友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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◇ ◇ ◇

「お願いって……何?」

 夏弥は一刻も早く、冷水シャワーを頭からかぶりたかった。

 冷静さを取り戻すため、バシャッとぶっかければ少しはマシになるだろう。〇ーガル・ハイの某弁護士みたいな言い回しでもってそんな願望が湧いていた。

 いや、どちらかといえば、羞恥心で居たたまれない気持ちマックスだった。だからこの場から逃げ去ってしまいたい気持ちの方が、理由としては正しいのかもしれない。

「えっと、お願いっていうのは……」

 美咲は座っていたソファの位置から、少しだけ横にズレてみせる。
 茶髪のショートボブカットを、さらっと軽く揺らしたりして。

「……ん?」

「……ね。……こ、こっちにさ」

 消え入りそうな声を出しながら、美咲はその空いた分のソファに手を置く。
 目をそらしながらも、ぽんぽん、とそのソファのガワを軽く叩いてみせる。

(え、もしかして)

 美咲のその動作から、夏弥は彼女が何を言いたいのか察した。
 夏弥が「いや、まさか」なんて思う間もなく、美咲は続けて言った。

「と、…………座って食べれば?」

「……!」

(ちょ、ちょっとタンマ。タンマだ)

 夏弥の脳内で一時停止ボタンが押される。

(……いいか? 状況を整理してこう。俺が誤解して「あ~ん」なんてやらかすような、脳内お花畑ヤロウだったことは認める。これは男子特有の勘違い君だ。死ぬほど恥ずかしい。そこまでは良い。いや良くないっちゃ良くないんだけど、もうこの際気にしないわ。……でもなんでそこから、ソファで肩を並べてご飯食べることになるのですか……? どういうシステムですか?)

 夏弥が戸惑うのも無理はないだろう。
 なぜなら鈴川家のそのソファは、絶妙な大きさだからだ。

 二人並んで座った場合、相手への気遣いがなければ微妙に肩や腕が触れてしまう。
 そんなサイズ感。

 つまり、そこそこセンシティブな接触を余儀なくされるわけで。
 このソファの設計士は大変いやらしく狡猾なのかもしれない。

「す、座りたくないならいいけど……」

「いや……そういうわけじゃないんだけど、単純にそっち狭いじゃん?」

「……。夏弥さんさ。前にも言ったけど、やっぱりよね」

「え?」

「は、はは反応ですぐにわかるし」

 美咲は余裕そうな素振りを見せたかった。
 しかし誠に残念ながら、今回は夏弥よりも美咲のほうがドキドキしてしまっていた。

 顔は赤いし、声はブルってるし、強がりにしたってこれはバレバレである。それと顔も赤い。

「ふっ」

 夏弥は思わず噴き出してしまう。
 美咲の見せる余裕が白々しすぎて、虚勢を張っているんだとひと目でわかってしまったからだ。

『現役JKは恋多し』なんて言われるけれど、経験値がゼロに等しい美咲にとってはこれが精一杯。
 どうやらこれは、そういう見栄っ張りなお話ということらしかった。

「なっ……何がおかしいの?」

「や、別に。……ていうかそのソファ。狭い上に、二人で座るのは暑苦しくない?」

「……確かに。それはそうかも」

「だよね。エアコン効いてるっていっても、たぶん厳しいと思う」

「っはぁ……。そうだね」

 何かの糸が切れたみたいに、美咲はゆっくりと息を吐く。
 夏弥のこの指摘によって、美咲もある程度冷静さを取り戻していったのだった。

 さて、お手製の朝ごはんを食べ進めていくと、二人のヒートアップしていた胸の鼓動は、徐々に平常運転へと切り替わっていった。

 ようやく勘違いのアクシデントや、じれったい空気が治まってきたかに思われた。
 そんなタイミングで、美咲がボソッと一言つぶやく。

「ちょっとトイレ」

「ん? うん」

 ご飯の途中だったが、美咲はそう切り出してすぐにソファから立ち上がった。

 美咲がトイレに行っているあいだ、夏弥は特に何事もなく黙々と朝食に手をつける。

 我ながら生姜焼き上手いな。などといつもの調子で自画自賛しつつ、これからの予定を思案する。

 宿題に取りかかるなら、今日辺りから始めたほうがいいかもしれない。
 ふわっとそんな予定を考えだしていた、その矢先のことだった。

「……ん? あ、美咲のスマホか」

 ローテーブルに置かれていた美咲のスマホが、何かの通知でブルブルと数回震えていたのである。

 バイブレーションと共に、スリープ状態だったスマホの画面が明るくなる。

「……あれ?」

 夏弥は自分の視界に映るそのスマホ画面が、少しだけ気になった。

 それもそのはずで、見覚えのあるものがその待ち受け画面にバッチリ映っていたからだった。

(離席中の相手のスマホを覗き見るなんて趣味、俺にはないけど……。でもこれは不可抗力だよな……? というか、画面がただ明るくなっただけで、俺が直接いじったわけでもないし)

 だからその待ち受け画面が明るくなっているうちなら、チラッと見ても問題はない。などと、そんな都合のいい考えが働いて、彼は美咲のスマホを覗き込んだのだった。

「これって……」

 そして、夏弥は見てしまった。

 美咲のスマホの待ち受け画面に、例のが設定されていること。

(これ、小森の一件で美咲に送った写真……)

 そう。
 例のツーショット写真とは、この鈴川家201号室のリビングで撮ったものである。
 小森貞丸の要望を叶えようとしていた時、美咲からある条件を出された。


『――どうせ撮るなら、夏弥さんも一緒に映ってよ』


 そうやって撮った写真は、あとでボカシ加工をほどこして小森に送るつもりだった。

 結局、写真の提供自体はやめることになったのだけれど、まさかその時の写真が待ち受け画面に設定されているとは夢にも思っていなかった。

(……あ、ヤバいかもしれない)

 この写真を設定した時、美咲はどんな表情をしていたのだろう。

(待ってくれ)

 美咲はどんな気持ちで、この写真を待ち受けにしようと思ったのか。

(鼓動うるさい。ちょっと鎮まれ。鎮まってください)

 現実感のない目の前の出来事に、一度治まったはずの熱がまた襲ってきそうだった。

「はぁ……」

(……美咲って、もしかして俺が感じてる以上に、本当はかなり『』なのかも……)

 夏弥は、数か月一緒に暮らしてきた相手の、新たな一面を垣間見た気がした。

 この待ち受け設定が、自分を本当のお兄ちゃんのように慕っている証なのか、それとも別の恋愛的な感情なのかははっきりしない。

 けれど、少なくとも美咲がこの写真を待ち受け画面にしていることは確かで。

 それが夏弥の心をきゅうっと締め付けたり、底の方をじりっと焦がしたりしたこともまた、確かな事実だった。
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