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第一章 ファビウス侯爵家
003 ファビウス家の屋敷
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白く高い塀の周りを、セシルはアルベリクに置いていかれまいと早足で歩いている。
この塀の向こうはファビウス家の屋敷だ。
とても大きく美しい屋敷だと噂されているが、その屋敷の全貌を臨むことは一般市民には許されていない。
何しろ、セシルの身長の三倍以上はある、高い壁に覆われた屋敷だからである。
ファビウス領は敵対する隣国との国境沿いの領であることから、領主の屋敷の守りも固いのである。
しかし、なぜ二人でこんなところにいるのかというと……。
あの後、着替えを済まして部屋から出ると、礼拝堂が騒がしく、セシルは不安を感じながらも中を覗くと、とアルベリクがシスターに大金を積んでいたのである。
アンを始め一緒に育った孤児院の仲間達は、今まで見たことがないような輝かしい笑顔で金貨の山を見つめていた。
そして皆に温かく見送られ、セシルはアルベリクと共に教会を後にし、ファビウス家の前に来ていた。
前の記憶では、今頃アルベリクの腕の傷を癒やし、聖女になっていたのに。
早速、前の記憶と違う展開になっている。
セシルは混乱していた。
なぜやり直しの人生は、前の記憶と同じように進まないのか……理解不能である。
いつも唐突に違う展開がセシルを待ち構え、本人の意思を尊重すること無く変化し、流されていく。
セシルはこれから自分がどうなってしまうのか、不安で胸がいっぱいであった。
あの金の亡者が上着を貸してくれた。
そして教会に大金を寄付し、セシルを引き取った。
こんなに大切に扱われているのならば、あの寄付金よりもお金になる何かがあるはずだ。もしかしたら、セシルは大富豪にでも売り飛ばされるのだろうか。
「きゃっ」
突然足を止めたアルベリクの背中に、セシルは突っ込み声を上げた。アルベリクは振り返るとため息をつくと、大きな門を指差した。
「着いたぞ。こっちだ」
◇◇
アルベリクとセシルは西門から屋敷へと入った。
西門の先には雑草まみれの庭が広がっていた。左手に小さな温室があり、全体的に少々荒れ気味だ。
屋敷の玄関扉の前には燕尾服を着た執事風の少年が立ち、アルベリクを静かに迎え入れた。
歳はセシルと同じくらい、もしくは下に見える。
赤みがかった茶色い髪と瞳の端正な顔立ちの少年だ。
「おかえりなさいませ。アル様」
「ああ。準備は出来ているか?」
「はい」
執事風の少年はセシルを横目で見やり鼻で笑うと、屋敷内へと通してくれた。第一印象は最悪だ。
玄関ホールにはメイド服を着た優しい雰囲気の老婆が一人立ち、深々と礼をしていた。老婆は頭を起こしセシルと目が合うと、柔和な笑みを浮かべた。
その笑顔にセシルの頬も自然と緩む。この人は優しそうだと、内心ホッとしていると、アルベリクはくるりとセシルに向き直った。
緩んだ笑顔のまま顔を上げると、冷めたい瞳のアルベリクと視線が交わった。
「セシル。ここは西館だ。隣が本館でその奥に東館がある。本館は当主である兄上の屋敷だ。それから東館は姉上と双子の弟妹の住まいになっている。お前が歩いてよいのは俺の住まいである西館だけだ。肝に銘じておくように」
唐突な説明に、内容は半分くらいしか聞き取れなかったが、セシルはこの西館以外の立ち入りが認められていないことだけは理解した。
アルベリクはもっと無口な人間だと思っていたので面食らったものの、何か言葉を返さねばと思いセシルは口を開く。
「……はい。承知しました」
「返事が遅い」
「はい! アルベリク様」
二人のやり取りに老婆がクスリと笑みを溢すも、アルベリクはセシルの返答が気に入らなかったのか、不満そうにセシルを見下ろし、老婆へと視線を伸ばした。
「俺はトロい奴が嫌いだ。――婆や。ボロ雑巾のような子供だが、身なりを整えてやってくれ」
「ぼ、ボロ雑巾って……」
セシルはその言葉に耳を疑った。アルベリクはセシルの頭から足先まで視線を巡らし、自らの手を顎に添えた。
「自覚がないのか。そのペラペラの服は何だ? 本当に布か? まるでボロ雑巾のようだ」
セシルは産まれて初めて浴びた罵詈雑言に戸惑い、白いワンピースの裾を握りしめた。
「これはシスターが繕ってくれたワンピースです。それをボロ雑巾だなんて……」
瞳に涙を溜め、じっと堪えるセシルに、アルベリクはたじろぎ一歩後退した。気まずそうに老婆に視線を向け、隅で笑いを堪えている執事に命令を出す。
「レクト、書斎についてこい。こいつは……婆やに任す」
そう言い捨て、アルベリクは執事と共に足早に廊下の先へと消えていった。
アルベリクが見えなくなると、老婆はセシルの肩にそっと手を乗せにっこりと微笑みかけた。
「ようこそ。ファビウス邸へ。私はアル様のお世話をしているメイドのメアリよ。素敵なワンピースね。アル様は女性のことなんてなぁんにも分からない不器用な方だから気にしないで。さあ、洗面所へ行きましょう。きっと心も体もスッキリするわよ」
メアリの温かい手が肩から伝わる。優しい声音とビスケットのような甘い薫りにホッと心が解れていく。
やはり、見た目通り優しい人のようだ。
セシルはメアリに手を引かれ、不安を抱えつつも廊下を進んでいった。
この塀の向こうはファビウス家の屋敷だ。
とても大きく美しい屋敷だと噂されているが、その屋敷の全貌を臨むことは一般市民には許されていない。
何しろ、セシルの身長の三倍以上はある、高い壁に覆われた屋敷だからである。
ファビウス領は敵対する隣国との国境沿いの領であることから、領主の屋敷の守りも固いのである。
しかし、なぜ二人でこんなところにいるのかというと……。
あの後、着替えを済まして部屋から出ると、礼拝堂が騒がしく、セシルは不安を感じながらも中を覗くと、とアルベリクがシスターに大金を積んでいたのである。
アンを始め一緒に育った孤児院の仲間達は、今まで見たことがないような輝かしい笑顔で金貨の山を見つめていた。
そして皆に温かく見送られ、セシルはアルベリクと共に教会を後にし、ファビウス家の前に来ていた。
前の記憶では、今頃アルベリクの腕の傷を癒やし、聖女になっていたのに。
早速、前の記憶と違う展開になっている。
セシルは混乱していた。
なぜやり直しの人生は、前の記憶と同じように進まないのか……理解不能である。
いつも唐突に違う展開がセシルを待ち構え、本人の意思を尊重すること無く変化し、流されていく。
セシルはこれから自分がどうなってしまうのか、不安で胸がいっぱいであった。
あの金の亡者が上着を貸してくれた。
そして教会に大金を寄付し、セシルを引き取った。
こんなに大切に扱われているのならば、あの寄付金よりもお金になる何かがあるはずだ。もしかしたら、セシルは大富豪にでも売り飛ばされるのだろうか。
「きゃっ」
突然足を止めたアルベリクの背中に、セシルは突っ込み声を上げた。アルベリクは振り返るとため息をつくと、大きな門を指差した。
「着いたぞ。こっちだ」
◇◇
アルベリクとセシルは西門から屋敷へと入った。
西門の先には雑草まみれの庭が広がっていた。左手に小さな温室があり、全体的に少々荒れ気味だ。
屋敷の玄関扉の前には燕尾服を着た執事風の少年が立ち、アルベリクを静かに迎え入れた。
歳はセシルと同じくらい、もしくは下に見える。
赤みがかった茶色い髪と瞳の端正な顔立ちの少年だ。
「おかえりなさいませ。アル様」
「ああ。準備は出来ているか?」
「はい」
執事風の少年はセシルを横目で見やり鼻で笑うと、屋敷内へと通してくれた。第一印象は最悪だ。
玄関ホールにはメイド服を着た優しい雰囲気の老婆が一人立ち、深々と礼をしていた。老婆は頭を起こしセシルと目が合うと、柔和な笑みを浮かべた。
その笑顔にセシルの頬も自然と緩む。この人は優しそうだと、内心ホッとしていると、アルベリクはくるりとセシルに向き直った。
緩んだ笑顔のまま顔を上げると、冷めたい瞳のアルベリクと視線が交わった。
「セシル。ここは西館だ。隣が本館でその奥に東館がある。本館は当主である兄上の屋敷だ。それから東館は姉上と双子の弟妹の住まいになっている。お前が歩いてよいのは俺の住まいである西館だけだ。肝に銘じておくように」
唐突な説明に、内容は半分くらいしか聞き取れなかったが、セシルはこの西館以外の立ち入りが認められていないことだけは理解した。
アルベリクはもっと無口な人間だと思っていたので面食らったものの、何か言葉を返さねばと思いセシルは口を開く。
「……はい。承知しました」
「返事が遅い」
「はい! アルベリク様」
二人のやり取りに老婆がクスリと笑みを溢すも、アルベリクはセシルの返答が気に入らなかったのか、不満そうにセシルを見下ろし、老婆へと視線を伸ばした。
「俺はトロい奴が嫌いだ。――婆や。ボロ雑巾のような子供だが、身なりを整えてやってくれ」
「ぼ、ボロ雑巾って……」
セシルはその言葉に耳を疑った。アルベリクはセシルの頭から足先まで視線を巡らし、自らの手を顎に添えた。
「自覚がないのか。そのペラペラの服は何だ? 本当に布か? まるでボロ雑巾のようだ」
セシルは産まれて初めて浴びた罵詈雑言に戸惑い、白いワンピースの裾を握りしめた。
「これはシスターが繕ってくれたワンピースです。それをボロ雑巾だなんて……」
瞳に涙を溜め、じっと堪えるセシルに、アルベリクはたじろぎ一歩後退した。気まずそうに老婆に視線を向け、隅で笑いを堪えている執事に命令を出す。
「レクト、書斎についてこい。こいつは……婆やに任す」
そう言い捨て、アルベリクは執事と共に足早に廊下の先へと消えていった。
アルベリクが見えなくなると、老婆はセシルの肩にそっと手を乗せにっこりと微笑みかけた。
「ようこそ。ファビウス邸へ。私はアル様のお世話をしているメイドのメアリよ。素敵なワンピースね。アル様は女性のことなんてなぁんにも分からない不器用な方だから気にしないで。さあ、洗面所へ行きましょう。きっと心も体もスッキリするわよ」
メアリの温かい手が肩から伝わる。優しい声音とビスケットのような甘い薫りにホッと心が解れていく。
やはり、見た目通り優しい人のようだ。
セシルはメアリに手を引かれ、不安を抱えつつも廊下を進んでいった。
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