右肩に取り憑いた美貌の背後霊が、俺を溺愛執着する神様だった話

こぶじ

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4:《十三日目》

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《十三日目》
 昼休憩、目当ての飯屋が閉まってたからしぶしぶ揚げパンだけ買って早々に診療所に帰ってきたら、待合室にマルヴィナと画材商のヘイリーがいた。

「あ。ごめん、二人とも。お邪魔したな」

「待って待って。そういうんじゃないから。マヌは奥で昼食とりたいんでしょ?どうぞ使って」

「そう?じゃあ悪いけど失礼するよ」

 とびきりの余所行きの愛想笑いを浮かべて俺が会釈すると、ヘイリーはその男らしい顔を気不味そうに歪めて酷く曖昧に頭を下げた。おうおう、君も拗らせてんのね。
 待合室奥の小さな給湯室にこもって簡易イスを引っ張り出して座る。袋から砂糖掛けの揚げパンを取り出したら、右肩で「また甘味ばかり食べて……」とか面倒くさい保護者みたいなのがぼやいてるが無視する。息を潜めて砂糖味をかじる。

「あの人が、ここの次期医院長、だよね?」

 静かな診療所内じゃ、薄い扉一枚隔てたくらいじゃ話し声を遮れない。ヘイリーごめんね、聞き耳立ててて。

「医院長、になるのかな?どうだろうね。本人次第じゃないかな」

「それはマリーの気持ちや意向も大事なんじゃないか?君はどうしたいの?」

 しばらくの沈黙。なんとなく、マルヴィナが首を横に振ったんじゃないかと思う。

「マヌはやりたい事やれる事と、人から求められる事が一緒なの。本人は好き放題してるつもりでも、周りの人はそれを歓迎して感謝してるわ。羨ましいよね」

「マリーは優しいから気負い過ぎるんだ。君は何も悪くないだろう」

 マルヴィナは俺やジュリアン先生の前では死んでも口にしないだろうけど、自分が医師でなく看護師な事を気に病んでる。この国で女が医師免許を取るのは難しい。悪いのは、意味のあるのかないのかわかんねえ取得制度であって、マルヴィナじゃない。同意するよ、ヘイリー君よ。
 二人の邪魔をしないように、そおっと紙袋から二個目の揚げパンを取り出す。横から「もう食べ終わったのか。ゆっくり食えよく噛め」って後方保護者面がまたぐちぐち言ってくる。最近やたらと幅を利かせて来るからな、こいつ。そこを誰の肩の上と心得る控えおろう。「それを食ったらちゃんと歯を磨け」ってうるせえな。今盗み聞きしてんだから静かにしてくれ。磨いてない歯で口塞いでやろうか。いや、歯で塞ぐってなんだよ、怖えよ。

「ヘイリー、わたしね、絵を描くのが本当に好きなの」

「知ってるよ。君がとても素敵な絵を描く事もね」

「何も考えずに、悩まずに、絵だけ描けたら良かったのになあ……」

 ほーんと、難儀な二人だな。選びたいのは絵だけじゃないだろ、なんて真面目に突っ込みをいれてやりたい。あんなに濃ゆい好意をぴかぴか飛ばし合っていちゃついてる癖に、意固地で困っちゃうね。

 俺の気配消しが完璧過ぎたせいで、結局俺の昼休みギリギリいっぱいまで二人は静かに逢瀬を楽しんだが、その裏で俺は無音で歯を磨くくそみてえな特殊能力が開花してしまった。まあ、俺の男が俺の口の中まで確認して満足そうにしてたのが可愛かったからいいけど。



 午後の診察も終わるって時刻、今日最後の患者である魚屋のおばちゃんが帰り際、首都で買ったっていう主教会の守札を分けてくれた。俺は全然信仰心ないけど、そこに画かれた主神に妙に目を惹かれて受け取ってしまった。

「主神ってこんなに艶っぽい感じだったっけ?」

 憂いを帯びた横顔の主神はなんだか見慣れなくて、帰宅後、自宅の居間で守札を矯めつ眇めつ独りごちた。主神はもっと揺るぎない厳かな印象があったけど、俺の感性が変わっただけだろうか。

「主たる神に対してそう下卑た表現を用いるな」

 右肩の男はどうやら主教会信者らしい。小言自体は最近よく言われるけど、こいつが俺以外のものに執着するような事を言うのは、たぶんこれが初めてだった。
 なんか、面白くねえな。いつもいつも、誰よりもお前がぴよぴよ光の粒こっちに飛ばして来てる癖に。

「主教会信者の中でも、今時そんな敬虔な事言うやつはなかなか珍しいじゃねえか」

「私は信者では無いが、主神は気高く尊い、何より敬うべきものだろう」

 駄目だ。いかにも当たり前ってこいつの口調に、無性に苛立つ。

「ハハっ、熱心な事だなあ。そんなに主神がお好きなら、俺に取り憑いてないで神の御下で半身探しの教えを請えよ」

 つまんねえ憎まれ口が止まらない。そっぽを向いたまま右肩の上を手で払うと、いかにも呆れた様子の溜め息を吐かれた。それが拒絶の表れに聞こえて、自業自得にも胸が痛む。
 ああ馬鹿らしい。俺らしくないと思う。こんな些細な事で勝手に苛立って相手を突き離すなんて、いつもの俺ならあまりに滑稽で笑い草にするだろう。

「教えを請う必要はもう無い。ここに俺を遣わしてくださったのは主神だ。彼の神に間違いなど無い」

「……あっそう。お前が何を過信しようが構わねえけどな、どう考えても間違ってんだろ。俺はお前の半身なんか知ったこっちゃねえし」

「それでも良い。私がここにいる事に意義があると、主神の思し召しを信じている」

 こんだけ理不尽に嫌味な事言われてんのに、男の真面目腐った声は平坦で、俺のギスギスした心を更に逆撫でる。

「…………お前がなにもんか知らねえけどさ、結局は主神様の言いつけ守ってここに居座ってるだけって事か。なーるほど。俺の事なんか端から眼中に無い訳だ」

 本当に嫌になる。まるで子供が好きな娘にする意地悪だ。入れ込んだ男相手にこんな捻じくれた事言うなんて、マルヴィナ達の事意固地だなんだなんて言えたもんじゃない。

 俺は守札を一人用の食卓の上に放り投げると、男が何かを言う前に「勝手にしゃべんじゃねえぞ」と釘を差した。

「なあ、お前もうどっか行けよ。お前の顔、もう見たくねえや」

 そんなもん、当然本心じゃなかった。

 口にしてからすぐに後悔したし、数日経った今も死ぬ程後悔してる。なんで俺はあんなしょうもねえ事言ったんだろう。俺が俺じゃないみたいだった。
 まあ、後悔しようがしまいが結果は変わらない。

 その日から、右肩の男は影も形もなく消え失せた。
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