『左遷将軍と疵物皇女の無双領地経営 ~不器用な最強の夫に溺愛されたので、愛する彼のため極悪な知略で敵を地獄へ叩き落とします

モモ

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第1部序章

第2話 誓いの刃と猟犬の価値

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 帝都の片隅。漆喰の剥がれたプルケリア男爵邸の居間に、安酒の酸っぱい匂いが充満していた。
 暖炉の石組みに樫木の杯が叩きつけられ、派手な破裂音と共に砕け散る。
「……狂ったか、フラウィウス! よりにもよってあの『血を汚した皇女』を妻に迎えるだと!」

 激昂する父の唾が飛び散り、親族たちは死人のように青ざめて頭を抱えている。
 至高神の教えが絶対であるこの国で、あの毒婦と関わることは一族の社会的死を意味していた。
 だが、部屋の中央に座る190センチの巨躯は、濁流に抗う黒岩のように微動だにしない。

「皇帝陛下の勅命です。すでに、覆ることはありません」
 使い込まれた甲冑を軋ませ、フラウィウスは低く、感情のない声で告げた。
「明日、宮内省への正式な申請を経て、後宮へ面会に行って参ります」

「宮内省だと……っ! 近衛の監視がつく公式な場に、あの女を引き摺り出すつもりか!」
「近衛の監視があるからこそ、我々の婚約が法に則った正当なものだと証明されるのです」
 重く低い声が、薄暗い居間の空気を物理的に制圧した。

 彼はただ剣を振るうだけの野良犬ではない。
 宮内卿が発行する面倒な認可状(紙の壁)すらも、己の女を守るための盾として使いこなす男だった。
「これ以上の不敬は、一族の首が飛びますよ、父上」

 同時刻。コンスタン宮の深部にある皇帝の私的な執務室。
 分厚い絨毯の敷かれた空間に、極上の葉巻が放つ甘く焦げた香りが淀んでいた。
 マホガニーの机越しに、テオ皇帝は琥珀色の酒を揺らし、低く喉を鳴らす。

「……しかし、テンプレ神の采配とは分からぬものだな。あの不良債権(アエリア)を、自ら拾う猟犬がいるとは」
「おめでとうございます、陛下。大貴族の不満を買うことなく、血を汚した皇女を処分できましたな」
 皇帝の言葉に、傍らに控える宰相が恭しくグラスを掲げて嘲笑した。

 修道院へ幽閉する手間も費用も浮いた。全く、気安くて従順な猟犬だ。
 皇帝にとって、下級貴族など己の庭を走らせる家畜に過ぎない。
「プルケリアは使い勝手の良い剣だ。機を見て、何か別の『餌』をくれてやらねばな。飼い殺すには惜しい」

 権力者たちは、心地よい疲労と共にソファへ背を預け、煙と共に嘲笑をこぼした。
 彼らは全く気づいていない。
 己がただの猟犬と侮った男と、壊れたガラクタと切り捨てた娘が、やがて帝国の玉座を物理的に脅かす怪物へと化けることなど。

 ――翌日。後宮の入り口に設けられた、冷たい石造りの面会室。
 扉の両脇に立つ近衛兵たちの監視のもと、白磁のティーカップが触れる微かな音が響いた。
 アエリアは背筋を完璧な角度で伸ばし、温度のない、彫像のように美しい微笑みを唇に貼り付けている。

「……一ヶ月後の正午。テンプレ神の教えに則り、大聖堂にて輿入れの儀を執り行います」
 宮内卿の印章が押された認可状を傍らに置き、巨躯を窮屈そうに折り曲げたフラウィウスが淡々と告げた。
 事務的な、ひどく低い声。その無骨な顔には、一欠片の感情も読み取れない。

「承知いたしました、プルケリア将軍。……身の程を弁えた、慎ましやかな式にいたしましょう」
『毒婦』と蔑まれる己を嘲るような、冷徹な模範解答。
 だが、フラウィウスが腰帯から黒鉄の短剣を抜いた時、室内の空気が物理的に張り詰めた。

「……挙式までの間。我が兵を後宮へ入れることは、軍律により叶いません。故に」
 重い刃が机の上を滑り、アエリアの華奢な指先の前でピタリと止まる。
「プルケリアの紋章を、殿下にお預けいたします」

 その瞬間だけ。視線を上げたフラウィウスの黄金の瞳に、猛獣のようなギラついた光が走った。
 アエリアの完璧な微笑みが、ほんの数ミリだけ引き攣る。
 彼女の白い指が、吸い寄せられるようにその冷たい鉄の柄に触れていた。

 扉が閉まり、巨躯の男が去った後も。アエリアは掌の上の無骨な短剣を見つめていた。
(……嘘つきな、野蛮人)
 冷たい鉄の柄からは、凍えるような後宮の空気とは対極にある、ひどく暴力的な熱が伝わってくる。

 帝国の将軍が、己の帯剣を女に預ける。
 その意味を裏付けるように、将軍の短剣は絶対的な「盾」となった。
 一ヶ月の間、血の匂いに怯えた後宮のネズミたちが、アエリアに近づくことは二度となかった。

 ――そして時は無情に、しかし確かな熱を帯びて過ぎ去っていく。
 約束の、一ヶ月後。
 どんよりとした冬の曇り空の下、帝都の中心に聳える大聖堂に、一台の質素な馬車が到着した。

 重厚な木の扉の向こうでは、何百人という着飾った貴族たちが、残酷な石打ちの準備を整えて待ち構えている。
 だが、開かれた扉から祭壇を真っ直ぐに見据える『漆黒と白金』の二人の瞳には。
 有象無象の姿など、もう欠片も映ってはいなかった。
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