46 / 102
第五章 男ばかりの訓練所
003 ディルク=シュナイト
しおりを挟む
訓練所は第一から第四訓練場まであるそうだ。
アルベリクが所属しているのは精鋭揃いのエリートコースである第一訓練場。人数は全部で四十人くらいで、あのディルクもいる。
騎士見習いの養成所のようなところで、この中では、身分に関係なく己の強さのみで判断されるらしい。
セシルは野外訓練場の花壇に腰かけ、練習の様子を見学していた。
訓練が始まり、まだ三十分ほどしか経っていない。しかし過酷な訓練を目の当たりにし、セシルは早く終わらないかとばかり願っていた。
アルベリクが他の訓練生と力比べを始めたのだが、それがもう一方的すぎて見ていられなかったのだ。
きっと野盗達もあんな風にアルベリクに襲われ……違う。殺られ……違うな。
さて。なんと言ったらいいものか……。
◇◇
アルベリクは訓練が始まる前に他の訓練生にこんなことを言った。
「食堂では失礼しました。見学者を連れてきたのですが、所内の規律を乱すつもりはありませんので、あれはいないものとして接していただければと思います」
淡々と話すアルベリクに、訓練生達からざわめきが起こった。すると、見かねたディルクが、苦笑いを浮かべながらフォローする。
「ってな訳で、あの子にちょっかいを出した奴は半殺しにするそうだ。みんな気を付けるように!」
「ディルク。そんなことは言っていないぞ」
「いやー。目がそうだって言ってるよな?」
力強くうなずくその他の訓練生一同を、アルベリクは不機嫌そうに睨み返した。しかし、さすが精鋭揃いと言うべきか、それにも怯まずに質問が飛ぶ。
「話すのも禁止か?」
「はい」
「せめて名前は教えろよ」
「呼ぶ必要はないかと」
「さっき何で泣いてたんだ?」
「食事がカラ……どうでもいいだろ」
「態度悪いぞー」
「お前もな」
「あー。もう止めだ止め! 言い合いはなし。訓練しよう。なっ!」
険悪な雰囲気になる前にディルクが声を上げた。
しかし互いの不満は消える気配がない。
「ディルクさん。そいつがいない間に俺たちがどんだけ訓練をつけてきたか見せてやりたいです」
「おいおい。まぁーた、そーやって……」
「俺も、それでいいですけど?」
という感じで力試しが始まったのだ。
お互い木の剣で戦っているのだが、当たったら物凄く痛そうだった。
訓練生達のうめき声が上がる度に、セシルの顔色は悪くなっていく。そんなセシルを心配して、ディルクが傍に寄ってきた。なぜかアルベリクから、ディルクとだけは話してもよいと言う許可をもらっていたのでセシルも変に身構えずに済む。
「いやー。馬鹿ばっかりで見苦しいよな。えっと……」
「セシルと申します。ディルク様……ですよね」
「セシルちゃんね。よろしく。アルベリクから聞いたのか? 俺は、ディルク=シュナイト。シュナイトって付くけど一族の中では末席だから。様とか付けなくていいからな」
「いえいえ。滅相もございません」
未来の英雄様を無下に扱うなど出来るはずがない。
本物の英雄を前にセシルは少しだけ緊張していた。
「セシルちゃんは見学だけでいいのか? 折角だから、少しは体を動かしていけよ」
「あー、そうですよね……」
セシルはバタバタと倒れていく訓練生を見て笑顔が引きつる。
「いやいや。あんな訓練しないから安心しろよ。あれだって普通はしないんだぜ? 前回アルベリクが来たときからだな。なーんか前より急に強くなってさ。みんな、たまにしか来ない貴族の坊っちゃんに負けるのが悔しいんだよ」
「へぇ~。アルベリク様は強いんですか?」
「そうだな。実は、第一訓練場は貴族なら誰でもコネで入れるんだ。だけど訓練がキツいから、大抵の奴は第二……いや、第四にすぐに移動するな。今も可愛い使用人と部屋でグータラお茶飲んでる奴もいるんじゃないか?」
「ほぅ……。その方達はなんの為に訓練所にくるんですかね?」
「そりゃあ。シュナイト公爵家の人間に顔を売るチャンスだからな。次期当主様はお若いし、狙っている貴族は星の数ほどいるさ」
ディルクが言っているのはさっき現れたオリヴィアのことだろう。この言い方だと、アルベリクの婚約者とは本当に自称のようだ。
セシルはホッと胸を撫で下ろし、なぜ自分が喜んでいるのか不思議で首をかしげた。
「オリヴィア様といえば、若いメイドが欲しいって、いつもうるさいんだよな。この前メイドを連れてきてた奴がいて、しつこく話しかけてたな。……セシルちゃん、使用人なんだよな。どう?」
まさか誘われるとは思わなかった。
でも、掃除も食事もまだまだ上手く出来ないし。
私には無理だ。話題を変えなくては。
「どうって。私なんか無理ですよ。あ、私以外にも女性の方がいらっしゃるんですか?」
「ああ。でも第一にはいないよ。それに貴族の人間は食堂で食べるのをいやがる奴ばかりだから、会えないとは思うぞ」
「えー。残念です」
「ん。待てよ。……もしかして。アルベリクはオリヴィア様の気を引くためにセシルちゃんを連れてきたとか?」
「そんなことは聞いておりませんが……」
「いやー。でもなー。アルベリクは、オリヴィア様をコバエの様にうるさい女、と揶揄する最低の奴だから。そんなはずは……。セシルちゃん。どう思う?」
「ええっ。私はなにも聞いていないですよ?」
真剣な表情でセシルに詰め寄るディルク。
瞳には熱がこもっていて。
ああ。この人オリヴィア様のことが好きなんだな、と目を見てすぐに分かってしまった。
しかし、そんなディルクの瞳が、急に鋭い光を帯びた──次の瞬間。
「セシルちゃんっ」
という声と共に、セシルはディルクに抱きしめられ、原っぱに押し倒された。
アルベリクと違い、太くて逞しい男性の硬い体に覆われて、セシルは何が起きたのか分からず頭の中が真っ白になっていった。
アルベリクが所属しているのは精鋭揃いのエリートコースである第一訓練場。人数は全部で四十人くらいで、あのディルクもいる。
騎士見習いの養成所のようなところで、この中では、身分に関係なく己の強さのみで判断されるらしい。
セシルは野外訓練場の花壇に腰かけ、練習の様子を見学していた。
訓練が始まり、まだ三十分ほどしか経っていない。しかし過酷な訓練を目の当たりにし、セシルは早く終わらないかとばかり願っていた。
アルベリクが他の訓練生と力比べを始めたのだが、それがもう一方的すぎて見ていられなかったのだ。
きっと野盗達もあんな風にアルベリクに襲われ……違う。殺られ……違うな。
さて。なんと言ったらいいものか……。
◇◇
アルベリクは訓練が始まる前に他の訓練生にこんなことを言った。
「食堂では失礼しました。見学者を連れてきたのですが、所内の規律を乱すつもりはありませんので、あれはいないものとして接していただければと思います」
淡々と話すアルベリクに、訓練生達からざわめきが起こった。すると、見かねたディルクが、苦笑いを浮かべながらフォローする。
「ってな訳で、あの子にちょっかいを出した奴は半殺しにするそうだ。みんな気を付けるように!」
「ディルク。そんなことは言っていないぞ」
「いやー。目がそうだって言ってるよな?」
力強くうなずくその他の訓練生一同を、アルベリクは不機嫌そうに睨み返した。しかし、さすが精鋭揃いと言うべきか、それにも怯まずに質問が飛ぶ。
「話すのも禁止か?」
「はい」
「せめて名前は教えろよ」
「呼ぶ必要はないかと」
「さっき何で泣いてたんだ?」
「食事がカラ……どうでもいいだろ」
「態度悪いぞー」
「お前もな」
「あー。もう止めだ止め! 言い合いはなし。訓練しよう。なっ!」
険悪な雰囲気になる前にディルクが声を上げた。
しかし互いの不満は消える気配がない。
「ディルクさん。そいつがいない間に俺たちがどんだけ訓練をつけてきたか見せてやりたいです」
「おいおい。まぁーた、そーやって……」
「俺も、それでいいですけど?」
という感じで力試しが始まったのだ。
お互い木の剣で戦っているのだが、当たったら物凄く痛そうだった。
訓練生達のうめき声が上がる度に、セシルの顔色は悪くなっていく。そんなセシルを心配して、ディルクが傍に寄ってきた。なぜかアルベリクから、ディルクとだけは話してもよいと言う許可をもらっていたのでセシルも変に身構えずに済む。
「いやー。馬鹿ばっかりで見苦しいよな。えっと……」
「セシルと申します。ディルク様……ですよね」
「セシルちゃんね。よろしく。アルベリクから聞いたのか? 俺は、ディルク=シュナイト。シュナイトって付くけど一族の中では末席だから。様とか付けなくていいからな」
「いえいえ。滅相もございません」
未来の英雄様を無下に扱うなど出来るはずがない。
本物の英雄を前にセシルは少しだけ緊張していた。
「セシルちゃんは見学だけでいいのか? 折角だから、少しは体を動かしていけよ」
「あー、そうですよね……」
セシルはバタバタと倒れていく訓練生を見て笑顔が引きつる。
「いやいや。あんな訓練しないから安心しろよ。あれだって普通はしないんだぜ? 前回アルベリクが来たときからだな。なーんか前より急に強くなってさ。みんな、たまにしか来ない貴族の坊っちゃんに負けるのが悔しいんだよ」
「へぇ~。アルベリク様は強いんですか?」
「そうだな。実は、第一訓練場は貴族なら誰でもコネで入れるんだ。だけど訓練がキツいから、大抵の奴は第二……いや、第四にすぐに移動するな。今も可愛い使用人と部屋でグータラお茶飲んでる奴もいるんじゃないか?」
「ほぅ……。その方達はなんの為に訓練所にくるんですかね?」
「そりゃあ。シュナイト公爵家の人間に顔を売るチャンスだからな。次期当主様はお若いし、狙っている貴族は星の数ほどいるさ」
ディルクが言っているのはさっき現れたオリヴィアのことだろう。この言い方だと、アルベリクの婚約者とは本当に自称のようだ。
セシルはホッと胸を撫で下ろし、なぜ自分が喜んでいるのか不思議で首をかしげた。
「オリヴィア様といえば、若いメイドが欲しいって、いつもうるさいんだよな。この前メイドを連れてきてた奴がいて、しつこく話しかけてたな。……セシルちゃん、使用人なんだよな。どう?」
まさか誘われるとは思わなかった。
でも、掃除も食事もまだまだ上手く出来ないし。
私には無理だ。話題を変えなくては。
「どうって。私なんか無理ですよ。あ、私以外にも女性の方がいらっしゃるんですか?」
「ああ。でも第一にはいないよ。それに貴族の人間は食堂で食べるのをいやがる奴ばかりだから、会えないとは思うぞ」
「えー。残念です」
「ん。待てよ。……もしかして。アルベリクはオリヴィア様の気を引くためにセシルちゃんを連れてきたとか?」
「そんなことは聞いておりませんが……」
「いやー。でもなー。アルベリクは、オリヴィア様をコバエの様にうるさい女、と揶揄する最低の奴だから。そんなはずは……。セシルちゃん。どう思う?」
「ええっ。私はなにも聞いていないですよ?」
真剣な表情でセシルに詰め寄るディルク。
瞳には熱がこもっていて。
ああ。この人オリヴィア様のことが好きなんだな、と目を見てすぐに分かってしまった。
しかし、そんなディルクの瞳が、急に鋭い光を帯びた──次の瞬間。
「セシルちゃんっ」
という声と共に、セシルはディルクに抱きしめられ、原っぱに押し倒された。
アルベリクと違い、太くて逞しい男性の硬い体に覆われて、セシルは何が起きたのか分からず頭の中が真っ白になっていった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!?
元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜
嘉神かろ
恋愛
魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。
妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。
これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
素顔を知らない
基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。
聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。
ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。
王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。
王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。
国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる