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何もしてないならパソコンは壊れない 3

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「こういうことです。だからヘルプデスクはイヤだって断ったんですよ」
「ごめんよザザ君……よーく、理解したよ」

ヘルプデスクは恐ろしい場所である。どんな人間からどんな質問が来るか分からないからだ。まあ、今回のは流石に極端な例ではあるが、例えば専門用語を使わずにできる限り分かりやすく伝えたつもりでも、ITの知識が無い人間には中々理解してもらえないのも事実だ。伝えたいことが伝わらない。そんなもどかしさが、ヘルプデスク業務の難しい所だとザザは思う。さらに、一度の説明では理解されないことも多く、良かれと思って二度三度相手の話した内容を復唱することにより、問合せをした人の逆鱗に触れてしまうなんて事例もしばしばあるのも悩みの種だ。慣れや経験によって様々な問合せに順応できるようになるとは言え、先方が感情的になるとこちらは疲弊するし、対応する側としてもやりきれない部分が多い。

だが、まだ今日という日は終わらない。たまたま全員の手が空いた一瞬の隙を突いて、再びヘルプデスク用の電話が鳴り響く。だが、全員が牽制し合って誰も電話を取ろうとしない。死にかけのお嬢は勿論、マカオも化粧が完全に崩れているし、あの普段笑顔を絶やさないハーフですら引き攣った顔だ。カイリキも心がくじけており、とても電話を取ろうという気持ちにはなれなかった。『頼む、誰か電話を取ってくれ』という心の底からの叫びを感じ取ったザザは、見かねてため息を一つ。

「……仕方ないですね。一発手本を見せますので、今日一日は皆さんこんな感じで乗り切って下さい。ほら、ヘッドセット付けて」

ザザは電話を取り、それ以外のメンバーは音声のモニタリングをするためにヘッドセットを装着した。ヘルプデスクは勿論コールセンターのような部署は、新人教育のために音声を共有できるような機能を持ったシステムを構築している場合が多い。ここ行政改革ギルドにおいてはヘルプデスクが後付けで設置されたため、特殊なヘッドセットを用いて音声の共有が可能になっている。閑話休題。

「はい、行政改革ギルド ヘルプデスクでございます」
『お疲れ様です。冒険者ギルドのソードです。実は、何もしていないのにパソコンが壊れてしまって……』
「なるほど。何がどのように壊れたのですか?」
『ええ。使っているノートパソコンのキーボードが、まったく反応しなくなって……』
「何もしていないのに?変な話ですね」
『え、ええ。そうなんです。朝電源を入れたらキーが打てなくなってて、それでログインもできなくなってて。仕事が出来なくて困っているので、代わりの新しいパソコンが欲しいんですが』
「何もしていないのに、壊れたんですね?」
『え?は、はい……』
「な に も し て い な い の に ?」
『……あ、あの』
「……」
『……』
「なぁあああ、にぃいいい、もぉおおお、しぃいいい、てぇえええ」
『ごめんなさい!私がやりました!昨日コーヒーをキーボードにこぼしました!』
「では、キーボードの修理手配を致しますので、これから送付するMxcelファイルに必要事項を書いて行政改革ギルドのザザ宛に送って下さい」
『はい……』
「ではありがとうございました。失礼致します」

「おお!!すごいよザザ君!!」
「流石だわ!アタシもこうやればいいのね!!」

ザザ、べた褒め。流石に本人も悪い気はしないのか、ぽりぽりと頬をかいて柄にもなく照れている。

「別に大したことないです。大体、“何もしてないのに壊れた”っていうのは、大別すると次の3つのパターンしかありません。1つ、“本当は何かしたけど、その自覚がない”。2つ、“本当は何かしたし、その自覚があるけど、怒られそうだから隠したい”。3つ、“本当に何もしていない”です。今回はたまたま楽な2番目を引いただけですから」
「それでも流石だわ、私も見習いたいくらい」
「よして下さい。こんな業務、さっさとどっか別の部署に移管してやめたいくらいなんですから。禁断のパターン4を引いた時なんか絶望ですよ」
「パターン4?」
「4つ目は、“実際には何か色々やったけど、それが原因でおかしくなったと思っていない”です」
「……地獄だわ」
「所詮自己申告ですからね。実際には100%なんかしています。それを毎回毎回探っているようじゃ、こんなヘルプデスクみたいな仕事は一生無くならないですよ。いつの時代もパソコン使えないおバカさんが必ずいますからね」

ザザはため息。同時に、その現実を教えられた皆もため息。はあ。
だが、現実は変わらない。このままでは、近く行政改革ギルドは他のギルドの手によって潰され、大日本帝国民の問題を解決できなくなってしまう。それだけは避けねばなるまい。とりあえず、行動しなければ現状は変わらないだろう。

「――まずはマニュアルを使ってなんとかしてみますか」
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