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第二章
003 ドラゴンと騎士
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ビリーが踵を返し走り出した時、街道の端へとユーリはルゥナを突き飛ばした。
「スーザンをお願いします。私はビリーを追います。一人でドラゴンの囮になんてなりませんから。ルゥナは待っていてください」
「ま、待ってっ」
全速力で走り出したユーリを追いかけようと一歩踏み出した時、ヒールが折れてルゥナはその場に転んでしまった。
上空のドラゴンはユーリを目掛けて羽を羽ばたかせていた。ユーリは剣だけでなくビリーの香油を全身に浴びていたのだ。
「ど、どうしよう。モッキュっ」
『モッキュキュ……』
「追いかけなきゃっ」
ルゥナが靴を脱ぎ捨てユーリが走っていた方へと走り出そうとした時――。
「そこから動くなっ!」
上空から――ドラゴンから青年の声がした。
そして声の主を確認しようと見上げた瞬間。
『ギィャァァァッ』
ドラゴンが耳をつんざくような叫び声を轟かせ、のたうち周囲に炎を撒き散らし――上空で真っ二つに裂けた。
身体が分かれた事に気づいていないのか、その翼はもう一度羽ばたくとユーリ達が走っていった川の方へと堕ちていった。近くに停車していた馬車はドラゴンの炎で燃え、馬が鳴き街道の先へと逃げていく。
ルゥナは瞬く間に繰り広げられた惨劇に息をのみ、その場にへたり込むと、モッキュが心配そうに頬に身体を擦り寄せてきた。
『モキュ? モキュキュ?』
「こ、腰が……抜けちゃって……」
あんな大きなドラゴンは初めて見た。
すぐそこで燃え上がる馬車。
走り去るユーリの背中。
それに目の前でドラゴンが……。
先程の光景を思い出すと、急に恐怖に襲われ眩暈がして、ルゥナはその場に崩れ落ち意識は遠退いていった。
◇◇
「おいっ。大丈夫かっ。目を覚ませ」
『モキュッ。モキュキュ!?』
誰かに肩を揺すられ、耳元でモッキュの声がして、何かが燃えたような焦げ臭さが鼻をついて目を覚ました。
この声は、さっき耳にした青年の声だと、どうしてか理解できた。
「っ……。ユーリ……」
「ユーリ? 一緒にいた二人なら無事だ。大怪我をしているが、命はある」
「お、大怪我ですって!?」
「おいっ。急に身体を起こすのは……」
青年の言う通り、身体を起こしたらまた眩暈がして両、青年に肩を支えられて何とか倒れ込まずにすんだ。
「ご、ごめんなさい。ユーリは……。それにスーザンは……」
顔を上げると青年と目が合った。
赤いドラゴンと同じ、深紅の瞳に光沢のある金髪の美青年が目の前にいた。歳は同じくらいに見えるのに、この人がドラゴンの背中に乗って戦っていた人だ。
「向こうでまだ気絶している。そこで寝ていた侍女は、倒れたルナステラの近衛騎士の元へ行かせた。君は……」
そっと頬に伸ばされた青年の手を、ルゥナは手で弾き返した。王女は、誰かに気安く触れられて良い存在ではないのだ。アレクシアにそう教え込まれた。
「私は、アレクシア=ルナステラです。貴方は――」
「俺は……。いや、私はベネディッド=ロンバルトだ。一先ず、君の護衛達のところへ移動しよう」
ベネディッド=ロンバルト。
アレクシアの婚約者。
金髪にルビーの瞳で容姿は端麗。
見た目は一致するけれど、どうしてこんなところでドラゴンを倒しているのかが分からない。
無類の女好きでぐうたら三昧野郎なら、城で呑気にお茶を飲んでいるだけじゃないのだろうか。
あれこれ思案していると、ベネディッドは立ち上がり、ルゥナを軽く持ち上げ横抱きにしてしまった。
「きゃぁっ。お、下ろしてくださいっ。歩けますからっ」
「馬鹿を言うな。灰と煙を吸って倒れていたのだぞ。黙って運ばれろ」
「……っ。わ、私に触れることは許されません。私はルナステラの――」
「王族であるが、俺は君の婚約者だろ。気にするな」
ため息混じりにベネディッドは言い、慣れた様子で横抱きのまま早足で移動した。
この手慣れた感じ。女性を抱き上げるなんて毎日しているのだろう。本物のアレクシアでなくとも、全身に蕁麻疹が出そうになり肩を竦めると、モッキュが肩から飛び出しベネディッドの肩へと飛び移った。
『モッキュン!』
「ん? 主人が無事で良かったな」
「も、モッキュ? どうして?」
モッキュは何故かご機嫌な様子でベネディッドの右肩に乗っていた。
「モッキュって言うのか。こいつに感謝しろ。お前が煙を吸わないように尻尾で守ってやっていたのだから」
「えっ? モッキュ、ありがとう」
礼を言うと、モッキュは尻尾フリフリダンスを踊り、ベネディッドは驚いたように目を丸くしてルゥナを見下ろしていた。
「な、何ですか」
「いや。別に……」
そこで会話は途切れ、ルゥナはふと気づいた。
「貴方、モッキュが見えるのですか?」
ベネディッドの顔を見上げが、彼は何も答えなかった。剣士なのに魔法も得意なのか。じっと探るように顔を見つめると、彼の右目に強い魔力を感じた時――。
「止めろ。詮索されるのは好きじゃない」
「えっ……」
「おい。二人が見えて来たぞ」
ベネディッドの視線の先には街道の端に横たわる二人の姿があった。そしてその隣には、大きなドラゴンの身体が。
「二人はドラゴンの下敷きになっていた。あちこち骨折しているが……命はある」
「そ、そんな……」
「スーザンをお願いします。私はビリーを追います。一人でドラゴンの囮になんてなりませんから。ルゥナは待っていてください」
「ま、待ってっ」
全速力で走り出したユーリを追いかけようと一歩踏み出した時、ヒールが折れてルゥナはその場に転んでしまった。
上空のドラゴンはユーリを目掛けて羽を羽ばたかせていた。ユーリは剣だけでなくビリーの香油を全身に浴びていたのだ。
「ど、どうしよう。モッキュっ」
『モッキュキュ……』
「追いかけなきゃっ」
ルゥナが靴を脱ぎ捨てユーリが走っていた方へと走り出そうとした時――。
「そこから動くなっ!」
上空から――ドラゴンから青年の声がした。
そして声の主を確認しようと見上げた瞬間。
『ギィャァァァッ』
ドラゴンが耳をつんざくような叫び声を轟かせ、のたうち周囲に炎を撒き散らし――上空で真っ二つに裂けた。
身体が分かれた事に気づいていないのか、その翼はもう一度羽ばたくとユーリ達が走っていった川の方へと堕ちていった。近くに停車していた馬車はドラゴンの炎で燃え、馬が鳴き街道の先へと逃げていく。
ルゥナは瞬く間に繰り広げられた惨劇に息をのみ、その場にへたり込むと、モッキュが心配そうに頬に身体を擦り寄せてきた。
『モキュ? モキュキュ?』
「こ、腰が……抜けちゃって……」
あんな大きなドラゴンは初めて見た。
すぐそこで燃え上がる馬車。
走り去るユーリの背中。
それに目の前でドラゴンが……。
先程の光景を思い出すと、急に恐怖に襲われ眩暈がして、ルゥナはその場に崩れ落ち意識は遠退いていった。
◇◇
「おいっ。大丈夫かっ。目を覚ませ」
『モキュッ。モキュキュ!?』
誰かに肩を揺すられ、耳元でモッキュの声がして、何かが燃えたような焦げ臭さが鼻をついて目を覚ました。
この声は、さっき耳にした青年の声だと、どうしてか理解できた。
「っ……。ユーリ……」
「ユーリ? 一緒にいた二人なら無事だ。大怪我をしているが、命はある」
「お、大怪我ですって!?」
「おいっ。急に身体を起こすのは……」
青年の言う通り、身体を起こしたらまた眩暈がして両、青年に肩を支えられて何とか倒れ込まずにすんだ。
「ご、ごめんなさい。ユーリは……。それにスーザンは……」
顔を上げると青年と目が合った。
赤いドラゴンと同じ、深紅の瞳に光沢のある金髪の美青年が目の前にいた。歳は同じくらいに見えるのに、この人がドラゴンの背中に乗って戦っていた人だ。
「向こうでまだ気絶している。そこで寝ていた侍女は、倒れたルナステラの近衛騎士の元へ行かせた。君は……」
そっと頬に伸ばされた青年の手を、ルゥナは手で弾き返した。王女は、誰かに気安く触れられて良い存在ではないのだ。アレクシアにそう教え込まれた。
「私は、アレクシア=ルナステラです。貴方は――」
「俺は……。いや、私はベネディッド=ロンバルトだ。一先ず、君の護衛達のところへ移動しよう」
ベネディッド=ロンバルト。
アレクシアの婚約者。
金髪にルビーの瞳で容姿は端麗。
見た目は一致するけれど、どうしてこんなところでドラゴンを倒しているのかが分からない。
無類の女好きでぐうたら三昧野郎なら、城で呑気にお茶を飲んでいるだけじゃないのだろうか。
あれこれ思案していると、ベネディッドは立ち上がり、ルゥナを軽く持ち上げ横抱きにしてしまった。
「きゃぁっ。お、下ろしてくださいっ。歩けますからっ」
「馬鹿を言うな。灰と煙を吸って倒れていたのだぞ。黙って運ばれろ」
「……っ。わ、私に触れることは許されません。私はルナステラの――」
「王族であるが、俺は君の婚約者だろ。気にするな」
ため息混じりにベネディッドは言い、慣れた様子で横抱きのまま早足で移動した。
この手慣れた感じ。女性を抱き上げるなんて毎日しているのだろう。本物のアレクシアでなくとも、全身に蕁麻疹が出そうになり肩を竦めると、モッキュが肩から飛び出しベネディッドの肩へと飛び移った。
『モッキュン!』
「ん? 主人が無事で良かったな」
「も、モッキュ? どうして?」
モッキュは何故かご機嫌な様子でベネディッドの右肩に乗っていた。
「モッキュって言うのか。こいつに感謝しろ。お前が煙を吸わないように尻尾で守ってやっていたのだから」
「えっ? モッキュ、ありがとう」
礼を言うと、モッキュは尻尾フリフリダンスを踊り、ベネディッドは驚いたように目を丸くしてルゥナを見下ろしていた。
「な、何ですか」
「いや。別に……」
そこで会話は途切れ、ルゥナはふと気づいた。
「貴方、モッキュが見えるのですか?」
ベネディッドの顔を見上げが、彼は何も答えなかった。剣士なのに魔法も得意なのか。じっと探るように顔を見つめると、彼の右目に強い魔力を感じた時――。
「止めろ。詮索されるのは好きじゃない」
「えっ……」
「おい。二人が見えて来たぞ」
ベネディッドの視線の先には街道の端に横たわる二人の姿があった。そしてその隣には、大きなドラゴンの身体が。
「二人はドラゴンの下敷きになっていた。あちこち骨折しているが……命はある」
「そ、そんな……」
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