記憶の風と花

桐月砂夜

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かぜのひ

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 その日はとても風が強くて、舞い上がっては散らばる髪に、わたしは苛々していた。右手には鞄を肩から下げていたから、左手で抑えるしかない。小さいピアスにしてくれば良かったと後悔した。耳もとで金色の飾りがうるさかった。
 台風が近いのだったか。電車が止まるかもしれないから、と慌てて帰っていった同僚がそう教えてくれた。
 横切った小さな公園のブランコは、無人のまま微かにゆれている。雨はまだ遠いようだったが、この風に混じると厄介だ。わたしは歩みを速めた。

 玄関にキーを置いてパンプスを脱ぐと、そのまま洗面台に向かった。何とか降られずに済んだことに安心し、鏡に自分の姿を写し込んだ。ああなんて酷い。髪がざくざくと乱暴に広がって、顔まで薄ら隠している。映画に出てくる幽霊のようだ。わたしは手ぐしでそれをならしたが、適当なところでやめた。今日はもう外に出る予定も気持ちもないし、このままだって良いのだ。
 ブラウスは適当なシャツにして、プリーツのロングスカートをゆるりとしたハーフパンツに着替える。このプリーツが雨で崩れなくて良かった。

 そんなことを思っていると、リビングからゆきおが出て来てわたしは驚いた。
 彼はコーヒーカップを持っていて、わたしを見ると楽しそうに微笑った。
「そろそろ帰ってくるかなとは思ってたんだけど、着替えるの早いね」
 わたしはなんだか恥ずかしくなって、上着のシャツを下へ引っ張り、露出していた腹部を隠した。
「まだ雨降ってないよ」
「いまなら帰れると思うけど」
 淹れたてのコーヒーが入ったカップを受け取ってから、わたしはそれを啜りながら言った。
「え、だってこれから台風なんでしょ」
「そんななかで自転車に乗るなんて無理だよ」
 平然と言うゆきおにわたしは呆れて、同僚が無事に帰宅出来たか心配になった。
 窓辺に進みながら言う。
「合鍵は確かに渡しているけどね」
「来るまえに連絡してよね、びっくりするから」
 はいはい、とゆきおは面倒くさそうに返事をして、自分もカップに口を付けた。

 ゆきおは三つ歳下の幼馴染で小さいころからずっと一緒にいたけれど、恋人同士になってからは日が浅い。わたしたちのことはまだ、互いの家族には知らせていなかった。
 年末には里帰りしようか。そう提案しようと振り返ると、突然ゆきおが口付けして来たので、わたしはカップをその場に落としそうになった。自分はしれっとサイドテーブルにカップを置いていたので、ゆきおは余裕があるように、はは、と笑った。わたしは憤慨して、何も言わないままゆきおを軽く睨むと、本格的に黒い雲に覆われてゆく空を見上げながらコーヒーを飲んだ。
「何だよ、つめたいなあ」
 ベッドに座って、つまらなそうにゆきおが言うのが背中から聞こえた。わたしは窓辺でいよいよ強くなってゆく風の音を暫く聴いていたが、コーヒーを飲み切ったのでゆっくり彼の隣に行った。
 先ほどの提案を再度告げるべく、こん、とカップをテーブルに置いたとたん口を開く間もなく押し倒された。

「まだシャワー浴びてない」
 わたしが慌てると、ゆきおは笑った。
「良いよ、そのままで」
 彼の部屋着はいい匂いがする。うちに置いてあるものだから同じ洗剤を使っているのに、なんだか匂いが違う気がする。
「ねえ、なんか」
「今日いつもより、何というか」
 首筋に口付けされて、わたしの呼吸は乱れたが、ようやく訊いた。
「なに、発情してるって?」
 ゆきおはくすくす笑ってからわたしの耳もとに近付くと、そのまま耳に唇をあてた。ピアスは着替えたときに外したので、何の問題もないけれど、わたしはびくりとしてしまう。

 いつだってゆきおはこんな感じだ。いつも彼からくっついてくる。わたしはそれが可愛くて好きだ。それに、自分からはなかなか動くことができないわたしには、その方が良かった。
 ふと気付く。そんな彼の、吐息や唇がいつもより熱い。わたしはゆきおの唇をゆっくり自分の耳から離して、正面からじっと見た。頬が赤い。
「なに」
 いきなり動きを止められたので、ゆきおが不満げに言った。
「ねえ、熱があるんじゃないの」
 わたしはゆきおの額に右手を当てようとした。するとゆきおがそれを遮って、
「なに、熱があったらだめなの」
と言ってまた口付けして、今度は舌を入れて来た。コーヒーを飲んだので口内はすでに温まっていたと言うのに、ゆきおの舌の温度が心地よく感じられた。
「だめじゃ、ないけど」
 わたしは舌を絡ませながら、何とか答える。

 ゆきおは直ぐに風邪をひく。春も、夏も、秋も、冬も。長くは続かず、いきなり高熱を出してうんうん唸っていたかと思えば、次の日にけろりとして辺りを走っている。そんなひきかただ。
 幼いころ、そんなゆきおが熱で起き上がれないとき、ゆきおの枕元に正座してその赤い顔を見つめながら、このままゆきおが死んでしまったらどうしよう、といつも思っていた。体温を確かめるのが怖くて、額に触れることすら、出来なかった。風邪がうつるから、と母たちに止められても、動かなかった。そしてそのあとわたしも風邪をひいて、それみたことか、と家族には苦笑されたものだ。
 回復したあとのゆきおはいつも、近所のコンビニで小さなお菓子を買ってくれた。個包装のチョコとか、グミとか、そういった類いだ。わたしよりお小遣いは少なかった筈なのに、それを握って小走りでレジに向かっていくゆきおを見て、わたしは少しずつ恋に落ちていったのかも知れない。
 
 それなのに今はどうだ。わたしの手すら跳ね除けて、こんなことをしている。あのころ枕元に正座していたわたしも、そんな彼の下敷きになっている訳だから、ひとのことは言えないのだけれど。
 部屋着とハーフパンツの二枚越しなのに、ゆきおのものが硬くなっているのが分かる。わたしのちょうど下腹部に、ぐいぐい当たっている。なのにゆきおは既に下着を外していたわたしの胸をゆるゆる撫でながら、舌をほどかないままだ。
 そのうちわたしのほうがたまらなくなってきて、思わず手を伸ばし、彼のものを部屋着の上からゆっくりと触れた。そのまま下の方から先端に指を動かすと、ゆきおはぶるぶるして、やっと舌を離した。
「もう、やめてよ」
 言うや否や寝巻きのズボンを下ろしてそれを取り出すと同時にわたしのハーフパンツをぐいと動かし、たっぷりと濡れきったそこの入り口に彼のものをぐりぐり当てた。
 前戯のようにそれを続けるものだから、わたしはじれったくなって、つい腰を浮かせてしまった。
「姉ちゃん、えっちだなあ」
 笑ってそう言うと直ぐにぐうっと挿れてきたので、わたしは思わず子宮を強く締めた。
 つながるとゆきおの身体は熱い。やはり熱があるのだと思う。でも頬を染めてこちらを見て微笑うゆきおはとてもいやらしくて美しかったから、わたしは激しく突かれているというのに、快感の波が襲う前に涙が溢れそうになった。
「姉ちゃん、これからは、こうして傍にいてよ」
「枕のそばじゃなくって、おれの目の前にいて」
 動きながら吐息混じりにそう言うので、わたしは驚いてしまった。
 ゆきおはずっと気が付いていたのか。思わず両手で顔を隠してしまう。お菓子を渡してくれたときのゆきおは、どんな表情だったかな。それを受け取ったときのわたしの顔は。急に照れ臭さを強く感じる。
「だめ、手、はなして」
 腕を解かれて現れたわたしの唇を、ゆきおは直ぐに奪った。
「なに、なんなのよゆきおは、もう」
 涙声になった途切れ途切れのわたしの声に合わせるように、ベッドがゆれる。気付くとわたしはゆきおに両手を組み敷かれていて、もうこんなに強い力を出せるのだな、と思った。

 全てを出し切って、わたしたちは並んで仰向けになった。上半身だけ服を着たまま交わったので、シャツがしめっているのが良く分かる。
「姉ちゃん、昔からおれのこと、誰よりも分かってたけど」
 天井を見ながらまだ息が切れているゆきおが言う。
「これからはおれも、姉ちゃんのこと知ってくのかな」
 え、と言うと、ゆきおはこちらを向いて、にこっと微笑った。
「だってそうでしょ」
「さっきは姉ちゃんのほうが、おれより熱かったよ」
「どうしたらそうなるのか、知ってくわけだからさ」
 わたしは思わずゆきおから顔を背けた。
「熱があるんだから早く休みなさいよ」
 やだ、と言ってゆきおは横を向いているわたしのうなじに唇を静かに付けた。
「風邪はひとにうつすと治るんでしょ」
「おれが直ぐ治ってたのは、姉ちゃんがいてくれたなのかなあ」
 わたしは何だか、泣きそうになった。

「コンビニにチョコでも買いに行く?」
 ゆきおが微笑ってわたしを見つめた。しかし直ぐに窓の外に視線を移すと、ああもう降ってる、と残念そうに言った。わたしは横目でゆきおを見ると、
「雨とか関係なく、熱が上がるから絶対だめ」
と厳しく告げたのだけど、そうだよね、とゆきおは嬉しそうに口を開く。
「姉ちゃんに風邪、うつせたかまだ分からないしね」
「コンビニはまたあとでね」
 ふわり楽しそうに微笑って、ゆきおはわたしのぼさぼさの頭を撫でた。わたしはひどい、と笑いながら、彼の背中に手を回す。
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