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何もしてないならパソコンは壊れない 5

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注意喚起のメールをしてから数日、電話は一向に減らなかった。電話の問合せは一日当たり平均で30件以上。メールでの問合せを含めると50件を超えることもあった。問合せへの対応だけで1日が終わるようなこともありそうな数だが、とはいえ実際のところは同じような質問に何度も答えているのが実情だ。結果的に、ギルドメンバーの仕事は遅々として全然進まなくなってしまった。
行政改革ギルドは、“似たような問合せに何度でも答える”といった無駄なことに時間を費やすほど暇ではない。対応を効率化するため、定番の質問に対するFAQマニュアルを300項目ほど追加作成し、ポータルサイトで公開していた。マニュアル化ができていない新たな問合せは、問合せの都度項目をマニュアルに追加するなど、メールや電話をしなくても解決できる仕組は整っているとザザは思っている。しかし、それでもマニュアルを読まずに、電話で問合せをしてくるケースは後を絶たない。

「電話対応ってクソなんですよね。双方の時間は取られるし、先方は自分の言ったことを相手が汲んでくれると本気で思っているじゃないですか。こっちはエスパーじゃないんですから、おめーの言う事なんて1mmも分かりゃしねえっての」
「ザザ君、口悪くなってるよ」
「だってそうじゃないですか!そもそも、ちゃんと問題を言語化してくれれば楽なのに、アイツらフィーリングで電話してきて、フィーリングで問題内容を伝えて、フィーリングで問題が解決した気になってるんですよ!せっかく解決したと思ったのに、『ごめんね、やっぱりダメだったからもっかい教えて』とか言われた日には『ぶっ殺すぞクソが!』って言いたくなるじゃないですか!!!」
「うわあ、こりゃホントに頭にきてるね」
「そうねえ。アタシも、今までザザちゃんが数々の暴言を吐いてるのを見てきたけど、流石に“ぶっ殺す”まで聞いたのは初めてだもの」
「クソがああああああああああ!!!」

ザザ、大暴れ。ギルドメンバーはいつものことなので「よしよし」とザザを宥める。が、それでも彼の怒りは収まらない。と思いきや、ザザはふと真顔になって虚空を見始めた。そのあまりの変わり身に皆が恐怖していると、ザザは冷静に呟いた。

「電話対応、やめましょう」
「「「え?」」」



「ねえワカイコちゃん、また私のパソコン、インストールが上手くいかないんだけど」
「そうなんですかー?大変ですねー?」
「でしょう?またヘルプデスクに電話しなきゃだわ。あーやだやだ、なんで新しいシステムに変えちゃったのかしらね。前のシステムの方がすっごく使いやすいのに!」
「そうですねー。ぼそ(私はこっちの方がいいですけどー)」
「ワカイコちゃん、何か言った?」
「何も言ってませんよー、オツボネさん」

ここは市民管理ギルド。大日本帝国に居を構える住民の登録等を行う場所である。その他の細かい業務は、現代日本で言う所の“市役所の市民課”だと思ってもらえば間違いない。他にも色々な業務を担当しているが、彼女たちが所属している部署は大体そんな感じだ。
市民管理ギルドは古くから存在するギルドで、これまでずっと旧型のシステムを使って業務に取り組んでいた。しかし行政改革ギルドの調査の結果、その旧型のシステムには脆弱性があることが判明する。そのため、ハッキング等による個人情報の流出が起きる前に、システムのまるごと一新が行われたわけだ。
この市民管理ギルドの重鎮であるオツボネはかれこれ25年以上勤務しているべテランで、彼女がギルドに入ってから長らく使用していた旧システムには深い愛着と馴染みがあったということもあり、中々新システムの使用には抵抗感がある様子だ。それは普段の業務からも滲み出ており、何か分からないことがあればすぐに行政改革ギルドのヘルプデスクへ問合せをする始末。隣でその電話を聞いている新入ギルド員のワカイコからすれば、オツボネの質問内容はヘルプデスクに聞くまでもなく対応できるレベルであるのだが、色々と面倒事に巻き込まれるのが嫌なので黙っている。
さて、そんなオツボネであるが、今日も分からないことが発生したのですぐにヘルプデスクに電話をかける。しかし――。

『おかけになった番号は、現在使われておりません』
「え?」
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