた。カレンが能力を使っている時に、その視界に入り込まんとするあなたの姿があったわ。恐れているのでしょう?正体を“みられる”事を。」
「彼女の存在は想定外だったはず。始末したいけど、あなたは正体を隠しているから出来ない。目障りな存在でしか無いんでしょう?」
ゾーイが考える様な素振りを見せた。
それを見て、ソフィアは更に意気込んだ。
「私はあの子が欲しい。だけどあなたはあの子が要らない。あの能力は使えるけど、あなた程の力があれば不必要なものだわ。ねえ、良い取引だと思わない?どう?」
「別にいいよ、僕は。」
意外にもあっさりと返事が来た。
一瞬ソフィアの思考は停止したが、すぐにまた動き出した。
「ほ、本当に?」
「うん。カレンはその内殺そうと思ってた。別に君に渡しても全然いいよ。むしろ、その方がありがたい。」
「じゃ、じゃあ...」
ソフィアの表情が明るくなった。
助かった、これで殺されずに済むと。
それどころか欲しいものも手に入る。
それを見てゾーイも笑った。
が、その目は笑っていなかった。
「だけど、カレンは友達なんだ。友達を売る事は出来ない。だからさ、カレンが自らそうする様に仕向けてみてよ。」
「...ど、どういう事?」
ソフィアには意味がわからなかった。
友達?いずれ殺す存在なのに?
楽しみたいだけか?ただ面白いものが見たいという、子供らしい意地悪心からの提案か。
いや、そうでは無い。何かある。ゾーイの目は滅多に見られない鈍い光を発していた。
「ゲームだよ。操らずして人を操ってみて。君の力を見せてみてよ。好きに条件をプラスしたりしてもいいよ、例えばリリィを解放するとかね。」
「...それに失敗したら?」
「そうだなぁ、それはまた考えるよ。全くもって面白味の無い結果なら殺す。失敗しても面白味のある結果であれば見逃してあげるよ。カレンはあげないけどね。」
「わ、わかったわ...」
「あ、待って。僕にもその場面が見える様にしたり出来る?」
ソフィアは頷きながら立ち上がった。
必死に考えを張り巡らせながら、ゾーイへ手を差し伸べた。
対象に触れていればその場面を同じ様に見る事が出来る。だが、敵である者に触れられる事を許すだろうか?
だがそんな心配を他所にゾーイは手を取った。ソフィアは心から驚いた。このまま操りを掛ける事だって出来るのだ。
どうする、そうしてみるか?いやだが、この取り引きが成功するかもしれない。
何より、ゾーイの目は油断も隙も無かった。
今のこの頭の中の考えすら見抜かれている様な気がした。刹那の沈黙の後、ソフィアはゾーイと共にリリィの中へと入った。
「ちょっと待って、ストップ。」
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