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三條高校の屋上は、普段鍵が掛けられているが、昼休みに限り解放されている。
それほど多くの生徒が利用するわけじゃないスポットだ。
それに、利用するメンツも学年・性別ともに様々だった。
クラスに居づらいぼっち系陰キャか、クラスに居づらいやんちゃ系DQNか。多いのはそういった生徒達で、いづれにしてもクラスに居づらい生徒の受け皿的な役目を担いつつあった。
受け皿なのに建物の最上部である屋上というのだから若干ややこしい。が、事実、はみだし者ならず者を門戸広く受け入れようという駆け込み寺的な手心を感じるのは確かで、彼らにとってはこの上なく居心地がイイスポットなのである。
「あ、藤堂くん」
「ごめん、月浦さん。おまたせ」
先に屋上のウッドベンチに腰掛けて待っていたまど子は、屋上へやってきた夏弥にちょこんと手をあげてアピールする。
小さく「こっちこっち」なんて言っている。
夏弥は、まど子の横に座りつつ、少しだけ周りを見渡した。
けれど、美咲らしき女の子の姿は見えなかった。
まど子の座るベンチは、背中合わせで備えられていた二脚のベンチのうちの一つだった。
そのもう一つベンチには、他の女子が背を向けて座っている。
(……ていうか月浦さんの後ろに座ってる人も三つ編みか。何? 最近うちの高校三つ編み流行ってる?)
「藤堂くん?」
「あ、ああごめん。お昼食べよっか。お腹空いたよね」
「うん! 藤堂くんは、今日もお弁当?」
「そう。今日はサンドイッチなんだ」
夏弥は、まど子に返事をしつつ、自分のひざの上でパカッと弁当箱を開ける。
すると、まど子はその中身に感嘆の声をもらしたのだった。
「わぁ……すごい! おいしそう!」
「そ、そう……?」
まど子の表情が、明るい笑みでいっぱいになる。
そんな顔を見てしまうと、夏弥はやっぱり「洋平の目は節穴だなぁ」と心のなかで思ってしまうのである。
「そのサンドイッチって、藤堂くんが作ったの?」
「え、そうだよ? 朝起きてちゃちゃっと作った」
「ちゃちゃっと……すごい……。……うん、やっぱり私、藤堂くんにお願いすること、ソレにするね!」
「え? 「ソレ」って、サンドイッチのこと?」
「サンドイッチもだけど、お料理のこと」
まど子は、夏弥の瞳を真っ直ぐ見つめる。
その瞳はやっぱりピュアな女の子の瞳そのもので、夏弥をドキドキさせるには十分すぎる破壊力があった。
(落ち着くんだ俺。この状況。下手にヘラヘラしたくないな。……クールに。そう、どうせならいつもの美咲を見習ってクールに決めよう)
「料理を、どうすればいいんだい?」
夏弥は語尾を言い間違えた。
(え、待って。いいんだいってなんだ俺? クールっていうかもはや一周回ってギャグだろこれ)
一体どういうキャラ設定なのか、夏弥は自分で自分を見失った。
しかし、そんなテンパり気味の夏弥から出たセリフを耳にしても、まど子はしっかりとスルーしてくれていた。
なんて優しいのだろう。彼女の心は、まさにヤマトナデシコさんである。
しっかりと答えることに集中。いや、単純にまど子はまど子で一杯一杯だったのかもしれない。
「……えっと、め、迷惑じゃなければ……お料理を教えてほしいというか……藤堂くんて普段から料理してるよね? き、昨日もお弁当だったと思うんだけど」
「うん、そうだね。普段から料理してる。でも、俺なんかでいいの……?」
「うん。私は……他に友達とか、仲良く話せる人も居ないし」
「……そっか」
返事をしてから、夏弥の脳裏に具体的な光景が思い浮かんでくる。
(あれ、待てよ? 料理を教えるって……もしかして、どっちかの家に行くって話じゃね……? 急展開過ぎない? 月浦さんて、俺以上に異性との交流無さそうだけど、これ大丈夫かな)
「あの。月浦さん」
「なに?」
「月浦さん、それってさ……具体的には、どういった形で教えてもらおうと思ってる?」
「え? そうね……やっぱりキッチンに藤堂くんと並んで……」
「だ、だよね⁉ そうなるよね?」
「え? ……あっ!」
まど子は、慌て気味な夏弥の様子を見てから、頭のなかで詳しいシチュエーションを思い描く。
どちらかのお家に訪問するということ。
キッチンとはつまり家のキッチンだし、家とはつまりお互いどちらかの家である。言ってしまえば、それはつまりお家デートもどきをするようなもので。
恋愛初心者の二人には、なかなかヘビーなミッションだ。
思春期真っ只中の夏弥が、そこからちょっぴりいかがわしい妄想のシルエットを見てしまうのはほぼ不可抗力だった。
対するまど子の方も、負けず劣らずの読書家らしい妄想力。
言葉にしないだけその力は折り紙付きである。
どちらも、頬をかああっと赤くしたあとで目をそらすしかない。
二人の鼓動がイイ感じに右肩上がりのグラフを描きだしていた、そんな時のことだった。
「――あの」
「「え?」」
「話は聞かせてもらいました」
突然、後ろに座っていた見知らぬ女子生徒が、二人に声をかけてきたのである。
さしづめ、その子は第二の三つ編み女子。
「……なっ」
振り返った夏弥は絶句した。
声をかけてきた彼女のその顔に、とてつもない違和感があったからだ。
明るいライトブラウンの三つ編みおさげ髪。
紺色のスクエアフレームのメガネ。
まど子に似ている格好だけれど、頬にそばかすはない。
「あの……誰ですか?」
まど子の質問に、その子はわざとらしく一度咳払いをして、自己紹介を始める。
「あたしは藤堂秋乃。そっちの……藤堂夏弥の妹です」
声を聴いて、夏弥はハッとした。
(え。……美咲っ⁉ 美咲……だよな……? 三つ編みとメガネでかなり見た目変わったけど、一体何が起きた⁉ ……ていうかなんで秋乃の名前を出してんだよ)
ただ、メガネをかけたとはいえ、顔は思い切り美咲のままだし、声もそのまま美咲の声である。
一応他人の空似という可能性もなくはない。が、それは限りなくゼロに近いだろう。
美咲とそっくりな女子高生がいるなら、その時点で洋平あたりがお知らせしてくれそうなものである。
けれど夏弥はまだ半信半疑だった。
「藤堂くんの妹さん⁉」とまど子は尋ねる。
「そうです。それで夏弥さ、あっ……な、なつ兄……に料理を教えてほしいって言ってる話をたまたま聞いてしまったので、じゃあそれなら、あたし達のアパートで一緒に料理を作ればいいと思ったんです」
「あ、藤堂くんて、妹さんと一緒に住んでたの……?」
「え? ああ、えっと……ちょ、ちょっと、み、秋乃。向こうで話そうか⁉」
今のセリフで夏弥は確信した。この子は完全に美咲だ。
「夏弥さん」と言い掛けたり、言いづらそうに「なつ兄」と呼んだり。
そのぎこちなさだけで、十分彼女が鈴川美咲なのだとわかる。
もちろん、夏弥もこの緊急事態に、思わず美咲と言い掛けてしまったのだけれど。
「なに……?」
「いいから! 頼む、ちょっとこっち来てくれ! あ、月浦さん。すぐ戻ってくるから」
「うん」
それから、夏弥は美咲の腕を引っ張って、一度屋上から校舎の中へと入っていったのだった。
まど子は、夏弥が妹と二人で暮らしていることに多少驚きはしたけれど、特にそれがどうというものでもなかった。
むしろ夏弥が何をそんなに急いで校舎のなかへ戻ったのか、そっちの事情のほうがずっと気になるのだった。
それほど多くの生徒が利用するわけじゃないスポットだ。
それに、利用するメンツも学年・性別ともに様々だった。
クラスに居づらいぼっち系陰キャか、クラスに居づらいやんちゃ系DQNか。多いのはそういった生徒達で、いづれにしてもクラスに居づらい生徒の受け皿的な役目を担いつつあった。
受け皿なのに建物の最上部である屋上というのだから若干ややこしい。が、事実、はみだし者ならず者を門戸広く受け入れようという駆け込み寺的な手心を感じるのは確かで、彼らにとってはこの上なく居心地がイイスポットなのである。
「あ、藤堂くん」
「ごめん、月浦さん。おまたせ」
先に屋上のウッドベンチに腰掛けて待っていたまど子は、屋上へやってきた夏弥にちょこんと手をあげてアピールする。
小さく「こっちこっち」なんて言っている。
夏弥は、まど子の横に座りつつ、少しだけ周りを見渡した。
けれど、美咲らしき女の子の姿は見えなかった。
まど子の座るベンチは、背中合わせで備えられていた二脚のベンチのうちの一つだった。
そのもう一つベンチには、他の女子が背を向けて座っている。
(……ていうか月浦さんの後ろに座ってる人も三つ編みか。何? 最近うちの高校三つ編み流行ってる?)
「藤堂くん?」
「あ、ああごめん。お昼食べよっか。お腹空いたよね」
「うん! 藤堂くんは、今日もお弁当?」
「そう。今日はサンドイッチなんだ」
夏弥は、まど子に返事をしつつ、自分のひざの上でパカッと弁当箱を開ける。
すると、まど子はその中身に感嘆の声をもらしたのだった。
「わぁ……すごい! おいしそう!」
「そ、そう……?」
まど子の表情が、明るい笑みでいっぱいになる。
そんな顔を見てしまうと、夏弥はやっぱり「洋平の目は節穴だなぁ」と心のなかで思ってしまうのである。
「そのサンドイッチって、藤堂くんが作ったの?」
「え、そうだよ? 朝起きてちゃちゃっと作った」
「ちゃちゃっと……すごい……。……うん、やっぱり私、藤堂くんにお願いすること、ソレにするね!」
「え? 「ソレ」って、サンドイッチのこと?」
「サンドイッチもだけど、お料理のこと」
まど子は、夏弥の瞳を真っ直ぐ見つめる。
その瞳はやっぱりピュアな女の子の瞳そのもので、夏弥をドキドキさせるには十分すぎる破壊力があった。
(落ち着くんだ俺。この状況。下手にヘラヘラしたくないな。……クールに。そう、どうせならいつもの美咲を見習ってクールに決めよう)
「料理を、どうすればいいんだい?」
夏弥は語尾を言い間違えた。
(え、待って。いいんだいってなんだ俺? クールっていうかもはや一周回ってギャグだろこれ)
一体どういうキャラ設定なのか、夏弥は自分で自分を見失った。
しかし、そんなテンパり気味の夏弥から出たセリフを耳にしても、まど子はしっかりとスルーしてくれていた。
なんて優しいのだろう。彼女の心は、まさにヤマトナデシコさんである。
しっかりと答えることに集中。いや、単純にまど子はまど子で一杯一杯だったのかもしれない。
「……えっと、め、迷惑じゃなければ……お料理を教えてほしいというか……藤堂くんて普段から料理してるよね? き、昨日もお弁当だったと思うんだけど」
「うん、そうだね。普段から料理してる。でも、俺なんかでいいの……?」
「うん。私は……他に友達とか、仲良く話せる人も居ないし」
「……そっか」
返事をしてから、夏弥の脳裏に具体的な光景が思い浮かんでくる。
(あれ、待てよ? 料理を教えるって……もしかして、どっちかの家に行くって話じゃね……? 急展開過ぎない? 月浦さんて、俺以上に異性との交流無さそうだけど、これ大丈夫かな)
「あの。月浦さん」
「なに?」
「月浦さん、それってさ……具体的には、どういった形で教えてもらおうと思ってる?」
「え? そうね……やっぱりキッチンに藤堂くんと並んで……」
「だ、だよね⁉ そうなるよね?」
「え? ……あっ!」
まど子は、慌て気味な夏弥の様子を見てから、頭のなかで詳しいシチュエーションを思い描く。
どちらかのお家に訪問するということ。
キッチンとはつまり家のキッチンだし、家とはつまりお互いどちらかの家である。言ってしまえば、それはつまりお家デートもどきをするようなもので。
恋愛初心者の二人には、なかなかヘビーなミッションだ。
思春期真っ只中の夏弥が、そこからちょっぴりいかがわしい妄想のシルエットを見てしまうのはほぼ不可抗力だった。
対するまど子の方も、負けず劣らずの読書家らしい妄想力。
言葉にしないだけその力は折り紙付きである。
どちらも、頬をかああっと赤くしたあとで目をそらすしかない。
二人の鼓動がイイ感じに右肩上がりのグラフを描きだしていた、そんな時のことだった。
「――あの」
「「え?」」
「話は聞かせてもらいました」
突然、後ろに座っていた見知らぬ女子生徒が、二人に声をかけてきたのである。
さしづめ、その子は第二の三つ編み女子。
「……なっ」
振り返った夏弥は絶句した。
声をかけてきた彼女のその顔に、とてつもない違和感があったからだ。
明るいライトブラウンの三つ編みおさげ髪。
紺色のスクエアフレームのメガネ。
まど子に似ている格好だけれど、頬にそばかすはない。
「あの……誰ですか?」
まど子の質問に、その子はわざとらしく一度咳払いをして、自己紹介を始める。
「あたしは藤堂秋乃。そっちの……藤堂夏弥の妹です」
声を聴いて、夏弥はハッとした。
(え。……美咲っ⁉ 美咲……だよな……? 三つ編みとメガネでかなり見た目変わったけど、一体何が起きた⁉ ……ていうかなんで秋乃の名前を出してんだよ)
ただ、メガネをかけたとはいえ、顔は思い切り美咲のままだし、声もそのまま美咲の声である。
一応他人の空似という可能性もなくはない。が、それは限りなくゼロに近いだろう。
美咲とそっくりな女子高生がいるなら、その時点で洋平あたりがお知らせしてくれそうなものである。
けれど夏弥はまだ半信半疑だった。
「藤堂くんの妹さん⁉」とまど子は尋ねる。
「そうです。それで夏弥さ、あっ……な、なつ兄……に料理を教えてほしいって言ってる話をたまたま聞いてしまったので、じゃあそれなら、あたし達のアパートで一緒に料理を作ればいいと思ったんです」
「あ、藤堂くんて、妹さんと一緒に住んでたの……?」
「え? ああ、えっと……ちょ、ちょっと、み、秋乃。向こうで話そうか⁉」
今のセリフで夏弥は確信した。この子は完全に美咲だ。
「夏弥さん」と言い掛けたり、言いづらそうに「なつ兄」と呼んだり。
そのぎこちなさだけで、十分彼女が鈴川美咲なのだとわかる。
もちろん、夏弥もこの緊急事態に、思わず美咲と言い掛けてしまったのだけれど。
「なに……?」
「いいから! 頼む、ちょっとこっち来てくれ! あ、月浦さん。すぐ戻ってくるから」
「うん」
それから、夏弥は美咲の腕を引っ張って、一度屋上から校舎の中へと入っていったのだった。
まど子は、夏弥が妹と二人で暮らしていることに多少驚きはしたけれど、特にそれがどうというものでもなかった。
むしろ夏弥が何をそんなに急いで校舎のなかへ戻ったのか、そっちの事情のほうがずっと気になるのだった。
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