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最終章
最終話
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ベネディッドの熱い視線に押されつつ、ルゥナはヴェルナーの招待状を盾に何とか言葉を見つけた。
「えっ……と。――ヴェルナーと行きます! 招待状にも、そう書かれていますし」
「うーむ。そこは気にしなくて良いと思うぞ。自分の気持ちに素直にだな」
「ベネディッド様っ。ご報告です。先発隊が魔物と遭遇したとの知らせが入りました」
店の前に控えていた騎士が慌てた様子で報告すると、ベネディッドから笑顔が消え仕事モードに入った。
「何? 想定より早いな。すぐに向かおう。――ルゥナ。式は三ヶ月後だ。考える時間はいくらでもある。良い返事を期待して何度も通うぞ」
「そんな通っていただかなくて結構です」
「良かった。ではまた」
何が良かったのか分からないけれど、笑顔で立ち去ろうとするベネディッドの腕をヴェルナーが掴んだ。
「ベネディッド様。俺は譲る気ないですから」
「ん? 何をだ?」
「ルゥナのパートナーは、俺に任せてください」
言った後ヴェルナーは振り向き、ルゥナと視線が交わった。真剣なヴェルナーの瞳。これは、いつもみたいに困ったルゥナを助けてくれているだけなのか。それとも……。見つめ合う二人にベネディッドは動揺した。
「……は? それは……おいおい。そう来たか。これは、いやはや困ったものだな」
「ベネディッド様。本土行きの便がそろそろ出ます」
「分かった。ヴェルナー。その話はまた。だが、抜け駆けしたら許さないからな」
「……はい」
「あっ。何かする気だな!? この話は三人の時にしよう。絶対だからなっ」
喚くベネディッドは騎士に腕を引かれ港へと連れて行かれた。ヴェルナーはそれを見送るとルゥナへと振り返り、招待状を差し出した。
「さっきの続きなのだが、いいか?」
「えっ? は、はい」
「ユーリとジョスと四人で、アレクシア様の結婚式に行こう。ルゥナは、俺のパートナーとして一緒に来て欲しい」
「それは、私がベネディッド様と行きたくないから、誘ってくれているのよね。パートナーって……」
今回もヴェルナーはルゥナを助けてくれようとしているだけ。思い上がるな、喜んでは駄目だ。
「ベネディッド様には申し訳ないが、ルゥナの隣は渡したくない。ルゥナの隣には俺がいたい。できたらずっと……。そういう意味の、パートナーだ」
普段はしないような動揺した瞳で、耳を真っ赤に染めて、そういう意味のパートナーだとヴェルナーは言った。
そんな顔もするんだっていう驚きの次に、言葉の意味を分かり始めると、顔が火照り心臓がドキドキと鼓動を早めた。ベネディッドに何を言われてもこんな気持ちにはならないの体が変だ。うるさい胸を静まるようにと手でギュッと抑えた。
「だ、大丈夫か?」
「へっ!? えっと、心臓がドキドキしてしまって。……そ、そうじゃなくて。わ、私、ヴェルナーのことが」
「ま、待った。心の準備が……。ではなくて、多分……これ以上は抜け駆けに値する。だから、その先は言わなくていい。一度よく考えてから後日」
しどろもどろになったヴェルナーも初めて見た。ルゥナはヴェルナーも自分と似たような心境なのかと思うと笑みがこぼれた。
「ふふっ。ヴェルナーが言ってくれたのだから、私だって、さっきの続きぐらいなら言ってもいいのではないかしら?」
「うんうん。俺も聞きたい。すっごく聞きたい」
ルゥナの言葉に反応したのは、店先で立ち聞きしていたジョスだった。
「ジョスさん!? 帰ったんじゃ」
「大事な朝獲り薬草を忘れてしまってね。っていうか逃げるなよヴェルナー。ビビってないで、ちゃんと聞いてやれよ。あ、ルゥナさん。俺のことは気にせず続きをどうぞどうぞ」
「……ジョス」
ヴェルナーに低い声で名前を呼ばれると、ジョスはビクッと体を震わせて身構えた。
「げっ。そんな睨むなって、すぐ退散すっから。いや~。みんな喜ぶだろうな。ヴェルナーが告ったなんて知ったら――」
「貴様……」
「うぉっ。冗談だよ。冗談。じゃっ」
薬草を持って逃げるように走り去るジョスを見送り、ヴェルナーはため息混じりにルゥナに言った。
「絶対に言いふらすだろうな。すまない。迷惑をかける」
「別に大丈夫です。嬉しかったので」
「なっ。え?」
瞳を丸くして丸くして驚くヴェルナー。ベネディッドの言葉を守ってというより、ジョスが言ったように本当にルゥナの答えが聞きたくなかったのかもしれない。
「ヴェルナーが隣りにいたら、安心だから……。今まで困った時はいつもユーリの顔が浮かんだんだけど、最近は貴方の顔が浮かぶの。だから多分、私……」
「そ、そうか。それは光栄だな」
恥ずかしそうに頬をかいて、ヴェルナーは微かに笑っている。ルゥナの言葉で色々な反応を見せるヴェルナーが新鮮だ。
「ルゥナ。俺は――」
「すみませ~ん。もう開いてますか?」
「へっ!? い、いらっしゃいませ!」
店先に顔を覗かせている少年は、猟師の息子で、いつも父親の猟に必要なものを買いに来ている。少年はヴェルナーを見ると瞳を輝かせた。
「あっ。ヴェルナーさんだ!」
「ヴェルナーも買い物でいらしたんですよね」
「いや。手伝いだ。今日は休暇だからな」
「へぇ~。ヴェルナーさんは働くのが好きなんだね。あ、コレとコレください!」
麻酔用の薬と回復薬を手に取り買い物を済ますと、満足そうに帰って行った。
「ありがとうございました。――あの。今日は休暇なんですか?」
「ああ。招待状の事をルゥナに話しに行くと母に言ったら、休暇をくれた。何故だろうか」
「何故でしょうね。でも、休暇ならゆっくり休んでくださいね」
「ここが一番、気が休まるのだ」
ヴェルナーは、気が休まると言いながらも、落ち着かない様子で棚を整理している。心が落ち着かないのはルゥナも同じだった。このままでは間が持たないと思ったルゥナは、話を変えることにした。
「そういう事でしたら……。あ、結婚式、楽しみですね。どんな国で、どんな方とご結婚されるのかしら?」
「ルナステラの隣国の宰相の息子だそうだ。山間の国で、冬になると雪深い地域だ。式の頃は、早ければ雪が降り始めているかもしれない」
「雪……ですか?」
「触ると冷たいぞ」
「それぐらいは知っています。でも……」
それぐらいしか知らない。それに、よく考えてみたら、式に招待される事も初めてで、誰と行くかも大事だけれど、そちらの方が心配になってきた。
「寒がりなのか?」
「いえ。そうではなくて。私、アレクシア様の代わりとしてパーティーへの心得は学んだつもりでしたが、実践したことはないのです」
「そうか。俺も、ベネディッド様の護衛か、ベネディッド様のフリをして夜会に出た事はあるが、自分が招待されることは初めてだな」
「そうなのね」
ヴェルナーも初めてだと知り、ルゥナは彼へ親近感がわいたのだけれど、ヴェルナーはハッとして自らの発言を取り繕おうとした。
「俺自身として参加した事はないが、エスコートは任せてくれ。しっかりと心得ているつもりだ」
「ええ。その心配はしてないわ。ヴェルナーの王子様のなりすましは、完璧だったから。ベネディッド様より王子様らしく振る舞えていたわよ」
「その話は……」
ヴェルナーは未だにベネディッドの代わりをしていた時の話をしてはくれない。誰かに言えるような話ではないのは分かっているが、ルゥナやユーリしかいない時に聞いてもはぐらかされてしまう。
ロンバルドへ着くまでのベネディッドは偽物だったけれど、紳士で頼れる完璧な王子だったのに。思い返してみると、初めて助けてもらった時から、ルゥナはヴェルナーに嫌われたくなかったと気付いた。
「初めてヴェルナーに会った時から、隣りにいてくれると心強くて安心したわ。あの時はアレクシア様だったから守ってもらえていたけれど。これからも……」
「ああ。今度は偽物の王女ではなくて、ルゥナを守らせてくれ」
「はい。よろしくお願いします」
ルゥナがお辞儀をすると、ヴェルナーはフッと小さく微笑んだ。それぞれの立場も関係なく、この笑顔がルゥナ自身へと向けられていることが何より嬉しくて、ルゥナもヴェルナーへと笑顔を向けた。
おしまい
「えっ……と。――ヴェルナーと行きます! 招待状にも、そう書かれていますし」
「うーむ。そこは気にしなくて良いと思うぞ。自分の気持ちに素直にだな」
「ベネディッド様っ。ご報告です。先発隊が魔物と遭遇したとの知らせが入りました」
店の前に控えていた騎士が慌てた様子で報告すると、ベネディッドから笑顔が消え仕事モードに入った。
「何? 想定より早いな。すぐに向かおう。――ルゥナ。式は三ヶ月後だ。考える時間はいくらでもある。良い返事を期待して何度も通うぞ」
「そんな通っていただかなくて結構です」
「良かった。ではまた」
何が良かったのか分からないけれど、笑顔で立ち去ろうとするベネディッドの腕をヴェルナーが掴んだ。
「ベネディッド様。俺は譲る気ないですから」
「ん? 何をだ?」
「ルゥナのパートナーは、俺に任せてください」
言った後ヴェルナーは振り向き、ルゥナと視線が交わった。真剣なヴェルナーの瞳。これは、いつもみたいに困ったルゥナを助けてくれているだけなのか。それとも……。見つめ合う二人にベネディッドは動揺した。
「……は? それは……おいおい。そう来たか。これは、いやはや困ったものだな」
「ベネディッド様。本土行きの便がそろそろ出ます」
「分かった。ヴェルナー。その話はまた。だが、抜け駆けしたら許さないからな」
「……はい」
「あっ。何かする気だな!? この話は三人の時にしよう。絶対だからなっ」
喚くベネディッドは騎士に腕を引かれ港へと連れて行かれた。ヴェルナーはそれを見送るとルゥナへと振り返り、招待状を差し出した。
「さっきの続きなのだが、いいか?」
「えっ? は、はい」
「ユーリとジョスと四人で、アレクシア様の結婚式に行こう。ルゥナは、俺のパートナーとして一緒に来て欲しい」
「それは、私がベネディッド様と行きたくないから、誘ってくれているのよね。パートナーって……」
今回もヴェルナーはルゥナを助けてくれようとしているだけ。思い上がるな、喜んでは駄目だ。
「ベネディッド様には申し訳ないが、ルゥナの隣は渡したくない。ルゥナの隣には俺がいたい。できたらずっと……。そういう意味の、パートナーだ」
普段はしないような動揺した瞳で、耳を真っ赤に染めて、そういう意味のパートナーだとヴェルナーは言った。
そんな顔もするんだっていう驚きの次に、言葉の意味を分かり始めると、顔が火照り心臓がドキドキと鼓動を早めた。ベネディッドに何を言われてもこんな気持ちにはならないの体が変だ。うるさい胸を静まるようにと手でギュッと抑えた。
「だ、大丈夫か?」
「へっ!? えっと、心臓がドキドキしてしまって。……そ、そうじゃなくて。わ、私、ヴェルナーのことが」
「ま、待った。心の準備が……。ではなくて、多分……これ以上は抜け駆けに値する。だから、その先は言わなくていい。一度よく考えてから後日」
しどろもどろになったヴェルナーも初めて見た。ルゥナはヴェルナーも自分と似たような心境なのかと思うと笑みがこぼれた。
「ふふっ。ヴェルナーが言ってくれたのだから、私だって、さっきの続きぐらいなら言ってもいいのではないかしら?」
「うんうん。俺も聞きたい。すっごく聞きたい」
ルゥナの言葉に反応したのは、店先で立ち聞きしていたジョスだった。
「ジョスさん!? 帰ったんじゃ」
「大事な朝獲り薬草を忘れてしまってね。っていうか逃げるなよヴェルナー。ビビってないで、ちゃんと聞いてやれよ。あ、ルゥナさん。俺のことは気にせず続きをどうぞどうぞ」
「……ジョス」
ヴェルナーに低い声で名前を呼ばれると、ジョスはビクッと体を震わせて身構えた。
「げっ。そんな睨むなって、すぐ退散すっから。いや~。みんな喜ぶだろうな。ヴェルナーが告ったなんて知ったら――」
「貴様……」
「うぉっ。冗談だよ。冗談。じゃっ」
薬草を持って逃げるように走り去るジョスを見送り、ヴェルナーはため息混じりにルゥナに言った。
「絶対に言いふらすだろうな。すまない。迷惑をかける」
「別に大丈夫です。嬉しかったので」
「なっ。え?」
瞳を丸くして丸くして驚くヴェルナー。ベネディッドの言葉を守ってというより、ジョスが言ったように本当にルゥナの答えが聞きたくなかったのかもしれない。
「ヴェルナーが隣りにいたら、安心だから……。今まで困った時はいつもユーリの顔が浮かんだんだけど、最近は貴方の顔が浮かぶの。だから多分、私……」
「そ、そうか。それは光栄だな」
恥ずかしそうに頬をかいて、ヴェルナーは微かに笑っている。ルゥナの言葉で色々な反応を見せるヴェルナーが新鮮だ。
「ルゥナ。俺は――」
「すみませ~ん。もう開いてますか?」
「へっ!? い、いらっしゃいませ!」
店先に顔を覗かせている少年は、猟師の息子で、いつも父親の猟に必要なものを買いに来ている。少年はヴェルナーを見ると瞳を輝かせた。
「あっ。ヴェルナーさんだ!」
「ヴェルナーも買い物でいらしたんですよね」
「いや。手伝いだ。今日は休暇だからな」
「へぇ~。ヴェルナーさんは働くのが好きなんだね。あ、コレとコレください!」
麻酔用の薬と回復薬を手に取り買い物を済ますと、満足そうに帰って行った。
「ありがとうございました。――あの。今日は休暇なんですか?」
「ああ。招待状の事をルゥナに話しに行くと母に言ったら、休暇をくれた。何故だろうか」
「何故でしょうね。でも、休暇ならゆっくり休んでくださいね」
「ここが一番、気が休まるのだ」
ヴェルナーは、気が休まると言いながらも、落ち着かない様子で棚を整理している。心が落ち着かないのはルゥナも同じだった。このままでは間が持たないと思ったルゥナは、話を変えることにした。
「そういう事でしたら……。あ、結婚式、楽しみですね。どんな国で、どんな方とご結婚されるのかしら?」
「ルナステラの隣国の宰相の息子だそうだ。山間の国で、冬になると雪深い地域だ。式の頃は、早ければ雪が降り始めているかもしれない」
「雪……ですか?」
「触ると冷たいぞ」
「それぐらいは知っています。でも……」
それぐらいしか知らない。それに、よく考えてみたら、式に招待される事も初めてで、誰と行くかも大事だけれど、そちらの方が心配になってきた。
「寒がりなのか?」
「いえ。そうではなくて。私、アレクシア様の代わりとしてパーティーへの心得は学んだつもりでしたが、実践したことはないのです」
「そうか。俺も、ベネディッド様の護衛か、ベネディッド様のフリをして夜会に出た事はあるが、自分が招待されることは初めてだな」
「そうなのね」
ヴェルナーも初めてだと知り、ルゥナは彼へ親近感がわいたのだけれど、ヴェルナーはハッとして自らの発言を取り繕おうとした。
「俺自身として参加した事はないが、エスコートは任せてくれ。しっかりと心得ているつもりだ」
「ええ。その心配はしてないわ。ヴェルナーの王子様のなりすましは、完璧だったから。ベネディッド様より王子様らしく振る舞えていたわよ」
「その話は……」
ヴェルナーは未だにベネディッドの代わりをしていた時の話をしてはくれない。誰かに言えるような話ではないのは分かっているが、ルゥナやユーリしかいない時に聞いてもはぐらかされてしまう。
ロンバルドへ着くまでのベネディッドは偽物だったけれど、紳士で頼れる完璧な王子だったのに。思い返してみると、初めて助けてもらった時から、ルゥナはヴェルナーに嫌われたくなかったと気付いた。
「初めてヴェルナーに会った時から、隣りにいてくれると心強くて安心したわ。あの時はアレクシア様だったから守ってもらえていたけれど。これからも……」
「ああ。今度は偽物の王女ではなくて、ルゥナを守らせてくれ」
「はい。よろしくお願いします」
ルゥナがお辞儀をすると、ヴェルナーはフッと小さく微笑んだ。それぞれの立場も関係なく、この笑顔がルゥナ自身へと向けられていることが何より嬉しくて、ルゥナもヴェルナーへと笑顔を向けた。
おしまい
応援ありがとうございます!
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完結、おめでとうございます🎉。王子、抜け駆けするなって、王子が入るスキ無いでしょ😂。
おゆう様☆ミ
さてさて、王子はどうなることやら😅💦
最後までお読みいただきありがとうございました☺️
他の国のまともな王子だったらまた違ったかも知れないけど、この王子は有り得ないもんね~(笑)。フッたんで安心した(笑)。
おゆう様☆ミ
ロンバルト自体かなり危険ですね~😅
ご感想ありがとうございます☺️
ルゥナのヒーロー、ヴェルナーだったら嬉しいな(笑)。
おゆう様☆ミ
ルゥナのヒーローは誰でしょうね😁💦
ご感想ありがとうございます☺️