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第1部序章
第4話 毒入りの恩賞と白金の知略
しおりを挟む重厚なカーテンの隙間から、凍てつくような冬の白光が寝室へ滑り込んできた。
部屋には、まだ熱い寝汗の匂いと、荒い呼吸の余韻が濃密に淀んでいる。
「……アエリア、まだ、離したくない」
190センチの鋼のような肉体は、昨夜の初陣を経てなお、尽きることのない熱量を帯びて彼女を圧し潰さんばかりに抱きすくめている。
分厚い掌が、彼女の白い肌をなぞり、再び情欲の火を灯そうと蠢いた。
「……お待ちになって、旦那様(だんなさま)」
乱れたプラチナブロンドの隙間から、アエリアが微かに、だが凛とした声を漏らす。
彼女は夫の強固な腕の中で身を捩り、逞しい胸板に細い指先を置いてその熱を押し止めた。
「今日は陛下への謁見、そしてご両親様へのご挨拶が控えておりますわ。将軍閣下が寝坊して遅刻したなど、帝都中の笑い草になりたくて?」
黄金の瞳に宿る野生の熱を、アエリアは紫の瞳で正面から受け止める。
昂る身体を沈めるように、フラウィウスは無念そうに喉を鳴らし、愛しい妻の肩に深く顔を埋めた。
そんな夫の不器用な従順さが愛おしく、アエリアは彼の耳元で、最上の甘い毒を囁く。
「安心なさいませ。これからは毎日、飽きるほどお相手をいたしますわ。……わたくしが、フラウィウス様の御子を身ごもるまで」
刹那、フラウィウスの身体が硬直した。
それは、どんな戦場での勝利よりも彼を震わせる、重く、そして神聖な誓約だった。
――その数刻後。
老帝国と嘲笑されるヒサデインの玉座、コンスタン宮。
文官に案内された二人は、皇帝テオ・クラウディウスが待つ応接室のソファに腰を下ろしていた。
室内には三人のみ。扉の外に衛兵が二名。
(恐らく隠し部屋にも近衛が配置されているのだろうが……)
弑逆の意志などないフラウィウスは、主君として当然の警戒を気にも留めず、静かに頭を垂れていた。
テーブルには、メイドが置いていった紅茶の湯気が、冬の冷気に白く混ざり合っている。
「新婚直後に呼び出してすまなかった。……して、自ら求めた姫との初夜はどうであった?」
皇帝テオは、からかうような歪んだ笑みを浮かべて口を開いた。
「いろいろ問題はある姫だが、我が娘ながら美しく、スタイルも良いだろう」
露骨な揶揄に、フラウィウスは鉄錆のような色の顔で硬直した。
昨夜、アエリアに導かれるままに溺れた自分を、皇帝の前で晒すわけにはいかない。
「陛下。不謹慎ですわ」
隣のアエリアが、冷たい咳払い一つで父を射抜いた。
彼女の紫の瞳には、もはや甘い夜の余韻など欠片もない。絶対零度の政治家の顔だった。
「今後の処遇について、事前に内定をいただいておりますが……陛下。一族と言うのであれば、最低でも『侯爵位』ぐらいにしていただいても宜しいのではないでしょうか?」
皇帝の表情が、一瞬で石のように硬化した。
「今回の降嫁に合わせて伯爵に陞爵させたばかりだ。。流石に侯爵以上に陞爵させては、他の大貴族が黙っておらん」
「左様ですか。ならば、百歩譲って爵位と領地(アルバノン)と代官職(デュラギオン)は提示通りにお受けいたします。……ですが」
アエリアは紅茶のカップを優雅に持ち上げ、氷のような微笑みを浮かべた。
「支度金の1万ソリドゥス。それではデュラギオンの港を維持、整備するには足りません。1万5千ソリドゥスとしていただきます。加えて、皇室負担で貸与いただく官吏の期間を、1年から3年へ延長してくださいませ」
(い、1万5千だと……!?)
隣で控えるフラウィウスは、内心で冷や汗を流していた。
男爵の年俸が10、将軍の月俸が6(年で72)。合わせても年俸82ソリドゥス程度の彼にとって、それは天文学的な数字だ。
皇帝は、侯爵位という法外な要求を蹴った直後ゆえに、この「実利」の要求を無碍にはできなかった。
舌打ちを一つし、忌々しげに頷く。
「……分かった、我儘娘の願いを聞き入れるとしよう」
アエリアはカップを置き、優雅に一礼した。
彼女は最初から侯爵位など狙っていなかったのだ。その手元には今、帝国の辺境を完全に作り替えるだけの、莫大な軍資金と行政能力が握られていた。
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