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最終章

004 思いつき

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 翌朝、ヴェルナーが部屋で朝食を摂るようにと三人分の食事を運んできてくれた。ベネディッドが出立の準備で忙しいからだと聞いたが、本当はそれだけでは無かった。

 朝食後にヴェルナーに呼ばれたルゥナとユーリは、屋敷の前に案内され絶句した。
 玄関を出てすぐ視界に飛び込んで来たのは、縄で繋がれ整列したマルクとルナステラの騎士四名の姿だった。彼らはロンバルトの騎士に取り囲まれ、ベネディッドはその中心で、腰の魔剣に手を掛け彼らを見下ろしていた。

「アレクシア様っ」

 マルクはルゥナと目が合うと声を上げ立ち上がろうとたが、ロンバルドの騎士に抑えつけられた。

「こ、これはどの様な状況でしょうか?」

 ルゥナが尋ねると、ベネディッドはなぜかセリフ口調で誇らしげに語りだした。

「やぁ。アレクシア。いや、君は偽物の王女だそうだね。御者のビリーが己の保身の為に全て明かしてくれたのだ」
「あ、アイツ……。ベネディッド=ロンバルド様。誤解です。その者はアレクシア様を陥れようとしているのです。彼女が腕につけているのは王家の証。それは決して外す事ができない物なのです。この方は、アレクシア様は本人です」

 マルクはルゥナを庇おうとしているのか、それともロンバルトから連れ出し、暗殺する為に言っているのか。その本意は分からないがマルクは必死に訴えかけた。
 しかしそれを見たベネディッドは、マルクをあざ笑い、似合わない悪ぶった笑顔で問いかけた。

「貴様。私に嘘をつくのか? どのような力を用いたのかは分からぬが、我が国の調べによれば、この者はルゥナという没落した元貴族の小娘だと分かったのだ」
「そ、それは……」
「私を、そして我が国を欺いた罪。そして王族であると偽った罪として、この者が二度とそのような事を行えないよう、王家の証を剥奪しよう。ヴェルナー」
「はい」

 ルゥナはヴェルナーに腕を掴まれ、ベネディッドの前まで連れて行かれた。耳元でヴェルナーが囁く。

「ベネディッド様の思いつきだ。適当に合わせてやってくれ」

 それは何となく分かっていたけれど、ベネディッドはどうするつもりなのだろう。自信満々な表情が逆に怖い。

 ルゥナの腕は庭のガーデンテーブルの上に置かれた。青ざめていくマルクを横目に、ベネディッドは魔剣を引き抜きルゥナへ向けた。

「マルク。持ち帰るのは王家の証だけで十分であろう?」
「そ、それは如何なる意味で仰っていているのでしょうか?」
「分からないかな……。こうするに決まっているであろう?」

 ベネディッドは紫色の光を纏う魔剣を頭上に掲げ、ルゥナへと振りかざした。


 ◇◇

 一週間後。ルナステラ城の執務室にて。
 近衛騎士のマルクは、くすんだ金色の腕輪をレオナルド殿下に差し出した。

「レオナルド様。こちらが、アレクシア様の王家の証にございます。お約束通り、アレクシア様のご無事を確認させてください」
「良くやったぞ。マルク。アレクシアは無事だ。まぁ、私がアレクシアを傷つけることなど有り得んけどな」
「アレクシア様の命が惜しくば、ルゥナを殺せと仰ったのは……」
「そうでも言わなければ、命令に従わない可能性もあったからな。まぁ、王家の証があれば、あの偽物の小娘は逃げも隠れも出来んがな。――しかし、それだけ出されてもな。身体がないと説明し辛いではないか。何があったのだ?」

 怒りを堪えるマルクの後ろには、包帯で顔を覆い焦げ付いた鎧を纏った近衛騎士が二名控えている。大方ドラゴンと見えたのだろうと、レオナルドは想像した。

「はい。事故に見せかけようと谷底に馬車を落としたところ、そこがドラゴンの餌場だった模様で、火竜と戦闘になりました。強力なブレスで馬車は焼き尽くされ、この王家の証しか残らなかったのです」
「はははっ。何という事だ。それなら仕方ない。あんな小娘がアレクシアに扮していたから、バチが当たったのだろう。ロンバルドからの慰謝料はどうなった?」
「慰謝料は、後ほどロンバルドの使者の方がお持ちくださるとのことです。金額が大きい事と、アレクシア様の……、いえ。ルゥナの薬が気に入ったそうで、交易したいとの事で、その交渉の為いらしてくださるそうです」
「そうか。慰謝料は大金か。その金があれば、開発予定の第四地区に、アレクシアの好きな菓子や茶葉の店を異国からたくさん呼ぶことが出来るな。しかし、ルゥナとは誰だ?」
「アレクシア様の代わりにロンバルトへ赴いた少女です」

 王家の証を持つマルクの手に力がこもった。あんな小娘一人に、いちいち熱くなって面倒な男だとレオナルドは感じた。

「ああ。ならば別の者に作らせ交渉させよう。どうせ大した違いなどないだろう」
「いいえ。レオナルド殿下。ルゥナの薬は早々作れる物ではありません。アレクシア様でさえ作れないでしょう」
「……ほう。だから生かしておきたかったのか。別によい。慰謝料さえ手に入れば、アレクシアの居心地の良い国が作れるだろうからな。アレクシアさえ居てくれれば、我が国は安泰だ。そう思うだろう?」

 レオナルドの問いかけに、マルクは瞳を閉ざし思案した。そして意を決してレオナルドへと視線を伸ばし口を開く。

「レオナルド殿下。アレクシア様を開放してくださることは無いのでしょうか? アレクシア様には想い人がいらっしゃり、その方と結ばれる為に、今回の替え玉計画を実行されたのでは無かったのですか?」
「今更何なのだ。それは違う。元々、アレクシアの存在を消す為に替え玉を用意するように勧めたのだ。父は後継ぎである私より、アレクシアや弟が支持されることを酷く懸念していたが、実の娘に手をかけるほど冷酷な人では無かったからな。替え玉なら消せると父に進言し、刺客を送らせた」
「は……い? では、初めから」

 目を見開き驚くマルクに気分が良くなり、レオナルドは己の計画を誇示するように更に語った。

「ああ。あの子には消えてもらう算段だった。替え玉を消すことでアレクシアの存在を消せば、アレクシアをこの国からいない者と出来、父の希望も叶い、私はアレクシアを独り占めできる。本当は父のせいにして、傷ついたアレクシアを私が慰める予定だったのだが、父はその前に居なくなってしまったが、まぁよい。マルクだって、一生アレクシアに仕えたいだろう? 丁度よいではないか」

 マルクはレオナルドの手腕に屈服したのか、諦めたようなつまらない顔をし、レオナルドを更に楽しませた。

「アレクシア様は、今どちらに」
「離宮で快適に過ごしている。お前の身を案じていたぞ。言う事を聞かぬなら、近しい者から消えていく旨を話したからな。そうだ。スーザンという侍女はどうしたのだ?」
「彼女も……。馬車で犠牲に」
「そうか。まぁ良い。マルク、お前は良くやった。褒美としてアレクシアへの面会を許可しよう」
「有難きお言葉です。レオナルド様」 
「あ。そうだ。この王家の証を、アレクシアに見せてやってくれ。最近ちょっと我儘で困っているのだ。周りの者が消えていくことが分かれば、少しは従順になるだろう」

 部屋を出ようとしたマルクに、レオナルドはそう付け足した。マルクは振り返り深々と頭を下げると顔も見せずに出ていった。彼はもう、レオナルドに逆らう事はないだろう。レオナルドは執務室で一人静かに微笑んだ。

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