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◇ ◇ ◇
夏弥も洋平も、学校の中でそれぞれにそれなりの交流があった。
どの交流を振り返ってみても、洋平(夏弥)ほど深い関係になれる相手はいなかった。
替えは効かない。
そこに設けられてある席は、洋平(夏弥)にしか座れない。
そうだとわかっていたから、複雑でデリケートなこの話題とも向き合う必要があると思っていて。
「前にも言ったと思うけど、あの時の俺は、やっぱり女子を優先したいって思ってたんだ。夏弥には悪いと思ってたよ……。だからせめて、夏弥の部屋を綺麗に掃除させてもらったんだ」
振り返れば夏休みのある日。
夏弥が勉強道具を取りに自分のアパートへ帰った時、部屋がやけに綺麗になっていたことがあった。あれはつまり、罪滅ぼしの意識から行なっていたものだったのだろう。
「そっか。でも、人の部屋ですること自体が、俺からすると気持ち悪いって思うからな……」
「そう……だよな」
「ていうか、俺のベッド使ったんだろ? ベッドの上に敷布団敷いてたと思うんだけど、まずはそれを買い換えてほしいな……。アレとかソレとか色々付着したはずだし、汗もたくさんかいて大運動会だったんじゃないのか? 紅組と白組どっちが勝ったんだよこら。何点差ついたんだよこら」
「うっ……。ご、ごめんなさい……。貯金崩して買い換えさせてください……。……もう絶対しないし、本当に悪かったと思ってるんだ」
洋平は後悔していた。
夏弥がちょっぴりいじわるな言い方をして責めたけれど、それ以上に洋平はあの時の自分を責めていた。
どうして自分はあの時、女の子との行為を優先した?
別にあそこで致す必要はなかったはずだ。
そうした思いが、洋平の中には渦巻いている。
男子から憧れを抱かれるほどモテるのだから、特別あのタイミングにこだわる必要なんてなかった。エッ〇をする機会なんていくらでもあって、気持ちの面での余裕だって十分あったはずなのに。
「……流されたんだろ、洋平」
「っ!」
夏弥は静かに芯食った言葉を投げかける。
「……お前のことだから想像つくよ。女の子の顔を見たら、やっぱりお前は鈴川洋平にならなきゃいけないんだよな。その場でヘタをうてないとか、どういう接し方をすべきだとか。そういう答えが見えていて、流されるままその答えを実行してたんじゃないのか」
「…………ごめん」
二人きりの保健室に、何度も洋平の「ごめん」が響いていた。
夏弥は、はぁ、とため息を漏らす。
(どうしようもない奴だ。……別にモテるモテないで俺はやっかんだりしていない。今の俺にはもう美咲がいるし、洋平が周りから持て囃されるのは昔からのお決まりなんだ。
……いや、まぁちょっと前まではやっかんでる部分もありましたけど。口開けて待っていれば、そういうエロくてロマンチックな展開がホイホイやってくる。そんな洋平が羨ましい限りだったけど。
でも、それとこの気持ち悪さの話は別だよな。モテるモテないに関わらず、人の気持ちをないがしろにする奴はいつだって非難されるものなんだから。……本当にどうしようもない奴だ、洋平)
「後悔してるんだよな?」と夏弥は尋ねる。
「……うん。……かなり」
「ふぅーん。……ふぅーん」
夏弥はどうしようか純粋に悩んでいた。
この困り果てたイケメン君に、どうケリを着けてあげるべきなのか。
洋平の明日は夏弥にかかっている。ってやつなのかもしれない。
叱責し続ける未来か。呆れて絶交のセリフを押し付ける未来か。学校中に言いふらすことだってできなくはない。
いや、夏弥にそんなことをするつもりは毛頭ないのだけれど。
夏弥がうんうん悩んでいると、意外にも洋平がゆっくりと話し出す。
「だから、もう、やめたんだ」
「やめた……?」
「うん。今はもう、女子と遊ぶこと自体、やめることにしたんだよ。この前も言ったけど、俺はもう自分の気持ちをできるだけ優先することに決めたんだ。だから…………ソフレとの連絡先も、もう全部削除した」
「っ⁉」
(連絡先を全部削除した⁉)
夏弥は驚きで開いた口が塞がらなかった。
固まりきる夏弥を前に、洋平は続けざま話していく。
「ソフレ以外の女子との連絡先も、かなり精査したんだ。色目使ってきてた女子は、みんな削除した。そしたら面白いことに、女子は運動部の数人しか残らなかったよ。あははっ。……あ、もちろん母さんと美咲、秋乃は残してあるけど」
洋平はさっぱりした様子で笑い、ラインの友達一覧を夏弥に見せてきた。
彼の言う通り、その友達一覧のほとんどは男子になっていた。
「……マジか、洋平」
「ああ。自分の本当の気持ちに従ってみたら割とこんな感じになったんだ。俺もちょっと意外だったけど。……でも、スッキリしたって気持ちもあったりして」
洋平の徹底ぶりに、なぜか夏弥は自分の気持ちが少し軽くなった気がしていた。
(驚いた。女子の連絡先削除とか、やることが大味だな洋平……。…………でも、やるじゃん?)
洋平の覚悟のある行動に、夏弥は関心してしまう。
大味であっても、これが洋平なりのけじめのつけ方なのかもしれない。
そんな洋平の覚悟を知ってしまったからだろう。
ここで夏弥は「洋平をもっと救ってあげるやり方」なんてものを、無意識に考えてしまっていて。
「じゃあ洋平くん。この前言っていた『貸し3つ』を、ちゃんと俺に返してもらおうじゃないですか」
「えっ? ああ、『貸し3つ』か。わかった。……お手柔らかにお願いします……」
「心配するな。アブノーマル系は避けるから」
「は⁉ いや待って。俺は確かに女子の連絡先をかなり削除したけど、まだノーマルだからな⁉」
「……洋平よ。お前は一体何を勘違いしているんだ?」
保健室。男子が二人。一人はベッドに寝ていて。
そこはかとなくBとLの香りが漂っているようなシチュエーションの中、なんつう会話をしているんだろうと夏弥は思った。
季節は秋。
ホクホクとした焼き芋などが、そろそろ美味しくなってくる季節である。
保健室の窓の向こうには学校前のイチョウが映っていて、うんと枝葉を伸ばしているところだった。
(了)
※あとがき
ここで四巻分のお話終了になります。
ここまで長らくお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。
五巻の投稿は、作者の都合により結構期間が空くと思います。
ちなみに、次の五巻目が最終巻になります。
焼き芋でも食べつつ、のんびりお待ちください。
夏弥も洋平も、学校の中でそれぞれにそれなりの交流があった。
どの交流を振り返ってみても、洋平(夏弥)ほど深い関係になれる相手はいなかった。
替えは効かない。
そこに設けられてある席は、洋平(夏弥)にしか座れない。
そうだとわかっていたから、複雑でデリケートなこの話題とも向き合う必要があると思っていて。
「前にも言ったと思うけど、あの時の俺は、やっぱり女子を優先したいって思ってたんだ。夏弥には悪いと思ってたよ……。だからせめて、夏弥の部屋を綺麗に掃除させてもらったんだ」
振り返れば夏休みのある日。
夏弥が勉強道具を取りに自分のアパートへ帰った時、部屋がやけに綺麗になっていたことがあった。あれはつまり、罪滅ぼしの意識から行なっていたものだったのだろう。
「そっか。でも、人の部屋ですること自体が、俺からすると気持ち悪いって思うからな……」
「そう……だよな」
「ていうか、俺のベッド使ったんだろ? ベッドの上に敷布団敷いてたと思うんだけど、まずはそれを買い換えてほしいな……。アレとかソレとか色々付着したはずだし、汗もたくさんかいて大運動会だったんじゃないのか? 紅組と白組どっちが勝ったんだよこら。何点差ついたんだよこら」
「うっ……。ご、ごめんなさい……。貯金崩して買い換えさせてください……。……もう絶対しないし、本当に悪かったと思ってるんだ」
洋平は後悔していた。
夏弥がちょっぴりいじわるな言い方をして責めたけれど、それ以上に洋平はあの時の自分を責めていた。
どうして自分はあの時、女の子との行為を優先した?
別にあそこで致す必要はなかったはずだ。
そうした思いが、洋平の中には渦巻いている。
男子から憧れを抱かれるほどモテるのだから、特別あのタイミングにこだわる必要なんてなかった。エッ〇をする機会なんていくらでもあって、気持ちの面での余裕だって十分あったはずなのに。
「……流されたんだろ、洋平」
「っ!」
夏弥は静かに芯食った言葉を投げかける。
「……お前のことだから想像つくよ。女の子の顔を見たら、やっぱりお前は鈴川洋平にならなきゃいけないんだよな。その場でヘタをうてないとか、どういう接し方をすべきだとか。そういう答えが見えていて、流されるままその答えを実行してたんじゃないのか」
「…………ごめん」
二人きりの保健室に、何度も洋平の「ごめん」が響いていた。
夏弥は、はぁ、とため息を漏らす。
(どうしようもない奴だ。……別にモテるモテないで俺はやっかんだりしていない。今の俺にはもう美咲がいるし、洋平が周りから持て囃されるのは昔からのお決まりなんだ。
……いや、まぁちょっと前まではやっかんでる部分もありましたけど。口開けて待っていれば、そういうエロくてロマンチックな展開がホイホイやってくる。そんな洋平が羨ましい限りだったけど。
でも、それとこの気持ち悪さの話は別だよな。モテるモテないに関わらず、人の気持ちをないがしろにする奴はいつだって非難されるものなんだから。……本当にどうしようもない奴だ、洋平)
「後悔してるんだよな?」と夏弥は尋ねる。
「……うん。……かなり」
「ふぅーん。……ふぅーん」
夏弥はどうしようか純粋に悩んでいた。
この困り果てたイケメン君に、どうケリを着けてあげるべきなのか。
洋平の明日は夏弥にかかっている。ってやつなのかもしれない。
叱責し続ける未来か。呆れて絶交のセリフを押し付ける未来か。学校中に言いふらすことだってできなくはない。
いや、夏弥にそんなことをするつもりは毛頭ないのだけれど。
夏弥がうんうん悩んでいると、意外にも洋平がゆっくりと話し出す。
「だから、もう、やめたんだ」
「やめた……?」
「うん。今はもう、女子と遊ぶこと自体、やめることにしたんだよ。この前も言ったけど、俺はもう自分の気持ちをできるだけ優先することに決めたんだ。だから…………ソフレとの連絡先も、もう全部削除した」
「っ⁉」
(連絡先を全部削除した⁉)
夏弥は驚きで開いた口が塞がらなかった。
固まりきる夏弥を前に、洋平は続けざま話していく。
「ソフレ以外の女子との連絡先も、かなり精査したんだ。色目使ってきてた女子は、みんな削除した。そしたら面白いことに、女子は運動部の数人しか残らなかったよ。あははっ。……あ、もちろん母さんと美咲、秋乃は残してあるけど」
洋平はさっぱりした様子で笑い、ラインの友達一覧を夏弥に見せてきた。
彼の言う通り、その友達一覧のほとんどは男子になっていた。
「……マジか、洋平」
「ああ。自分の本当の気持ちに従ってみたら割とこんな感じになったんだ。俺もちょっと意外だったけど。……でも、スッキリしたって気持ちもあったりして」
洋平の徹底ぶりに、なぜか夏弥は自分の気持ちが少し軽くなった気がしていた。
(驚いた。女子の連絡先削除とか、やることが大味だな洋平……。…………でも、やるじゃん?)
洋平の覚悟のある行動に、夏弥は関心してしまう。
大味であっても、これが洋平なりのけじめのつけ方なのかもしれない。
そんな洋平の覚悟を知ってしまったからだろう。
ここで夏弥は「洋平をもっと救ってあげるやり方」なんてものを、無意識に考えてしまっていて。
「じゃあ洋平くん。この前言っていた『貸し3つ』を、ちゃんと俺に返してもらおうじゃないですか」
「えっ? ああ、『貸し3つ』か。わかった。……お手柔らかにお願いします……」
「心配するな。アブノーマル系は避けるから」
「は⁉ いや待って。俺は確かに女子の連絡先をかなり削除したけど、まだノーマルだからな⁉」
「……洋平よ。お前は一体何を勘違いしているんだ?」
保健室。男子が二人。一人はベッドに寝ていて。
そこはかとなくBとLの香りが漂っているようなシチュエーションの中、なんつう会話をしているんだろうと夏弥は思った。
季節は秋。
ホクホクとした焼き芋などが、そろそろ美味しくなってくる季節である。
保健室の窓の向こうには学校前のイチョウが映っていて、うんと枝葉を伸ばしているところだった。
(了)
※あとがき
ここで四巻分のお話終了になります。
ここまで長らくお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。
五巻の投稿は、作者の都合により結構期間が空くと思います。
ちなみに、次の五巻目が最終巻になります。
焼き芋でも食べつつ、のんびりお待ちください。
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