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第一章 ファビウス侯爵家
002 冷酷無慈悲な金の亡者
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顔を上げると、クリスの穏やかな蒼い瞳とは似ても似つかない、大きなつり目のエメラルドの瞳と目が合った。
「あ、アルベリク様!?」
アルベリクはセシルが暮らすファビウス領の領主、ファビウス家の次男坊だ。
そんな身分の高い彼に、セシルは勢い余って抱きつくような形になってしまっていた。
彼はアッシュブロンドの髪を風に靡かせ、セシルを不機嫌そうに見下ろすと、そっとセシルの体を引きはがし、セシルのせいで濡れてしまった自身の体へと目を向けていた。
「し、失礼いたしました」
「……お前、名前は?」
アルベリクの質問にセシルはドキッとした。
以前もこの場所で、同じことを聞かれていたから。
しかし、ついさっき処刑場で見た彼は、セシルの死を愁いでくれていると思ったのだが、目の前のアルベリクからは、そんな感情に至る要素が微塵も感じられないほど無愛想だ。
ただ、こちらの不機嫌な顔つきの方が馴染みがある。セシルの知っているアルベリクは、いつもこんな顔をしていたから。
まさか彼が井戸から引き上げてくれるような優しい男性だとは思っていなかったが、前の記憶の時も、井戸から出て最初に会ったのは、この男だった。
「わ、私はセシルと申します」
「そうか。セシル、俺について来い……。いや、その前に自室で着替えを済ませ荷物をまとめろ」
「……? 荷物?」
セシルはアルベリクの言葉に首をかしげた。
前の記憶だと、この後セシルはアルベリクにシスターの所まで連れていかれ、聖女に祭り上げられた。
しかも、そのやり口はとても強引で、アルベリクはシスターの前で自身の腕を剣で傷つけ、セシルに治癒させたのだ。教会にいた全ての人の前で、セシルの力は奇跡の力だと知らしめるように。
そしてその後、アルベリクによって聖女の存在は国中に轟かせられた。領内に人を集め活性化させ、それによって自らの私腹を肥やすために。
聖女の恩恵を授かるためには、身分に応じて相当のお布施を戴いていたと記憶している。
そう。目の前のこの男は、冷徹無慈悲な金の亡者のなのだ。しかし、彼について行けば、聖女になり、ただの村娘では稼げないようなお金が手に入り、世話になった教会も潤い、セシルの新たな人生へ向けての資金を稼ぐことが出来る筈だ。
「おい」
「は、はい!!」
考え事をしていたら、いつの間にかアルベリクの表情が苛立っていた。
この人、気は短いし、すぐ怒るのだ。
口数は少ないが、一言の殺傷能力が高い。
セシルはアルベリクが苦手だった。
セシルが慌てて部屋へ向かおうと踵を返すと、背中に暖かさを感じ、振り返るとアルベリクの上着が掛けられていた。
井戸水で濡れたセシルを気遣ってくれたのか。
意外な優しさに触れ、驚いてアルベリクへと視線を伸ばす。
「あ、あの。ぇと」
礼を述べようとしたが、アルベリクの不満そうな瞳に跳ね除けられる。言葉を濁しその場で立ち尽くすセシルの腕を、アルベリクは掴み軽く引き寄せると、顔を近付け耳元で囁いた。
「セシル。俺はお前の秘密を知っている。異端審問にかけられたく無ければ──俺に従え」
アルベリクはセシルを脅すと、顔を離しその瞳を至近距離で見つめ返した。
この瞳からは逃れられない。
見つめた相手を征服して服従させる。
そんな威圧感のある瞳だった。
萎縮したセシルに、アルベリクは苛立ち息を吐くと、教会の方へと視線を伸ばした。
「さっさと着替えてこい。風邪を引くぞ」
「はっはいっ」
優しいのか怖いのか、よく分からないけれど、どうしてだろう。前よりアルベリクとの距離感が近い。もっと、目に見えない壁の向こうに側にいる人間だと思っていたのに。
セシルは困惑しつつ、逃げるように自室へと走っていった。
「あ、アルベリク様!?」
アルベリクはセシルが暮らすファビウス領の領主、ファビウス家の次男坊だ。
そんな身分の高い彼に、セシルは勢い余って抱きつくような形になってしまっていた。
彼はアッシュブロンドの髪を風に靡かせ、セシルを不機嫌そうに見下ろすと、そっとセシルの体を引きはがし、セシルのせいで濡れてしまった自身の体へと目を向けていた。
「し、失礼いたしました」
「……お前、名前は?」
アルベリクの質問にセシルはドキッとした。
以前もこの場所で、同じことを聞かれていたから。
しかし、ついさっき処刑場で見た彼は、セシルの死を愁いでくれていると思ったのだが、目の前のアルベリクからは、そんな感情に至る要素が微塵も感じられないほど無愛想だ。
ただ、こちらの不機嫌な顔つきの方が馴染みがある。セシルの知っているアルベリクは、いつもこんな顔をしていたから。
まさか彼が井戸から引き上げてくれるような優しい男性だとは思っていなかったが、前の記憶の時も、井戸から出て最初に会ったのは、この男だった。
「わ、私はセシルと申します」
「そうか。セシル、俺について来い……。いや、その前に自室で着替えを済ませ荷物をまとめろ」
「……? 荷物?」
セシルはアルベリクの言葉に首をかしげた。
前の記憶だと、この後セシルはアルベリクにシスターの所まで連れていかれ、聖女に祭り上げられた。
しかも、そのやり口はとても強引で、アルベリクはシスターの前で自身の腕を剣で傷つけ、セシルに治癒させたのだ。教会にいた全ての人の前で、セシルの力は奇跡の力だと知らしめるように。
そしてその後、アルベリクによって聖女の存在は国中に轟かせられた。領内に人を集め活性化させ、それによって自らの私腹を肥やすために。
聖女の恩恵を授かるためには、身分に応じて相当のお布施を戴いていたと記憶している。
そう。目の前のこの男は、冷徹無慈悲な金の亡者のなのだ。しかし、彼について行けば、聖女になり、ただの村娘では稼げないようなお金が手に入り、世話になった教会も潤い、セシルの新たな人生へ向けての資金を稼ぐことが出来る筈だ。
「おい」
「は、はい!!」
考え事をしていたら、いつの間にかアルベリクの表情が苛立っていた。
この人、気は短いし、すぐ怒るのだ。
口数は少ないが、一言の殺傷能力が高い。
セシルはアルベリクが苦手だった。
セシルが慌てて部屋へ向かおうと踵を返すと、背中に暖かさを感じ、振り返るとアルベリクの上着が掛けられていた。
井戸水で濡れたセシルを気遣ってくれたのか。
意外な優しさに触れ、驚いてアルベリクへと視線を伸ばす。
「あ、あの。ぇと」
礼を述べようとしたが、アルベリクの不満そうな瞳に跳ね除けられる。言葉を濁しその場で立ち尽くすセシルの腕を、アルベリクは掴み軽く引き寄せると、顔を近付け耳元で囁いた。
「セシル。俺はお前の秘密を知っている。異端審問にかけられたく無ければ──俺に従え」
アルベリクはセシルを脅すと、顔を離しその瞳を至近距離で見つめ返した。
この瞳からは逃れられない。
見つめた相手を征服して服従させる。
そんな威圧感のある瞳だった。
萎縮したセシルに、アルベリクは苛立ち息を吐くと、教会の方へと視線を伸ばした。
「さっさと着替えてこい。風邪を引くぞ」
「はっはいっ」
優しいのか怖いのか、よく分からないけれど、どうしてだろう。前よりアルベリクとの距離感が近い。もっと、目に見えない壁の向こうに側にいる人間だと思っていたのに。
セシルは困惑しつつ、逃げるように自室へと走っていった。
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