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幕間 ―今日が最後のタバコ部屋 3―
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ドガアアアアアアアアン!!!!!!
喫煙室に再び巨大な鉄球が落ちる。僅かに残った建物の形が、今度こそ完全に砕け散った。ああ、あれは僕たちが使っていた灰皿だ。銀色のポールが、灰を入れる場所を残してぐにゃりとひしゃげていく。僕たちの思い出が鈍色の鉄球に踏み潰されていく。カイリキは、市民の声に屈するしかなかった自分を呪い、そして仲間たちに心の中で詫びる。俺たちの居場所を守れなくてすまない、と。
「おーし、土魔法いいぞおおおお!!!」
「「「うぇーい!!」」」
解体屋のおっさんが大きな声をあげると、ガタイの良い数人の兄ちゃんが現れ、瞬く間に土魔法でコンクリートを破砕していく。そうして数十分とかからずコンクリートはさらさらの砂状になり、俺たちの居場所も跡形もなく消え去った。
「それで、禁煙して3ヶ月経ったけど、奥様の反応はどうかしら?」
「いやあ、お嬢君の言った通り、今まで以上に優しくなった気がするよ!」
「そうでしょ?煙草を吸う人間より、吸わない人間の方が好かれるのは当たり前だわ」
「それに、なんだか今までは体がだるかったんだけど、最近は凄く調子が良いね!」
「調子が悪いのを煙草で回復して、煙草を吸うことでまた調子が悪くなるの。煙草には麻薬のような作用があるから、一時的に健康が良くなったと錯覚するのだけど、結果的に体を傷付けていたのよ。マッチポンプ、というらしいわ」
「いやー、今まで1日2000円くらい煙草にお金がかかってたんだけど、吸わなくなったからお金が貯まっちゃってね!こないだ奥さんと料亭でディナーしちゃったよ!もう可愛くて可愛くて仕方ないなあ!!」
「良かったわね」
カイリキは変わった。
喫煙室がなくなった当初は、それこそ幽鬼の如くふらりとしており、どこから見ても生気が失われていたように感じる。決まった時間になると外に出て、しかしすぐに戻ってくるという行為を繰り返すなど、奇妙な行動をすることもあった。ザザ曰く『煙草を吸いに出かけたんでしょうが、吸う所がないのを思い出して戻ってきてるんでしょうね』とのことだ。
しかし、それから1週間、2週間と日が経つと、段々カイリキの顔に笑顔が戻ってきた。体からニコチンが抜け、健康になってきたのだ。
「プラズ・マクラスタの木の空気清浄力は凄いわよ。それこそ、灰の中の空気も浄化してくれるんだから」
マカオは机を撫でながら、ルンルン気分で室内の花に水やりをするギルド長を見る。
カイリキが禁煙をしてから、ギルド内の業務の進みも非常に早くなった。理由は主に3つある。
1つ目は、カイリキが席を立たなくなったからだ。承認行為の多い役所の仕事に近い行政改革ギルドは、基本的にカイリキの承認なくして仕事は進まない。どこぞの中小企業のように、上席者の判子を担当が勝手に押すようなギルドではないのだ。午前午後で合わせて2時間の離席時間がまるまる活用できるようになったため、書類が爆速で回るようになったことは素晴らしい。
2つ目の理由は、カイリキの頭の回転が速くなったからだ。『これまで霧がかかっていたかのようだ』とはカイリキの弁であるが、ザザは勿論、専門性の高いお嬢やマカオの書類もあっという間に片付けることが出来るようになった。煙草は脳の認知を司る分野を汚染するため、これまで正しい判断を下すのに時間を要していたのだと思われる。いずれにせよ、今まで以上にたくさんの書類を見ているのに、今まで以上の速度で正確な処理が出来ているのだ。
最後に3つ目、他のギルドとの折衝がしやすくなったからだ。タバコ部屋を破壊されて行き場をなくしたギルドマスターはカイリキの他にもたくさんいたのだが、カイリキの頭と肺が正常化されたのと同様に、彼らも禁煙によって頭と肺が正常化されていったのだ。おかげで、全てのギルドでギルドマスターの生産性が向上し、その結果一般職員の生産性ならびにモチベーションもぐんぐん改善していった。
タバコ部屋を解体するだけで、こんなにも素晴らしい改善効果が出るなんて。とマカオは独りごちた。自分が利用しないものは、その良し悪しを判断しにくい。だからこそ、基本的には利用者の意見を取り入れる傾向が強い。しかし、タバコ部屋の利用者、すなわち喫煙者の意見を取り入れたところで、ここまでの改善は見込めなかっただろう。『今までの歩道横の喫煙室が使えないなら、ギルド区画内の空いているスペースに喫煙室を移設しろ』なんて意見が出たに決まっている。余計な手間とお金、そしてギルド職員の貴重な就業時間が奪われなかったことは本当に素晴らしい。
ただし、ウチのギルドには禁煙による弊害も出ているのだが。
「おはようございまーす」
「あ、ザザ君!聞いてよ、ウチの奥さんが可愛くてさー!!」
「またですかカイリキさん。強制的に話を聞かせるなんて権力を振りかざしてるのと一緒です!そんなんじゃパワハラになりかねませんよ!」
「いやあ、ホントに可愛くて困っちゃうよ!!!」
「あ、ダメだこれ全然聞いてない」
「ザザちゃん、あなたに任せるわ。よろしくね」
「え?」
「特にこないだキスしたら『煙草臭くなくて素敵』なんて言うもんだから――」
「あ、ヤバイ、助け――」
ここは多くのギルドが集合するギルド区画。先日全面禁煙になり、多くの喫煙者からブーイングの嵐が飛び交った。しかし、ひとたび禁煙を始めると、彼らは人間の心を取り戻していく。そう、煙草とは“百害あって一利無し”なのである。
喫煙室に再び巨大な鉄球が落ちる。僅かに残った建物の形が、今度こそ完全に砕け散った。ああ、あれは僕たちが使っていた灰皿だ。銀色のポールが、灰を入れる場所を残してぐにゃりとひしゃげていく。僕たちの思い出が鈍色の鉄球に踏み潰されていく。カイリキは、市民の声に屈するしかなかった自分を呪い、そして仲間たちに心の中で詫びる。俺たちの居場所を守れなくてすまない、と。
「おーし、土魔法いいぞおおおお!!!」
「「「うぇーい!!」」」
解体屋のおっさんが大きな声をあげると、ガタイの良い数人の兄ちゃんが現れ、瞬く間に土魔法でコンクリートを破砕していく。そうして数十分とかからずコンクリートはさらさらの砂状になり、俺たちの居場所も跡形もなく消え去った。
「それで、禁煙して3ヶ月経ったけど、奥様の反応はどうかしら?」
「いやあ、お嬢君の言った通り、今まで以上に優しくなった気がするよ!」
「そうでしょ?煙草を吸う人間より、吸わない人間の方が好かれるのは当たり前だわ」
「それに、なんだか今までは体がだるかったんだけど、最近は凄く調子が良いね!」
「調子が悪いのを煙草で回復して、煙草を吸うことでまた調子が悪くなるの。煙草には麻薬のような作用があるから、一時的に健康が良くなったと錯覚するのだけど、結果的に体を傷付けていたのよ。マッチポンプ、というらしいわ」
「いやー、今まで1日2000円くらい煙草にお金がかかってたんだけど、吸わなくなったからお金が貯まっちゃってね!こないだ奥さんと料亭でディナーしちゃったよ!もう可愛くて可愛くて仕方ないなあ!!」
「良かったわね」
カイリキは変わった。
喫煙室がなくなった当初は、それこそ幽鬼の如くふらりとしており、どこから見ても生気が失われていたように感じる。決まった時間になると外に出て、しかしすぐに戻ってくるという行為を繰り返すなど、奇妙な行動をすることもあった。ザザ曰く『煙草を吸いに出かけたんでしょうが、吸う所がないのを思い出して戻ってきてるんでしょうね』とのことだ。
しかし、それから1週間、2週間と日が経つと、段々カイリキの顔に笑顔が戻ってきた。体からニコチンが抜け、健康になってきたのだ。
「プラズ・マクラスタの木の空気清浄力は凄いわよ。それこそ、灰の中の空気も浄化してくれるんだから」
マカオは机を撫でながら、ルンルン気分で室内の花に水やりをするギルド長を見る。
カイリキが禁煙をしてから、ギルド内の業務の進みも非常に早くなった。理由は主に3つある。
1つ目は、カイリキが席を立たなくなったからだ。承認行為の多い役所の仕事に近い行政改革ギルドは、基本的にカイリキの承認なくして仕事は進まない。どこぞの中小企業のように、上席者の判子を担当が勝手に押すようなギルドではないのだ。午前午後で合わせて2時間の離席時間がまるまる活用できるようになったため、書類が爆速で回るようになったことは素晴らしい。
2つ目の理由は、カイリキの頭の回転が速くなったからだ。『これまで霧がかかっていたかのようだ』とはカイリキの弁であるが、ザザは勿論、専門性の高いお嬢やマカオの書類もあっという間に片付けることが出来るようになった。煙草は脳の認知を司る分野を汚染するため、これまで正しい判断を下すのに時間を要していたのだと思われる。いずれにせよ、今まで以上にたくさんの書類を見ているのに、今まで以上の速度で正確な処理が出来ているのだ。
最後に3つ目、他のギルドとの折衝がしやすくなったからだ。タバコ部屋を破壊されて行き場をなくしたギルドマスターはカイリキの他にもたくさんいたのだが、カイリキの頭と肺が正常化されたのと同様に、彼らも禁煙によって頭と肺が正常化されていったのだ。おかげで、全てのギルドでギルドマスターの生産性が向上し、その結果一般職員の生産性ならびにモチベーションもぐんぐん改善していった。
タバコ部屋を解体するだけで、こんなにも素晴らしい改善効果が出るなんて。とマカオは独りごちた。自分が利用しないものは、その良し悪しを判断しにくい。だからこそ、基本的には利用者の意見を取り入れる傾向が強い。しかし、タバコ部屋の利用者、すなわち喫煙者の意見を取り入れたところで、ここまでの改善は見込めなかっただろう。『今までの歩道横の喫煙室が使えないなら、ギルド区画内の空いているスペースに喫煙室を移設しろ』なんて意見が出たに決まっている。余計な手間とお金、そしてギルド職員の貴重な就業時間が奪われなかったことは本当に素晴らしい。
ただし、ウチのギルドには禁煙による弊害も出ているのだが。
「おはようございまーす」
「あ、ザザ君!聞いてよ、ウチの奥さんが可愛くてさー!!」
「またですかカイリキさん。強制的に話を聞かせるなんて権力を振りかざしてるのと一緒です!そんなんじゃパワハラになりかねませんよ!」
「いやあ、ホントに可愛くて困っちゃうよ!!!」
「あ、ダメだこれ全然聞いてない」
「ザザちゃん、あなたに任せるわ。よろしくね」
「え?」
「特にこないだキスしたら『煙草臭くなくて素敵』なんて言うもんだから――」
「あ、ヤバイ、助け――」
ここは多くのギルドが集合するギルド区画。先日全面禁煙になり、多くの喫煙者からブーイングの嵐が飛び交った。しかし、ひとたび禁煙を始めると、彼らは人間の心を取り戻していく。そう、煙草とは“百害あって一利無し”なのである。
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