右肩に取り憑いた美貌の背後霊が、俺を溺愛執着する神様だった話

こぶじ

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2:《二日目》2

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 宵の口の定食屋は、俺の狙い通り繁盛していた。
 但し、俺の気の所為じゃなければ、右肩の男の存在がはっきりしてきてる。化け物の癖に成長すんじゃねえよ。無限の可能性はか弱い人間の専売特許じゃねえのかよフザケんな。段々腹が立ってきた。
 
「画材商のヘイリーがね、大きな新品のキャンパスを譲ってくれたの。代わりに、追加の顔料はうちで買ってね、ですって。商売上手よね」

 魚の堅揚げをバリバリ噛み砕きながら、適当にマルヴィナの話を聞く。この間は漁師見習い、その前は木工職人、そのまた前は宿屋の若旦那だったか。そこそこ美人で愛想が良くて若いマルヴィナの周りには、いつだってちょっかいを出す男が絶えない。マルヴィナもそういう意味でちょっかいをかけられている事に気付いてるだろうに、まるでこっちの反応を試すみたいにそんな話を俺にする。まるで、俺に嫉妬させたいみたいに。

「この女はやめとけ」

 右肩の男がはっきりとそう言った。くっそ。俺が堅揚げを食い切るのを見計らって声を張りやがったな。卑怯だ。

 手洗いの為に席を立ったマルヴィナの背中が完全に見えなくなるまでじっくり見送ってから、「おい、うるせえぞ」と喉を絞って小声で右肩に話し掛ける。

「いい加減にしろよ、お前。勝手に人の肩に居座んじゃねえ。家賃とるぞ。日割りで払え」

 さっきまでぼそぼそべらべら何かしゃべってた癖に、こっちから話し掛けた途端に黙り込みやがった。なんでだよ。しかもたぶんこっち見てる。怖えよ。やんのかコラ。
 薄目で右を向く。思ってたよりがっつりこっち見てる。うわ、近、怖。でもさ、なんか俺の前髪にかすかに鼻息当たってねえか?え、息してんのお前。地味に不便だな。息するんなら屁も出んのか?この距離でこかれたら絶対くせえわ。

「ふはっ、笑わせるなよ」

 自分に取り憑いてるらしい、幽霊?を相手に急に笑い出す俺もなかなかやばいな、とか思ってたら、右肩を後ろに引かれる感覚がして男の顔がぐいっと前に出てきた。驚くより先に、唇に柔らかいものがしっとり触れてすぐ離れた。
 目の前には淡い水色の目をした、とんでもない美丈夫がいた。その水色がゆっくり閉じた瞼の裏に隠れて、もう一度その形のいい唇が俺の唇を食む。しばらく舌まで使ってじっくり味わってから男は俺を解放した。初めてのキスだったが特に嫌悪感もないし、よくわからんけどなんだか妙にしっくりきた。

「お前そんな男前なのかよ。狡いな」

「お前は間抜け面だな」

 男は嫌味な程整った顔を嫌味に歪ませて笑うと、ゆっくり元位置に戻っていった。いや、邪魔だからもうちょい後ろに引っ込めよ。いちいち見切れんな。
 小言を言ってやろうと思ったけど、ちょうどマルヴィナが戻って来た。

「マヌ、今誰かとしゃべってた?」

「いんや。それより俺パンケーキ追加していいか?マルヴィナはいる?」

 マルヴィナは当然首を横に振った。こう見えて辛党な事を、本人は隠しているつもりらしいので敢えて触れない。

 待ちに待った焼きたてのパンケーキをウキウキで受け取り、そこに思う存分蜂蜜を注ぎながら「何を描くんだ?」と尋ねたら、美味そうにちびちび酒精の強い食後酒を舐めていたマルヴィナが微笑んで顔を上げた。

「あんなに大きなキャンパスはなかなか手に入らないから、せっかくだから特別なものを描きたいの。静物はちょっと味気ないし、人物は依頼費がかさんじゃうし、風景は選びきれなくて。どうしようかな」

「神聖画は?国教主神の緻密画が流行った時期があったよな」

「んー、悪くない案ね。ついこの間、首都で教皇と枢機卿の移譲式があったばかりだものね。お父さんは少しだけ見られたみたい。私も見たかったなあ」

「……移譲って今年だったっけか。もう式も終わったのか。新しい教皇と枢機卿は何の神だ?」

 主教会において、主神を支える教皇と枢機卿の地位には、十二柱いる従神たちが順繰りに就く。前教皇と前枢機卿はそれぞれ死神と理神だった。
 その次は、と考え混むと何か引っかかる。なんだろう。魅力的な蜂蜜ひたひたパンケーキを前にして、まさか俺の手が止まるとは。

「確か、陰神と陽神だって聞いたわ。どんな神様かしら」

「……常に寄り添う連れ合い神だ」

 思わず俺の口をついた言葉は、今まで生きてきた二十五年の記憶の中の知識じゃなく、今朝溢れてきた謎の記憶群の中からだった。整理しきれる気がしないその記憶群は、数人分のいろんな人間の記憶がごちゃ混ぜになってて、その中に主教会神官の誰かの記憶のようなものも混じっている。

「マヌって主教会学とか苦手じゃなかった?」

「学科試験に関係ないから授業聞いてなかっただけ」

 深く考えるのが面倒だ。ひとまず目先の欲を優先してでっかく切ったパンケーキ一切れに齧り付く。甘い美味い幸せ。
 またちびちび酒を飲み始めたマルヴィナが「常に寄り添う、って素敵だよね」と、誰に聞かせるわけでもなくぼんやり呟いた。

 いつの間にか横からのぼそぼそしゃべりは聞こえなくなっていて、右肩の男はじっと静かにマルヴィナを見ているようだった。
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