友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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◇ ◇ ◇

 翌日は通常授業のある日だった。
 つまり今日からお昼ご飯も用意する必要があって、夏弥はその分朝早く起きていた。

 201号室のお料理当番。
 朝からキッチンで炎と対峙するの巻、である。
 美咲は、自分のお部屋ですうすう寝息を立てていて。

(……昨日はアレでよかった……んだよな?)

 二人は結局、あれから最後まで致さなかった。

 ――キスまでで留めておく。

 なんとなくそれが、あの場では二人とも正しいように思えていた。
 だから昨夜、二人は別々で寝ることにしたのだ。

 ただ、あのも経っていたことは計算外。
 三割ほど残されていた晩ごはんが、完全に乾ききってしまっていたことは言うまでもなく。

(知らなかったけど、キスって没入感すごいんだよな。……ああいうキスを疑似的に体験できる装置とか発明されたら、いよいよ全国津々浦々にキス中毒者がはびこる事になるんだろうな……)

 夏弥はフライパンの上でソーセージを焼き上げながら、朝からそんなたくましい妄想に憑りつかれていた。

 手早くお弁当の用意ができたころ、気付けば時刻は午前六時半。

 もうそろそろか? と夏弥が思うのとほぼ同時に、向こうのリビングに美咲が現れる。
 お目覚めで自室から出てきたところらしい。

「…………おはよ」

「おはよう、美咲」

 リビングからキッチンにやってきた美咲。
 その顔はまだ寝起きでしゃんとしておらず、髪の毛も一部はねている。

 寝ぼけ眼で数回しぱしぱと瞬きするその様は、普段の美咲とかけ離れていて若干幼いようにも見える。

「朝、早いね」と美咲は言う。

「まぁ、今日はほら、お昼ご飯がいるだろ? だから早く起きて作ってたんだよ」

「そう……だっけ。うん。確かにそうかも?」

「そうかもってなんだよ……ぷふ、寝ぼけてない?」

「……。とりま顔洗ってくる」

「ああ。って、そっちは玄関だけどな」

「……。超それ」

 夏弥のツッコミにボソッと答えてから、美咲は誤っていたその進路を変える。
 バツの悪そうな顔をしていたのだけれど、それは夏弥の視点からは見えなかった。

 今日の朝食はどうしようか。
 と、そういう、一日に一度は問われる小さな疑問に、夏弥はその日も頭を悩ます。

 食パンに何かを乗せたり挟んだりしたものでも良いし、あえてパンじゃなくて、ご飯でもいいかもしれない。

 ただし――

(昨日の残りの冷やごはんをチンすれば、それも全然できなくなかったんだけど……それは今日のお弁当に回した分で使い切っちゃったしな。……うん、やっぱりパンか)

 結果、朝食はとてもシンプルなもので済ませることにした。
 トースターできつね色に焼き上げたパン。そこへバターを足して。
 さらにその上にハチミツをかけて出来上がり。

 いわゆるハニトーのこどもみたいな朝食だった。
 二人分の朝食ができる頃、ちょうど美咲が脱衣室のほうから戻ってくる。

「……あ、もう朝食作ったの?」

「お弁当用意する都合でキッチン使ってたし、そのままついでに?」

「そうなんだ。……ありがと」

 顔を洗ってサッパリしたからなのか、美咲の顔はいくらか血色がよくなっているようで。

「簡単なものだけどな。食パン焼いただけの」

「そ。……ていうか夏弥さんさ、そういえば昨日お母さんから何か言われた? 料理のこと」

「何か……? 特に取り立てて言われたわけじゃないけど、料理の出来は及第点だって言われたなぁ」

「及第点……。そんなことないのに……」

「……そ、そんなことあるだろ。雛子おばさんは実際、料理かなりウマいし。あの人からすれば俺なんて生まれたての小鹿みたいなもんよ」

「そこまでじゃないでしょ。大体、小鹿って生まれてすぐ一人で立ち上がるじゃん。ていうか、お母さんは料理ウマいけど、たまに非常識なところもあるから」

「非常識か。なるほど。……なるほど」

 美咲のその言葉に、夏弥は納得がいく。

 脳裏に「こんばんふぁびゅらす~☆」の声がこだまし、確かに常識では考えられないキャラクターを背負って生きているんだなと。ああ悲しいなと。
 そう思うとちょっとおセンチな気持ちにすらなる。

「ん? 夏弥さん、どうしたの? なんか悟り開いたような顔して」

「あ、いや。人には色々あるんだなぁって思ってただけだよ」

「……ふぅん」

 自分の母親が非常識であることを「なるほど」だなんて納得されても、それはそれではがゆくなってしまう美咲だった。

「まぁ雛子おばさんの話は置いておいて。ほら、コレ」

 夏弥はそう言って、調理台の上にあげていた薄いピンク色の風呂敷包みを美咲に差し出す。

「あ、お弁当?」

「そう、お弁当。美咲の分も用意したから、忘れずに持ってって」

「うん……てか夏弥さんて、やっぱお母さんみたいなところあるよね。が板につき過ぎっていうか」

「あらあら? 美咲ぃ~? 朝からクソつまんない冗談かましてないで、早くご飯食べちゃいなさいね~?」

「はいはいお母さんお母さん」

 夏弥ママのお弁当と朝ごはんを受け取った美咲は、そのままリビングへ。
 受け流された夏弥も、一緒にリビングへと向かった。

 リビングの窓からは、九月の過ごしやすい朝日が差し込んできている。
 それだけでさわやかな朝のひと時を演出してくれているようで。
 窓辺にぽわぽわとしたひだまりを集めていて。

 ローテーブルにハニトーもどきを二皿並べる。
 さあ二人はささやかな朝ごはんを取り始める。

 美咲はソファで、夏弥はクッションの上で。
 もはやお決まりのポジションだった。

「ん~、やっぱりパンとハチミツって合うよなぁ」

「それね。……でも夏弥さんが朝ごはんでこういうの選ぶって、珍しくない?」

 二人とも、ザクザクと小気味良い音を口元で立てながら会話していく。

「こういうのって?」

「甘くてスイーツっぽいもの、みたいな? いつもはもっとしっかりした『ザ・ごはん』みたいなやつ作ってくれるじゃん」

「ああ。そういうのね。……言われてみるとそうだけど、俺だって別に甘いものが嫌いなわけじゃないよ。ガムシロ入りの牛乳だって好きだし」

「ふふっ。あー、やっぱりイケる味だったでしょ? アレ」

「うん。まさかの組み合わせだよな。十七年生きてきて、身近にあるものの組み合わせで驚いたの久しぶりだったわ」

 夏弥は夏休み後半、美咲の推してくれたドリンク『ガムシロ入りの牛乳』に何度も舌鼓を打っていた。

 あの組み合わせは目から鱗。
 料理をする人間にとって、牛乳は「甘くする」「優しい口当たりにする」といった役目を担う材料だ。

 だから、そこへさらに「甘くする」役どころのガムシロップを入れるなんて。

「くどい甘さにならないのは、牛乳が万能だからなのかもな~」

「そうなのかもね」

「料理ってさ、たくさんのやつと手を組める万能食材がいるんだよな」

「万能?」

「そうそう。主食になってる白米とかパンはそもそも立ち位置が違う気がするけど、野菜とかは万能なやつ多くて――――」

 夏弥は料理の自論を語っていく。

 楽しそうに話しだす夏弥を眺めながら、美咲はちょっと思うところがあった。

(夏弥さん、すごく楽しそう。……いつも料理のこと、ここまで話したりしないのに。やっぱりお母さんと会ってから何か刺激受けたのかな……?)

 美咲の観察眼は優れていて、夏弥が刺激を受けていたのは事実だった。

 高校入学と同時に一人暮らしをスタートして以来、夏弥は自炊をする人間にあまり接する機会がなかった。

 一年の時、昼食は購買で買うことも多かったのだけれど、晩ごはんはいつも一人孤独に作ることも多かった。ただ、学校でそのことについて話す知り合いはいなかった。

 だから自然と気持ちが高揚し、この話題で饒舌になってしまうのも当たり前のことで。

「――で、緑黄色野菜は栄養あるけど、まぁその分相手を選んじゃうんだよなぁ。俺はこれを緑黄色のジレンマって呼んでて――「夏弥さん」

 話し続ける夏弥のセリフを、美咲が遮る。

「ん? あ、ごめん。ちょっとしゃべり過ぎたかも」

「……。それは別に気にしてないけど、夏弥さんて、料理は食べる方も好きなんだっけ?」

「食べる方? そりゃあもちろん食べるのも全然好きだよ。ていうか、作る人とかお店が違うだけで、料理ってかなり個性出るからな。個性を味わうって意味でも、結構楽しいんだよな」

「そうなんだ。個性……。まぁ、たぶん出るよね。作らないあたしでも、そういうのなんとなく想像つくし」

(お母さんも料理上手だったし、やっぱりあたしも作れるようになりたいかも……。自分の好きな味付けで……。そういうの夏弥さんに食べてもらって、喜んでくれたら……。うわ、それヤバいかも……)

 美咲は妄想の中で、夏弥においしい手料理を振る舞う自分の姿を想像していた――

 ◇

「――はい、夏弥さん。今日の晩ごはんに、チーズinハンバーグ作ってみた」

「え、マジで? うわ、うまそう過ぎ!」

「ぷふっ。驚きすぎじゃん? これくらい余裕なんですけど」

「いや、匂いからしてすでにうまそうだったから。……ん、それに味も俺好みで良いな。美咲はやればできる子だったんだなぁ」

「夏弥さんの好きな味付けくらい、とっくに把握済みだしね――」

 などと想像しながら、ヤバイかも良いかも、と想うあまりに。

「そんなに俺のこと把握してるんだ?」

「え? まぁね。もう何か月も一緒に暮らしてるんだから、当然でしょ?」

「じゃあ俺も――――もっともっと、、把握しないとな」

「あたしのことって……もしかして……」

「前からずっと思ってたんだ。今日は一晩中、美咲のこと調べさせてもらおうかな」

「え、夏弥さん? あっ、ちょっ…………」

「いいだろ? 俺達、もう付き合ってるんだから。あの夜くらいじゃ、まだ足りないんだ」(※大変なイケメン補正がかかっており)

「あたしも……まだ足りないから、けど……」

 ◇

「~~っ!」

「ん? 美咲、どうしたんだ? 手が止まってるけど、パンの焼き加減いまいちだった?」

「えっ? あっ……いや別に……」

 こんな妄想に行き着いてしまって、美咲の頬がかああっと赤く染まる。
 斜め前のクッションに座る夏弥を直視できない。

 乙女チックな美咲の思考は、今まで彼氏がいなかったばっかりに開花こそしてなかったのだけれど、ここへきてようやくその花が開こうとしているらしい。

(でも、できれば、いつの間に上手くなったんだ? って、夏弥さんのこと驚かせたいなぁ……)

 夏弥さんに頼らないで、上手になりたい。

 そう考えた美咲は、朝ごはんを食べたあと、夏弥には内緒でとある人物にラインを送ったのだった。
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