友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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◇ ◇ ◇

「おまたせ。ちょっと委員会の仕事があって」

 明るい茶色の三つ編みおさげ髪。
 沈んだネイビーカラーのメガネ。それらを身に付けた美咲が玄関から出てくる。

 夕暮れの日差しを受ける美咲の髪色はもうほとんど赤毛色のそれに近くて、これで瞳まで青ければ、アイリッシュやスコットランドの美少女と言われても納得できそうなくらいだった。

「おつかれ。……じゃあ帰るか。今日、お金下ろさないといけないからコンビニ寄ってかないと」

「うん」

 夏弥は、特に美咲が何の委員会に入っているかまでは訊かなかった。
 興味がないわけではないけれど、その前に帰り道の変更を伝えたかったのだ。

 学校からアパートまでの帰路にコンビニはなく、少しだけ回り道をしていく必要があった。

 二人は学校の正門を出てから、ひとまず最寄りのコンビニへと向かう。

 あまり通らない帰り道、ほかの生徒は見当たらなくて、ずっと二人きりだった。

 コンビニへ向かう道は、いつもの道から少し逸れていて景色が珍しい。
 早々に鉄道の格子柵にそった道路を通るのだけれど、そこへ差しかかるあたりで夏弥は口を開いた。

「お金下ろすの、銀行行ければ行きたいんだけど、うちの高校の近くにないんだよな」

「あ。それ、あたしも最近行けてない。どんどん記帳溜まってってる」

「コンビニで下ろしてるとあるあるだよな。それ」

「うん。…………ねぇ。それより、今日は月浦さんと勉強しないんだね?」

「……」

「あたしから帰ろうって誘っておいてあれなんだけど」

「……ああ。もう一学期も終わりで夏休みに入るし、何か予定があるらしいから」

「ふぅん。あの人、バイトでもしてるんじゃない?」

「どうだろうな。……それは訊いたことないから」

 長めの沈黙が挟まって。
 数両の電車が二人を追い抜いていく。

 電車の走行音が余韻だけ残していったあと、美咲が会話を再開した。

「バイトっていえばさ、夏弥さんてアルバイトとかしないの? 帰宅部で一生ヒマでしょ」

「え。いやいや。……部活やバイトがなくても、勉強したり好きなことしたり、家事をしないとだったりで色々忙しいからね?」

「最後以外は部活やってる人もすることじゃん……。まぁでも、ご飯作ってもらってるあたしが言うのも変だね」

「そうそう」

「っふ」

 珍しく美咲はご機嫌のようで、その表情に少しだけ笑みが見える。
 編んだおさげ髪が、笑みに合わせてほんの少し揺れていた。

「でも中学の時は、帰宅部なんて根暗な人ばっかりって印象だったんだけど」

「俺の学年にもそういう空気はあったけど、実際偏見だよな」

「そう?」

「そうだよ。……部活って、健康な身体づくりのためにはいいのかもしれないけど、学力に直接関係ないし、言ってみれば趣味みたいなものじゃん」

「…………」

「それって、学校の外で趣味として身体動かすのと何が違うのかわからないし、もっと言うと趣味は多様だ。いろんな趣味とか、好きなもの、やりたいことがあって、そのうちの一つにスポーツがあるだけなのに、なぜか校内のもので満足してる人達のほうが正義みたいな扱いになるんだよな」

 夏弥はそこまで流れるように語ってから、変に主張しすぎたかも、と小さな不安を覚えたのだった。

 空気が一瞬もにょっと音を立てて何とも言えないものになってしまったような、そんな気がした。

 夏弥は美咲の同意が得られると思っていた。
 自分の言葉の数秒後には「だよね」とか、ウマくいけば「わかりみ~」とか、そんな言葉が聞けるはずだと思っていたのかもしれない。

 さっき、美咲のご機嫌な顔を見たせいだ。
 夏弥と同じく、美咲も部活動には参加していないのだから、そんな未来はあながち外れるはずもなかったのだけれど。しかし、外れる。

「中学の部活は他人と協力することが目的なんでしょ。村社会に溶け込めない人じゃその先困るから」

「別に学校だけが村社会じゃないけどな」

「あたしは…………あ、コンビニ見えてきた」

 美咲は何かを言い掛けていたけれど、とっさに話題を変えた。

「じゃ、じゃあお金下ろしてくるから」

 部活動についての話題はそこで一度途切れてしまった。

 夏弥は流れ作業のように、コンビニの隅に置かれていたATMで生活費を下ろした。
 彼の両親が定期的に口座に振り込んでくれているものだ。

(……よし。今月も無駄な出費抑えめでいけたな)

 ディスプレイに映し出された残高を確認し、夏弥は計画的な出費を行なってきた自分を褒め称えた。

 日々のやりくりに精を出すは商人のごとし。今晩の食事もつつましく済ませようと、夏弥はそこで改めて神に誓った。

「さーてお金下ろしたし、家のほうのスーパーに寄ってから帰……って、ん? 美咲、どうした?」

「…………」

 夏弥がコンビニを出てみると、店先で待機していた美咲は遠くの看板をぼーっと眺めていたのだった。
 夏弥の声にも気づかないくらい、何かに釘付けのようで。

(あれって……)

「――――あそこ。寄ってから帰る?」と夏弥はさりげなく美咲に声をかけた。

「え? いや、いいから。……寄らなくていいし」

(はぁ。もうバレバレだ。前に戸島が洋平から聞いたっていうアレ。美咲はラインのアイコンだってアレに変えてたし、本当は好きなくせに。意地でも認めたがらないんだよな)

 夏弥と美咲の視界には、ドーナツ屋として世界に名を馳せる名店『ミスッタドーナツ』の看板が映っていた。

「……あー、そういえばなんか俺、今日はちょっとドーナツ食べたい気分なんだよな。寄ってもいい?」

「あ。そうなんだ。……食べたい気分なら仕方ないんじゃない?」

「……。ああ。仕方ないな」

「♪」

 夏弥はそれほどドーナツを食べたいわけじゃなかった。

 さらに言えば、コンビニでお金を下ろし、残高を確認し、自分の家計管理に鼻を高くした矢先であるのにこの無駄遣い。
 夏弥は数分前の自分に顔向けできないと思った。

「それにしても、ミスドがこの辺だったとはなー」

 普段使わない道というだけあって、夏弥はそこにお店があるとは思ってもみなかった。

「え。今はじめて知ったの?」

「何年か前、近くにできたとは聞いてたけど、俺いつも同じ道しか通らないからさ。ていうか美咲、知ってたんだ」

「常識でしょ。住所把握してないとか夏弥さんヤバいよ?」

(別に知らなくてもヤバくはないだろ……。一体どこの国の常識なんだよ)

「俺からすると、ソーセージエッグ作れないほうが非常識だけどな」

「…………得手不得手あるから、そういうの。ここで言うのはズルくない?」

「ほのかにズルいな」

「大体それソーセージエッグじゃなくて、問題なのはたまごだからね? たまご割るのが難しいってだけだから」

「そうですか……」

「難しいくせに料理の初歩みたいな扱いじゃん。誤解してるから、夏弥さん。あれは――あっ」

 そこまで言い掛けて、美咲のセリフは突然途切れた。

 夏弥と並んで歩いていたのに、足もそこで止めていた。
 そのせいで、夏弥のほうが二、三歩前に出てしまう。

「ん? どうした?」

「夏弥さん。ちょ、ちょっと一旦後ろに隠れさせて」

「な、なんなんだよ……?」

 夏弥の疑問に答えぬまま、美咲は彼の肩に後ろから手をかけた。
 夏弥の背中にすっぽり隠れるみたいにして背中につくと、美咲はやや頭を下げる。

「今、前を歩いてる人……。たぶんあたしに付きまとってた人だから……」

「え」
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