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お裾分け問答
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この婆さんは自分の感情に基づく考えに絶対的な信頼をしている。これは他人との社会的な繋がりが希薄であるが故に、自分の考えの不当性を正す機会を損失していることによる。感情論が通用するのは思考力の拙い小僧若しくは間抜け、或いは老人だけである。合理的な思考活動が可能な人に対して感情論が通用する道理は無いのである。このような道理を解する事が出来ぬ程に老いぼれているとは情けない婆さんだ。合理性を欠いた訳のわからぬ戯言を話を遮る様に喚く。その姿に思わずぎょっとする。背筋が凍る感を覚える。何故ならば、そこにあるのは決して人ではない、人の形をした獣が、咆哮しているような、だからだ。
「話が通じない…だと?」
一般的に、IQが異なる二者間では会話が困難であるという。しかし、IQとは厳密には人にのみ適用がなされるのであるから、目の前に存在する獣においてはその物差しで測りかねる。IQという概念を持たざるものと会話ができるものか。この世界のどこに猿と談義する人間があるか。
私はこの苦境にあっても知的な思考活動をやめる事がないが、いっそ虫ケラにでも成れたらな、とふと頭をよぎる。そういえば昔、「私は貝になりたい」という劇があったのだが、主人公は理不尽な裁判により戦犯となり、死刑執行寸前にタイトル通りのセリフを口にした。その主人公と私の境遇とは隔たりこそあるものの、ようやく私はその主人公の言わんとしたことへの真の理解を果たしたのであった。
クリスマス前夜、I県U市の辺境に位置する我が祖母の家に一人の訪問者があった。
「こんばんは」
門を無断で突破し、玄関に直にアプローチしてくるとは、その関係性が推察できる。早い話、近所の奥さんが来たのだ。
「鳥肉を茹でたからお裾分け」
どうやら田舎特有のお裾分け分化であるようだ。私は遠くの方から事の顛末を伺っているのであった。
「いつもありがとねぇ」
「おや、誰かいるのかい」
「孫が一人来ているよ」
この孫というのは私のことである。どういう訳か、私の気配を感じ取ったようだ。これが田舎の監視社会なのだろうか、私は洗礼を受けた。その後、二三のやり取りがあり、訪問者は引き揚げた。この訪問者はとんでもない時限爆弾を家に設置していったのだが、それが起動したのは明くる日の事である。
明くる日とはクリスマス。この糞田舎にはクリスマスの到来の気配などなし。都会にいる時でもクリスマスの味を噛み締めるという機会は無かったのだが。六時五十分起床。朝食へと向かう凍てつく廊下にチクタクと鳴り響く音を確かに聴いたのだが、寝起きであるからさして気にも留めなかった。朝の簡単な挨拶を交わした後、着席。冷たい椅子を温くする為か身体が自然に何遍か座り直しをした。四度目の座り直しの途中、婆さんが俄に喋り始めた。
「昨日、お向かいさんから鳥肉、お裾分けになってね」
私は予想通りの結果に微笑した。というのも、昨日のお裾分けの現場を見ていた為、それがいずれ食卓に並ぶ事を予想していたのである。その予想と同時にその鳥肉を食べる事を拒否するまでもが算段されてあった。
「自分は要らないやい」
婆さんが喋った後すぐに食い気味に言ってやった。常識的に考えて、関係のまったくない他人の、その他人の家で調理した物など食えるはずがない。しかも鳥肉だ。いくら加熱していようが無理だろうが。いくら衛生的であろうが、精神がそれを拒絶する。そもそも、他人との関係が希薄な都会においてはお裾分けの文化などない。お裾分けなんていい迷惑の権化であるのだ。複雑化したこの日本社会では他人は先ず疑って見る事が肝要であり、親しくなったとしても親しきが失することは危惧すべき事である。つまり、自己防衛を心掛ける事をすべきなのだ。お裾分けなんて何が入っているんだかとんと検討がつかないんだから、自己防衛の観点から覗けば食べない事が当然なのだ。余談だが、ヴァレンタインデーで貰った手作りチョコの約八十%(自社調べ)は食べられずに廃棄されるそうだ。
私はその鳥肉を食べないという意思表示をしたのだが、あの婆さんめが、的はずれな事を喚き散らしやがる。その主張とは取れぬ鳴き声をなんとか聴き取ったものが次の通りである。
・加熱したから大丈夫だ。
・お向かいさんは信頼できる。
・貴方は神経質すぎるからおおらかになれ。
もうね、あほかと。正直いって愚の骨頂ってやつだよこれは。田舎特有のルールの一つに何でも加熱すれば大丈夫、がある。一見賢いようであるが、バカ丸出しである。いかにバカげているかを簡単に説明できる良い例があるので紹介しよう。
「尿を濾過すれば飲める。」
賢明な諸君ならばこの時点でおおよそ理解出来たと思うが、少し補足すべき事がある。日本国の上水道から出る水を尿を濾過したものと解釈することも出来る。しかし、自然環境やとても高性能な浄水場を通過した後であるから、それを単純に尿を濾過したものとは言えない。問題は市販の濾過器で目の前で濾過した尿を飲めるか否かである。市販の災害時用濾過器で濾過した尿は成分上、全く飲料に問題がない。しかし、たとえ元が自分の尿だったとしても、濾過する過程を意識した時点で多数の人はその濾過水を飲めるわけがないのだ。無論、私は災害時で水がないようであらばその濾過水を飲む。しかし、今回の鳥肉に関しては災害時ではない為、いくら処理しようが食えたものではないのだ。ちなみに、尿の濾過水の話が理解できない場合、自分が野蛮人である事を自覚すべきだ。
次に検討すべきはお向かいさんは信頼出来るという主張だ。私自身はそのお向かいさんの事を皆目存じ上げていないのだから、信頼なんてあるわけないだろうが。婆さんは、「田舎特有の家族同士の付き合い」の範囲外であるはずの私を無理矢理にその枠に組み込もうとしたのだ。田舎に籠もっていると思考停止になっていけない。歳を取ると思考力が低下する事は仕方がないが、それを考慮せずに自分の意見を通そうとするのは断じて許せん。おおらかになるべきは貴様の方だ、山猿。老人は老人らしく黙っとけば良いのだ。老いぼれは禄に思考できないくせして偉そうに説教を垂れやがる。思考できないから結果として感情論に陥ったり訳の分からぬ因習を持ち出したりするのだ。世間では俗にこれを老害と言う。
私は前述の反論に加えて、婆さんの痴呆症の可能性に言及してやった。痴呆症、これは差別的であるがために認知症という名称が現在では使用される。お爺さんに五年前に先立たれ、孤独に田舎で暮らしている。社会との繋がりが殆どないが故に近所の人を異常に信頼し、思考力の低下故に因習の中に生きるほかないのだ。しかし、そんな生活だからと言って昔の少しは融通の効く気性からがらりと逆ベクトルに性格が変化することはないはずだ。この変化の原因は認知症によるものだろう。認知症では、性格が気難しくなる事が症状の一つにある。この出来事以前に婆さんと会話したとき、物の名称(それも簡単な)がなかなか出て来ない事があった。私の名前を間違えて呼んだ事もあった。その事も加わり、婆さんが認知症である事が私の中で確信となった。病院で検査を受ける事を勧めたのだが、認知症患者特有の自分に限って、の一点張りで埒が明かない。もうとっくに椅子は温まっているはずなのに、私は、居心地の悪さから座り直しを先程から何度も繰り返している。
「話が通じない…だと?」
一般的に、IQが異なる二者間では会話が困難であるという。しかし、IQとは厳密には人にのみ適用がなされるのであるから、目の前に存在する獣においてはその物差しで測りかねる。IQという概念を持たざるものと会話ができるものか。この世界のどこに猿と談義する人間があるか。
私はこの苦境にあっても知的な思考活動をやめる事がないが、いっそ虫ケラにでも成れたらな、とふと頭をよぎる。そういえば昔、「私は貝になりたい」という劇があったのだが、主人公は理不尽な裁判により戦犯となり、死刑執行寸前にタイトル通りのセリフを口にした。その主人公と私の境遇とは隔たりこそあるものの、ようやく私はその主人公の言わんとしたことへの真の理解を果たしたのであった。
クリスマス前夜、I県U市の辺境に位置する我が祖母の家に一人の訪問者があった。
「こんばんは」
門を無断で突破し、玄関に直にアプローチしてくるとは、その関係性が推察できる。早い話、近所の奥さんが来たのだ。
「鳥肉を茹でたからお裾分け」
どうやら田舎特有のお裾分け分化であるようだ。私は遠くの方から事の顛末を伺っているのであった。
「いつもありがとねぇ」
「おや、誰かいるのかい」
「孫が一人来ているよ」
この孫というのは私のことである。どういう訳か、私の気配を感じ取ったようだ。これが田舎の監視社会なのだろうか、私は洗礼を受けた。その後、二三のやり取りがあり、訪問者は引き揚げた。この訪問者はとんでもない時限爆弾を家に設置していったのだが、それが起動したのは明くる日の事である。
明くる日とはクリスマス。この糞田舎にはクリスマスの到来の気配などなし。都会にいる時でもクリスマスの味を噛み締めるという機会は無かったのだが。六時五十分起床。朝食へと向かう凍てつく廊下にチクタクと鳴り響く音を確かに聴いたのだが、寝起きであるからさして気にも留めなかった。朝の簡単な挨拶を交わした後、着席。冷たい椅子を温くする為か身体が自然に何遍か座り直しをした。四度目の座り直しの途中、婆さんが俄に喋り始めた。
「昨日、お向かいさんから鳥肉、お裾分けになってね」
私は予想通りの結果に微笑した。というのも、昨日のお裾分けの現場を見ていた為、それがいずれ食卓に並ぶ事を予想していたのである。その予想と同時にその鳥肉を食べる事を拒否するまでもが算段されてあった。
「自分は要らないやい」
婆さんが喋った後すぐに食い気味に言ってやった。常識的に考えて、関係のまったくない他人の、その他人の家で調理した物など食えるはずがない。しかも鳥肉だ。いくら加熱していようが無理だろうが。いくら衛生的であろうが、精神がそれを拒絶する。そもそも、他人との関係が希薄な都会においてはお裾分けの文化などない。お裾分けなんていい迷惑の権化であるのだ。複雑化したこの日本社会では他人は先ず疑って見る事が肝要であり、親しくなったとしても親しきが失することは危惧すべき事である。つまり、自己防衛を心掛ける事をすべきなのだ。お裾分けなんて何が入っているんだかとんと検討がつかないんだから、自己防衛の観点から覗けば食べない事が当然なのだ。余談だが、ヴァレンタインデーで貰った手作りチョコの約八十%(自社調べ)は食べられずに廃棄されるそうだ。
私はその鳥肉を食べないという意思表示をしたのだが、あの婆さんめが、的はずれな事を喚き散らしやがる。その主張とは取れぬ鳴き声をなんとか聴き取ったものが次の通りである。
・加熱したから大丈夫だ。
・お向かいさんは信頼できる。
・貴方は神経質すぎるからおおらかになれ。
もうね、あほかと。正直いって愚の骨頂ってやつだよこれは。田舎特有のルールの一つに何でも加熱すれば大丈夫、がある。一見賢いようであるが、バカ丸出しである。いかにバカげているかを簡単に説明できる良い例があるので紹介しよう。
「尿を濾過すれば飲める。」
賢明な諸君ならばこの時点でおおよそ理解出来たと思うが、少し補足すべき事がある。日本国の上水道から出る水を尿を濾過したものと解釈することも出来る。しかし、自然環境やとても高性能な浄水場を通過した後であるから、それを単純に尿を濾過したものとは言えない。問題は市販の濾過器で目の前で濾過した尿を飲めるか否かである。市販の災害時用濾過器で濾過した尿は成分上、全く飲料に問題がない。しかし、たとえ元が自分の尿だったとしても、濾過する過程を意識した時点で多数の人はその濾過水を飲めるわけがないのだ。無論、私は災害時で水がないようであらばその濾過水を飲む。しかし、今回の鳥肉に関しては災害時ではない為、いくら処理しようが食えたものではないのだ。ちなみに、尿の濾過水の話が理解できない場合、自分が野蛮人である事を自覚すべきだ。
次に検討すべきはお向かいさんは信頼出来るという主張だ。私自身はそのお向かいさんの事を皆目存じ上げていないのだから、信頼なんてあるわけないだろうが。婆さんは、「田舎特有の家族同士の付き合い」の範囲外であるはずの私を無理矢理にその枠に組み込もうとしたのだ。田舎に籠もっていると思考停止になっていけない。歳を取ると思考力が低下する事は仕方がないが、それを考慮せずに自分の意見を通そうとするのは断じて許せん。おおらかになるべきは貴様の方だ、山猿。老人は老人らしく黙っとけば良いのだ。老いぼれは禄に思考できないくせして偉そうに説教を垂れやがる。思考できないから結果として感情論に陥ったり訳の分からぬ因習を持ち出したりするのだ。世間では俗にこれを老害と言う。
私は前述の反論に加えて、婆さんの痴呆症の可能性に言及してやった。痴呆症、これは差別的であるがために認知症という名称が現在では使用される。お爺さんに五年前に先立たれ、孤独に田舎で暮らしている。社会との繋がりが殆どないが故に近所の人を異常に信頼し、思考力の低下故に因習の中に生きるほかないのだ。しかし、そんな生活だからと言って昔の少しは融通の効く気性からがらりと逆ベクトルに性格が変化することはないはずだ。この変化の原因は認知症によるものだろう。認知症では、性格が気難しくなる事が症状の一つにある。この出来事以前に婆さんと会話したとき、物の名称(それも簡単な)がなかなか出て来ない事があった。私の名前を間違えて呼んだ事もあった。その事も加わり、婆さんが認知症である事が私の中で確信となった。病院で検査を受ける事を勧めたのだが、認知症患者特有の自分に限って、の一点張りで埒が明かない。もうとっくに椅子は温まっているはずなのに、私は、居心地の悪さから座り直しを先程から何度も繰り返している。
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