貴方が呼んでくれるから

ツナコ

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 目覚めるともう颯真はいなかった。

 あんなに朝方までがっついてたのに、俺の身体も拭いてまたパジャマを着せてくれて会社に行ったらしい。凄いバイタリティだな。

 時計をみたらもう10時。

 松本さんが来てるよな、と思い起き上がり何気なくスマホを見たら颯真からメールが。

 松本さん、風邪引いたらしく今日は来れないらしい。

 代わりに秘書が、俺のランチと夕飯を置きに行くから、とのこと。

 俺の飯で秘書さんがくるなんて申し訳ない。

 要らないと返信しようとタップし始めてすぐ、玄関がガチャリと開いた音がした。

 遅かったか。

 俺はパジャマの上に薄手のカーディガンを羽織って玄関に顔を出した。

 すると眼鏡をかけ髪を七三に分けた、真面目そうなスーツの男性が。
  
 「河合さん、初めまして。
 秘書の八乙女と申します」

 「初めまして…。すみません、わざわざ…。 
 俺、昼も夜も自分で出来るから大丈夫って返信しようとしたんですけど、間に合わなくて」

 「いいえ。
 副社長から必ずと言われておりましたので…お休み中でしたか」

 「あ、い、いえ…起きてはいたんですけど」

 「こちらを置いて、すぐにお暇しますので気にせずお願いします。
 …しかし、あの副社長がこんなに夢中になるとは」

 「え?」

 「いいえ、何でも。
 それではキッチンをお借りします」
 
 そう言って通りすぎた八乙女さんが、

 「ちっ…ベッドのテクニックかよ」と呟く。

 「…?!」

 俺はばっと振り向いたがもうキッチンへと姿を消していた。聞き間違いだろうか。

 それから八乙女さんは、何もなかったかのように貼り付けたような微笑みのまま帰って行った。

 あの言葉は…、俺の事知ってる…?

 それとも聞き間違い…?

 俺は悶々としながら彼が用意してくれたサンドイッチに手をつけたが、食欲がなく残してしまった。

 颯真はやっぱりその日も夜の11時くらいに帰ってきたので、八乙女さんは俺の事知ってるのか聞いてみたけど、詳しく話したこともないので友人だと思ってるだろうとのこと。

 そうなんだ、じゃあやっぱ気のせいか。

 そう思いながら、俺はまた颯真へハーブティーを淹れて、その日の仕事の話なんかを聞いていた。






 次の日、俺は意を決して働いていた「shock」周辺に行ってみる事にした。

 回復して家にきてくれた松本さんには近くの公園まで散歩する、と言って地下鉄を乗り継いで新宿に着く。

 店長とか店の他の奴とは会う気はしなかった。

 何を言われるか分からなくてちょっと怖い。。

 近くまで行けば何か分かるかと店の近くまで歩いてみる。

 俺、このビルの階段から落ちちゃったらしい。記憶はもちろんないけど。

 先に俺が借りてた近くのマンションも行ってみたけど、俺の部屋はカーテンもなく、空き部屋みたい。

 やっぱりここは引き払ってたみたいだ。

 店までの道のりは足が覚えていた。

 「shock」は12時開店だったはずだけど、客も少ないし昼間のその界隈はほとんどの店が閉まっていて寂しい感じだ。

 もともとそんな華々しい入り口でもなく、ぱっと見何の店か分からない。

 俺もそんなに店には行かなくて、自由に待機してる方が多かったからそこまで通ってはいなかった。

 だけど、店に入金しにいったりとか事務手続きもあってたまに顔を出してて…、そう、そして、店の道路向かいのコンビニで待っててくれた…暖くんが……。

 ?!

 いろいろな記憶の断片がなだれ込んできて、俺はその場にしゃがんでしまった。

 通行人がチラッと見ていくけど気にする余裕もない。




前回思い出した記憶の続きだ。

 俺は「shock」で一番の稼ぎ柱で、特に週一ロング指名、石原さんからの大量チップで潤ってた。

 石原さんと出会ってから1年くらいして、石原さんに一緒になろうと言われた。

 「妻とは元々冷え切っている。
 離婚手続きは手間取らないと思うよ。
 この店を辞めて、僕と一緒に暮らさないか。
 結婚はできなくとも、僕の養子になって、籍を入れよう…。
 律、僕は君に心底惚れてしまったんだ」

 「石原さん…」

 何度もそうやって説得されたけど、俺は断り続けた。

 石原さんは好きだったけど、俺にとって石原さんは、今まで想像の中にいたお父さんみたいだったから。

 セックスはするけどね。。

 どうしても恋人には思えなかった。

 何度か断って、石原さんは泣きながら了承してくれた。

 ただ、会ってしまうと思いが断ち切れないからもう店には来ないとも。

 金銭的に痛いし、何よりこの世界で一番頼っていた人だったから、俺もすごく辛かった。

 でも、見てしまった石原さんのスマホの待受、あの可愛い子供のためにも、これで良かったんだと思い一生懸命忘れることにした。


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