38 / 65
第四章 竜谷の雨
001 雨音
しおりを挟む
夜も雨が降り続く。最近、王都でも雨が多くなった。
ベッドで横になると、規則的な雨音が窓から聞こえてきて、ルーシャの安眠を阻害していた。
「ヒスイ。まだ起きてる?」
「寝てます」
「起きてるじゃない」
「珍しいですね。ルーシャが夜更かしですか?」
「うん。雨が気になってしまって」
「雨。嫌いですか?」
「うん。あ、水竜に向かって雨が嫌いって禁句かしら?」
「そんなこと無いですよ。僕もあまり好きではありませんから」
ヒスイは眠そうな声で言葉を返す。会話が途切れたらすぐに寝てしまいそうだ。
「そっか。ねぇ。アリア様から戴いたハーブを試してもいいかしら? ぐっすり眠れるんですって」
「……ミント系は苦手です。何系の香りですか?」
ネックレスのロケットを開けて香りを確かめると、一番にミントの香りがした。部屋に居座っているだけでも迷惑をかけているのに、流石にこれ以上の我が儘は申し訳ない。
「えっと……。ミントが入ってるわね。止めておくわ」
「すみません。明日も早いので、雨音の数でも数えて眠ってください。──ひと玉、二玉……」
「何、その数え方。普通、一粒じゃないかしら?」
「…………」
「凄いわ。二玉で寝たの?」
ヒスイの声は一向に返ってこない。
仕方なくルーシャも数を数えてみることにした。
「一玉……二玉……三玉──」
◇◇◇◇
翌朝、珍しくヒスイが先に目を覚ました。
窓の外では白い雲がどんどん空を流れていき、雨は止んでいた。
ルーシャが寝ていると、こんなにも静かな朝なのかと思うほど、外は無音だった。
でも、遠くの西の空から微かに雨音が聞こえる。
それは聞こえるはずがないぐらい遠くではあるが、水竜であるヒスイはそれを感じ取っていた。
ここで過ごした数ヶ月。力も大分回復した。
ヒスイは悩んでいた。
一度、竜谷へと帰るべきか否か。
陰鬱な雨粒が大地を鳴らし、ヒスイの名を呼んでいる。ずっと聞こえていたけれど、聞こえないふりをしてきた。
ルーシャを一人残して竜谷へ行くのは心配だった。
しかし、力が戻ってきた今なら、三日もあれば往復できるかもしれない。
「ふわぁ~。あ、雨止んでる。今日も寝坊助さんは……。あら、ヒスイ起きてるんだ」
「寝坊助って。いつもそう呼んでるんですか?」
「そ、そんな事ないこともないけど……。あ! 私、ヒスイのせいで寝坊したのよ。百玉数えても眠れなかったんだから!」
「百なん玉まで数えたんですか?」
「え? それは記憶にないわ」
「そうですか」
ルーシャが百玉目で夢の中に落ちたのかと思うと、なんだか可笑しくて、ヒスイはクスリと笑みをこぼさした。
「な、何で笑うのよっ」
◇◇◇◇
厨房へ行くと、カルロが試作品を持って待ち構えていた。
「ルーシャ。レモンタルト作ったぞ。感想くれ」
「美味しそう。うーん。甘すぎるかな。もう少しレモンの酸味が残った方が香りも良いと思うんだけど」
「なるほどな。──へっくしゅん」
「あら。風邪?」
「あー。俺の部屋、雨漏りしてな。朝起きたらずぶ濡れだった」
「どうして朝になる前に気付かなかったの?」
「ずっと怠いな。とは思ってたんだが。夢かな、と」
「怠い? ねぇ、熱はない? 」
ルーシャは自分の額をカルロの額に合わせて確認する。カルロは口をパクパクさせて顔を真っ赤にした。
「無さそうだけど、顔が赤いわ。王都で変な病が流行っているって聞いたの。今日は休んだ方がいいわ」
「あらあら。カルロ、顔が真っ赤じゃない風邪かしら」
ミールも心配してカルロの顔を覗き込むと、カルロは気まずそうには瞳を泳がしている。
「いや。別に……。怠かったのは寝てた時だけだし、顔が赤いのは……何つーか。そ、それにベッドがまだ乾いてないから、寝てられねぇよ。気にすんな」
「だったら私の部屋のベッドで寝れば良いわ」
ルーシャの提案にカルロより驚いたのはミールだった。
「あら。いいの? こんなおじさんが寝ても」
「大丈夫です」
「あー。めんどくせぇ。分かったよ。ちょっと寝てくるから朝飯の時は起こせよ」
「はいはい。起こしますから寝てください」
ルーシャはカルロの背中を押して外へと追いやった。ミールはそれを見ると厨房のヒスイの元へ走り尋ねた。
「ねぇ。ヒスイ君。今の聞いてた? もしかしたらあの二人、意外と合うのかしら?」
「さぁ。どうでしょうか」
あまり関心のない様子のヒスイに、ミールは首を捻る。
「あらあら。ヒスイ君、最近元気がないわね。悩み事? あっ。もしかして、カルロとルーシャさんが仲良くなったから……」
「違います。ちょっと用事が出来まして、三日間ぐらいここを離れるかもしれないんです」
「まぁ。いいわよ。店の事は気にしなくて……。心配なのはルーシャさんの事かしら?」
「はい。まだルーシャには言っていません。ただ、行かなくてもどうにかなるかな、と思うところもあって、考え中です」
「ご家族になにかあったの? あ、別に言わなくてもいいわ。でも、ルーシャさんのことなら心配しないで、私たちがついているから」
「そうだぞ。パンを焼いてる内に三日なんてあっという間だ」
ロイも最近どこかボーッとしているヒスイを気に掛けていた。ルーシャもヒスイも、自分のことはあまり話さないが、こうして相談してくれたことを二人は嬉しく思っている。
「そうですね。もう少し様子を見てから、ルーシャに話そうと思います」
ベッドで横になると、規則的な雨音が窓から聞こえてきて、ルーシャの安眠を阻害していた。
「ヒスイ。まだ起きてる?」
「寝てます」
「起きてるじゃない」
「珍しいですね。ルーシャが夜更かしですか?」
「うん。雨が気になってしまって」
「雨。嫌いですか?」
「うん。あ、水竜に向かって雨が嫌いって禁句かしら?」
「そんなこと無いですよ。僕もあまり好きではありませんから」
ヒスイは眠そうな声で言葉を返す。会話が途切れたらすぐに寝てしまいそうだ。
「そっか。ねぇ。アリア様から戴いたハーブを試してもいいかしら? ぐっすり眠れるんですって」
「……ミント系は苦手です。何系の香りですか?」
ネックレスのロケットを開けて香りを確かめると、一番にミントの香りがした。部屋に居座っているだけでも迷惑をかけているのに、流石にこれ以上の我が儘は申し訳ない。
「えっと……。ミントが入ってるわね。止めておくわ」
「すみません。明日も早いので、雨音の数でも数えて眠ってください。──ひと玉、二玉……」
「何、その数え方。普通、一粒じゃないかしら?」
「…………」
「凄いわ。二玉で寝たの?」
ヒスイの声は一向に返ってこない。
仕方なくルーシャも数を数えてみることにした。
「一玉……二玉……三玉──」
◇◇◇◇
翌朝、珍しくヒスイが先に目を覚ました。
窓の外では白い雲がどんどん空を流れていき、雨は止んでいた。
ルーシャが寝ていると、こんなにも静かな朝なのかと思うほど、外は無音だった。
でも、遠くの西の空から微かに雨音が聞こえる。
それは聞こえるはずがないぐらい遠くではあるが、水竜であるヒスイはそれを感じ取っていた。
ここで過ごした数ヶ月。力も大分回復した。
ヒスイは悩んでいた。
一度、竜谷へと帰るべきか否か。
陰鬱な雨粒が大地を鳴らし、ヒスイの名を呼んでいる。ずっと聞こえていたけれど、聞こえないふりをしてきた。
ルーシャを一人残して竜谷へ行くのは心配だった。
しかし、力が戻ってきた今なら、三日もあれば往復できるかもしれない。
「ふわぁ~。あ、雨止んでる。今日も寝坊助さんは……。あら、ヒスイ起きてるんだ」
「寝坊助って。いつもそう呼んでるんですか?」
「そ、そんな事ないこともないけど……。あ! 私、ヒスイのせいで寝坊したのよ。百玉数えても眠れなかったんだから!」
「百なん玉まで数えたんですか?」
「え? それは記憶にないわ」
「そうですか」
ルーシャが百玉目で夢の中に落ちたのかと思うと、なんだか可笑しくて、ヒスイはクスリと笑みをこぼさした。
「な、何で笑うのよっ」
◇◇◇◇
厨房へ行くと、カルロが試作品を持って待ち構えていた。
「ルーシャ。レモンタルト作ったぞ。感想くれ」
「美味しそう。うーん。甘すぎるかな。もう少しレモンの酸味が残った方が香りも良いと思うんだけど」
「なるほどな。──へっくしゅん」
「あら。風邪?」
「あー。俺の部屋、雨漏りしてな。朝起きたらずぶ濡れだった」
「どうして朝になる前に気付かなかったの?」
「ずっと怠いな。とは思ってたんだが。夢かな、と」
「怠い? ねぇ、熱はない? 」
ルーシャは自分の額をカルロの額に合わせて確認する。カルロは口をパクパクさせて顔を真っ赤にした。
「無さそうだけど、顔が赤いわ。王都で変な病が流行っているって聞いたの。今日は休んだ方がいいわ」
「あらあら。カルロ、顔が真っ赤じゃない風邪かしら」
ミールも心配してカルロの顔を覗き込むと、カルロは気まずそうには瞳を泳がしている。
「いや。別に……。怠かったのは寝てた時だけだし、顔が赤いのは……何つーか。そ、それにベッドがまだ乾いてないから、寝てられねぇよ。気にすんな」
「だったら私の部屋のベッドで寝れば良いわ」
ルーシャの提案にカルロより驚いたのはミールだった。
「あら。いいの? こんなおじさんが寝ても」
「大丈夫です」
「あー。めんどくせぇ。分かったよ。ちょっと寝てくるから朝飯の時は起こせよ」
「はいはい。起こしますから寝てください」
ルーシャはカルロの背中を押して外へと追いやった。ミールはそれを見ると厨房のヒスイの元へ走り尋ねた。
「ねぇ。ヒスイ君。今の聞いてた? もしかしたらあの二人、意外と合うのかしら?」
「さぁ。どうでしょうか」
あまり関心のない様子のヒスイに、ミールは首を捻る。
「あらあら。ヒスイ君、最近元気がないわね。悩み事? あっ。もしかして、カルロとルーシャさんが仲良くなったから……」
「違います。ちょっと用事が出来まして、三日間ぐらいここを離れるかもしれないんです」
「まぁ。いいわよ。店の事は気にしなくて……。心配なのはルーシャさんの事かしら?」
「はい。まだルーシャには言っていません。ただ、行かなくてもどうにかなるかな、と思うところもあって、考え中です」
「ご家族になにかあったの? あ、別に言わなくてもいいわ。でも、ルーシャさんのことなら心配しないで、私たちがついているから」
「そうだぞ。パンを焼いてる内に三日なんてあっという間だ」
ロイも最近どこかボーッとしているヒスイを気に掛けていた。ルーシャもヒスイも、自分のことはあまり話さないが、こうして相談してくれたことを二人は嬉しく思っている。
「そうですね。もう少し様子を見てから、ルーシャに話そうと思います」
0
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる