聖女は死に戻り、約束の彼に愛される

春乃紅葉@コミカライズ2作品公開中〜

文字の大きさ
7 / 102
第一章 ファビウス侯爵家

003 ファビウス家の屋敷

しおりを挟む
 白く高い塀の周りを、セシルはアルベリクに置いていかれまいと早足で歩いている。
 この塀の向こうはファビウス家の屋敷だ。
 とても大きく美しい屋敷だと噂されているが、その屋敷の全貌を臨むことは一般市民には許されていない。
 何しろ、セシルの身長の三倍以上はある、高い壁に覆われた屋敷だからである。
 ファビウス領は敵対する隣国との国境沿いの領であることから、領主の屋敷の守りも固いのである。

 しかし、なぜ二人でこんなところにいるのかというと……。

 あの後、着替えを済まして部屋から出ると、礼拝堂が騒がしく、セシルは不安を感じながらも中を覗くと、とアルベリクがシスターに大金を積んでいたのである。
 アンを始め一緒に育った孤児院の仲間達は、今まで見たことがないような輝かしい笑顔で金貨の山を見つめていた。

 そして皆に温かく見送られ、セシルはアルベリクと共に教会を後にし、ファビウス家の前に来ていた。

 前の記憶では、今頃アルベリクの腕の傷を癒やし、聖女になっていたのに。
 早速、前の記憶と違う展開になっている。

 セシルは混乱していた。
 なぜやり直しの人生は、前の記憶と同じように進まないのか……理解不能である。
 いつも唐突に違う展開がセシルを待ち構え、本人の意思を尊重すること無く変化し、流されていく。
 セシルはこれから自分がどうなってしまうのか、不安で胸がいっぱいであった。

 あの金の亡者が上着を貸してくれた。
 そして教会に大金を寄付し、セシルを引き取った。
 こんなに大切に扱われているのならば、あの寄付金よりもお金になる何かがあるはずだ。もしかしたら、セシルは大富豪にでも売り飛ばされるのだろうか。

「きゃっ」

 突然足を止めたアルベリクの背中に、セシルは突っ込み声を上げた。アルベリクは振り返るとため息をつくと、大きな門を指差した。

「着いたぞ。こっちだ」

 ◇◇

 アルベリクとセシルは西門から屋敷へと入った。
 西門の先には雑草まみれの庭が広がっていた。左手に小さな温室があり、全体的に少々荒れ気味だ。

 屋敷の玄関扉の前には燕尾服を着た執事風の少年が立ち、アルベリクを静かに迎え入れた。
 歳はセシルと同じくらい、もしくは下に見える。
 赤みがかった茶色い髪と瞳の端正な顔立ちの少年だ。

「おかえりなさいませ。アル様」
「ああ。準備は出来ているか?」
「はい」

 執事風の少年はセシルを横目で見やり鼻で笑うと、屋敷内へと通してくれた。第一印象は最悪だ。

 玄関ホールにはメイド服を着た優しい雰囲気の老婆が一人立ち、深々と礼をしていた。老婆は頭を起こしセシルと目が合うと、柔和な笑みを浮かべた。
 その笑顔にセシルの頬も自然と緩む。この人は優しそうだと、内心ホッとしていると、アルベリクはくるりとセシルに向き直った。

 緩んだ笑顔のまま顔を上げると、冷めたい瞳のアルベリクと視線が交わった。

「セシル。ここは西館だ。隣が本館でその奥に東館がある。本館は当主である兄上の屋敷だ。それから東館は姉上と双子の弟妹の住まいになっている。お前が歩いてよいのは俺の住まいである西館だけだ。肝に銘じておくように」

 唐突な説明に、内容は半分くらいしか聞き取れなかったが、セシルはこの西館以外の立ち入りが認められていないことだけは理解した。

 アルベリクはもっと無口な人間だと思っていたので面食らったものの、何か言葉を返さねばと思いセシルは口を開く。

「……はい。承知しました」
「返事が遅い」
「はい! アルベリク様」

 二人のやり取りに老婆がクスリと笑みを溢すも、アルベリクはセシルの返答が気に入らなかったのか、不満そうにセシルを見下ろし、老婆へと視線を伸ばした。

「俺はトロい奴が嫌いだ。――婆や。ボロ雑巾のような子供だが、身なりを整えてやってくれ」
「ぼ、ボロ雑巾って……」

 セシルはその言葉に耳を疑った。アルベリクはセシルの頭から足先まで視線を巡らし、自らの手を顎に添えた。

「自覚がないのか。そのペラペラの服は何だ? 本当に布か? まるでボロ雑巾のようだ」

 セシルは産まれて初めて浴びた罵詈雑言に戸惑い、白いワンピースの裾を握りしめた。

「これはシスターが繕ってくれたワンピースです。それをボロ雑巾だなんて……」

 瞳に涙を溜め、じっと堪えるセシルに、アルベリクはたじろぎ一歩後退した。気まずそうに老婆に視線を向け、隅で笑いを堪えている執事に命令を出す。

「レクト、書斎についてこい。こいつは……婆やに任す」

 そう言い捨て、アルベリクは執事と共に足早に廊下の先へと消えていった。

 アルベリクが見えなくなると、老婆はセシルの肩にそっと手を乗せにっこりと微笑みかけた。

「ようこそ。ファビウス邸へ。私はアル様のお世話をしているメイドのメアリよ。素敵なワンピースね。アル様は女性のことなんてなぁんにも分からない不器用な方だから気にしないで。さあ、洗面所へ行きましょう。きっと心も体もスッキリするわよ」

 メアリの温かい手が肩から伝わる。優しい声音とビスケットのような甘い薫りにホッと心が解れていく。
 やはり、見た目通り優しい人のようだ。
 セシルはメアリに手を引かれ、不安を抱えつつも廊下を進んでいった。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜

嘉神かろ
恋愛
 魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。  妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。  これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

どちらの王妃でも問題ありません【完】

mako
恋愛
かつて、広大なオリビア大陸にはオリビア帝国が大小合わせて100余りある国々を治めていた。そこにはもちろん勇敢な皇帝が君臨し今も尚伝説として、語り継がれている。 そんな中、巨大化し過ぎた帝国は 王族の中で分別が起こり東西の王国として独立を果たす事になり、東西の争いは長く続いていた。 争いは両国にメリットもなく、次第に勢力の差もあり東国の勝利として呆気なく幕を下ろす事となった。 両国の友好的解決として、東国は西国から王妃を迎え入れる事を、条件として両国合意の元、大陸の二大勢力として存在している。 しかし王妃として迎えるとは、事実上の人質であり、お飾りの王妃として嫁ぐ事となる。 長い年月を経てその取り決めは続いてはいるが、1年の白い結婚のあと、国に戻りかつての婚約者と結婚する王女もいた。 兎にも角にも西国から嫁いだ者が東国の王妃として幸せな人生を過ごした記録は無い。

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...