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第三章

015 特別な存在

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 ベネディッドの発言に隣のヴェルナーも呆れ返っていた。しかし、ベネディッドは真面目な面持ちで口を開いた。

「私は、アレクシアが人の命を平気で見捨てるような人間ではないと思っている。君は、我が国の兵に薬草を振る舞う慈悲の心を持ち、そして可愛い森の精霊にも愛されている」

 ベネディッドがルゥナへと手を伸ばすと、モッキュが飛び乗り彼の肩まで駆け上がっていった。モッキュが見える人すら殆ど会った事がなかったけれど、モッキュはベネディッドにもヴェルナーにも懐いている。 

「モッキュ。くすぐったいぞ。――アレクシア。森の精霊は自身に愛を与え、心の澄んだ人間にしか懐かないのだよ。人を愛することが出来る人は、無闇に人の命を奪ったり出来ない。私はそう思っている」

 心の澄んだ人間。ルゥナは違う。
 今もこうして身分を偽り、周りの人間を欺いている。

 助けてくれたアレクシアの為であるし、これは自分でやると決めた事。
 でも、ベネディッドだってルゥナを助けてくれた。そのベネディッドの死を手助けするなんて、出来る筈が無い。

 アレクシアの願いを叶え、ベネディッドへも恩を返せるような方法があればいいのに。
 と、そうやってズルい事を考えてしまう。
 王族に生まれたが為に裏切られ苦しむ二人を、どちらも助けたかった。

「私は……。そのような出来た人間ではありません。ですが、身内に命を狙われる辛さは分かっております。ですから、ベネディッド様をお守りしたいと思っております」
「それは、この先ずっと婚約者として、隣で私を守りたいって意味でいいのかな?」
「えっ? それは――」

 出来ないと言おうとした事が伝わったのか、ルゥナの言葉を遮るようにしてベネディッドは言葉を紡いだ。

「諸々勘違いさせてしまったのは、王妃の毒のせいなのだ。使用人といかがわしい事なんてしていない。彼らは皆家族なのだ。私は母を幼い時に亡くした。皆は母の様な姉の様な兄の様な、私にとって無くてはならない特別な存在だ」

 使用人は家族。その言葉にルゥナも心の中で同意した。
 貴族の知り合いに、そういった考えをする人間は居らず、両親からも、ユーリは姉だと言っては駄目だと言われたことがある事を思い出した。
 あれは、周囲に批判され、ユーリが傷つか無いようにする為の言葉だったと後から知ったが、あの時は理解できなくて沢山泣いた。
 過去の記憶を辿っていると、ベネディッドがルゥナの手を握りしめて真剣な眼差しを向けていた。

「アレクシア。君も私にとって特別な存在だ」
「へ?」
「温室で君と過ごして思ったのだ。君は可愛い人だなって」
「…………っ」

 一気に顔面が熱くなり、ルゥナは声にならない声を漏らした。

「収穫も真剣に取り組むし、私の助言は何でも素直に聞いて試してくれるし、侍女へのお土産も忘れない。それに近衛騎士のユーリとは本当の姉妹の様に仲が良い。君も、使用人を家族のように大切に出来る人だと分かって、益々好きになった。――それに、こんな風に告白してみて、顔を真っ赤にしてしまう所とか、可愛いと思う」
「し、しておりませんっ」

 完全にベネディッドのペースに巻き込まれている。ヴェルナーだっているのに何を言い始めたのだこの色ボケ王子は。
 やはり女たらしだ。絶対にそうだ。
 
 ヴェルナーは外へ顔を向け、聞かなかったことにしている様子だ。
 しかし、替え玉であるルゥナに、こんな言葉を並べても意味はない。アレクシアには想い人がいるのだから。

 そんな事は言えないし、これ以上本人に何を言っても丸め込まれそうな気がして、ルゥナは口を閉ざした。取り敢えず、これまで分かった事柄を元に、どうすれば婚約破棄出来るかアレクシアに相談して、作戦を練り直さなくては。

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