友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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◇ ◇ ◇

 翌日の土曜日。
 学校のないその日は、朝から予報通りのきれいな青空だった。

 夏弥や美咲が、鈴川家201号室でまだ寝息をたてていた午前九時過ぎ。
 駅前で待ち合わせをする一人のカッコイイ男子の姿がそこにあった。

「あ、こっちこっち~!」

 ひらひら手を振る稀代のイケメンここにあり。

 整った目鼻立ち。清潔感と、スカしてそうでスカしていない絶妙なラインとを兼ね備えた服装。細かくねじった茶髪のナチュラルパーマは、ぱっと見乱れているようでもしゃんとしていて、彼の生まれ持った顔面偏差値を確実にはね上げさせている。

 通行人の誰彼が、その非凡なビジュアルにあれこれと忙しなく振り返るのも無理はなくて。

 どこに出しても恥ずかしくない注目の的。それが彼、鈴川洋平だった。

 モテまくりの花咲き乱れるアオハルストーリーは言わずもがな、むしろ最近は悟りすぎて、ソフレを数人抱えるだけで大満足ですという性的ディストピアに辿り着いた色恋天下人である。

 そんな洋平が待つ駅前のロータリー付近には、前衛的な銀色のモニュメントがでんっと鎮座していた。

 ビッグサイズの玉ねぎスライスとでも言い表しておきたいそのモニュメントは、この街の待ち合わせ場所筆頭としてよく名前をあげられていた。

「お、おはようございます! 鈴川先輩っ!」

「おはよー。今日めっちゃ晴れたね! 昨日雨だったから今日もかなぁって思ってたんだけど」

 洋平に声をかけて現れたのは、私服姿の戸島芽衣だった。

 挨拶と同時にぺこっと頭をさげている。

 こちらはこちらで、ビジュアルも性格もはなまるを付けてあげたいくらい可愛らしい。

 特徴的な黒髪サイドテールは、彼女のなかでお決まりなのか、またしてもしゅるんと巻いて胸元のそばへ逃がしている。

 本日はそれを発色のいい鮮やかなエメラルドのシュシュで留め、淡いクリーム色のブラウスにぼやけた灰色ガウチョパンツ。足元は黒のキャンキーヒールの靴でしっかり目にきめていた。

 高一女子にしては背伸びした印象の大人系ファッションだけれど、同時に、恋する乙女がいつも全力投球であることをそこで物語っているのかもしれない。

「きょ、今日は急なお呼び出しをしてしまって、そそ、その……ごめんなさいっ!」

「いやいやー。全然いいよ。ていうかその服、可愛いね。落ち着きのある感じですっごい良いじゃん! シュシュも綺麗だし」

「えっ、ほ、本当ですか⁉ ありがとうございます!」

「ほんとだよ。こう言っちゃなんだけど、あんまり俺、お世辞とかウマくないんだよな~。あははっ!」

 二人は以前にラインを交換していた。

 しばらくは他愛もない雑談ばかりをトーク画面で繰り返していた。

 けれど、それもついこの前までのお話。

 芽衣は、夏弥からアドバイスをもらったその日のうちに、洋平を今回のデート(のようなもの)に誘ったのである。

 有力な情報をゲットし、芽衣は気合を入れて今回の話に臨んでいた。

 芽衣の手には、大人っぽい手提げのバッグが握られていて、その中にはもちろん「」がたっぷり用意されていた。

 なぜなら、昨日の昼休み、夏弥から聞いた話はこういうものだったからだ。



「そんなにドーナツが余ってるなら、洋平にあげたらいいと思うんだけど」

「え。鈴川先輩って、ドーナツ、好きなんですか?」

「ああ。たぶんね。洋平の好みが小さい頃から変わってなければ? あ、でも、その小さい頃の記憶ですらちょっと怪し――「ありがとうございます!」

「いや、ちゃんと人の話を最後まで聞け!」

「あっ、ごめんなさいっ……ついのつい……」

「はぁ。……まぁ仮に好きじゃなかったとしても、女の子からお菓子がもらえたらそれはそれで嬉しいと思うし。二人でどこかで食べれば良いんじゃね? 公園とか、ちょっとしたベンチとか。だから次の休みにでも、ドーナツデートを決行するんだ」

「ふむふむ。言えてるかもですねそれは……。ドーナツデート……。ふむ。わかりましたっ!」

「まぁ、他の女子に予定埋められてたらその時点でアウトだけどなぁ……」



 ――というわけで、芽衣がデートのお誘いを持ち掛けてみると、夏弥の恐れていた通り、洋平にはすでにスケジュールが入っていた。

『じゃ、じゃあ! お話したいことと、お渡ししたいものがあるので、ちょっとだけお時間もらえませんか?』という健気なラインを芽衣が送った結果、

『土曜の午前中ならいいけど、空いてる?』と洋平からフランクなお誘いを受けたのだった。

 芽衣のドーナツデートは叶わなかったけれど、洋平にドーナツを渡すことと、片想いを告げる時間くらいはなんとか確保できたのだった。


 ――ところで、ミスドのドーナツは天下一品である。

 ミスド。正式には「ミスッタドーナツ」というのだけれど、何をミスッたというのか外見もお味もドーナツ界隈ではぶっちぎりの一等賞。

 イイ感じに油であげられた、シンプルなオリジナルドーナツは鉄板の一級品。

 いや、チョコソースやチョコチップをかけたもの、カスタードや生クリームを挟み込んだもの。罪なアイツらのことも忘れてはいけない。
 アイツらはドーナツの皮をかぶったケーキである。

 ちなみに、芽衣は先日言っていたように、素朴なオリジナルドーナツで落ち着いている。あれだけバリエーション豊かな品々のなか、オリジナルを選ぶなんて玄人も玄人だ。

 無論、本人にはその自覚がない。

「あの、鈴川先輩。よかったら、そこのベンチに座りませんか?」

 そんな無自覚玄人の芽衣は、その小さなほっぺを赤くしながら、そばにあったベンチに指をさす。

 おしゃれな猫足気味のアイアンベンチ。
 それは芽衣と洋平の格好にとてもしっくりきそうなデザインだった。

「うん? いいよ」

 二人でベンチに座るやいなや、芽衣はすぐに本題を話し始める。

「さ、早速なんですが、鈴川先輩。これ、食べていただけませんか⁉」

 洋平に、息つく暇すら与えなかった。
 しかしこれは、洋平の過密スケジュールを芽衣が気遣っていたからだ。
 それが空回りしていたことは否めないけれど。

 芽衣は緊張で震えつつ、バッグの中から可憐なピンクのタッパーを取り出していた。

「え? こ、ここで食べるの? 人、結構見てるんだけど⁉」

「あ、わわっ! すみません、まっちぇがえました!」

「まっちぇが……え? ……ぷ、あっはっはっは! ていうか戸島さん緊張しすぎだから! もっと普通にしてくれていいのに。「まっちぇがえました」って……ふふっ。初めてきいた!」

「か、噛んじゃいました……。ごめんなさい!」

「ううん。全然気にしなくっていいよ。ふっ、ただ面白かった」

 洋平は、自然に笑顔を振りまいていたけれど、それは芽衣の緊張をほぐしてあげるためでもあった。

 これは、彼にとっての日常茶飯事。
 女子とは、自分の前で大なり小なり緊張する生き物。そんな、夏弥が聞いたらキレだしそうな経験則が、洋平には洋平なりに備わってしまっている。

「っはぁー……すぅ、っはぁ……」

「そう。良い感じ。深呼吸大事だからね。リラックス、リラックス~。……吸ってー? はいっ、吐いて~」

「はぁ……。ありがとうございます……」

 気さくで明るい洋平の雰囲気のおかげか、芽衣は少しだけ落ち着きを取り戻していた。

「すみませんでした。じゃあ、改めて……。コレ、受け取っていただけないでしょうか⁉」

 芽衣は両目をきゅっとつむり、俯き加減で容器を手渡す。

 隣に座りながら受け取った洋平は、半透明になっているタッパーから、その中身が何かを即座に見破った。

「えっと……? これって、ドーナツ?」

「はいっ! 食べてください、鈴川先輩っ!」

「……ドーナツ」

「す、鈴川先輩、ドーナツお好きですよね? そう、ある人から聞きましたが……」

 芽衣は、予想していたものとは違う洋平の反応に、一瞬目を丸くさせた。

「え。あー……戸島さん。それって、ひょっとして夏弥から聞いたんじゃない?」

「え⁉ なっ、なんのことですか⁉」

「ぷは! わかりやすいって、その反応は」

「待ってください! どういうことなんですか……? ちょ、ちょっとウチの思考がおいついてないんですけど……」

 困惑する芽衣を前にして、洋平はひとつ溜め息をもらした。
 そして、

「ごめん。俺、そこまでドーナツが好きってわけじゃないんだ」

「え……。えええーーっ⁉」

 午前九時半。駅前ロータリー。

 戸島芽衣の驚きにあふれたその声が、突き抜けるような空の青さにとどろいたのだった。
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