右肩に取り憑いた美貌の背後霊が、俺を溺愛執着する神様だった話

こぶじ

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3:《三日目》《七日目》

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《三日目》
 翌朝目が覚めると、目の前をほわほわと淡い光の粒が飛んでいた。なんこれ。

「なんこれ」

 思ったままを右肩に話し掛けたら、「私に聞くのか」とすぐに反応が帰ってきた。「うん」って普通に頷きながら右に顔を向けたら、当たり前みたいに口にちゅってされた。

「光ってるちっちゃい埃みたいなのが浮いてるんだけどさあ、これ何?」

「…………恐らく、お前に向けられた好意や善意の残滓だ」

「えー、だいぶ漠然としたもん出て来たなあ」

 すでに漠然としたもん肩に乗ってる気もするけどね。

「そのうち慣れる」

 漠然としたもの其の一が答えた。今日もすっげえ顔の造形が良いなあとか思ってたら、つい俺からもちゅってしちゃった。

「あー、これずっと見えてる感じか。これお前にも見えてんだろ?」

「いや。私には見えない」

「え。なんで俺にだけ見えんだよ。まさかこの謎能力が家賃代わりだったりする?俺の肩の地価計算した?」

「ふふ。そういう訳では無いが多少役立つ。他人の受けた好情も見えるから、人間の関係性や人格の善し悪しを見分ける手段にもなる」

「はあー、うーん、考えようによっては便利か?どっちかって言うと邪魔だけど。まあ、もっとデカくて邪魔なお前にもすぐ慣れたし、さして問題ないだろ」

「そうだな。お前なら心配無い」

 身支度をしながら右肩とずっとおしゃべりする。右肩の男は口数は多くないけど、「ん」とか「そうか」とか必ず相槌を打ってくれるところがいい。どんなくだらない話を長々しても話の腰を折らないし必ず最後まで聞いてる。俺の思うまましゃべり倒した挙げ句、オチがなくても滑り散らかしても文句を言わない。

「お前にはぴかぴかの埃一個もついてねえんだな」

 俺の肩に連動して後ろに下がっていかれないように、男の首を左腕をがっつり掴んでから右側にぐるっと上半身を捻ると、男の胸上までが見えた。首元まで詰まった高位神官みたいな堅苦しい服を着ている。ただ、色は神官服には有り得ない黒だ。胸より下はよくわからん真っ黒でじっとりしたモヤモヤに吸い込まれるみたいにして消えてて、どこにも見当たらない。てっきり後ろに立ってるのかと思ってたのに、ぷかぷか浮いてるだけらしい。想像以上に化け物仕様だった。
 闇堕ち胸像状態の暫定化け物のその男の周りには、ぴかぴか埃が一つもない。化け物なんだし別にそんなもんだろって思いつつ聞いただけなんだけど、男は黒く長い前髪の間から覗く水色を悲しそうに伏せた。そんな顔もできるのか。

「誰も、私を覚えていないから」

 なになに。本当に闇堕ちしてたりする?

「あれま。じゃあお前のこと知ってんの俺だけだな」

 心にも無い事言ってまで励ましてやる筋合いもない。ぎりぎりオシャレに見える程度に寝癖を直しながら、思ったまま適当に返事する。こいつのせいで右側が見えづらいんだよな。

「おい、お前。そっち側の寝癖直し手伝えよ」

「ああ、承った」

 すんなり了承されたことに拍子抜けしてそっちを見れば、いつもより多めにこっちに体を出してる男がめちゃくちゃキラキラした笑顔で俺を見ていた。あ、お前顔だけじゃなくてガタイも良さそうね。なにその抱き着き心地の良さそうな胸板。わけて。

 右側だけと言わず、その日から男が俺の寝癖直し担当になった。あと、頭も洗って乾かしてくれるし、耳かきしてくれるし、抱き枕になってくれるし、朝はちゅーで起こしてくれるようになった。結構濃ゆいやつ。
 最近は男の周りにぴかぴか埃が飛ぶようになったけど、本人には教えてやらん。





《七日目》
「アンタそろそろプロポーズした方がいいんじゃないの?」

 隣町の実家に顔を出したら、口から先に生まれた人間の象徴にして、俺の実の母ちゃんが、ほぼ一人で半刻しゃべり続けた挙げ句にそんな事を言い出した。何そのデリカシーのねえ質問。さすが俺の親だよ。尊敬しちゃう。

「誰が?誰に?なんで?」

「我が息子マヌエルが、可愛くて美人なマルヴィナちゃんに、わたしが孫の顔を見たいから」

 どんだけ自己中心的なんだよ。教会の学び舎で道徳学び直してこい。あと休みの日にまで職場の人間の名前なんて聞きたくねえ。

「ウヌの息子結婚しねえし、マルヴィナはただの同僚だし、ウヌにはもう姉貴と兄貴んとこの孫が六人もいんだろ」

「えー。だって、アンタってどんな長話にも付き合ってくれる子が好みなんでしょ?マルヴィナちゃん以外にいないじゃない」

 それはそう。でもマルヴィナは俺の長話に付き合ってくれてんじゃなくて聞き流してるだけだ。四半刻も保たずに相槌すら打たなくなる。

「それはもう間に合ってるから大丈夫」

 この話題になってから俺の右の方で、人の視界に出たり入ったり繰り返してる挙動不審な幽霊がいるんですよお。本当やめろよ。可愛いから。

「なになになに!いい人がいるなら教えなさいよこのバカ息子!」

「無理。俺の恋人は心の清い人間しか見えん」

「カーッ!かわいくないバカな子だわ!ロマンチスト気取りな気持ち悪いこと言って滑ってるし」

 確かに滑ったけど冷静に酷評すな。
 しかも右からはぼそっと「私の可視は心の清濁に関係無い」ってぼやかれた。うるせえな。知ってるよ。だから俺が見えてんだろうが。

「でもマルヴィナちゃんがアンタと結婚しないなら、あの診療所の継ぎ手がいないわね」

「なんでだよ。マルヴィナが継ぐだろ。ジュリアン先生が引退する時に医者を他所から一人二人雇えばいいだけだろ」

 何故か母ちゃんが渋い顔をした。

「でも、看護師が診療所長じゃ格好がつかないでしょ」

 は?なんだそれ。
 俺が如何にも面白くねえって思ってるのを察したのか、母ちゃんは「そう思う人もいるのよ」と苦笑いでこの話題を切り上げてそそくさと台所に消えていった。
 今聞いた言葉は、どれもこれも善意からの言葉だった。咎め立てたい気持ちを飲み下して、俺は台所に向かってなるべくいつも通りの声で暇を告げた。



 自宅に帰って、実家から持たされた飯を食ってる間も、右の男が気遣わしげにしてるのは何となくわかっちゃいた。ここ最近遠慮知らずでずっしり肩に乗せられてた顎が、今は最初に現れた時みたいに浮いてて全く重さがない。
 ミートパイの最後の一口を飲み下してから「ちゅーして」って言ったら、男は黒モヤの中からするする胸下まで出てきて、俺の唇についたパイを舐め取ってからついばむようなキスをした。そのまま何も言わずに目を閉じ続けて催促したら、俺の望む通りに深いキスをしてくれた。男の温度の低い手が、頭や額や頬や首筋を慰めるように撫でるのが心地良い。男は嫌がる素振り一つ見せずに、俺が満足するまで繰り返しキスをしてくれた。

「俺さあ、前世の記憶?みたいなのがあんだよね」

 後ろからデカい男に抱き締められながら、俺の胸前にまわされた男の太くて逞しい前腕を抱き締める。右を向けばすぐに甘ったるいキスをしてくれる。何度でも。やばい満足感があって癒される。たまに意地悪して反対の左向いて「ん」ってねだると、それもちょっと笑いながらちゅーしてくれる。

「そうか」

「こいつ変な事言ってんなーとか思わない?」

「私の方こそ変な事だろう」

「そうだった」

 存在自体が変な事だし、どう見ても人間じゃないけど、俺はお前がいいよ。指を絡めたらそのまま握り込まれた。男だから俺の手もそう小さくないのに、こいつの手は俺よりデカい。デカいのに爪の先まで手入れが行き届いていて、彫刻みたいに粗の一つも無く綺麗だ。

「百年くらい前まではさ、俺みてえな農家の息子が医者志すだけでも嫌な顔されたんだよ。誰も困んねえのに馬鹿みてえだよなあ」

「そうだな。良くも悪くも集団意識や規範は幾らでも変わる。ただ、信念があるならば誇れば良い。お前も、あの娘も」

「あれ。お前、マルヴィナの事嫌いなのかと思ったわ」

「主神は、純粋な善意の発露としての自己犠牲を好む。但し、他者をその行いに巻き込むべきで無い」

「ふふ。意味わかんねえのに何言いたいかちょっとわかっちまった」

 なんでこんなやばいやつの言う事わかっちまうかな。愛か。アホみてえな宗教色出されてんのに妙にお前にしっくりくるのはなんだ。
 指を絡めたまま、男の手を口元まで持っていって柔く噛む。しっとりした皮膚と、強い筋肉と、太い骨、青く流れる血の管。どれも人と変わらない感触なのに、こいつは人じゃない。

「お前はさあ、なんで俺のとこにいるの?」

 今はこいつに顔を見られたくねえな。この男相手に俺への愛の言葉を求めるのは図々しいとわかっていても、どうしても期待してる顔をしてしまうから。

「私の半身を探している」

「は?半身?」

 え。何。お前下半身無い感じ?
 思ってたのと全く違う話につい食い付いてしまう。思わず後ろを振り返って、男の胸下を覆う黒いモヤをガン見してしまった。

「残念ながら、お前が想像してるものとは違う」

 あらそう。それは残念……いや、下半身は無い方が残念だろ。いやいや、ナニを期待してるわけではないよ。俺えっちした事無いし、今までそんなにしたいと思った事無いし。いやいやいや、でも、こいつのは見たいなあ。出来たら触りたいし、なんか、欲しい。
 いやあ。俺やばいやつだな。性欲あんま無いはずだったのになあ。
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