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第四章
No.53 医療室にて
しおりを挟む「や、マドズ。起きたかい?」
ジッと白い天井を見つめていると、扉が開き、聞き慣れた声が耳に入った。
動き辛い、何年も固まっていた様な首を無理矢理その方向へと向ける。
「よう、クラド...」
自分でも驚く程弱々しい、掠れた声が出た。
少し笑ってしまい、クラドも笑った。
「身体の具合は?」
そう言って、マドズが寝ているベッド横の椅子に腰掛ける。うーん、と唸って身体をモゾモゾと動かすマドズを、クラドは暗い目で見た。
「殆ど動かない...が、まだ生きてるってだけで驚いてるよ。てっきり死んだものだと思ってたからな。」
「生身だと間違い無く死んでいただろう。義手のおかげで助かったんだ。だけどまたガーディアンに復帰出来るかどうかはわからない。それ程の攻撃を食らったんだ。」
「そうか...」
そう呟き、マドズはまた天井を見た。
セルビリアの医療個室。二人の他に誰もいない、誰も音を発しない部屋に、爽やかな風が吹いた。
窓が開いている。そこから外を覗かずとも、マドズにはわかった。
「葬儀か?」
「ついさっき終わったよ。」
「どうりで...辛気臭い空気してやがる。」
そう言って、舌打ちする。
このラギス国のゴタゴタで出来ずにいた、レイドール国での戦いと、アルビノ襲撃時の殉職者の葬儀。一般の騎士数十人と、ガーディアンから三人、パメラとダン、そしてシャリーデア。
ラギス国での戦いでは?
誰か、殉職者は出たのだろうか。
ここで目覚め、クラドを見て。
“勝った”という事は充分にわかる。
だが、黒幕は?アルビノは?大蜘蛛は?自分が気を失ってから、何があった?
セルビリアは勝って、それにより何を得て何を失ったのだ?
「リリィちゃんが死んだ。」
マドズの頭の中を読んだかの様に、クラドが唐突にそう呟いた。
リリィが死んだ。その言葉の意味を理解するまでに数秒を要してしまった。
「...何だと?」
「というより、殺された。」
詳しく話すよ。と、力の無い声で呟く。
動けない身体を動かし、気持ちだけでもクラドに近寄るマドズ。
話すよと言ってから、暫しの沈黙。
窓から入る爽やかな風がクラドの癖っ毛を撫ぜ、そして今し方目が覚めた様に話し始めた。
「君が倒れた後、ガーロンの組員らしき男が壁の中から現れ、アルビノを連れて去って行った。ホラーという名だ。そして君を治癒した後、カトレナは先にリリィちゃん達の方へ向かった。」
「俺が君を担いで後から行った時には、既に事は終わっていたんだけど...リアムとララが言うには、リリィちゃんを拘束。そしてギルが見事操りを解いたそうだよ。」
そこだけ聞けば、喜ばしい事だ。が、結果を先に聞いている現状では、惨さが更に増すだけであった。
アルビノに連れ去られた時、封印を跳ね返されてギルはどれ程悔しかっただろう。
リリィの操りを解いた今回の一発に、どれ程の想いを込めていたのだろう。
「だけど操りが解かれた瞬間、リリィちゃんは苦しみ出した。紫色に変色した喉元を覚えているかい?あれが全身に広がったんだ。いずれ全身を溶かす毒。ヒューラと同じものだ。」
「制約の猛毒...」
ふと、マドズが呟いた。
確かに、アルビノはそう言っていた。
情報を吐いて死んだヒューラに対し、制約の猛毒を入れておいて正解だったと。
「アルビノが言っていたんだよ。ヒューラに制約の猛毒を入れておいて正解だったとな。きっとリリィもそれだろう。」
「そうか...名前から考えるに、定められた事をしてしまうと入れられた毒が発動する仕組み。ヒューラは情報を吐いたから発動した。そしてリリィちゃんは操りを解かれたから発動したと?」
「恐らくそうだろうな。...じゃあリリィはその制約の猛毒にやられて死んだのか。」
どう考えてもそれが正解だと思った。
が、クラドは発言に対して頷かなかった。横に振る事もしなかったが。
更に暗い目をして、俯いたのだ。マドズは思わず眉を顰めた。
「...その猛毒はカトレナ達が治癒を施して侵食を止めていたんだ。それでも治す事は出来ないから、助かる事は無かったんだろうけど...」
「リリィちゃんは自ら、カレンちゃんを引き寄せて能力を発動しろと訴えた。そしてカレンちゃんが中に入っている最中に、リリィちゃんは何者かによって頭を吹き飛ばされた。」
「何?何だと?」
声を荒げる程の気力は無かったが、それでもマドズはそうする他無かった。
身体がその勢いに着いて行かず咳き込みながら、それでも言葉を発した。
「内部の情報を渡さない為にか?」
「そうだろうね。気配も何も無かった。すぐに銃撃が飛んで来た方向へ走ったが、何の気配も姿も見当たらなかったよ。」
かなりの手練れだと、二人の心が同時に言う。マドズはクラドから目を逸らし、盛大に舌打ちを鳴らした。
ラギス国の兵士は皆殺しにした。大蜘蛛は武器を持てない。ガーロンの組員の仕業か?
「俺は味方だと思う。」
空耳かと思った。
が、確かにクラドの声が言った言葉だ。
マドズがまたクラドに視線を戻すと、クラドは逆に視線を逸らしていた。
味方の仕業だと、何故そう思う?
マドズがその問いを投げ掛ける前に、クラドはゆっくりと話し始めた。
「あれはガン・キューブのものだ。ラギスやガーロンの者が同盟軍から奪い取って使ったという線もあるが、気配を察知されない遠い位置から正確にリリィちゃんを狙う等、日頃から使い慣れている者にしか出来ない。そんな事をするのであれば、普段から扱っている武器を使うだろうしね。」
「...だから、味方の内の誰かだと?だがそれだと目的がわからない。一体何の為に?それに同盟軍兵士の中でお前に気付かれない様に気配を完全に消せる奴なんているか?」
「自分の意思で無いとは言え、リリィちゃんはセルビリアの人間を幾人も殺した。恨みを持つ者はいるだろうからね。」
気配を完全に消せる人間はーーーー
クラドの頭の中に一人だけ、それをやって退けるであろう人物が浮かんだ。
が、そうでは無いとすぐに脳が言った。
そうでは無い、そうであってはならない、そうあって欲しく無いと。
“彼”は自身の仲間である以前に、リリィの、シンのカレンの、ギルの友達だ。
寧ろ、その考えが過ぎった自分が汚れた存在の様に思えた。マドズはそうは思っていないだろう。なのに。
「犯人の心当たりは無いけど...」
「そうだろう?考え過ぎだ。そう思っているって意見を、あのガキ共には?」
「言ってないよ。到底、言えない。」
勿論、そうだった。あれ以上に落ち込ませる事など出来るわけが無い。
散ったリリィの頭の破片を無言で寄せ集めるカレンの姿。自分の両手を見つめてブツブツと独り言を呟くギルの姿。抱き支えていた状態のまま、完全に溶けて液状と化したリリィを見下ろすシンの姿。
それは、言葉に出来ぬ程に痛ましかった。
「...リリィの事はよくわかった。それで、結局のところ黒幕は?カレンはリリィの中をみたんだろう?」
「ああ。ミジュラだ。」
「ミジュラのナーチャーか?」
「違うね、ミジュラ“そのもの”さ。」
マドズは眉を顰めた。その反応が普通だ。
自身も最初は同じ表情を浮かべた。きっとその話を聞いた同盟軍の全兵士が同じく眉を顰めて黙ったであろう。
クラドは詳しく話し始めた。
ラギスが四年前、地に埋まった幻獣ミジュラの欠片を掘り起こした事。研究員のソフィアという女が適合者であった事。
ミジュラの欠片を手早く集める為に、世界戦争を引き起こした事。
「ハンバニア国も...そうか。確かに数人だがミジュラのナーチャーは存在していた。国のクソ(お偉いさん)共は何かを隠している様な素振りをしていたが...もしかしたらミジュラの欠片を既に発見し、保管していたのかも知れん。」
「有り得る。ハンバニア国を操らずに全滅させた理由はわからないが、きっと隠されていたからだろう。何にしろ、そういった事態がミジュラだけでは無く、他でも起こっている可能性があるんだ。」
蘇りつつある暗黒時代。操られたヘルシェアが言っていた、蘇りし怨念の者。
その謎の発言も、幻獣の適合者を指すのであろうと今や誰もが確信していた。
ミジュラだけでは無い。他にもいる。
その考えは勿論、同盟軍の兵士達と同じ様にマドズの頭の中にも浮かんだ。
「それで、そのソフィアって女は陰でずっとコソコソ操ってたのか。」
「ああ、そう。それなんだけど。君も俺もすっかり忘れてたけど、ずっとゾーイが戻らなかっただろう?あの子はずっとソフィアと戦っていたんだ。」
「一人でか?じゃ、ゾーイは...」
「無事さ、元気だよ。怪我はあるけど。」
最悪の結末を脳裏に過ぎらせるマドズ。
が、クラドは慌ててその考えを否定した。
そう、ずっと戻らなかったゾーイ。
それでもきっと無事だと、彼の底知れぬ強さを知っている者達は確信していた。が、黒幕であるミジュラの適合者と交戦していたとは、流石に誰も予想していなかった。
リリィ(の頭の欠片)を抱えたカレンを先頭に、ガーディアンはブラグマ率いる他の同盟軍兵士達と合流した。
それとほぼ同時に、ゾーイも姿を現した。
ゾーイは満身創痍であった。口元に血を付け、ガーディアンの黒コートは煤にまみれて破けていた。
まず最初に、カレンがわっと泣き出しながらゾーイに飛び付いて、リリィの事を話し始めた。ゾーイは優しくカレンの頭を撫でながら、冷静に聞いていた。
カレンが落ち着いた後で、クラドが何処で何をしていたんだと問い掛けたのだが、それに答えたゾーイの言葉は衝撃的なものであった。
アルビノと交戦、しかし逃げられる。
それを追っている最中に、通常の大蜘蛛とは違う異様な気配を感じて向かったと。
そして、その場所にいた人物がソフィア、ミジュラの適合者であった。
ゾーイはその人物が適合者であると、ましてや黒幕が幻獣ミジュラである等とは思ってもいなかった。知る術も無かったのだから。
だが、何者かは知らないものの、それでもその内に秘めた凶悪な“何か”を感じ取ったゾーイは迷うこと無く交戦。
しかし程なくして、力を見誤ったのか酷使し過ぎたのか、突然ソフィアは萎れて老婆の様な姿になった。
そしてそれを見計らったかの様にホラーとアルビノが現れ、連れて行ってしまったと。
それが、ゾーイの答えであった。
そしてカレンもゾーイも、同じ事を言った。
「最後の欠片はヴァレンシア国。」
「それを手に入れれば、完全体。」
東の大陸の端にある、ヴァレンシア国。
そこへ向かい、ミジュラ(ソフィア)の完全体を阻止する事が次の任務だ。
暫しの休息の後、同盟軍がまた集う。
「丁度良いな、ヴァレンシア国は歴史を重んじて様々な古書が残ってる。ラギス国とのゴタゴタが終わったら行ってみようと言っていた国だ。」
「そう、そうなんだけどね。ヴァレンシアという名が出た時の、ファルアロンの兵士達の顔は良いものでは無かったよ。」
「何故だ?物騒な国でも無いだろう?あの国はセルビナ国並みに小さくて時代遅れだと聞いているが。」
そう、ヴァレンシア国は小さく、軍隊らしい軍隊も持ってはいない。それ故に、海を越えた南の大陸には情報はあまり回って来ない。
だが、その名を出した時の兵士達の、ブラグマの口振りは恐ろしいものを思い浮かべたものであった。
「精霊の住む、神秘の土地。」
「争いを持ち込む咎人には重い罰を。」
ブラグマは低く唸る様に言った。
クラドはそれを再現しようとせずとも、無意識に同じく低い声を出した。
言葉の意味がわからずに眉間に皺を寄せるマドズを、クラドはようやく見た。
「言い伝えさ。東大陸の全ての国では、悪さをした子供達に言うらしいんだ。そんな事をしたら、ヴァレンシアの精霊が君を食いにやって来るとね。」
武器の持ち込みも許されぬ土地だと。
ミジュラを討つには、最適とは到底言えぬ土地だとブラグマはそう言っていた。
精霊など、おとぎ話に過ぎない。そう思いたいのだが、幻獣の存在が明らかになった今、精霊だって現代に存在している可能性は充分にある。それが吉と出るか凶と出るか。
面倒のかかる事になりそうだ、と、言葉に出さずともマドズには伝わった。
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