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最終章

011 交渉

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 翌日、アレクシアを訪ね、国を離れることを伝えると、隣に控えていたマルクが部下に指示を出した。

「馬車の手配をした。目的の場所まで送り届けてもらうといい」
「そんな。結構ですよ。行商のおじさんに、隣の国まで乗せてもらえるようにお願いしたので」
「でも、それぐらいさせてください。一番街のお店だって辞退してしまうし、私はルゥナに何も返せていないのですから」

 昨日は元気の無かったアレクシアだが、普段通りのアレクシアに戻っていた。アレクシアの隣にはスーザンが控えている。きっとスーザンが良き話し相手になってくれたのだろう。

「ですが、アレクシア様が先に私を助けてくださったのですよ。お忘れですか?」
「そんな……大したことではないわ。そうだわ。兄が、ルゥナに謝罪しておいて欲しいと申しておりますの。それで許されることではないけれど、怖い思いをさせて申し訳なかったと、兄も反省しております」
「お兄様はどうなるのですか?」
「王族から抹消され、ルナステラの法によって裁かれます」
「そうですか。アレクシア様は?」
「私は、弟と一緒に、暫くはルナステラの内政を整えます。そらから……」

 アレクシアは視線を落とし頬を赤らめ口をつぐんだ。想い人の方とは上手くいっているようだ。スーザンから聞いた話だと、二人は秘密のノートで近況を知らせ合っているらしい。

「アレクシア様。ベネディッド様との婚約は破棄しましたので、絶対にお幸せになってくださいね」
「もちろんよ。ルゥナもユーリも、落ち着く場所が見つかったら知らせてくださいね」
「はい。アレクシア様、それからスーザンも、お元気で。失礼致します」

 アレクシアとスーザン、それからマルクに見送られ、城を出て馬車へと向かう。
 アレクシアの魔法道具の荷物入れをもらったので、ほぼ手ぶら同然の軽装で。行商のおじさんは馬車に荷を積んているところだった。

「おお。ルゥナ。三人乗れるように、荷物を少し減らしておいたぞ」
「ありがとうございます。あら? どうして三人なのかしら?」 
「ルゥナ。後ろに……」

 ユーリに背中を突かれ振り返ると、馬車の荷造りを手伝うヴェルナーの姿があった。

「ど、どうしてヴェルナーが? まさか、ベネディッド様も……」
「ベネディッド様は国へ帰られました。ジェラルド様の誕生会でアレクシア様との破談を公表したところ、いくつか縁談の申し出があったそうで、至急お戻りになりました」
「そう。じゃあ……」

 どうしてヴェルナーが目の前にいるのか。ルゥナが尋ねる前に、ユーリが疑いの眼とともにヴェルナーに詰め寄っていた。

「まさか。ベネディッド様に頼まれたとかではないですよね?」
「違う。俺は国へ帰るところだ」
「そっか。ヴェルナーは自分の国へ帰るのね。まさか同じ馬車だったなんて」 

 そういえばそんな事を言っていた。確か、ルナステラとは違う方向だとは言っていたが、隣国はその通り道なのだろう。
 しかし、ルゥナは納得したが、ヴェルナーは気まずそうに首を横に振った。

「偶然ではない。ルゥナと同じ馬車を、あえて選んだ。個人的に、君と交渉したくて待っていたのだ」
「交渉とは何ですか? もう王族とは関わりたくないのですが?」

 交渉と聞くと、ユーリが眉根を釣り上げた。
 基本的に交渉事はユーリに任せている。ルゥナなど相手の意向を考慮し過ぎて判断が甘くなるからだそうだ。

「俺は王族ではない。小さな商家の息子だ。一応、伯爵家ではあるが、大したことは無い。王族とは元々無縁の家系だったのだが、天災で実家の商いが破綻しかけ、傭兵の仕事で稼いでいた時にベネディッドと出会ったのだ。そろそろ実家を継ぐために戻らなけらばならない」
「そのお話、ベネディッド様からの聞きました」

 ヴェルナーはルゥナの言葉に驚くと、ため息を漏らした。

「あのお喋りが……。それで、俺の実家は港街にあるのだが、ルゥナの薬が俺の国には必要だと考えているのだ。船乗りたちは海上の魔物を討伐したり、長い船出に出ることも多く、積み荷はなるべく抑えたい。君の薬なら場所も取らず、少量でも効果が高いから、彼らに適していると思うのだ」

 港に船乗り。海の近くの街。ルゥナが言ってみたかった場所と条件はほぼ同じだ。それに、ヴェルナーが言うように、そこならルゥナの薬が、十二分に役立つかもしれない。

「確かに、私の薬は適しているかもしれません。それに、丁度、海を見てみたいと思っていました」 
「ならば俺と一緒に来てくれないか? 俺の実家は魔法道具や交易品を販売する為の店も構えている。あまり大きな店ではないが、店の棚を一つ貸すことは出来る。そこから始めてみないか?」

 薬草を栽培して薬を作って売りながら定住地を探す事には正直不安があったが、ヴェルナーに甘えてしまうのは図々しいような気がする。

「とても良いお話だけれど……。ユーリはどうかしら?」
「上手い話には乗らない方がいいと学んだばかりだと思うのですが?」
「それは……」

 そうだった。ヴェルナーに限って裏切るような事は無いだろうけれど。
 
「別に怪しい話ではない。必ず稼げる保証も出来ないないし、ベネディッド様のように君の薬を高額で買うことも俺には出来ない。どのように商いをするかは、全て君たち次第だ」
「そんな事を言って、ルゥナの薬で実家を再興しようというしているのではありませんか? それとも、やはり裏にベネディッド様が絡んでいたりしませんよね?」
「これは俺の独断だ。実家はロンバルトとの交易で持ち直して、今は安定している筈だからな。それから、ベネディッド様にはこの話はしていない。俺は、ろくな資金もなく女性二人でフラフラと行商で稼ごうとするなど、危なくて見ていられないから声をかけた。君には色々と貸しがあるのだから……」

 ヴェルナーは俯き言葉を濁した。思い返してみると、これまで彼には何度も命を助けてもらっていたのに、ルゥナは何も返せていなかった。少しでもヴェルナーの実家の商売の助けになれるのなら協力したい。

「そうね。ヴェルナーには、ドラゴンから助けてもらったし、湖に落ちた時も助けてもらったのに、私は何も……」
「違う。貸しがあるのは俺の方だ。こうして実家に戻る決断が出来たのも、ベネディッド様と王妃様の件にケリが付いて、アイツにやっと顔向けできるようになったから……」
 
 アイツと言って何処か遠くの方を睨んだヴェルナーに、ルゥナはベネディッドから聞いた話を思い出した。

「幼馴染の方のことですよね。王妃様のことはベネディッド様が解決したことですから、私は何もしていません。ですが、私もその方に手を合わせたいです」
「手を合わせる? アイツにか?」
 
 ヴェルナーは怪訝そうに眉をひそめた。会った事もない相手に失礼だっただろうか。

「あの。……おかしいですか?」
「……いや。やりたいなら、構わない。――ユーリ。どうする?」
「行きます。合わないと思ったら別の国を探しますがよろしいですか?」
「勿論だ。途中、何カ国か通ることになる。色々と見比べてみるといい」

 

 それから馬車で隣国へ行き、そこからまた隣の国へ馬車で行き、道中色々な街や国を通過したけれど、ヴェルナーは両親に連れられて訪ねたことのある国ばかりで、薬草を売りつつその土地の特産物を楽しみながら移動した。
 ヴェルナーは土地勘があり安全な道を選んでくれるし、美味しい物もたくさん知っている。ロンバルドへの道中を思い出す。適切な距離感を保つヴェルナーの案内は、ユーリが周囲に警戒することもなく安定感のある旅である。

 そして船で移動してようやくヴェルナーの実家に着き、ユーリが開口一番にこう言った。

「まさか、島一つが領土だなんて、思いませんでしたね」


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