異世界に帰った想い人を待つ男と、異世界渡りで記憶と顔をなくした想い人が二度目の恋をする話

こぶじ

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第一章

4:魔導具研究室

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 国立研究所では、各機関から研究内容や研究対象の指定依頼を受ける事はままある。特に魔導具は汎用性が高く、日用品から王室の機密保持までこなす為、私の所属する魔導具研究室には便利屋のような依頼がよく舞い込む。
 ここ数日は、王立軍からの新型通信具の開発と、主教会から信徒と物品の記録管理用魔導具の納品が重なりより忙しない。

 今朝も出勤後直ぐ様、共用の伝達事項に目を通してから作業に取り掛かる。魔導具の挙動不安の確認をしていると、始業時間間際に滑り込んで来た同僚のアクロイドが、挨拶もそこそこに面白半分の顔で「ホントお前も大変だよなあ」とこちらに一通の簡易封書を放り投げてくる。

「お前の親父さん入り口で神官ともめてたぞ。何事か知らねえけどよくやるよなあ。教会を敵に回したら軍人こそ困るだろうに」

 私の機嫌など伺う気のないアクロイドは、分厚く大きな丸眼鏡越しにへらへらと軽薄に笑って、隣席で回路図面を引き始めた。
 “あの男”が誰彼構わず揉め事を起こすなど、今に始まった話ではない。王立軍所属のあの傲岸不遜な男は、利益の得られそうな所には容赦せず無理を捩じ込んでいく上に、引き際もある程度心得ているからトドメを刺せない。今の所、あの男は主教会相手に何の足掛かりも無く大きな動きがあるとは思えないが、曲がりなりにも身内事だ。正直、次は何をやらかすつもりなのかと気が重い。

 アクロイドに寄越された封書を表返せば、案の定そこには見知った癖のあるあの男の筆跡がある。就職以降実家に近寄りもしない息子への、いつもの顔見せの催促だろう。毎度応じる気はないが、そろそろ一度位は足を運ばなければ研究所の入り口どころかこの研究室内にまで乗り込んでくる事だろう。
 知らず全て吐き出す様な長息が漏れた。今は封を切る気にもなれず、広い作業机の隅の未処理書類の上に重ねる。

「神官の方は司祭の使いか?」

「たぶんそう。うちの室長が一緒にいたけど影薄すぎて俺がビビった」

「僕の影が薄くてごめんねえ」

 背後からぬるりと顔を出したルウェリン室長に、アクロイドが「あ」と間の抜けた声を上げた。

「アクロイド君、喜んでください。マヌエル司祭から仕様変更依頼書が届きましたよ。君は図面の引き直しお得意でしょう。でも納期は延びませんのでしゃかりきでお願いしますね」

「え。まじすか。あの司祭にこにこしてるくせにやることクソっすね」

「君はそういう事軽々しく言っちゃうから外に出せないんですよねえ」

 図太いアクロイドにルウェリン室長の苦言が響く訳もなく、「適材適所ってことっすね」と手渡された仕様書の変更箇所に目を通しながらすでに回路変更の書き込みを始めている。それに苦笑していた室長を呼び止めると、私の言わんとすることなど見透かされていて「大変ですね」と、室長もアクロイドと同じ事を口にした。

「ペイトン家の当主がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません。当主には越権行為を控えるよう私からも伝えます」

「まあまあ。君が責任を感じる必要はないです。中将殿は君に限らず、誰の言う事も聞かないでしょうしね」

 ルウェリン室長は言いにくそうに頭髪と同じく真っ白な自身の口髭を指先で撫でた。あの男が己しか信じず、私の進言など歯牙にも掛けない事は事実なので小さく頷く。

「それにねえ、僕としては自分の子供にそんな事言わせてしまう中将殿には腹が立ってるんです。うちの子たちも君くらい真面目で優秀だったら、親としては誇らしくて仕方ないのになあ」

 柔和に微笑むルウェリン室長は、自身の家族を愛している事がよくわかる。それを眩しいものという感覚はあるが、私も良い歳なので親の愛を羨むような気持ちはもはや無い。

「お気遣い痛み入ります」

 軽く頭を下げると、ルウェリン室長は「お世辞じゃないですからね」と困ったように眉を下げた。

「ペイトン君が以前開発した言語訳述の魔導具、王家からとてもいい反応をいただけてね。今の案件から手が離れたら回路発展させてみて欲しいんだ。頼めるかな?」

「承ります」

 元々は難単語や慣用表現に疎いチカの語学勉強の補助具として、手すさびに突貫作業で作った道楽の魔導具だ。改良のしようは幾らでもある。

「えー!俺もそれやりたいっす!ペイトンの書く回路って拡張性高いからイジるの楽しんだよね!」

「アクロイド君に任せたら自分好みにしちゃうから駄目」

「えー!ケチ!」

「僕、上司。これ、仕事。わかる?」

 子供のような悪態をつくアクロイドに、呆れ切ったルウェリン室長は幼児を相手にするように言い聞かせるが当人には響いた様子は無い。

「王家からの依頼ってことは経費予算も高いだろー。いいなあ。俺もちょこっと仲間に入れてよペイトーン」

「大陸内の各国言語形態見本の任意抽出と、地域毎の発音抑揚変化の情報収集を手伝ってくれるなら構わない」

「うげえ。そゆのいらね。俺の適所じゃねえもん」

「うーん。次期室長候補がすでにいてくれてありがたいよ」

「え?俺?」

「アクロイド君だけは無いから安心していいよ」

「えー?」

「君もペイトン君くらい分別があると良いんだけどねえ」

 ルウェリン室長はそう言ってはいるが、アクロイドと私の間にそう多くの違いは無い。所詮どちらも人の言語より魔導回路言語に傾倒した気狂いの類だ、と回路への命令を書き出しながら思う。
 南東隣国との情勢が良くない事で、王家外交部では大陸諸国との和平交渉事項が増えていると聞くし、対応言語は多ければ多い程良いだろう。今の作業目処を逆算しつつ、次の発展回路の有効範囲最大化について考えを巡らせた。
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