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最終章
005 黒騎士
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アレクシアは自室のソファーに腰かけ、紅茶に口をつけ、溜め息とともにカップをソーサーへと戻した。大好きな紅茶の筈なのに、味を感じられない。
一週間前からアレクシアは部屋に閉じ込められている。もともと替え玉中とあって、ここで過ごしてはいたものの、宮廷魔導師によって何重にも結界を張られた中で過ごすのは生きた心地がしない。
誰とも連絡が取れず、大切な人達の無事も分からないのだから。
「アレクシア様。マルク様がご帰還です。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「マルクが? ええ。もちろんよ。お通しして」
「はい。――マルク様、どうぞ」
宮廷魔道士により結界が一部のみ解かれ、マルクが部屋に現れた。
珍しく黒騎士の鎧を頭まで被ったマルクの手には、光を失った王家の証が握られていた。
あれはアレクシアにしか外せない筈の腕輪だ。
それが外れているということは、ルゥナが――。
アレクシアは目眩に襲われ頭を抱えた。きっと、見せしめにする為に、兄がマルクに持たせたのだろう。
アレクシアの頬に涙が伝った時、急に見知らぬ魔力の渦に全身が飲み込まれた。黒く重いその力は黒騎士の甲冑を着た騎士から発せられているが、マルクとは違う魔力だ。
気が付くと、床に突きつけられた強い魔力を放つ剣を中心に、黒騎士と二人だけの空間に閉じ込められていた。状況が分からず一瞬たじろいたが、アレクシアは強い口調で謎の黒騎士へと声を上げた。
「あ、あなたは何方ですか!? マルクではありませんね」
黒騎士は臆することなく、ゆっくりと兜を外しアレクシアの前に跪き、顔を上げた。それは右眼に眼帯をした、珍しい若草色の髪の青年だった。
「……お初にお目にかかります。アレクシア=ルナステラ王女。私はロンバルトから参りました。ベネディッド=ロンバルトの従者、ヴェルナーと申します」
◇◇◇◇
遡ること一週間前。
「やめろぉぉっ!!?」
第二王子宮前にて、黒騎士マルクは縄を振りほどき、ブーツに隠していた短剣をベネディッドに向けた。
ルゥナの腕に振り下ろした魔剣をすんでのところで止め、ベネディッドは爽やかな笑顔を向けられた短剣へ浮かべた。その笑顔に気を取られ、隙を見せたマルクの手をなぎ払いヴェルナーは短剣を奪いマルクを後ろ手に縛り上げると、ベネディッドは尋ねた。
「マルク。と言ったかな。今のは本気か?」
「な、何を言わせたいのだ」
「だから、ルゥナを庇おうとしたのかって聞いているのだよ。君には命令が出ているのだろう? ルゥナを暗殺するようにって」
「何故それを……まさか。全て知っているのか?」
マルクは呆然としたまま、ベネディッドに腕を掴まれたままのルゥナへと視線を伸ばした。ルゥナは魔剣を前に頷くしか出来ないでいると、ユーリがベネディッドとの間に入った。
「ベネディッド様。ルゥナが驚いて、声も出せなくなっているではありませんか」
「すまない。敵を騙すには味方からと思い……。少し調子に乗りすぎたな。大丈夫か? ルゥナ」
「は、はい」
ユーリの言葉に素直に反省し、ルゥナの身を案じるベネディッドを見て、マルクは何度も瞬きして状況を確認し尋ねた。
「ベネディッド様は……味方、なのですか?」
「ああ。そう思ってくれて構わない。取り敢えず、マルクの本意を見たかったのだ。君は、レオナルドに逆らってでもアレクシアとルゥナを守りたいと思うのだな?」
「はい。……しかし、出来ることがないのです。アレクシア様はレオナルド様に囚われており、助け出すなど不可能です。ルゥナを逃したとしても、ルゥナの腕輪はアレクシア様にしか外せません。レオナルド様はその腕輪を感知する事が出来るので、恐らく、この先ずっと命を狙われ続けるでしょう」
マルクの話を聞き、ベネディッドは顎に手を添え思案した後、ハッと顔を上げてルゥナへ振り返った。
「囚われの姫を王子が助け出したら、姫は王子に恋をしてしまうかもしれないな。――ルゥナ。どうだろうか?」
「……無いと思います。アレクシア様には想う方がいらっしゃいますので」
「あ、そっちじゃないんだけど……」
速攻で否定され、たじろぐベネディッドに、ヴェルナーはため息を漏らし、状況についていけていない様子のマルクに声をかけた。
「マルク殿。ベネディッド様はアレクシア様を助け、ルゥナに恩返しをしたいと考えているのです。少々空回り気味で残念な姿しかお見せ出来ていませんが、ロンバルトという後ろ盾がありますので、それなりに力になれるかと思います」
「力になってくださるのですか?」
「勿論だ。君が味方と分かって心強いぞ。ルゥナはロンバルト王族内の問題を解決してくれたのだ。その礼として、私はルゥナの力になりたいのだ」
「しかし、どうされるおつもりですか? アレクシア様は、ルナステラの宮廷魔導師を総動員して作られた結界の中に閉じ込められております。それに、ルゥナの腕輪のことも……」
「結界と腕輪か……」
ベネディッドは魔剣に手を添え口角を上げると、ヴェルナーに視線を伸ばした。
「やれると思います。マルク殿が協力してくださるなら」
「だな。マルク、父がアレクシアへの慰謝料を奮発してくださった。荷物になるので、ロンバルトの者でルナステラへ届けたいと思っている。徹夜で考えた策の中に適したものがあるのだが……。ルナステラまでの道中、聞いてはくれないか?」
「は、はい。是非、お聞かせください。感謝いたします。ベネディッド様」
一週間前からアレクシアは部屋に閉じ込められている。もともと替え玉中とあって、ここで過ごしてはいたものの、宮廷魔導師によって何重にも結界を張られた中で過ごすのは生きた心地がしない。
誰とも連絡が取れず、大切な人達の無事も分からないのだから。
「アレクシア様。マルク様がご帰還です。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「マルクが? ええ。もちろんよ。お通しして」
「はい。――マルク様、どうぞ」
宮廷魔道士により結界が一部のみ解かれ、マルクが部屋に現れた。
珍しく黒騎士の鎧を頭まで被ったマルクの手には、光を失った王家の証が握られていた。
あれはアレクシアにしか外せない筈の腕輪だ。
それが外れているということは、ルゥナが――。
アレクシアは目眩に襲われ頭を抱えた。きっと、見せしめにする為に、兄がマルクに持たせたのだろう。
アレクシアの頬に涙が伝った時、急に見知らぬ魔力の渦に全身が飲み込まれた。黒く重いその力は黒騎士の甲冑を着た騎士から発せられているが、マルクとは違う魔力だ。
気が付くと、床に突きつけられた強い魔力を放つ剣を中心に、黒騎士と二人だけの空間に閉じ込められていた。状況が分からず一瞬たじろいたが、アレクシアは強い口調で謎の黒騎士へと声を上げた。
「あ、あなたは何方ですか!? マルクではありませんね」
黒騎士は臆することなく、ゆっくりと兜を外しアレクシアの前に跪き、顔を上げた。それは右眼に眼帯をした、珍しい若草色の髪の青年だった。
「……お初にお目にかかります。アレクシア=ルナステラ王女。私はロンバルトから参りました。ベネディッド=ロンバルトの従者、ヴェルナーと申します」
◇◇◇◇
遡ること一週間前。
「やめろぉぉっ!!?」
第二王子宮前にて、黒騎士マルクは縄を振りほどき、ブーツに隠していた短剣をベネディッドに向けた。
ルゥナの腕に振り下ろした魔剣をすんでのところで止め、ベネディッドは爽やかな笑顔を向けられた短剣へ浮かべた。その笑顔に気を取られ、隙を見せたマルクの手をなぎ払いヴェルナーは短剣を奪いマルクを後ろ手に縛り上げると、ベネディッドは尋ねた。
「マルク。と言ったかな。今のは本気か?」
「な、何を言わせたいのだ」
「だから、ルゥナを庇おうとしたのかって聞いているのだよ。君には命令が出ているのだろう? ルゥナを暗殺するようにって」
「何故それを……まさか。全て知っているのか?」
マルクは呆然としたまま、ベネディッドに腕を掴まれたままのルゥナへと視線を伸ばした。ルゥナは魔剣を前に頷くしか出来ないでいると、ユーリがベネディッドとの間に入った。
「ベネディッド様。ルゥナが驚いて、声も出せなくなっているではありませんか」
「すまない。敵を騙すには味方からと思い……。少し調子に乗りすぎたな。大丈夫か? ルゥナ」
「は、はい」
ユーリの言葉に素直に反省し、ルゥナの身を案じるベネディッドを見て、マルクは何度も瞬きして状況を確認し尋ねた。
「ベネディッド様は……味方、なのですか?」
「ああ。そう思ってくれて構わない。取り敢えず、マルクの本意を見たかったのだ。君は、レオナルドに逆らってでもアレクシアとルゥナを守りたいと思うのだな?」
「はい。……しかし、出来ることがないのです。アレクシア様はレオナルド様に囚われており、助け出すなど不可能です。ルゥナを逃したとしても、ルゥナの腕輪はアレクシア様にしか外せません。レオナルド様はその腕輪を感知する事が出来るので、恐らく、この先ずっと命を狙われ続けるでしょう」
マルクの話を聞き、ベネディッドは顎に手を添え思案した後、ハッと顔を上げてルゥナへ振り返った。
「囚われの姫を王子が助け出したら、姫は王子に恋をしてしまうかもしれないな。――ルゥナ。どうだろうか?」
「……無いと思います。アレクシア様には想う方がいらっしゃいますので」
「あ、そっちじゃないんだけど……」
速攻で否定され、たじろぐベネディッドに、ヴェルナーはため息を漏らし、状況についていけていない様子のマルクに声をかけた。
「マルク殿。ベネディッド様はアレクシア様を助け、ルゥナに恩返しをしたいと考えているのです。少々空回り気味で残念な姿しかお見せ出来ていませんが、ロンバルトという後ろ盾がありますので、それなりに力になれるかと思います」
「力になってくださるのですか?」
「勿論だ。君が味方と分かって心強いぞ。ルゥナはロンバルト王族内の問題を解決してくれたのだ。その礼として、私はルゥナの力になりたいのだ」
「しかし、どうされるおつもりですか? アレクシア様は、ルナステラの宮廷魔導師を総動員して作られた結界の中に閉じ込められております。それに、ルゥナの腕輪のことも……」
「結界と腕輪か……」
ベネディッドは魔剣に手を添え口角を上げると、ヴェルナーに視線を伸ばした。
「やれると思います。マルク殿が協力してくださるなら」
「だな。マルク、父がアレクシアへの慰謝料を奮発してくださった。荷物になるので、ロンバルトの者でルナステラへ届けたいと思っている。徹夜で考えた策の中に適したものがあるのだが……。ルナステラまでの道中、聞いてはくれないか?」
「は、はい。是非、お聞かせください。感謝いたします。ベネディッド様」
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