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本編
影を綴る手【後編】
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階段の奥の鉄扉が、遠くで軋む音を立てた。屋上の向こう、沙織の最後の息が、まだそこに潜んでいるようだった。階段を降りた後の廊下には、人の気配がすっかり途絶えていた。夕暮れの光が窓の隅に引っかかり、埃を白く縁取っている。響平は昇降口へ向かう足を止めた。胸の奥で封筒が脈を打つように重い。
沙織の机に残る微かな引っかき傷。真菜が言いかけた言葉。天の拳。奏の画面。すべてが封筒の墨と同じ色に思えた。
下駄箱の前で、小さな紙片が落ちているのを見つけた。拾い上げると、文字があった。
《お前は次に何を選ぶ》
封筒ではない。だが墨の匂いが、確かに指先に残った。振り返れば、誰もいない昇降口の奥。靴音が遠くで割れたような気がした。
校門を抜けたとき、春の冷たい風が制服の袖をかすめた。街灯の光に浮かぶ真菜の後ろ姿が、すでに遠い。響平はポケットに紙片を押し込み、深く息を吐いた。
次に何を選ぶ――。それを誰が問うているのか。頭の奥で、沙織の名前がゆっくりと滲んでいく。家に帰り着いても、机の引き出しの奥に沈んだ封筒は、静かに息をしていた。部屋の蛍光灯の白い光が、紙の縁を照らすと、墨の黒がなおさら深く見えた。引き出しの中には、これまでの封筒と紙片が重なり合っている。埃と同じ匂いが、机の木目に染み込んで離れない。
窓の外をかすめる風の音が、遠い誰かの囁きに聞こえた。封筒を手に取ると、指先が小さく冷たく震えた。
《お前は次に何を選ぶ》
この問いは誰の声だろう。沙織か。それとも、シクレを名乗る誰かか。机の端にノートを開いた。白紙のページにペンを走らせる。
《沙織 奏 天 真菜》
名前を並べてみる。誰が敵で、誰が味方か。墨のような線が、紙の上で滲んでまとまらない。背中に小さな物音がした気がして振り返る。しかし部屋には誰もいない。自分の息遣いだけが、蛍光灯の下で机を撫でていた。
窓の外の街灯が、ゆらりと風に揺れている。春の冷たさを孕んだその光が、封筒の白さをわずかに照らした。響平は引き出しをそっと閉じた。封筒の声はまだ奥でかすかに鳴っている。心の奥で、誰かの笑い声が遠くに混じった。
沙織の机に残る微かな引っかき傷。真菜が言いかけた言葉。天の拳。奏の画面。すべてが封筒の墨と同じ色に思えた。
下駄箱の前で、小さな紙片が落ちているのを見つけた。拾い上げると、文字があった。
《お前は次に何を選ぶ》
封筒ではない。だが墨の匂いが、確かに指先に残った。振り返れば、誰もいない昇降口の奥。靴音が遠くで割れたような気がした。
校門を抜けたとき、春の冷たい風が制服の袖をかすめた。街灯の光に浮かぶ真菜の後ろ姿が、すでに遠い。響平はポケットに紙片を押し込み、深く息を吐いた。
次に何を選ぶ――。それを誰が問うているのか。頭の奥で、沙織の名前がゆっくりと滲んでいく。家に帰り着いても、机の引き出しの奥に沈んだ封筒は、静かに息をしていた。部屋の蛍光灯の白い光が、紙の縁を照らすと、墨の黒がなおさら深く見えた。引き出しの中には、これまでの封筒と紙片が重なり合っている。埃と同じ匂いが、机の木目に染み込んで離れない。
窓の外をかすめる風の音が、遠い誰かの囁きに聞こえた。封筒を手に取ると、指先が小さく冷たく震えた。
《お前は次に何を選ぶ》
この問いは誰の声だろう。沙織か。それとも、シクレを名乗る誰かか。机の端にノートを開いた。白紙のページにペンを走らせる。
《沙織 奏 天 真菜》
名前を並べてみる。誰が敵で、誰が味方か。墨のような線が、紙の上で滲んでまとまらない。背中に小さな物音がした気がして振り返る。しかし部屋には誰もいない。自分の息遣いだけが、蛍光灯の下で机を撫でていた。
窓の外の街灯が、ゆらりと風に揺れている。春の冷たさを孕んだその光が、封筒の白さをわずかに照らした。響平は引き出しをそっと閉じた。封筒の声はまだ奥でかすかに鳴っている。心の奥で、誰かの笑い声が遠くに混じった。
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