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第一章

No.4 記憶

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セルビリア総本部のすぐ隣。
そこに、セルビリア専用の寮がある。

正式なセルビリアは、家庭を持つ者も多い為、寮にいるも家に帰るも基本は自由ではあるが、志願者は指導を受ける間は、身内の不幸でも無い限り、ずっとここに寝泊まりする規則だ。


現時刻は夜中の11時。

志願者達は本日の指導を終え、寮へ戻っていた。




「結局ゾーイはあの自習の時以来、サリー上官の時間しか顔を出さなかったな。」


「ようするに、自習の時だけ欠かさず来てるってことね。私たちと話しに来てるだけじゃないの。」


「最終テストまであと少しなのに呑気だよね、羨ましいなあ」


「本当それだよ。俺はもう背中に新しく痣をつける場所が無いくらい頑張ってるってのにさ。」


「ギル、自慢になってないぞ。」



シン、リリィ、カレン、ギル。
彼らは決まって、この時間は第三休憩所に集まって話をしている。

寮は11階まであり、奇数階にそれぞれ休憩所があるのだが、シン、ギルが二階、カレン、リリィが三階に部屋があるため、ここに集まるようになったのだ。

それに、三階にはもう序盤でリタイアしてしまった志願者の部屋が多い為、この休憩所はあまり人がいない。絶好の話し場なのだ。



「そうだ、結局あの後、話をしなかったよね、聞かせてよ。」


「何がだよ?」


「過去の話だよ。私とゾーイしか話してないじゃない。シンとリリィとギルの話も聞かせて欲しいな。」


三人より少し離れた場所にいたカレンがそう言い、読んでいた本を棚に直して(ギルが買ってきた本が半数をしめている。)三人が座っているソファへと向かった。

そういえばそうだったな、と三人は顔を見合わせた。

今この休憩所には、四人以外に人はいない。



「じゃあ...誰が話す?」


ギルが気持ち小さめの声で、そう言った。



「じゃあ...もう夜も遅いし、明日も早いし、今日は私が話すわ。短いしね。」


向かいのソファに座るシンとギルを見た後、リリィが口を開いた。
ギルが助かった、というような表情を浮かべたことを、シンとリリィは見逃さなかった。



「あ、でもゾーイは?せっかくだから、ゾーイもいる時がいいかな。」


「ああ、あいつなら今日寮にいるはずだぞ。さっきすれ違った。部屋にいるんじゃないのかな。」


「そうなんだ、じゃあ俺が呼んでくるよ。その間に話さないでくれよリリィ。超特急で連れて帰ってくるからさ。」


ギルが立ち上がって言った。
わかったから、とリリィが手を振ると、ギルは満面の笑みを浮かべて、小走りに休憩所を出て行った。


「そういえば、ゾーイの部屋って最上階よね?」

「ああ。こういう時だけあいつは行動力があるな。ブロウィの前で見せたらいいのに。」


リリィの言葉に、シンは少し笑いながらそう返すと、ソファから立ち上がった。


「シン、どこ行くの?」

カレンがびっくりして聞いた。
ギルが、今ゾーイを呼びにいっているのに。


「トレーニングルーム。」

「夜中に?悪趣味。」


リリィが鼻を鳴らして言った。
カレンは雷に直撃されたような顔をした。今から話をするのに?夜中の11時なのに?寮に戻ってもトレーニングするの?

グラスに入ったジュースを一気に飲み干して洗い場へと持っていくシンの後ろ姿を、カレンは少しムッとして見つめた。


「どうして?リリィの話を皆で聞こうよ。」

「あー、リリィの話な。」


グラスを洗いながら、シンは横目でリリィを見た。リリィは何も言わずにカレンを見ている。

シンは頭をかきながら、カレンの方を向いた。



「俺はリリィの話は聞いたことあるんだ。どうせ今日は時間的にリリィの話だけだろ?」


「えっ、そうなの?」


カレンがびっくりして、確かめるようにリリィの方を向いた。
リリィは小さく頷いた。


「じゃ、そういう事だから。ゾーイによろしくな。最終テストはちゃんと受けろよって伝えておいてくれ。おやすみ。」

「あ、おやすみ...」

「おやすみなさい。」


呆然とするカレンに軽く手を振りながら、シンは休憩所を後にした。

カレンは暫くシンが出て行った扉を見つめていたが、やがてリリィの方へ顔を向けた。


「な、なに?」

リリィはびっくりして言った。
先程までぽかんとしていたカレンが今、素晴らしく生き生きとした目をしていたからだ。

カレンはリリィと距離を詰めた。


「ねえ、リリィとシンってね、なんていうのかな、えっと...“できて”るの!?」

「は?」


その言葉に、次はリリィが呆然とする番だった。何故この流れでそうなるのかが分からなかったし、カレンのこんな生き生きとした表情を見られるのが、こんな話題であることにも驚愕した。

そんなリリィをよそに、カレンはますますヒートアップして行った。


「前々から何だかそんな気がしてたんだよね。ゾーイとギルが来るまで女同士の話しようよ、ね?」


(ゾーイ...ギル...はやく戻ってきて頂戴...)















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー















ゾーイの部屋は最上階の、一番奥にある。

他の志願者達は五人で一つの部屋を与えられているが、ゾーイはグランスの息子という事もあり、一人で一部屋使っていた。


ゾーイは窓から、暗くなった外を見ていた。空は暗いが、隣にあるセルビリア総本部にはまだ多くの人が仕事をしている為、その明かりに照らされて景色が良く見えた。




「なるほどね、ブロウィさんはさすがに良い案を出すなぁ。」


そう言って不敵に笑い、ゾーイは窓から視線を外し、部屋の中の方に向いた。

そこにはキキがいた。

行儀良く正座したキキの表情は、心配で気がどうにかなりそう、と訴えているようだった。

そんなキキを見て、ゾーイは困ったように笑った。



「そんな顔しないでよキキ。むしろ好都合なんだ。全部うまくいくよ。」


「ですが、ゾーイ様。負担が大きすぎますし、そのテストを受ければゾーイ様が特別な力を持つ者である事が知れてしまいます。」


「別にいいんだよ。これからずっと隠し通せられるかって言ったら、絶対それは無理なんだから。小出しにしていくつもりだったしね。」

「ですが...ゾーイ様...」

「もう、キキ。大丈夫だって。」



今にも泣き出しそうなキキに、ゾーイは慌てて駆け寄り、頭を優しく撫でた。
それでもキキは一向に納得せず、ゾーイを見上げる目は涙で揺れていた。



「ゾーイ様がどれだけ隠されても私にはわかります。お辛いのでしょう?ご自分のお身体をもっと労ってください。ご無礼ですが、元々私は反対して...」

「そこまでだよ、キキ。大丈夫ったら大丈夫。時間が無いのは確かだけど、焦ったってしょうがないんだ。黙って見てて。僕を信じて、ね?」


キキと目線の高さを合わせ、ゾーイは困り果てた顔で笑って見せた。
まだ何か言いたそうにキキは口を動かしたが、もう何も言えないらしく、ただ黙って頷いた。


「うん、それでいいんだ。」


キキの目の前に座り込みながら、ゾーイは満足そうに言った。
キキも少しだけ笑顔を見せた。



「申し訳ありませんでした。...それでは私はこれで。お誘いがあるみたいですね、楽しい夜を。」


「うん、ありがとう。」



キキはゾーイの手の甲を持ち、愛おしそうにキスをすると、瞬きの間に姿を消した。

そして、それと同時に微かに足音が聞こえ、やがて扉の前で止まった。




「ゾーイ、いるか?」

「はいはい。」


ギルの声。
ゾーイが扉を開けると、八階分の階段を全速力で上がってきたギルが、息も絶え絶えに腰を曲げていた。

ゾーイはその姿を見て、思わず笑ってしまった。


「お疲れ様、どうしたの?」


「いま、三階に皆いて、過去の話の続きしようってなって、リリィの、話をするから、ゾーイを呼びに、俺が、迎えにきたんだ。」



息を整えようとしながら、ツギハギに言葉を繋げるギル。
そして最後に、恨めしそうにゾーイを見た。


「これで行かないなんて言ったらぶっとばすぞゾーイ。」

「あはは、行くよ。行く行く。」


笑いながらゾーイが頷くと、ギルも安心したように笑った。








「それにしても、半年間なんて早いもんだな。」


階段を下りながら、ギルが不意に呟いた。ゾーイはギルを見た。
何気無く、たった今思い付いたつもりで言ったのだろうが、その目の奥には不安と寂しさが表れていた。


「もうあと一週間だもんね。」


「そうだな。あと一週間でお前ともシンとリリィともお別れだ。カレンは...ちょっとわかんないけどな。」


「どうして?」


ゾーイの問い掛けに、ギルは表情をあからさまに曇らせた。


「シンとリリィは才能あるし、絶対受かるしさ。お前は俺と同レベルだとしてもボスの息子だからそりゃあ受かるだろ!」


「ブロウィさんがその特別待遇を許してくれるかが問題なんだけどね。」


「ま、確かに。」


ギルは引きつった笑みを浮かべたが、またすぐに元の暗い表情に戻った。



「俺なんか、絶対受からないさ。頭も悪いし、武器の扱いだって全くだし、ほんと、いいとこ無しなんだからさ。」


最後は消え入りそうな声で、そう言ったギルを、ゾーイはまじまじと見つめた。
受からないことに対して、こんなにしょぼくれてるわけではない。仲良くなった仲間と離れ離れになることが、ギルは何よりも辛いのだろう。

ゾーイは目を細めて笑った。



「まだわからないよ、ギル。最終テストが本番なんだから。それまで教わった事は全部最低限の事だよ。ブロウィさんの事だから、ちょっと普通と違う事するんだろうし、そこで見せつけちゃおうよ。」

「そうだといいけどな。まあ、一番最後にブロウィの目ん玉ひん剥かせる手も悪くないな!」

「そうそう。」



まだ目の中に少し迷いが見えたが、ギルの足取りは軽やかになり、いつもの笑顔が戻った。

ゾーイは満足そうに頷き、二人はリリィとカレンの待つ第三休憩所へと向かった。














「お待たせ。あれ、シンは?」


休憩所には、(何故か物凄く楽しそうな)カレンと、(何故か物凄く疲れている)リリィしかいなかった。

出る時は一緒にソファに座っていたシンの姿が何処にもない。
キョロキョロと辺りを見回すギルに、カレンが(リリィを横目で見ながら)言った。


「シンはトレーニングルームへ行ったの。リリィの話は聞いたことあるからいいって。」

「え?この夜中に?」


ギルは到底信じられないという様な顔をして驚いた。


「あいつは変態だな。」


「そういう事だから、ねえ、ゾーイも来た事だし、話聞かせてよリリィ。」

「そうだね。お待たせしました。リリィの話聞きたいな。」


カレンとリリィに向かい合って、ゾーイとギルもソファに座った。
リリィは三人を順番に見た後、少し困ったように口を開いた。



「...本当につまらない話よ。」


それでも三人は期待に目を輝かせて次の言葉を待っている。
リリィは小さくため息を吐くと、諦めたように言葉を繋げた。




「覚えてないの。記憶障害よ。」

「えっ??」


この流れは予想外だった。

三人は驚嘆に目を見開いて、リリィを見た。そして、三人で顔を見合わせた。

リリィはほらね。といった表情を浮かべている。


「医師には、記憶を消してしまう程にショッキングな光景を見たんだろうって言われたわ。」

「本当に何もわからないの?何か少しでも覚えていることは?」


カレンが食い下がった。
ギルとゾーイも、またリリィに視線を向けていた。
リリィは考えるように目を瞑った。



「母がいた事は覚えているわ。でも母の顔も思い出せない。母との生活もね。戦争の事もまるっきり覚えていないのよ。気が付いたら、瓦礫だらけの、人が焼ける匂いのする場所に横たわっていたわ。」

「私の推測だけど、母が目の前で何か物凄く残酷な殺され方をしたのかもしれない。だから、戦争の事と、母の事が記憶から消えてしまったのよ。」


そこまで言って、リリィは閉じていた瞼を開いた。

ゾーイは興味ありげに身を乗り出し、ギルは何とも言えない表情のまま固まっている。カレンに至っては、涙を目にためていた。

リリィはカレンを見て少し驚いたような表情を浮かべると、困ったように微笑した。



「そんな顔をして欲しくて話した訳じゃないのだけれど。」

「だって...私ショックで。」


カレンの目から耐えきれず涙が零れ頬を伝った。
ギルは固まっていた身体をようやく解し、カレンとリリィをじっと見つめた。


「確かに、覚えてないって最高にショックだよな。なあゾーイ。」

「んー?うん、そうだね。」


心ここに在らず、といった感じで、ゾーイがぼんやりと返事をした。目線は三人の中の誰をも指しておらず、何処か違う場所を見ていた。


「そんな事ないわよ。鮮明に覚えている方が何倍も辛いに決まってるわ。」

「ねえ、それじゃあリリィはどうしてセルビリアに入りたいの?」


唐突にゾーイが聞いた。
ぼんやりと遠くを見ていた目は、いつの間にかリリィに向いていた。
だが、ギルには、リリィを通して別の何かを見据えているように感じた。

リリィはその問い掛けに、暫く自分の膝を見つめていたが、やがてゾーイを見つめた。



「知りたいのよ。私の母の事、母の最期。私の母を奪った相手を。何故私が記憶を失ってしまったのか。普通に生活して行くんじゃあ二度と戻らず、きっとそんな辛い事は忘れて行くわ。」

「私は忘れるなんて許せないの。きっちり全てを思い出したい。だからセルビリアに志願したのよ。」


リリィの声は静かで冷静だったが、とても力強かった。



「さっきも言ったけど、本当に、覚えている方が辛いものよ。シンの話を聞いてみなさい。彼がどうしてこんな夜中にまで特訓に励むのか、よくわかるわ。」


「え、リリィは知ってるの?」


驚いたカレンの表情に、また色恋の混じったものが見え、リリィはすかさず目線を外した。


「話したことあるわ。」

「マジかよ。いつのまに二人共そんな話してたんだ?」


「最初の頃にね。さ、話も終わった事だし、さっさと片付けて部屋に戻りましょう。明日も早いんだから。」


そう言って、リリィは立ち上がっ た。もう0時も近い。話し込んでいる間に、時間はどんどん進んでいたようだ。


「そうだね。明日も朝早くから走らなきゃダメだしね。」


「そうだけど、ゾーイ、どうせお前は来ないんだろうが。羨ましいな本当に。」



重い腰を持ち上げながら、ため息混じりにギルが言った。
ゾーイは意地悪く笑うと、ギルに続いてソファから立ち上がった。



「それじゃあ、また明日。」

「おやすみ!」


四人は休憩所を出て、各々の部屋へと向かって行った。

その中で、ギルだけがこっそりと上の階に行くことを、ゾーイだけが気付いていた。
















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