12 / 25
第1章
第12話 泣きすぎで草
しおりを挟む
脱衣所にやって来たウォルトは、ファムからいろいろと説明を受けていた。
「ボロボロの服はこのカゴに入れておきな。新しい服は後でフロルに持って行かせるからね。浴室のシャンプーやら石鹸やらは好きに使っていいけど、無駄遣いは厳禁だよ」
「了解しました。ありがとうございます」
「この風呂は私らが個人的に使う風呂だから、他の客のことは気にせずゆっくり心の疲れを取るといいさ」
説明を終えたファムが脱衣所から出る。
一人になったウォルトはボロボロの服を脱いで指定されたカゴに入れ、裸の状態で浴室に入る。
「うぉ……! これはヒノキの香り……っ!」
床こそ石造りだが壁は板張り、浴槽も木製である。
立ち込めるヒノキの香りはかぐわしく、入浴する者を大自然の中にいるかのように錯覚させる。
そう、それは入浴と森林浴を同時に行うような贅沢……のはずなのだが。
「フングラの樹海に逆戻りしたみたいで草」
大自然の中を三か月間全裸で駆け回っていたウォルトにとって、今の状況は少し前までの日常。
普通の人間なら感動する木々の香りも、ウォルトの鼻にとっては慣れたものだった。
「しかしながら、従業員で使う風呂がこのレベルなのはすごいな……」
壁にはシャワーヘッドが取り付けられ、バルブをひねるだけで温かな湯を浴びることが出来る。
これはそこらへんの民家どころか、王都の住宅でもまだあまり見かけない最新設備だ。
騎士たちが暮らす設備の整った宿舎で生活していたウォルトにとっては、このシャワーだって見慣れたものではある。
ただ、その当たり前が世間では当たり前ではないことは知っている。
(ファムさんには宿以外にも収入源があるんじゃなかろうか)
そんなことを考えながらバルブをひねり、温かい湯を浴びるウォルト。
その瞬間、全身が喜びに打ち震えるのを感じた。
「ああああああーーーーーーっ! 気持ち良すぎて草ァ!!」
樹海にいた頃も定期的に水浴びをしていたが、温かなシャワーの快感はその比ではない。
勢いよく体に打ちつけられる湯に、ウォルトはしばらく放心状態になった。
「ウォルト、大丈夫!? 何か大きい声が聞こえたけどっ!?」
脱衣所にフロルが飛び込んで来る。
浴室と脱衣所を仕切る扉には曇りガラスが使われているため、直接裸を見られることはない。
だが、ウォルトは年頃の女子のように慌てて浴槽に飛び込み体を隠した。
「あ、ああ……ごめん! 久しぶりのシャワーが気持ちよくって、つい草を生やしてしまって……!」
「まあ、大丈夫ならいいんだけどね。さっきから『あひゃひゃひゃひゃwwwwwwwww』みたいな奇声がエントランスの方まで聞こえて来てたから、心配になって飛んで来ちゃった」
「うわぁ……申し訳ない……」
どうやらシャワーが気持ち良すぎて放心状態になっている間、ウォルトのだらしなく開いた口から『口述式ワロタグリフ』が漏れ出していたようだ。
文字として刻む『w』を音声で表す口述式ワロタグリフには未だ謎が多い。
ただ、ウォルトの感情が高ぶると言葉の節々に口述式ワロタグリフが現れる傾向にあることはわかっている。
ワロタグリフにはウォルトが持つ草の力を出力する効果がある。
そのため、口述式にも何らかの効果があると思われるが、ウォルト自身もまだその効果を実感したことはない。
もしかしたら……ただただ下品に笑っているだけなのかもしれない。
「でも、本当に異常はないから大丈夫。むしろ心は以前よりスッキリしてると言ってもいい。一人でいる時に体をめちゃくちゃに動かして踊ったり、人前では言えないことを叫んでみたりすると心がスカッとするのと一緒さ。いわば心の排……いや、何でもない」
ウォルトは『心の排泄』と言いかけた。
叫ぶことで心の中のモヤモヤを追い出すと考えれば、排泄という表現は的確である。
だが、それを言ってしまうとウォルトはエントランスまで排泄音を響かせ、女性陣に聞かせてしまったことになるので……思いついた言葉を飲み込むしかなかった。
「何であれ、もし体に不調があるなら隠しちゃダメだからね! 男の人ってそういう無駄なところで結構強がるんだから。ジャガイモ作ってる近所のモーイおじさんなんて虫歯を隠してて大変なことに……!」
「俺のことを心配してくれてありがとう、フロル。こうしてフロルが話しかけてくれるだけで、俺の心はどんどん満たされていくよ。この村に君がいてくれて……本当に良かった」
自分に寄り添い、その身を案じてくれる存在のありがたさをウォルトは素直に表現した。
しかし、この言葉にフロルはドキドキと胸を高鳴らせる。
見た目はイケイケでやんちゃっぽく見えても中身は田舎の娘。
人生で一番の遠出は隣の村まで。男性とお付き合いした経験などない。
(これは……これからも私と一緒にいたいってこと!? この村を出て王都まで、そして永久に共に……! あっ、いやいや、それは言い過ぎよ……たぶん!)
フロルは体をもじもじとくねらせる。
ただ強いだけじゃなく、自分の弱いところも隠さずにさらけ出す少年を放っておけない気持ち――それはどんどんと強くなっていた。
「あ、あはは……そうだっ! ここに新しい服、置いておくからねっ! 私はご飯の準備があるから……また後でー!」
ドタバタとフロルが脱衣所から出て行き、浴室には水滴がぽとりと落ちる音だけが響く。
「なんて、あったけぇんだ……」
湯船に肩まで浸かり、しみじみとつぶやくウォルトであった。
◆ ◆ ◆
「お風呂あがりました。本っっっ当に気持ち良かったです!」
ウォルトはよーく浴槽に浸かった後、髪と体をしっかり洗って出て来た。
そして、脱衣所に用意されたふかふかのタオルで水分を拭き取り、新しい服に袖を通してフロルたちがいるエントランスへ戻って来た。
「服のサイズぴったりです。結構体が大きくなっちゃって合う服がないと思ってたんですけど、これは一体どこから……」
「宿に帰って来なかった客の服を着させたんじゃないか……って言いたいんだろう?」
ファムの指摘にウォルトはわかりやすくギクッと体を震わせる。
宿に帰って来なかった客――つまりはフングラの樹海に消えた人々が預けて行った荷物の中から引っ張り出した服なのではないか……ということだ。
「ヒヒヒ……安心しな、その服は都会に憧れ村を出て行った男たちが残したお古の服だよ。まあ、憧れの都会で今も生きてるかどうかは知らないけどねぇ」
「も~、婆ちゃんったら意地悪な言い方するんだから」
ニヤッと怪しげに笑うファムに、フロルがやれやれといった視線を向ける。
「婆ちゃんは確かに宿に帰って来なかった人たちが残した物に手を付けてるけど、その人の持ち物だと証明出来る物とか思い出深そうな物はちゃ~んと残しておく優しさがあるって知ってるもんね!」
「これこれ、それをあんまり言いふらすんじゃないよ。女だけでこれだけの宿を切り盛りしてるんだ。客の遺品でも見境なしに手を付ける恐ろしいババアを演じるのも一種の防衛戦略なんだよ」
「あっ、ごめ~ん!」
フロルが手を合わせ、ペロッと舌を出す。
そして、すぐ何かを思い出したようにハッと目を見開いた。
「そうだそうだ! ウォルトにご飯を用意してたんだった! 今持ってくるから、そっちテーブルの前のイスに座って待ってて!」
フロルは奥のキッチンへドタドタと駆けていった。
その間にウォルトは指定されたイスに座る。
宿に来て最初に座ったソファよりも高さがあり、丸いテーブルもそれに合わせて高めに作ってある。
腰掛けると沈みこむソファよりは、こちらの方が食事はしやすそうだ。
「よしよし、まだ全然冷めてない! 温かいうちに召し上がれ!」
キッチンから料理の乗ったトレイを持って来たフロルは、それを優しくテーブルの上に置いた。
「あ、ああ……っ!」
ウォルトの目の前に現れた料理の数々は、決して豪勢と呼べるものではなかった。
焼き加減が甘いパン、具を盛り過ぎて汁気の少ないスープ、ちょっと茹で時間が長かったパスタ、量が多くて一番目立っているサラダ……。
「一応うちにも料理専門のスタッフはいるんだけどね……。今日は野暮用でお休みだから、私が作ってみたんだ! プロには遠く及ばないけど、家庭的な手料理にはなってる気がするんだけど……どうかな?」
少し不安そうな笑みを浮かべ、フロルは体を揺らしている。
早く料理の感想が聞きたい彼女の想いとは裏腹に、ウォルトの手はなかなか動かない。
「……あったけぇ、あったけぇよ」
「え? 確かに温かいけど……まだ食べてないじゃん?」
「心があったけぇんだ……!」
久しく目にしていなかった誰かの手料理。
それも自分のためだけに作ってくれた料理。
風呂で温まっていたウォルトの心はさらに温まり、胸がいっぱいになった。
そして、目からは滝のような涙があふれ出した。
「え!? うわっ、ちょっと……泣くほど喜んでくれるのは嬉しいけど涙の量多過ぎで……ふふふっ! 笑っちゃいそう……!」
人間の涙腺ってこの量の水分を一気に放出するだけの機能を有しているんだと驚かされると同時に、フロルはそのシュールさを覚え笑いがこみ上げて来る。
その時、フロルはある感覚を覚えた。
(もしかして……この感情こそが『草』なの?)
新たなる概念が頭の中に芽生え、根を張り、草を生やす。
気になる男の子のことを少し理解出来たようで、フロルは何だか嬉しかった。
「ちょっとウォルト! 泣き過ぎで草! ……この使い方であってる?」
「ああ……とっても自然でまともな使い方だ!」
「やった! えへへ~」
白い歯を見せ、満面の笑みを浮かべるフロル。
止まり始めた涙をぬぐい、不器用に笑ってみせるウォルト。
見つめ合う二人――そして、ファムは言った。
「何でもいいけど、早く食べないと本当に冷めてしまうよ」
「あ、はい」
大量の涙を流したことで目が腫れたのは一瞬で、すぐ体内に蓄えた草の力で普段の顔に戻るウォルト。
「では……いただきます!」
久しぶりの『食事』にありついたウォルトは、まるで幼い少年のようにガツガツと出された料理を食べていった。
「ボロボロの服はこのカゴに入れておきな。新しい服は後でフロルに持って行かせるからね。浴室のシャンプーやら石鹸やらは好きに使っていいけど、無駄遣いは厳禁だよ」
「了解しました。ありがとうございます」
「この風呂は私らが個人的に使う風呂だから、他の客のことは気にせずゆっくり心の疲れを取るといいさ」
説明を終えたファムが脱衣所から出る。
一人になったウォルトはボロボロの服を脱いで指定されたカゴに入れ、裸の状態で浴室に入る。
「うぉ……! これはヒノキの香り……っ!」
床こそ石造りだが壁は板張り、浴槽も木製である。
立ち込めるヒノキの香りはかぐわしく、入浴する者を大自然の中にいるかのように錯覚させる。
そう、それは入浴と森林浴を同時に行うような贅沢……のはずなのだが。
「フングラの樹海に逆戻りしたみたいで草」
大自然の中を三か月間全裸で駆け回っていたウォルトにとって、今の状況は少し前までの日常。
普通の人間なら感動する木々の香りも、ウォルトの鼻にとっては慣れたものだった。
「しかしながら、従業員で使う風呂がこのレベルなのはすごいな……」
壁にはシャワーヘッドが取り付けられ、バルブをひねるだけで温かな湯を浴びることが出来る。
これはそこらへんの民家どころか、王都の住宅でもまだあまり見かけない最新設備だ。
騎士たちが暮らす設備の整った宿舎で生活していたウォルトにとっては、このシャワーだって見慣れたものではある。
ただ、その当たり前が世間では当たり前ではないことは知っている。
(ファムさんには宿以外にも収入源があるんじゃなかろうか)
そんなことを考えながらバルブをひねり、温かい湯を浴びるウォルト。
その瞬間、全身が喜びに打ち震えるのを感じた。
「ああああああーーーーーーっ! 気持ち良すぎて草ァ!!」
樹海にいた頃も定期的に水浴びをしていたが、温かなシャワーの快感はその比ではない。
勢いよく体に打ちつけられる湯に、ウォルトはしばらく放心状態になった。
「ウォルト、大丈夫!? 何か大きい声が聞こえたけどっ!?」
脱衣所にフロルが飛び込んで来る。
浴室と脱衣所を仕切る扉には曇りガラスが使われているため、直接裸を見られることはない。
だが、ウォルトは年頃の女子のように慌てて浴槽に飛び込み体を隠した。
「あ、ああ……ごめん! 久しぶりのシャワーが気持ちよくって、つい草を生やしてしまって……!」
「まあ、大丈夫ならいいんだけどね。さっきから『あひゃひゃひゃひゃwwwwwwwww』みたいな奇声がエントランスの方まで聞こえて来てたから、心配になって飛んで来ちゃった」
「うわぁ……申し訳ない……」
どうやらシャワーが気持ち良すぎて放心状態になっている間、ウォルトのだらしなく開いた口から『口述式ワロタグリフ』が漏れ出していたようだ。
文字として刻む『w』を音声で表す口述式ワロタグリフには未だ謎が多い。
ただ、ウォルトの感情が高ぶると言葉の節々に口述式ワロタグリフが現れる傾向にあることはわかっている。
ワロタグリフにはウォルトが持つ草の力を出力する効果がある。
そのため、口述式にも何らかの効果があると思われるが、ウォルト自身もまだその効果を実感したことはない。
もしかしたら……ただただ下品に笑っているだけなのかもしれない。
「でも、本当に異常はないから大丈夫。むしろ心は以前よりスッキリしてると言ってもいい。一人でいる時に体をめちゃくちゃに動かして踊ったり、人前では言えないことを叫んでみたりすると心がスカッとするのと一緒さ。いわば心の排……いや、何でもない」
ウォルトは『心の排泄』と言いかけた。
叫ぶことで心の中のモヤモヤを追い出すと考えれば、排泄という表現は的確である。
だが、それを言ってしまうとウォルトはエントランスまで排泄音を響かせ、女性陣に聞かせてしまったことになるので……思いついた言葉を飲み込むしかなかった。
「何であれ、もし体に不調があるなら隠しちゃダメだからね! 男の人ってそういう無駄なところで結構強がるんだから。ジャガイモ作ってる近所のモーイおじさんなんて虫歯を隠してて大変なことに……!」
「俺のことを心配してくれてありがとう、フロル。こうしてフロルが話しかけてくれるだけで、俺の心はどんどん満たされていくよ。この村に君がいてくれて……本当に良かった」
自分に寄り添い、その身を案じてくれる存在のありがたさをウォルトは素直に表現した。
しかし、この言葉にフロルはドキドキと胸を高鳴らせる。
見た目はイケイケでやんちゃっぽく見えても中身は田舎の娘。
人生で一番の遠出は隣の村まで。男性とお付き合いした経験などない。
(これは……これからも私と一緒にいたいってこと!? この村を出て王都まで、そして永久に共に……! あっ、いやいや、それは言い過ぎよ……たぶん!)
フロルは体をもじもじとくねらせる。
ただ強いだけじゃなく、自分の弱いところも隠さずにさらけ出す少年を放っておけない気持ち――それはどんどんと強くなっていた。
「あ、あはは……そうだっ! ここに新しい服、置いておくからねっ! 私はご飯の準備があるから……また後でー!」
ドタバタとフロルが脱衣所から出て行き、浴室には水滴がぽとりと落ちる音だけが響く。
「なんて、あったけぇんだ……」
湯船に肩まで浸かり、しみじみとつぶやくウォルトであった。
◆ ◆ ◆
「お風呂あがりました。本っっっ当に気持ち良かったです!」
ウォルトはよーく浴槽に浸かった後、髪と体をしっかり洗って出て来た。
そして、脱衣所に用意されたふかふかのタオルで水分を拭き取り、新しい服に袖を通してフロルたちがいるエントランスへ戻って来た。
「服のサイズぴったりです。結構体が大きくなっちゃって合う服がないと思ってたんですけど、これは一体どこから……」
「宿に帰って来なかった客の服を着させたんじゃないか……って言いたいんだろう?」
ファムの指摘にウォルトはわかりやすくギクッと体を震わせる。
宿に帰って来なかった客――つまりはフングラの樹海に消えた人々が預けて行った荷物の中から引っ張り出した服なのではないか……ということだ。
「ヒヒヒ……安心しな、その服は都会に憧れ村を出て行った男たちが残したお古の服だよ。まあ、憧れの都会で今も生きてるかどうかは知らないけどねぇ」
「も~、婆ちゃんったら意地悪な言い方するんだから」
ニヤッと怪しげに笑うファムに、フロルがやれやれといった視線を向ける。
「婆ちゃんは確かに宿に帰って来なかった人たちが残した物に手を付けてるけど、その人の持ち物だと証明出来る物とか思い出深そうな物はちゃ~んと残しておく優しさがあるって知ってるもんね!」
「これこれ、それをあんまり言いふらすんじゃないよ。女だけでこれだけの宿を切り盛りしてるんだ。客の遺品でも見境なしに手を付ける恐ろしいババアを演じるのも一種の防衛戦略なんだよ」
「あっ、ごめ~ん!」
フロルが手を合わせ、ペロッと舌を出す。
そして、すぐ何かを思い出したようにハッと目を見開いた。
「そうだそうだ! ウォルトにご飯を用意してたんだった! 今持ってくるから、そっちテーブルの前のイスに座って待ってて!」
フロルは奥のキッチンへドタドタと駆けていった。
その間にウォルトは指定されたイスに座る。
宿に来て最初に座ったソファよりも高さがあり、丸いテーブルもそれに合わせて高めに作ってある。
腰掛けると沈みこむソファよりは、こちらの方が食事はしやすそうだ。
「よしよし、まだ全然冷めてない! 温かいうちに召し上がれ!」
キッチンから料理の乗ったトレイを持って来たフロルは、それを優しくテーブルの上に置いた。
「あ、ああ……っ!」
ウォルトの目の前に現れた料理の数々は、決して豪勢と呼べるものではなかった。
焼き加減が甘いパン、具を盛り過ぎて汁気の少ないスープ、ちょっと茹で時間が長かったパスタ、量が多くて一番目立っているサラダ……。
「一応うちにも料理専門のスタッフはいるんだけどね……。今日は野暮用でお休みだから、私が作ってみたんだ! プロには遠く及ばないけど、家庭的な手料理にはなってる気がするんだけど……どうかな?」
少し不安そうな笑みを浮かべ、フロルは体を揺らしている。
早く料理の感想が聞きたい彼女の想いとは裏腹に、ウォルトの手はなかなか動かない。
「……あったけぇ、あったけぇよ」
「え? 確かに温かいけど……まだ食べてないじゃん?」
「心があったけぇんだ……!」
久しく目にしていなかった誰かの手料理。
それも自分のためだけに作ってくれた料理。
風呂で温まっていたウォルトの心はさらに温まり、胸がいっぱいになった。
そして、目からは滝のような涙があふれ出した。
「え!? うわっ、ちょっと……泣くほど喜んでくれるのは嬉しいけど涙の量多過ぎで……ふふふっ! 笑っちゃいそう……!」
人間の涙腺ってこの量の水分を一気に放出するだけの機能を有しているんだと驚かされると同時に、フロルはそのシュールさを覚え笑いがこみ上げて来る。
その時、フロルはある感覚を覚えた。
(もしかして……この感情こそが『草』なの?)
新たなる概念が頭の中に芽生え、根を張り、草を生やす。
気になる男の子のことを少し理解出来たようで、フロルは何だか嬉しかった。
「ちょっとウォルト! 泣き過ぎで草! ……この使い方であってる?」
「ああ……とっても自然でまともな使い方だ!」
「やった! えへへ~」
白い歯を見せ、満面の笑みを浮かべるフロル。
止まり始めた涙をぬぐい、不器用に笑ってみせるウォルト。
見つめ合う二人――そして、ファムは言った。
「何でもいいけど、早く食べないと本当に冷めてしまうよ」
「あ、はい」
大量の涙を流したことで目が腫れたのは一瞬で、すぐ体内に蓄えた草の力で普段の顔に戻るウォルト。
「では……いただきます!」
久しぶりの『食事』にありついたウォルトは、まるで幼い少年のようにガツガツと出された料理を食べていった。
13
あなたにおすすめの小説
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。
無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。
やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。
魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。
名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。
絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。
運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。
熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。
そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。
これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。
「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」
知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる