シュークリーム

多田羅 和成

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後半

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「いらっしゃいませ」

 閉店間際にカランとベルが客が来たことを知らせるから、橘は穏やかそうな笑みを浮かべていると、七年間片思いをしている彼、清水が訪れた。仕事終わりなのだろう。スーツ姿に赤い薔薇が一輪綺麗に包まれている。もしや、彼女さんへのプレゼントかと思うと、橘の心に棘が刺さる。いつも通りマカロンを頼んだので、なるべく表情を崩さないように細心の注意を払いながら小さな箱に詰めて渡そうとした時、清水から薔薇を向けられる。

「橘さんのことがずっと好きでした。お友達からでもいいので、付き合ってください」

 橘は都合のいい夢を見ているんじゃないかと錯覚をした。マカロンが入った箱が僅かに震えてしまう。波打つ心臓を抑えつければ、喉元まで出かかった言葉より先に口からの軽い言葉が飛び出す。

「すみません。考えさせてください」

「……いきなりですからね。こちらこそすみません。連絡先は入っているので、いつでも待っています」

 そう言い、寂しそうにマカロンを受け取ると清水はお店から出ていった。哀愁漂う背中を見守るしか出来なかった橘のお腹にはぐるぐると黒いものが渦巻いている。何故、自分は返事をしなかったのだろう。せっかくのチャンスだったのに。後悔の波が津波のように襲いかかり、橘に息苦しさを与えてくる。

 スワン型の薄ピンク色のシュー生地も、抹茶の葉も、桜の飾りも出来て後は組み立てるだけだった。それだけなのに何故か橘は迷ってしまっている。告白を迷っている自分が、旭の背中を押していいのだろうか。迷惑にならないだろうか。バラバラのパーツは、まるで橘のようであった。いっそこっそり自分で処理しようかと考えていると、裏口の扉が開かれた。

「あっ、やっぱり開いてたっすね」

「田中くん。どうしたんだい」

「いやー、忘れ物しちゃって」

 そこにいたのは、ピッコラで働いている田中という若い従業員だ。チャラいけれど作業は真面目にする青年だ。どうやら、忘れ物をしてしまったついでに見に来たのだろう。

「あれ、これ新作すか?」

「あっ、あぁ、これは違うんだ。旭くんっていう男の子いるだろう? その子がね、芸術系の高校に行きたいけど、親に言えずにいるんだって。だから、夢に走って欲しいなと最初は思っていたんだ」

「いた? なんで過去形なんすか?」

「いやね、大事な決断もできない自分が背中押していいのかなって」

 橘は目を伏せて未だ組み合わせていないパーツ達を見つめる。その様子に田中は不思議そうな表情を見せる。

「いいんじゃないすか? 俺なら速攻背中押すっす。そして、自分のもそれを気に自分のも歩みだすっす」

「いいのかな」

「いいんすよ。応援したい気持ちは本物なんすよね。なら、いいと思うすよ。むしろやらないでいた方が自分も、相手も苦しいじゃないっすか」

 その言葉に橘はハッとする。確かに言わないと旭は誰にも背中押してもらえず、いつの間にか夏が来てしまうかもしれない。そうなると、芸術系の高校に行きたいと言えずに進学校に行って、自分みたいに後悔の根が蔓延ってしまい、貴重な高校生活の三年間苦しんでしまうかもしれない。自分だってもう告白されたのだから、返事はしないといけない。いつまでも中学校時代のトラウマに足を取られていてはいけないのだ。そう思うと曇天の心に一筋の光が差し込んできた。

「そうだね。ありがとう。迷いが吹っ切れたよ」

「いやいや、気にしないでいいっすよ! じゃあ、お疲れ様っす!」

 田中は頭を下げた後に店を後にする。もう、橘の心に迷いはなかった。手は止まらず桜の白鳥は生み出されていく。

「出来た」

 桜の香りがする店内に一羽の白鳥が生まれた。桜の塩漬けが刻まれた淡い桜のクリームに抹茶の葉と桜のチョコが寄り添っている。今にも羽ばたきそうな翼を抱えて、未来へ飛び立とうとしているように見える。先ほどまで曇りかかっていた視界は、透き通っている。

「喜んでくれるといいな」

 冷蔵庫の中に白鳥を眠らせれば、店じまいをして鍵をかければ家に帰っていく。その足は軽いものであった。

「よし、がんばろう!」

 今日が戦いの日。ショートケースにはいつも通り、新鮮なフルーツを使ったケーキや美味しそうに焼けた焼き菓子達が並んでいる。だけど、お菓子達も違うように橘には見えていた。今日こそ旭くんに渡して背中を押すのだ。これが自分の自己満足だとしても後悔はない。

 カラン、ベルの音が鳴る。扉の先にいたのは、やはり暗い顔をした旭であった。

「いらっしゃい旭くん」

「シュークリーム一つください」

 そう言われると橘は裏へと入っていくので、旭は不思議そうに見つめる。ショートケースの中には、まだシュークリームがあるのに。その疑問は橘の持ってきた板には桜の白鳥が泳いでいた。

「これどうしたんですか?」

「これかい?これはね、旭くんにプレゼントしたいなと思って作ったんだ」

「えっ?」

 橘の言葉に旭は驚いてしまう。どうして橘がこんなことをしてくれるのか思いつかないからだ。

「旭くん、お節介かもだけど親御さんに芸術系の高校に行きたいって言ってみたらいいんじゃないかな。やらなくて後悔するよりも、最後まで頑張ってみてほしんだ。白鳥はね、周りからしたら優雅に泳いでいるように見えるけど、実際は水面下では足を必死にばたつかせているんだ。桜だって寒い冬を越して春に咲き誇る。ちょっとでもいいんだ。勇気を持って羽ばたいてほしいな」

 思いを込めていつものシュークリームと、桜の白鳥を箱に詰めていく。その言葉に俯いていた旭は顔を上げる。その顔には笑みが浮かんでいた。

「ありがとうございます。橘さんのお陰で勇気が出ました。家に帰ったら親に話してみます」

 深々と頭を下げた後、箱を受け取り家へと帰る背中は真っすぐであった。橘はその姿を微笑ましそうに見守っていた。

「ただいま」

 家に帰れば自分の声が部屋に響く。電気をつけると机には、清水がくれた一輪の赤い薔薇が無機質な机を彩ってくれている。名刺に書かれた電話番号をスマホに打ち込んでコールを鳴らす。

「もしもし、橘です。清水さんのお電話ですか?」

 桜の白鳥は羽ばたいていく。未来へ続く空は澄み渡っていた。
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