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第四章 竜谷の雨
003 雷鳴と竜
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「ど、ドラゴン?」
「ルーシャ、伏せて!」
声と共に雷が落ち轟音が響く。驚いて尻餅をついたルーシャは、黒い大きなドラゴンの影を見上げた。
それは次第に小さくなり、人の姿へと変化するとオレンジがかった飴色の長い髪の青年になった。
冷ややかな琥珀色の瞳で、目の前に立ちはだかるヒスイを睨み付けていた。
先に声を発したのはヒスイだった。
「何しに来た」
「何しにって、分かってんだろ? 俺じゃ無理。ヒスイがやれ」
「……分かってるよ」
「はっ? 随分素直じゃねぇかよ。ヒスイ──」
言いかけた時、琥珀色の瞳の青年はルーシャの存在に気がつき、口を開けたまま驚き目を見開いた。
ヒスイは青年の視界を遮り、腕を引く。
「行くぞ。コハク」
「いやいや。待てよ。またあいつかよ」
「違う。知らない。あの人間は関係ない。早く──」
「嘘つくんじゃねぇよ。そいつ、あの時のガキだろ? なぁ、あいつは、馬車ごと崖から落ちたガキだろ!?」
青年はヒスイの胸ぐらに掴みかかるとルーシャを指差し叫ぶ。
「どうしてその事……」
「違う。そんな昔のっ──」
ルーシャを庇うヒスイの腹部にコハクの拳がめり込んだ。鈍い声を上げ、ヒスイはその場に崩れ落ち、コハクはゆっくりとルーシャに近づいた。
その瞳は獲物を狩る獣の様でルーシャはピクリとも身体を動かすことが出来なくなった。
「なぁ。お前、あん時のガキだろ?」
「そ、そうよ。ヒスイに何をしたの? あなたは誰!?」
「俺は……ヒスイの兄だ。こんな大事な時に、また人間と遊んでるなんてな。……愚かな弟には罰が必要だ。それから、お前ごときが二度とヒスイの名を呼ぶな。さもないと……また、お前の周りの奴が死ぬぞ?」
「ど、どういうこと?」
コハクはヒスイを寂しげな瞳で見つめると、肩に担ぎ上げ、ルーシャを憎しみのこもった瞳で見下ろした。
「また俺が殺すって言ってんだよ。二度と俺達に関わるな」
口元に笑みを浮かべ、身体から金色の光を放つと、コハクは巨大なドラゴンに変容した。そして翼を広げ西の空へと飛び立っていく。
叫ぼうとしても声がでなかった。言い様のない恐怖と、身体を伝う雨が体温を奪い、意識が朦朧とする。
「ルーシャ!? 何してんだ!」
カルロは泥だらけのルーシャにローブをかけ、ヒスイを探す。しかし何処にもその姿は見られなかった。
「ヒスイはどこ行った? ルーシャ、大丈夫か!?」
「ヒスイ? ヒスイっ……」
ルーシャは西の空を見上げた。
もうドラゴンの姿は見えない。
名前を呼んでもヒスイの声が返ってこない。
降り頻る雨が全てをかき消していった。
◇◇◇◇
甘いミントの香りがする。
アリスのアロマキャンドルだ。
暖かいベッドの感触。
それからルーシャの手を握る暖かな手は、ヒスイより小さい。
「だ……れ?」
「ルーシャさん。ミールよ。大丈夫?」
「ミールさん。ひ、ヒスイは!?」
「それが、何処にもいないの」
「そ、そんな。どうしよう……ヒスイが……」
取り乱すルーシャをミールは優しくなだめ背中をさすり呼吸を落ち着かせた。
「ヒスイ君、行かなきゃいけない所があるって言っていたの。勝手にいなくなる子ではないし、ルーシャさんに伝えてから行くって言っていたのだけれど、何か聞いているかしら?」
「聞いていません……」
ミールにドラゴンのことを言いかけたが、連れ去られたなんて言ったら大事になってしまう。ドラゴンのことは言い出せなかった。
「少し待ってみるのはどうかしら? ヒスイ君、たしか三日位で戻ってくると言っていたの」
「嫌です! 待つなんてできません!」
ルーシャはミールに向かって声を荒げた。
驚いて悲しげな顔をしたミールを見て、ルーシャ自身も戸惑い、自分の中の押さえきれない気持ちの奔流に困惑した。
「そうよね。ごめんなさい。心配よね……」
「ご、ごめんなさい。私、どうしたらいいか分からなくて……」
「そうだわ。レイス君に連絡して探してもらいましょう。きっとすぐ手がかりが見つかるわ」
「いえ。連絡しなくて大丈夫です。今、忙しいと思いますし、心当たりがあります。きっとシェリクス領です。私、ヒスイを迎えに行きます。そうじゃないと、もう会えなくなってしまうような気がして。──お店のお手伝い、お休みしてもいいですか?」
「そんなのいいに決まってるじゃない。でも、一人では危険よね。カルロに行かせましょうか」
「いえ。お店のこともありますから。少しだけ、一人で考えさせてくれませんか」
「分かったわ。でも約束して、ここを出る時は、必ず主人に許可をとってからにして。一人で無茶をしては絶対ダメよ」
「はい。ありがとうございます」
一人になると、ルーシャの脳裏にコハクの言葉が甦った。
殺すという二文字を思い出し、身震いした。
関わるなと言われたけれど、そんなの無理だ。
ヒスイに会いたい。
こんなところで待っていたら、きっとそれは二度と叶わない気がしてならなかった。
それに、コハクというドラゴンも気になる。
コハクはルーシャを知っている。それに事故のことも。
どうにかしてシェリクス領へ行かなければ。
視線を上げると鏡台の上に置かれた黒い犬のぬいぐるみが目に入った。
「リック君……」
ドラゴンの事なら呼んでくれと言っていたが、危険だと分かっていて頼ることは出来ない。
しかし、リックでなくとも、行商の人に乗せてもらえれば、四日もあればシェリクス領へ着くことが出来るだろう。
ただ、ひと月も雨が続くシェリクス領へ向かう商人はいないかもしれない。やはり、馬を借りて一人で行くしかない。
その時、コツっと雨より固い何かがぶつかった様な音が窓から聞こえた。気のせいかと思い目を向けると、窓に小石が当たっていた。
「だれ?」
窓を開けて下を覗くと、裂けた大木の前にローブを来た人間の姿が見えた。
こちらに大きく手を振り、笑顔を向ける赤髪の少年がいた。
「ルーシャ、伏せて!」
声と共に雷が落ち轟音が響く。驚いて尻餅をついたルーシャは、黒い大きなドラゴンの影を見上げた。
それは次第に小さくなり、人の姿へと変化するとオレンジがかった飴色の長い髪の青年になった。
冷ややかな琥珀色の瞳で、目の前に立ちはだかるヒスイを睨み付けていた。
先に声を発したのはヒスイだった。
「何しに来た」
「何しにって、分かってんだろ? 俺じゃ無理。ヒスイがやれ」
「……分かってるよ」
「はっ? 随分素直じゃねぇかよ。ヒスイ──」
言いかけた時、琥珀色の瞳の青年はルーシャの存在に気がつき、口を開けたまま驚き目を見開いた。
ヒスイは青年の視界を遮り、腕を引く。
「行くぞ。コハク」
「いやいや。待てよ。またあいつかよ」
「違う。知らない。あの人間は関係ない。早く──」
「嘘つくんじゃねぇよ。そいつ、あの時のガキだろ? なぁ、あいつは、馬車ごと崖から落ちたガキだろ!?」
青年はヒスイの胸ぐらに掴みかかるとルーシャを指差し叫ぶ。
「どうしてその事……」
「違う。そんな昔のっ──」
ルーシャを庇うヒスイの腹部にコハクの拳がめり込んだ。鈍い声を上げ、ヒスイはその場に崩れ落ち、コハクはゆっくりとルーシャに近づいた。
その瞳は獲物を狩る獣の様でルーシャはピクリとも身体を動かすことが出来なくなった。
「なぁ。お前、あん時のガキだろ?」
「そ、そうよ。ヒスイに何をしたの? あなたは誰!?」
「俺は……ヒスイの兄だ。こんな大事な時に、また人間と遊んでるなんてな。……愚かな弟には罰が必要だ。それから、お前ごときが二度とヒスイの名を呼ぶな。さもないと……また、お前の周りの奴が死ぬぞ?」
「ど、どういうこと?」
コハクはヒスイを寂しげな瞳で見つめると、肩に担ぎ上げ、ルーシャを憎しみのこもった瞳で見下ろした。
「また俺が殺すって言ってんだよ。二度と俺達に関わるな」
口元に笑みを浮かべ、身体から金色の光を放つと、コハクは巨大なドラゴンに変容した。そして翼を広げ西の空へと飛び立っていく。
叫ぼうとしても声がでなかった。言い様のない恐怖と、身体を伝う雨が体温を奪い、意識が朦朧とする。
「ルーシャ!? 何してんだ!」
カルロは泥だらけのルーシャにローブをかけ、ヒスイを探す。しかし何処にもその姿は見られなかった。
「ヒスイはどこ行った? ルーシャ、大丈夫か!?」
「ヒスイ? ヒスイっ……」
ルーシャは西の空を見上げた。
もうドラゴンの姿は見えない。
名前を呼んでもヒスイの声が返ってこない。
降り頻る雨が全てをかき消していった。
◇◇◇◇
甘いミントの香りがする。
アリスのアロマキャンドルだ。
暖かいベッドの感触。
それからルーシャの手を握る暖かな手は、ヒスイより小さい。
「だ……れ?」
「ルーシャさん。ミールよ。大丈夫?」
「ミールさん。ひ、ヒスイは!?」
「それが、何処にもいないの」
「そ、そんな。どうしよう……ヒスイが……」
取り乱すルーシャをミールは優しくなだめ背中をさすり呼吸を落ち着かせた。
「ヒスイ君、行かなきゃいけない所があるって言っていたの。勝手にいなくなる子ではないし、ルーシャさんに伝えてから行くって言っていたのだけれど、何か聞いているかしら?」
「聞いていません……」
ミールにドラゴンのことを言いかけたが、連れ去られたなんて言ったら大事になってしまう。ドラゴンのことは言い出せなかった。
「少し待ってみるのはどうかしら? ヒスイ君、たしか三日位で戻ってくると言っていたの」
「嫌です! 待つなんてできません!」
ルーシャはミールに向かって声を荒げた。
驚いて悲しげな顔をしたミールを見て、ルーシャ自身も戸惑い、自分の中の押さえきれない気持ちの奔流に困惑した。
「そうよね。ごめんなさい。心配よね……」
「ご、ごめんなさい。私、どうしたらいいか分からなくて……」
「そうだわ。レイス君に連絡して探してもらいましょう。きっとすぐ手がかりが見つかるわ」
「いえ。連絡しなくて大丈夫です。今、忙しいと思いますし、心当たりがあります。きっとシェリクス領です。私、ヒスイを迎えに行きます。そうじゃないと、もう会えなくなってしまうような気がして。──お店のお手伝い、お休みしてもいいですか?」
「そんなのいいに決まってるじゃない。でも、一人では危険よね。カルロに行かせましょうか」
「いえ。お店のこともありますから。少しだけ、一人で考えさせてくれませんか」
「分かったわ。でも約束して、ここを出る時は、必ず主人に許可をとってからにして。一人で無茶をしては絶対ダメよ」
「はい。ありがとうございます」
一人になると、ルーシャの脳裏にコハクの言葉が甦った。
殺すという二文字を思い出し、身震いした。
関わるなと言われたけれど、そんなの無理だ。
ヒスイに会いたい。
こんなところで待っていたら、きっとそれは二度と叶わない気がしてならなかった。
それに、コハクというドラゴンも気になる。
コハクはルーシャを知っている。それに事故のことも。
どうにかしてシェリクス領へ行かなければ。
視線を上げると鏡台の上に置かれた黒い犬のぬいぐるみが目に入った。
「リック君……」
ドラゴンの事なら呼んでくれと言っていたが、危険だと分かっていて頼ることは出来ない。
しかし、リックでなくとも、行商の人に乗せてもらえれば、四日もあればシェリクス領へ着くことが出来るだろう。
ただ、ひと月も雨が続くシェリクス領へ向かう商人はいないかもしれない。やはり、馬を借りて一人で行くしかない。
その時、コツっと雨より固い何かがぶつかった様な音が窓から聞こえた。気のせいかと思い目を向けると、窓に小石が当たっていた。
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