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なんとかすべきは上司と飲み会、他多数 7

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翌日。
二日酔いで痛む頭を押さえ、カイリキが出社した。ガラリと部屋の扉を開けたが、まだ誰も来ていない。
一歩足を踏み入れると、ふわりと淀んだ空気が動く感じがする。行政改革ギルドの執務室は、年中開かずの窓状態と化しており、換気もされない。理由は、カイリキ・マカオ・お嬢の机に高く積みあがった書類が風で吹き飛ぶからだ。
昨日のザザの風魔法は驚愕したが、同時に書類が吹っ飛ばされないかとヒヤヒヤしたものである。

しばらくして、今度はお嬢が出社した。キラキラとした巻き髪は今日も丁寧に手入れがされ、昨日遅くまで酒を飲み交わして頭をもじゃもじゃしたというのに少しも崩れていない。
続いて来たのはマカオだ。こっちは完全に化粧が崩れている。元がエルフの男性ではあるものの、ここまでヨレヨレの化粧ではオカマも形無しである。
最後に来たのはザザ……ザザ?

「ザザ君はまだ来てないのかい?」
「来てないわ、お化粧室にもいなかったもの」

答えたのはマカオ。今日の分の書類仕事に早くも取り掛かっている様子。机の反対側では、同様にお嬢も業務を始めていた。

「うーん、これはちゃんと言った方がいいな。ザザ君は社会人1年目だもんね」

とカイリキは唸る。ザザは確かに仕事はできるのかもしれない。しかしながら、社会人としては所詮1年目。まだまだ社会の常識というものが分かっていないのだろう。ザザが来たのはその後さらに30分程が経過した始業1分前である。ザザは何食わぬ顔をして「おはようございます」と挨拶を交わし、自分のデスクに向かった。カイリキはそれを呼びつける。

「ザザ君!ちょっと!」
「はい、なんでしょう」

紙とペンを手に、ザザはさっとカイリキの元まで駆け寄る。すると、ちょうど始業の鐘がゴーンと鳴り響いた。

「ザザ君、今から社会人の常識を教えるから、ちゃんと勉強するんだよ」
「ありがとうございます」
「今、ちょうど始業の鐘が鳴ったでしょ?」
「鳴りました」
「その1時間前には出社して、上司の机周りとかを綺麗にするんだ」
「え?」

ぽかん、とザザは固まり、そして頭をぶんぶんと振って再度口を開く。

「質問してもよろしいでしょうか」
「なんだい?」
「どうしてそのようなことをするのでしょうか」
「どうしてって……それが社会人の常識だからだよ」
「な、なるほど。重ねて質問致します。どうしてそれが常識なんでしょうか」
「え?」

面食らったのはカイリキ。どうしてそれが常識か、だと?

「そんなことはどうでもいいんだよ。それが常識で、どこのギルドでも皆新入社員はやっているんだ。ザザ君は当たり前の常識に疑問を持つタイプの人なのかい?」
「持ちます。おかしいなとか、なんでだろうと思ったらお伺いします。俺は皆さんの常識から外れて、複数の属性の魔法が使えますから」

なるほど。自身が特別なことを経験しているからこそ、常識に疑いを持つのだと。

「じゃあ、ザザ君は上司の机周りを綺麗にするのがおかしいことだと思ったのかい?」
「はい、おかしいです。上司の書類には、決裁前の書類や管理職のみ閲覧すべき書類もありますから。そもそも、始業の1時間前に来て清掃することもおかしいと思いました。残業代は出るんですか?」

カイリキはこれまでの社会人経験を踏まえ、ザザの言っていることが理解できなかった。上司はリスペクトするものであり、そのサポートや身の回りの世話が出来てこそ立派な社員だと思っている。それを怠る平社員など、上司に対する尊敬の念が足りないのではないか、と。平社員ならば、己が時間を削ってでも上司に奉仕すべきである、と。
だが、カイリキはこれでも行政改革ギルドの長である。いわば真面目なのだ。真面目を突き詰めていった結果が、このような歪んだ考えを生み出してしまったのだ。
それ故に別の側面もある。彼は法律を順守することを是としている。それは必ず守るべきものである、と。もし自分が法律を守ることができていないと知れば、カイリキは崩壊するだろう。

「残業代は出ないよ、でも――」
「じゃあおかしくないですか?だって俺は今、『カイリキさんの”命令”で”時間外に仕事をしようとしている”のに”賃金が発生しない”』なんて」
「ぐわあああああああああ!!!!!」

カイリキは早くも崩壊した。
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