はい、こちら黄泉国立図書館地獄分館です。

日野 祐希

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プロローグ

人生で最後に見たものは、走馬灯ではなく『地獄』の二文字でした。

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(あ、これは私、死にますね……)

 誰もいない階段の踊り場。
 仰向けに倒れて天井を見上げた私こと天野宏美あまのひろみは、聡明な頭で瞬時にそう覚りました。

(あ~、全然力が入らないですね。それどころか、どんどん力が抜けていきます)

 踊り場に横たわった私の体は、脱力し切っていてピクリとも動いてくれません。
加えて……ふぁ~。何だかひどく眠いです。
 このまま睡眠欲に身を任せて眠りについたら、とても気持ちいいでしょうね。――そのまま二度と目が覚めないでしょうけど……。

 ですが、体に力が入らない代わりに、感覚の方は鋭敏になっているようですよ。おかげで私の目に映る光景が、すべてスローモーションのようになっています。

 ――え? どうしてスローモーションになっているのがわかるのかって?

 アハハ。そんなの簡単、一目瞭然ですよ。
 だって今、私へ向かってたくさんの辞典が、ものすご~くゆっくり降り注いできているのですから。

 いやもうね、微妙に開かれたページに書かれた文字が判別できてしまうくらいゆっくりなんですよ。スローカメラの映像でも見ている気分です。
 まあ、どれ程スロー再生であるかについては横に置いておきましょう。それより大事なのは、現在の状況です。

 どうやら私が人生最後に見る光景は、走馬灯などという思い出のアルバムではなく、辞典の語句説明のようです。この状況ではあまり気乗りしませんが、そういう運命なら仕方ありませんね。人生最後の読書に励むとしましょうか。
 さてはて、このページに書かれていることは何でしょうかね? 死後の自分に、希望を持てる内容だと嬉しいのですが……。

『じ‐ごく【地獄】』

 思わず読むのを止めました。
 これから死にいこうという人間に、この辞書は何てものを見せるのでしょうか。いじめですか? それともあれですかね。これから私が行くところを、暗示でもしているのでしょうか。もしそうなら……笑えない冗談ですね。

(品行方正が服着て歩いているような私に限って、地獄へ落ちるわけがないじゃないですか。いい加減な辞書ですね。火刑に処す)

 なんてことを考えている内に、どうやらお迎えの時間が来てしまったようです。
 視界が端から黒く染まっていき、意識が眠りに落ちる時のように沈み込んでいきます。
 そのまま私の意識は、プッツリとこの世から切り離されたのでした。


 ――後々この時のことを思い出してみれば、辞書が見せた『地獄』という暗示はあながち間違ってはいなかったですね。
 なぜなら私は、この日から『地獄』という場所と大いに関わっていくこととなったわけですから……。
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