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第一章 ファビウス侯爵家
001 三度目の始まり
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瞳を開けると、井戸の底だった。
セシルは井戸水の冷たさと足の痛みに顔を歪め、空を見上げた。先ほどまでいた処刑場と同じ、澄んだ青い空が広がっている。
「また、戻ってきた……」
セシルはまた、十三歳の誕生日に戻っていた。
初めて自身の魔法の才に気付いた日だ。
この日は同じ教会の孤児院で育ったアンに嫌がらせをされ、井戸に落とされたのだった。
その時セシルは足をくじいてしまい、井戸から這い上がれずにいた。そしてロザリオを握りしめて祈りを込めた時、身体の痛みが癒え、魔法が使えることに気付いたのだ。
セシルは震える自分の体を抱きしめた。井戸の水の冷たさで震えているのか、死に直面した恐怖で震えているのか、そのどちらもなのか分からなかった。
ただただ震えが止まらず、瞳からは大粒の涙が溢れ出した。
「もう怖くない。怖くないのよセシル。……今度こそ……」
──今度こそ運命を変えるのだ。
クリス王子への愛を捨てればいい。
彼と関わってはいけない。
彼との未来には、死への道しかないのだから。
セシルは胸のロザリオを両手で握り、自分にそう言い聞かせた時に気が付いた。首から下げたロザリオと一緒に、アクアマリンの宝石がついた指輪が輝いている事に。
「これは……クリスから貰った指輪だわ。また、持っているままなのね」
セシルはその指輪に嫌悪感を抱いた。
二度も処刑されたのだから当たり前だ。
まだ彼との縁は切れていない。
運命からは逃れられない。
そう暗示しているかのように感じた。
指輪を握りしめ、井戸の底へと投げ捨てようとしたが、セシルは思い止まった。
「……この指輪、クリスのお母様の形見だと言っていたわ。捨てるのは申し訳ないし……」
クリスの母には罪はない。セシルは、落とし物としてこの指輪をシスターへ預けることに決めた。クリスがこの指輪を探せば、きっとまた彼の元へと戻れるだろう。
指輪をポケットに仕舞い、セシルはもう一度ロザリオを握りしめた。
まずはここから脱出して聖女になる。
そしてクリスと出会う前に隣国へ亡命しよう。
隣国とは不仲であるが、金を積めば国境を跨ぐ事くらい容易だそうだ。
セシルが生まれたこの街は、隣国との境界にあるファビウス領だ。聖女であれば、お金だってこっそり貯められる。国を出て、魔法が禁忌とされない国へ向かおう。
セシルは、我ながら安直な人生計画を立て、それを実行に移すことにした。
セシルの良いところは、取り敢えず前向きなところであると自負している。
「どうせ死ぬ運命なら、少しでも可能性のある方にかけてみせる……。聖女セシルの名において、傷を癒したまえ」
セシルが呪文と共にロザリオに祈りを込めると、挫いた左足にほんのりと暖かさを感じ、痛みが引いていく。
しかし、井戸の水は変わらず冷たく、ブルッと身震いした。
セシルは井戸の底で立ち上がり、空を見上げた。
この井戸は雨水を溜めておくもので、地上まではセシルの背丈の四倍ほどである。
「よぉし。登りますか!」
気合いを入れロープに手をかけた時、井戸の外から声がした。
「引き上げてやる。ロープを掴んでいろ」
「へ?」
「早くしろ!」
「はっはい!?」
三度目のやり直しだが、井戸から助けて貰うのは初めての事だった。
セシルは戸惑いながらも、青年の声に急かされるままロープを掴んだ。
セシルの身体は力強く引き上げられ、後もう少しというところで手を差し伸べられた。その手はセシルより大きく、そして白くて細くて繊細で美しい手だった。
セシルはその手に自身の手を伸ばすが、その男性の手に、微かにクリスの面影を感じ、掴みかけたところで手を止めた。
これがクリスだったら、セシルはまた――。
「呆けていないで手を掴め!」
「でも……きゃぁっ!?」
腕を握られ力一杯引き上げられると、小柄なセシルはその手の主の懐へと引き寄せられた。甘い薔薇の薫りが鼻を掠め、セシルは質の良い濃紺のジュストコールに包まれた。
セシルは井戸水の冷たさと足の痛みに顔を歪め、空を見上げた。先ほどまでいた処刑場と同じ、澄んだ青い空が広がっている。
「また、戻ってきた……」
セシルはまた、十三歳の誕生日に戻っていた。
初めて自身の魔法の才に気付いた日だ。
この日は同じ教会の孤児院で育ったアンに嫌がらせをされ、井戸に落とされたのだった。
その時セシルは足をくじいてしまい、井戸から這い上がれずにいた。そしてロザリオを握りしめて祈りを込めた時、身体の痛みが癒え、魔法が使えることに気付いたのだ。
セシルは震える自分の体を抱きしめた。井戸の水の冷たさで震えているのか、死に直面した恐怖で震えているのか、そのどちらもなのか分からなかった。
ただただ震えが止まらず、瞳からは大粒の涙が溢れ出した。
「もう怖くない。怖くないのよセシル。……今度こそ……」
──今度こそ運命を変えるのだ。
クリス王子への愛を捨てればいい。
彼と関わってはいけない。
彼との未来には、死への道しかないのだから。
セシルは胸のロザリオを両手で握り、自分にそう言い聞かせた時に気が付いた。首から下げたロザリオと一緒に、アクアマリンの宝石がついた指輪が輝いている事に。
「これは……クリスから貰った指輪だわ。また、持っているままなのね」
セシルはその指輪に嫌悪感を抱いた。
二度も処刑されたのだから当たり前だ。
まだ彼との縁は切れていない。
運命からは逃れられない。
そう暗示しているかのように感じた。
指輪を握りしめ、井戸の底へと投げ捨てようとしたが、セシルは思い止まった。
「……この指輪、クリスのお母様の形見だと言っていたわ。捨てるのは申し訳ないし……」
クリスの母には罪はない。セシルは、落とし物としてこの指輪をシスターへ預けることに決めた。クリスがこの指輪を探せば、きっとまた彼の元へと戻れるだろう。
指輪をポケットに仕舞い、セシルはもう一度ロザリオを握りしめた。
まずはここから脱出して聖女になる。
そしてクリスと出会う前に隣国へ亡命しよう。
隣国とは不仲であるが、金を積めば国境を跨ぐ事くらい容易だそうだ。
セシルが生まれたこの街は、隣国との境界にあるファビウス領だ。聖女であれば、お金だってこっそり貯められる。国を出て、魔法が禁忌とされない国へ向かおう。
セシルは、我ながら安直な人生計画を立て、それを実行に移すことにした。
セシルの良いところは、取り敢えず前向きなところであると自負している。
「どうせ死ぬ運命なら、少しでも可能性のある方にかけてみせる……。聖女セシルの名において、傷を癒したまえ」
セシルが呪文と共にロザリオに祈りを込めると、挫いた左足にほんのりと暖かさを感じ、痛みが引いていく。
しかし、井戸の水は変わらず冷たく、ブルッと身震いした。
セシルは井戸の底で立ち上がり、空を見上げた。
この井戸は雨水を溜めておくもので、地上まではセシルの背丈の四倍ほどである。
「よぉし。登りますか!」
気合いを入れロープに手をかけた時、井戸の外から声がした。
「引き上げてやる。ロープを掴んでいろ」
「へ?」
「早くしろ!」
「はっはい!?」
三度目のやり直しだが、井戸から助けて貰うのは初めての事だった。
セシルは戸惑いながらも、青年の声に急かされるままロープを掴んだ。
セシルの身体は力強く引き上げられ、後もう少しというところで手を差し伸べられた。その手はセシルより大きく、そして白くて細くて繊細で美しい手だった。
セシルはその手に自身の手を伸ばすが、その男性の手に、微かにクリスの面影を感じ、掴みかけたところで手を止めた。
これがクリスだったら、セシルはまた――。
「呆けていないで手を掴め!」
「でも……きゃぁっ!?」
腕を握られ力一杯引き上げられると、小柄なセシルはその手の主の懐へと引き寄せられた。甘い薔薇の薫りが鼻を掠め、セシルは質の良い濃紺のジュストコールに包まれた。
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