友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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◇ ◇ ◇

「え、って……」

 夏弥は、美咲の提案に一瞬戸惑った。

 ――寝る。

 普通に考えれば就寝を意味する言葉なのだけれど、こと男女二人きりで何かを確かめるようなこの会話では、その限りじゃない。

「ま、まぁいいよ」
(さすがにこの寝るって、普通にのほうだよな……?)

「えっ。――――いいんだ⁉」

 美咲は驚きと羞恥心で、思わず取り乱す。
 誤って食べかけのりんご飴を落としてしまいそうになるほどだった。

 美咲のやや大きなその反応に、夏弥も思わずビクッと反応する。

「いっ、いいけど別に…………」

「やっ……こ、これってその……つまり、ア、ってことだけど……」

「アレって……?」

 代名詞が憎い。
 しどろもどろになる美咲と、その様子に違和感を持つ夏弥。

「「え?」」

 そこまで会話すると、二人は同時に間の抜けた声をあげてしまう。
 見つめ合ったまま、思考が停止する。

 脳内で駆け巡る、もう片方の可能性。
 お互いがお互いを誤解していた可能性。

 直後、すさまじい恥ずかしさが夏弥と美咲を襲った。

「「~っ!」」

 バッと目をそらして焦る姿はまるで鏡に映したかのようで。
 そこからしばらくは、沈黙という名のシンキングタイムが始まったのだった。

(どういうことだ? これって、ひょっとしてソッチの意味で訊いてた……? いやいや。ないよな? いくらなんでもそれは飛躍しすぎのはずだ)

 夏弥は美咲がまるで「そういうこと」に興味や関心がないものだと思い込んでいた。

 無理もないのかもしれない。
 美咲は以前まで、恋愛自体に興味を示さないのだと自分で言っていた。

 加えて、恋人ができても軽く数度、連絡を取るくらいの間柄でいいとも言っていた。

 そんな彼女が、身体の接触なんて。
 はたまたソッチの行為なんて、望むはずもない、と。

 一方、頬をかああっと赤らめている美咲はといえば。

(なんで夏弥さん、アッチの寝るほうだと思ってるの……? もしかして、やんわり拒む意味でとぼけてる……? あたしの身体じゃ不満……とか。……そもそも、夏弥さんて誰かとシタことあるのかな…………わっ。や、やばい。想像しちゃだめ!)

 美咲は頭上に思い浮かんでしまう夏弥の裸を、必死になってかき消す。

 実際はこのように、それはそれは美咲も関心がありまして。

 そしてどうにか気を紛らわせるために、彼女は話を切り替えることにしたのだった。

「ね……ところでさ、そ、そろそろ花火も終わりじゃない?」

「え? ああ……確かにそうかもな」

 苦し紛れだった美咲と同じく、夏弥も大変苦しい状況だった。

 だからだろう、その話題が水中で言う酸素みたいに感じられて、夏弥はもっとこの会話を繋げていくことにしたのだった。

「ていうか今スマホ確認したら、洋平から鬼のように電話来てるんだよな。……花火に夢中で、美咲が見つかったこと連絡してなかったから」

「……そ、そうなんだ。あたしもだけど、夏弥さんも連絡スルーしてるんじゃん」

「はは……ナチュラルに無視してたわ」

 夏弥はここで、ひとまず洋平達を安心させるためのラインを送った。

「『美咲は見つかった』と。……『これから連れて帰る』っと」

 返信を打ちながら、打った内容を声に出してみる。

「ねぇ、夏弥さん。あたしのこと、犬とか猫みたいなもんだと思ってない? 見つかったとか。連れて帰るとか。割と無礼者だと思うんだけど」

「ん? いや別にそういうわけじゃないけど。ってか無礼者って……ぶはっ。江戸っ子かよ」

「ふふっ……確かにね。お江戸っぽい」

 夏弥は美咲の言葉選びにたまらず噴き出した。

「でももう本当に合流しなきゃだな」

「うん……そうだね」

 二人はそれから、杉の木の下を離れ、また出店の並ぶ通りを歩き始めていった。
 夏祭りに来ていた人達は、みんな一様に足を止め、夏の夜空を眺めている。
 終盤に差し掛かり、花火は惜しみなく上げられているようだった。

 夏弥と美咲はそんな人々の隙間を縫うように進んで、目的地の射的屋へと向かう。

 途中、二人はずっと手を繋いだままだった。

 夏弥が前を歩いて、美咲の手を引く形だった。
 繋いでいれば、はぐれることはない。

 お互いになんとなくこの形に落ち着いてしまっていて。

 成り行きだったけれど、それがとても自然な姿に思えた。

 無論、洋平と秋乃に見られたら、おそらく何か言われてしまう。

 繋いでいるあいだ中、そんなことをどちらともが考えていた。

「手のこと……だけど」

 射的屋が遠くに見えてきた頃、夏弥は前を向いたまましゃべり出す。

「そろそろ……離す?」

「うん……」

 そこで二人は手を離す。

「……」

 よく考えてみれば、ずいぶん長いこと手を握り合っていた。
 花火の打ち上げ開始から、今の今まで。

 離してみれば、二人とも寂しさや名残惜しさが尾を引いた。
 しかし、いつまでも繋いでるわけにはいかない。

「そ、そういえばさ、向こうに着いたら美咲も撃ってみる?」

「撃ってみるって……?」

「ほら、射的。まだ撃ったことないだろ?」

「うーん……あたしはいいかな」

「そっか。秋乃と洋平は盛り上がりまくってたけどな」

「悪ノリが重なってエグいことになってそう……」

「ひ、否定はしない」

 数メートル先の射的屋には洋平と秋乃が居た。
 彼らの姿を視界に収めながら、夏弥と美咲はそんな話をしていた。

 ある程度近付いていくと、秋乃がこちらににゅっと手をあげる。
 不安そうだった秋乃の表情が、ぱぁっと明るくなった。

「美咲ちゃん……! よかったぁ……」

「なんだよ、夏弥~。ちゃんと見つかったなら俺の着信に電話で返してくれよ? 俺も結構心配してたんだぞー?」

「ごめん。花火始まっちゃったらつい見惚れちゃって」

「……そ、その。心配かけてごめんなさい……。二人とも」

 事情を説明する夏弥の横で、美咲は洋平達にしっかりと頭を下げた。

「!」

「ううん。それより美咲ちゃん無事でほんっとによかったぁ~」

 美咲の言葉に、秋乃はまさしく文字通り胸を撫でおろしているようだった。
 ただ、そばに立っていた洋平の方は、美咲の言葉に驚きを隠せないらしく。

「ちょ、ちょっと夏弥いい……?」

「うん?」

 すぐに夏弥に肩組みをして、二人でこそこそと話し始めたのだった。

「美咲のことだけど……」

 夏弥の顔に、洋平の顔がグイッと近づく。
 やはりとんでもなく端正な顔立ち。
 間近で見る洋平の顔に、夏弥はそんな感想を持つ。

 男でも見惚れてしまいそうなくらいだ。
 やはり洋平は生粋の〇ッチェス系イケメンである。

「あいつ、どうしたんだ?」

「え、どうしたって? 何が?」

「あの態度だよ、あの態度! 秋乃への謝罪はともかく、さっき『二人とも』って言っただろ……? 俺にはずっとツンツンした態度だったし、これもたぶん軽くスルーされんのかなーって思ったら……」

 洋平が小声で主張するその内容に、夏弥も「そういえばそうだな」と一理ある違和感を感じた。

 ふと、顔を上げて振り返ってみる。


「――――そしたらさ~、洋平の当てた的が、私の狙ってた的を偶然倒してくれて――」

「――――ふふっ、なにそれ。めっちゃ得してるじゃん秋乃」


 肩組みをしていたお兄ちゃんズの向こうで、秋乃と美咲は楽しげにおしゃべりしていた。

 夏弥は美咲の様子を眺め、この夏祭りで彼女の気持ちが著しく変化しているような、そんな気配を感じたのだった。
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