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第一章
No.15 それぞれの
しおりを挟むシンはベッドに寝転がり、白い天井をジッと見据えていた。
物音も、話し声も何も聞こえない。月の光だけが部屋の中を照らしている。
結局、カレン、ギル、ゾーイの三人は医療室には留まらなかった。
あの後ゾーイが、答えは任せるから僕は帰るねと言って出て行き、少ししてからギルとカレンも寮に戻ると言って出て行った。
リリィと二人きりになって何時間も経つが、あのテストでシンとリリィ、ギルが離れている間にどんな事があったのかを少し話した位で、ガーディアンの事については何も話していない。
その後リリィは眠ったが、今は起きているようだ。規則的に聞こえていた寝息は数分前に消え、代わりに布団の擦れる音が聞こえる。
シンはずっと考えていた。
ガーディアンの話について。
自分に特別な能力が備わっていた事に関しては、素直に嬉しかった。セルビリアの精鋭チームに入り、正義を率いる事が出来ると確信した。
だが、差し出された方向が、志していた方向と全く違った。
いや、違ってはいない。同じことだ。
結局出発地点は同じ。途中から逆方向に分かれ、だが最終地点も同じ場所に辿り着くのだろう。
シンは目を閉じた。
あの日を思い描いた。
息絶えた母親を腕に、絶望する自分。それを囲み、銃口を向ける敵兵。そして、あっという間に敵を倒し、助けてくれた紅い長髪の男。
その長髪の男の存在になりたかった。
だが、差し出された道は、自分を絶望に突き落とした敵の兵士の方だと、シンは思ってしまった。
戦争は無くならないと、自分でも言っていたじゃないか。いずれまた“あの日”が再来した時、人の命を奪うんだ。
それを元から断ち切り、ほんの少しだけ奪う命の数が増えるだけの話。
迎え討つのでは無く、自ら出向いて行くという違いだけだ。
「カレンとギルは...」
急に、リリィが呟いた。
シンはリリィに顔を向けた。
自分と同じようにベッドに寝転がり、身体をこっちに向けている。月の光が、リリィの顔を青白く照らしていた。
「カレンとギルは、私達がやると言ったら着いて来るでしょうね。」
「やらないと言った場合も。」
リリィの顔は少し悲しげだった。
シンは暫くリリィの顔を見つめ、そして言った。
「...そうだろうな。ゾーイは?」
「あの子は多分、本当にどうでもいいんじゃないかしら。シン、あなたはどう思う?」
「同意見だ。何にしろ、俺達の答えで全員の進む道が決まるんだろう。」
困った奴らだ。と言う様に、シンは鼻を鳴らした。リリィはそんなシンを見て、少し笑いながら頷いた。
「私は何だっていいわ。行動範囲が拡がるだけ、私の記憶はきっと早く取り戻せるもの。だけど、カレンが心配。」
リリィはまた悲しげな表情に戻った。
「元々自分の意見を持たない、周りに流される性格で放っておけない子だったけど、予言者の娘だったなんて。ガーディアンになれば、危険に身を晒される機会が多くなるだけだわ。」
「...お前の言いたい事はわかるが、それは何をしても何処にいても同じ事だろう。逆に実力者が周りにいる方が、何かあった時に対処し易い。カレンの能力も使える。そう思って、ガーディアンに入れようとしているんだろう。」
「...そう、そうね。だけど...」
リリィは言葉に詰まった。
頭ではわかっている。
が、どうしても否定したいのだろう。
下唇を噛むリリィに、シンは微かに笑みを向けた。
「お前とカレンは姉妹みたいだな。」
「...そうかもね。でも、あなたとギルも兄弟みたいよ。」
その返しに、シンは眉を顰めた。
リリィはニヤリと笑みを作った。
「じゃあ、ゾーイは?」
「ギルと双子かしら。一緒にふざけて、悪さをして、私達を困らせるの。」
「俺とお前が長男、長女。カレンが次女、ギルとゾーイが双子の弟か。本当に、全くその通りの関係だな。」
二人は笑った。
何年も笑っていなかった気分だった。
笑いがやっと収まった時、二人の混沌としていた頭の中は、綺麗さっぱり片付いていた。
シンはリリィを見た。同じくリリィも、シンを見ていた。
「五人とも、ナーチャーだった。それはとても偶然には思えないの。きっと運命だと思う。これからも私達が面倒を見なきゃね。」
「...そうだな。これも何かの縁だ。」
答えは決まった。
意外にも、あっさりと。
明日の朝、三人が来たら、聞かせよう。
シンはようやく眠気が襲って来た。
欠伸をし、リリィから天井へと視線を移した。
リリィもそうすると思った。
だが、リリィの視線はまだシンに向いていた。
「ねえ、そう言えば。」
リリィが言った。
言うか言わぬか散々迷った挙句にようやく決心した様な、力のこもった声だった。
「マドズが言っていたのは何だったの?」
「何が?」
「覚醒に至った理由が女って。」
シンはぎょっとした。
リリィの方を向きかけたが、瞬時に考え直した。そのせいでシンの顔は左右に震え、奇妙な動きになった。
リリィはまだこっちを見ている。
視線がチクチクとシンの左頬を刺した。
シンは暫く天井を見た後、リリィとは反対の方向へ身体を向けた。
「...心当たりがない。勝手に言っているだけだろ。」
「ふうん、そうなの。」
全く納得していない様子で、リリィが言った。そして、ようやくシンから視線を外し、反対方向へと身体を向けた。
シンはそっと胸を撫で下ろした。
今のやり取りのせいで睡魔は遠くに追いやられてしまったが、とりあえず瞼を閉じた。
「...臆病なのね。」
リリィがぼそりと呟いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ギルは一人で寮の自分の部屋にいた。
色んなものが散乱する床に、何を考えるわけでも無く、ただ座っていた。
シンは本部の医療室。
他のルームメイトはいない。
持ち物が全て無くなっているので、きっとテストに落ちて家に帰ったのだろう。
寮の部屋は何処も静かだった。
セルビリアの先輩方の部屋は志願者の部屋とは離れた場所にあるし、この時間ならまだ本部にいるだろう。
選ばれた30名の志願者は、第一休憩所に集まっているようだった。横を通り過ぎた時、中から騒がしい音が聞こえた。
祝福し合っているのだろう。
合格したのは一緒なのに、こうも気分が違うとは。
ギルはため息を吐いた。
今頃シンとリリィは話をしているのかな。もしかしたらもう答えを出したかも。ゾーイは何をしているのだろう、寮にいるのだろうか。
カレンは?自分と同じように、一人で部屋にこもっているのだろうか。
そう思っていた時、扉をノックする音が聞こえた。
ギルは扉の方を見た。
遠慮がちに、扉が少しだけ開いた。
覗いたのは、カレンだった。
「ギル、入ってもいい?」
「あ、うん...」
ギルの声を聞き、扉の隙間からカレンがゆっくりと部屋に入って来た。
薄ピンクの寝間着に着替え、髪はおろしている。初めて見るカレンの姿に、ギルは何とも言えない気持ちになった。
「ごめんね、急に。」
ギルが自分を見たまま何も言わないので、カレンは不安に襲われた。
ギルはハッとして急いで首を横に振ると、散乱した本や服を(下着をそのまま置いていた自分を呪った。)急いで隅にやった。
「座りなよ。汚いけど...」
「うん、ありがとう。」
カレンはギルと少し距離を取り、座った。
ギルを見ずに部屋の中を見渡しているが、それは本当に興味があってしているのではなく、自分の不安を誤魔化したいが為の行動だとギルは気付いていた。
「どうしたんだ?」
少しして、ギルが聞いた。
カレンはやっとギルを見た。
「うん、一人だと色々嫌なこと考えちゃうから。」
「嫌なことって何だよ?」
「うーん、わかんない。感覚的に嫌になるの。」
「あー...何と無くわかるかも。」
適当に言っているわけではなく、ギルは本当にその気持ちがわかった。丁度、自分も同じ気持ちだったからだ。
誰かと他愛ない話をして、気を紛らわせたかった。きっとカレンもそれを望んで訪ねて来たのであろう。
だが、いつもなら泉の如くわき出るふざけたお喋りも、今は何故か一つも思いつかなかった。
暫くの沈黙の後、カレンが言った。
「私、皆がやるなら、やるよ。」
「ガーディアン?」
「うん、そう。」
カレンが頷いた。
それは、言われなくても知っていた。
いつだって、何だってそうだ。
これまで、何かを決める時は、シンとリリィに委ねていた気がする。
今回もそうだ。選択しろと言われた時、自然と視線は二人の方を向いていた。
「俺達、シンとリリィに頼ってばっかりだよな。」
視線を下に落として、ギルが言った。
カレンは二、三回頷いた。
「一人で部屋に居た時にね、もうリリィとシンは決めたのかなって他人事みたいに思ったの。それで、違うって思ったんだ。皆で決めなきゃいけないのに。」
「うん。わかるよ。それに、別に五人揃って一緒の方に決めなくてもいいんだ。シンとリリィがやるって言ったって、俺達がやらないって言ったら、俺達はやらないんだ。」
「...うん。でもそれは一番嫌。」
カレンは心底寂しそうな顔をした。
ギルは気付いた。
ああ、カレンは自分と全く一緒だ。
ガーディアンは関係無いんだ。能力も、内容も、セルビリアも国も何もかも。
カレンの世界の住人は、シン、リリィ、ゾーイ、そしてギルだけだ。そして、ギルの世界の住人も、他の四人だけだった。
ふと、ギルはトレーニングルームでシンと話した時の事を思い出した。
そしてハッとした。そうだ、そこに答えはあった。
「そう...そうだ。わかった!」
「えっ?」
唐突なギルの言葉に、カレンは目を見開いた。
ギルは笑っていた。
その笑顔に、カレンは更に驚いた。
「わかったんだよ。俺とカレンの、皆がやるならやるって言うのはさ、別に投げやりじゃないんだって。言っている意味わかる?」
「全然。」
首を傾げながら、カレンは少し笑ってしまった。
つい先程まで自分と同じように暗い顔をしていたギルは、今では目を輝かせ、満面の笑みを浮かべている。
「どういうこと?」
「ああ、だから、カレンは何で皆に任せようって思ったんだよ?明確な理由があるだろう?」
カレンは困惑した。ギルがとてつもなく難しい事を言っている。必死に考えたが、何も思い付かない。
自分の判断に明確な理由?
今回の件だけでは無く、今までだって、そんなものがあっただろうか。
考えれば考える程に、カレンは虚しくなった。どれだけ自分が中身の無い人間か、再確認してしまった気分だった。
カレンは首を横に振った。
ギルはオーバーに肩を落とすと、真剣な面持ちでカレンを見つめた。
「皆がやるならやる。っていうのは、皆が一緒に居るのならどんな事でも出来るって事だよ!それが俺達の選択なんだ、わかるかなあ?俺は頭が悪いから、シンみたいに上手い事伝えられないんだよ。」
「...シンに言われたの?」
「ああ、テスト前に悩んでた時にね。」
ギルはその時の事を話し始めた。
カレンは黙ってその話を聞いた。
「多分カレンも、シンやリリィに言われたら納得するよ。俺達は一緒なんだ。ガーディアンでも一般のセルビリアでも。他の皆がいる、いないで、全部変わるんだよ。」
そこでギルは一旦切った。
頭を掻き毟り、他にどんな伝わり易い言い方があるかを必死に考えた。
急に、カレンは声に出して笑った。
ギルはびっくりしてカレンを見た。
そんなに馬鹿らしい事を言っただろうか。途端に恥ずかしくなり、ギルは顔を赤くした。
「わ、笑うなよ。人が必死で...」
「ごめんなさい、違う、違うの。」
笑い涙を浮かべながら、カレンはギルを見た。ギルは不思議そうに首を傾げていた。
息を整え、カレンはギルに明るい笑顔を向けた。
「伝わったよ。わかった!」
「ほ、本当か?」
信じられない、と言った表情のギル。
カレンは大きく頷いて見せ、ギルに近寄り、両手を強く握った。
「明日、二人で言おう。皆が一緒なら、私達は何だって出来るし、どんな苦しい事も乗り越えられるって。だから、皆の答えに任せるって。」
ギルは暫くきょとんとしていたが、やがて嬉しそうに微笑み、大きく頷いた。
どんよりとしていた部屋の空気が一変して、明るい清々しいものになった。
カレンは握っていたギルの手を離し、満足そうな笑顔を浮かべて立ち上がった。
「私、部屋に戻るね。疲れてるのに、押し掛けちゃってごめんなさい。ありがとう。」
「気にするなって、こっちこそありがとう。」
ギルに手を振りながら、カレンは扉を開けた。
が、扉を開けたままカレンは暫く立ち止まり、そしてゆっくりとギルの方を向いた。
「ギルといるとね、楽しいし、面白いし、凄く嬉しい気分になるの。落ち込んでいても、嫌な感情を全部取っ払っちゃうんだよ。」
「ギルって本当に凄いと思う。私も、きっと他の三人も、いっぱい救われてると思うの。いつも、本当にありがとうね。おやすみ!」
ギルは何か言いかけたが、言葉を出す前にカレンは足早に部屋を出て行ってしまった。
扉が閉まった後も、ギルは暫くの間そのまま固まっていた。やがてゆっくりと後ろに倒れ込み、床に大の字に寝転がった。
(...なんかモヤモヤするな。)
言い表せない胸の違和感に、ギルは眉を顰めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
雲のない夜空。折角の月、折角の星。
その美しい輝き達は、目の前のセルビリア総本部の明かりのせいで失われているようだった。
ゾーイは寮の屋上にいた。
大の字に寝転がり、ただ夜空を見て、冷たい夜風を感じていた。
「ゾーイ様、お身体に障ります。」
声が聞こえ、起き上がった。
肩に毛布をかけられる。
振り返ると、キキがいた。
「ありがとう、キキ。」
「中に入られては?」
キキがそう言うと、ゾーイは笑顔で首を横に振った。
前を向くゾーイ。キキはゾーイの横に正座した。
二人とも暫く何も言わずにただ景色を眺めていたが、やがてキキが口を開いた。
「四人は無事、ガーディアンに入る決意をしたようです。」
「うん、知ってる。」
「グランスが驚いていましたよ。」
「だろうね。でも、まだまだ先は長いよ。」
ゾーイは笑った。
キキはゾーイの横顔を見据えた。
その笑顔の奥底に隠れた、違う表情を探るように。だがそれは見つけられそうになかった。
キキは諦めて前を向いた。
そのタイミングを見計らったように、代わりにゾーイがキキの方を見た。
「そう言えば、久し振りにアランに会ったよ。可哀想に、とっても忙しそうで疲れてた。苛々してたよ。」
「苛々しているのはいつもの事ですよ。私は時々首領室で顔を合わせていましたが、本当に相も変わらず無礼で口汚い男です。」
「...それは悪かったな。」
後ろから声が聞こえ、二人は同時に振り返った。
苛立った表情のアランがいた。
アランはキキに小さく舌打ちをすると、夜風に紅い長髪を靡かせながら二人の方へ歩き、少し後ろで立ち止まった。
「お疲れ様アラン。仕事終わったの?」
「終わるか。少し息抜きだ。」
アランはそう言って、コートのポケットから煙草を取り出した。
咥え、火をつける(道具も無しに自動的に火はついた。)アランにキキが信じられないと言った顔で口を開きかけたが、ゾーイがそれを止めた。
だが、それでもキキは止まらなかった。
「もう少し忠誠心を持ったらどう?」
「そんなもん俺が持ってると思うか?」
「ゾーイ様の前で煙草を吸うなんて。煙を吸い込んだら身体に毒じゃない。やめなさい。やめなさいったら!」
立ち上がるキキに、アランはわざと煙を吹きかけた。キキの目に怒りが宿り、アランは意地悪く笑った。
ゾーイは慌てて二人をなだめた。
「もう、キキもアランも落ち着いて。顔を合わせる度に喧嘩されたら、たまらないよ。」
「申し訳ありません、ですが...」
「ほら見ろ。見ている側もされている側も、お前の過保護には呆れてるんだ。」
馬鹿にしたような言葉にキキはまたアランを睨んだが、今度は何も言い返さなかった。
大人しくゾーイの隣に座り直し、前を向いた。
「ガーディアンの人達の話を聞いて思ったけど。」
ゾーイが静かに話し始めた。
「この世界って本当に不思議で、本当に脆いんだね。いつだって、何にだって左右されるんだ。二人は僕よりもよく知っているでしょう?」
「...まあな。」
白い煙を吐きながら、(その煙がゾーイの方へ少しでも行かないように、キキが必死に手を動かした。)アランが短く言った。
「確かにお前よりも世界の事は知っているが、今現在その世界の行く末を握っているのはお前だ。」
「...そうだね。」
アランからゾーイの顔は見られない。
だが、その横にいるキキの横顔を見て、ゾーイが今どんな表情を浮かべているのかアランには大体想像がついた。
徐にゾーイが立ち上がった。
「とりあえず、アランはまだ顔を出さないで。ギリギリまで隠して欲しい。目的は多い方が強くなるだろうから。」
「それとキキ。解除はまだ先だよ。丁度良いタイミングを見出すまで、そのまま待機していて。」
「了解しました。」
キキが立ち上がって言った。
アランも何も言わず頷いた。
ゾーイは満足そうに二人を見ると、もう一度夜の景色を見渡した。
美しい月は雲に隠され、光は届かない。
「ああ、心苦しいけど。」
ゾーイはわざとらしく目を細めた。
「四人は僕の犠牲になってもらわなきゃ。」
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