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第六章
第六章 「快晴の心と命の詩」
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第六章 「快晴の心と命の詩」
1
「……!」
大きな魔力を感じ取り、目を覚ました者がいた。
「ハァ……ハァ……」
息を上げながら仰向けになると、その男はようやく意識を正常にする。
(まだ……生きているぞ……)
ひび割れ、用途を失ったモノクルを投げ捨て、シルフィーは体を動かそうとした。
「ぐ……ッ⁉」
しかし、身体を起こそうとすると腹部が突っ張り、思うように動けなかった。
(最大出力の結界を纏っていたおかげで、辛うじて生きていたはいいが……)
「ぐ……身体が、動かん……ッ」
ギリギリの範囲で命を繋いでいたシルフィーには、これ以上動く事は不可能だった。
「クソッ……」
(動ければ、状況を変えられるかもしれないのに……ッ)
歯を食い縛りながら、シルフィーが唸っていると、
「……!」
「え……」
彼の近くに誰かが近付いて来ている事に気が付いた。
「何故……君がここにいる……⁉」
シルフィーは目を見開いた。
一切の容赦もなく、クオーレはロルベーアに全力で魔法をぶつけていた。
「燃えろ……猛進の刺突、是、死地を抉る尖塔なり、死にゆく御霊を抱き、赦しの鮮血を啜るミゼルコリデ、滾る勇気を握るならば、天使の翼は弾丸となる……光術〝星道〟四の詩・リュミエールベガ」
ロルベーアの足元から、強力な閃光の柱が天へ向かって伸びた。
「……」
ロルベーアはそれを最低限の防御の構えだけを取って真正面から受けた。
「む……?」
光が止むと、ロルベーアの目線からクオーレの姿が消えていた。
「水術〝霞道〟だったか……」
ロルベーアは周囲を軽く見回すと、目を閉じた。一度深呼吸をして、クオーレのアクションを待つ。
「震えろ……地核の産声、是、怒気の罵倒を遮る絶叫なり、終末の衝突を叩き込め、魂に込めるはガイアの激震、正しさで武器を振るうならば、自信の拳は震源となる……土術〝土道〟一の詩・フレイルアース」
死角から、クオーレが地面を殴ると、ロルベーアの周囲を大きな衝撃が襲った。
「……!」
揺れる地面に立ちながら、ロルベーアはクオーレが立て続けに詠唱を唱えている事に気付いた。
「回れ……凝視の旋風、是、疾走を阻む無情の牢獄なり、刮目の圧で縛れ、敵意を包むは堅牢なるジベット、心の疼きを受け入れるならば、慟哭の声は拘束となる……風術〝風道〟二の詩・ターンアネモス」
「……」
ロルベーアの周囲が、暴風の牢獄に包まれた。
(退路を塞ぎ、一気に決めるつもりか……)
「水術〝霞道〟二の詩・デイドリーム」
「……!」
牢獄の中に五人のクオーレが入って来たのを見て、ロルベーアは少しだけ笑った。
「面白い……」
五人の分身達が詠唱を唱え始めると、ロルベーアは剣を構え、次の攻撃に備えた。
「光術〝星道〟二の詩・ルスリゲル」
五人のクオーレが同時に詠唱を唱え、一瞬で牢獄の中は眩い程の閃光に包まれた。
「……」
その様子を少し離れた位置から、クオーレは見ていた。
(ロルベーアは〝聖騎士の加護〟で負傷する程に頑丈になっていく……。何とか隙を作って、〝鏡道〟を……)
「揺らげ……」
クオーレが勝負を決めるべく、詠唱を始めた時だった。
「そこか……」
光の中から強烈な殺意と共にロルベーアの声がした。
「ぐぁ……ッ⁉」
一瞬だった。気が付いた時にはクオーレは脇腹を抉られていた。殺意に満ちた闇の衝撃波が、暴風の壁をも突破してきたのだ。
「く……ッ⁉」
クオーレが膝を突くと、ロルベーアを包囲していた魔法は解除された。
「ふぅ……」
鎧の埃を掃いながらロルベーアが姿を現した。中々に負傷はしているようだったが、あまり気にしていなかった。
「さて、こちらの準備は出来たが……」
剣を向けてロルベーアはクオーレを見据える。
「ぅ……がァふッ⁉」
傷はかなり深く、脇腹を抑えた瞬間にクオーレは血を吐いた。
「随分と狙いやすくなったな……?」
「くっ……」
脂汗を流しながら睨み付けるクオーレをよそに、ロルベーアは攻撃の構えを取った。
「では、今度はこっちの番だ……。行くぞ」
「……ッ!」
自身に向けられた剣先が、より濃密な殺意を放っていた。
「コォォォオオオ……」
精神を集中し、力を練るロルベーアがどんどんと〝死〟の圧力を纏っていく。
「ぐ……」
負傷によって思うように動かない身体を生存本能で無理矢理操って立ち上がると、クオーレは声を絞り出す。
「聳え立て……大いなる城塞、是、戦火を塞ぐ巨石なり、不屈の精神を熾せ、庇護に殉ずるはアルマースの矜持、守る大義を欲するならば、不退転の背は神器となる……土術〝岩道〟一の詩・ゴルドメガリス」
目の前に巨石の壁を出現させて、クオーレはロルベーアの攻撃に備えた。
「暗黒……」
剣先から放たれた闇の衝撃波が軌道で地盤を抉りながらクオーレを襲った。
「ッ……⁉」
直後、予想外の威力に耐えられずに破壊された巨石ごとクオーレは吹き飛ばされた。
「ぐはぁあ……ッ⁉」
何度か地面をバウンドし、クオーレは叩き付けられる。
「ぐ……ぅ……」
破壊された巨石の破片に全身を打たれ、クオーレは体中から出血していた。
(数か所骨が折れて……、右の肺にも穴が開いている……。それに、腎臓も一つ潰れている……)
「がぁ……あ……」
体中を支配する悶絶する程の痛みに、クオーレは体を動かせなかった。
(でも、一番驚くべき事は……)
「な……何て威力……ッ!」
攻撃が直撃した腹部からは、破片による負傷とは比にならない程出血していた。
「今の俺は、死に近付く程攻撃の威力が上がる……。これが、俺があの時から進化させた〝暗黒騎士の加護〟だ」
クオーレがのたうち回っている間に、彼女の目の前まで歩いてきたロルベーアがそう言った。
「お前は〝聖騎士の加護〟を警戒して徐々に魔法の威力を上げていたようだが、それが逆に俺への助力になっていたという事だ」
「くっ……!」
ロルベーアが話している間にクオーレは身体を起こそうとしたが、力が殆ど入らなかった。
「もういい……」
そう言うと、ロルベーアはクオーレの左手に深々と剣を突き立てた。
「ぐあああああぁぁぁぁぁあああああッ‼」
利き手を潰されクオーレは悲鳴を上げる。
どんどんと大きくなっていく絶叫とは対照的に、彼女を包む魔力は徐々に弱まっていった。
「あ……ぐぅ……ッ」
「お前の負けだ」
左手を押さえ蹲る彼女を見下ろしながら、ロルベーアは剣を振り上げた。
「ッ……」
最早、クオーレには痛みと消耗で朧げになる視線で、それを見上げる事しか出来なかった。
「先生……ッ‼」
「……!」
そんな時に、周囲に響いた声で、ロルベーアの動きが止まる。
「ッ……⁉」
そして、満身創痍だったクオーレの意識も一瞬で正常になった。
(どうして……⁉)
クオーレの目線の先には、必死の形相でこちらへ駆けてくる弟子の姿があった。
「ラウルス……⁉」
クオーレは困惑の声を上げた。
2
「父は私が母のお腹にいた時に亡くなったそうです」
ラウルスがそう言うと、クオーレは少しだけ顔を強張らせた。
「そう……」
「母も私が五歳の時に、殺されました。終戦してあまり時間が経っていなかったからなのか〝魔族の子を孕んだ者は人間とは見なさない〟という考え方を持った人に……」
終戦後、魔族が降伏してから暫くの間は、彼等を受け入れる事に抵抗を示す人間が一定数いた。
「嫌な事を、聞いてしまいましたね……」
クオーレが申し訳なさそうに見つめると、ラウルスは首を振った。
「恨んでいないと言えば、嘘になります。母は村の人達から慕われていたし、何も悪い事なんかしていませんから……。でも、母は父と真剣に恋をして私を産んだらしく、その事を後悔していないと言っていたんです。例え誰かの反感を買っていたとしても、私を愛して守ってくれていた母の優しさと生き方を否定している事になりそうだから……私は仇を討とうだなんて思いません……」
ほんの少しだけ複雑そうな表情を浮かべながらも、一切の憎悪を纏わずに笑うラウルスを見て、クオーレも控えめに微笑む。
「強いのね……」
過去の記憶に残してきた、しこりのようなものを感じながらクオーレはそう呟いた。
「何故来たのです……ッ⁉」
森から遠ざけた筈の弟子が目の前にいるという状況に、クオーレは思わず叫んだ。口中が血の味がして肺が痛んだが、この声だけはかなり鮮明に出せた。
「ほう……? あの娘は……」
ロルベーアはクオーレへの関心をなくし、ラウルスを見据えた。
(駄目……逃げなさい……ッ‼)
「ぅ……ぐはぁ……ッ⁉」
大声で叫ぼうとしたが、思い浮かべた言葉が言えずにクオーレは大量に血を吐いた。
「ッ……⁉」
その光景が、ラウルスの選択肢を奪った。
「……」
ラウルスは目を見開き、深呼吸する。その瞬間、ラウルスの周囲を膨大な魔力が包み込んだ。
「ほう……」
その光景にロルベーアは少しだけ口角を吊り上げた。
「さっき感じた桁違いの魔力はクオーレのものではなかった……。そうか……お前がそうか……」
「何の事かは分からないけれど、先生から離れてください……‼」
ステッキを構え、ラウルスはロルベーアを睨み付けた。
(逃げて……ッ‼)
「ガッハ……ッ⁉」
「先生……ッ」
ラウルスは絶叫しながら走り出した。
「……」
それを見てロルベーアは剣を構えたが、ラウルスは構わず詠唱を唱える。
「浮かべ……瞬発の疾風、是、枷を捨て去る残像なり、流れの音を超えて進め、ボルテチノの四肢で、成果の道程を走るならば、闘争の汗は結晶となる……風術〝風道〟三の詩・ダッシュヴィエーチル」
風の力を纏い、ラウルスは全力で走る。
「……!」
ロルベーアを視線から外し、ラウルスは真っ直ぐとクオーレの元へ走った。
「む……?」
(ラウルス……⁉)
少し身を屈めると、ラウルスは早口で詠唱を口にする。
「水術〝霞道〟二の詩・デイドリーム」
ラウルスは自身の隣に分身を一人作り出すと、その分身にこれから読み上げるものとは別の詠唱を唱えさせる。
「抱け……平穏の理想、是、傍らの友を包む羽織なり、尖る狂気を躱せ、命を覆うは慈愛のケープ、真の愛を歌うならば、庇護の胸は装甲となる……風術〝天道〟一の詩・エアリアルメイル」
「……!」
(これは……)
分身が詠み上げた瞬間に、クオーレの全身を空気の保護膜が包み込んだ。
「昂れ……巨神の闘魂、是、雷雲が齎す剛力なり、覚醒の血肉に呼応して、纏う紫電のマキシマム、闘志の叫びを肯定するならば、神秘の血は進化となる……風術〝天道〟二の詩・トールフォース」
そして自身が唱えた魔法で筋力を向上させると、クオーレ目掛けて走る。
「先生……‼」
「……!」
ラウルスは全速力でのヘッドスライディングで一気にクオーレのもとへ接近すると、彼女を抱き抱えてロルベーアから一瞬で距離を取った。
「はぁ……」
ラウルスが着地すると同時に彼女の魔法は消滅した。
「成程な……。中々優秀な弟子だ……」
ほんの数秒の出来事だったが、ロルベーアは一部始終でラウルスの実力を推し量った。
(本人も気付いていないようだが、既にクオーレを大きく凌駕している……。真の脅威はあの娘と見て間違いない……)
ロルベーアを警戒しつつも、ラウルスはクオーレの顔を見下ろした。
「先生……酷い怪我……」
「……何故来たのです……ぁ……貴方は、彼はもう英雄ではなく……ただただ……い……異常な、殺人犯なの……よ……」
懸命に口を動かしていたが、クオーレは見るからに満身創痍だった。
「それでも、私は先生には死なないで欲しいです……」
ラウルスはクオーレを抱きながら、ロルベーアに鋭い視線を向けた。
「それに……、あの人を放っておいたら、きっと色々な人が不幸になりますよ、どっちみち……!」
ラウルスは瞳に闘志を込める
「先生、残った魔力は生命維持に使ってください……。私も、なるべく早く終わらせますから……」
「っ……」
クオーレは目を見開いた。逃げるように促した筈の弟子が、戦おうとしているのだ。
「ぁ……やめて……。貴方だけは……」
クオーレが言うと、ラウルスは彼女の唇に指を当てて彼女の発言を遮った。
「いつか……先生の事も守れるくらいまで……」
「……‼」
静かにそう言うと、ラウルスはゆっくりとクオーレの体を下ろし、ロルベーアに体を向けた。
「貴方は……どうして先生を……ッ⁉」
「フン……」
ラウルスが問うと、ロルベーアは少し不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「その女は、俺の敵だからだ……」
「そんな……どうして……ッ⁉」
ロルベーアはラウルスに剣を向けると、口を開く。
「邪魔をする者は、敵と見なす。誰であろうとだ……。それにその女は英雄の矜持を忘れた罪人だ。最早生きるに値しない……」
「英雄の矜持……?」
ラウルスは不快感を示す。言っている事がいまいちよく分からなかったが、自分達にとっては最悪なものでしかないという事は何となく理解出来たからだ。
「俺達はな……仲間を魔族に殺された事がある。〝心臓を貫かれて〟死んだのだ……。俺は奴等の首をあいつの墓前に花と一緒に供えてやるために戦い続ける事を誓った。それがあいつの人生に意味を与える行為なのだ!」
「……」
ラウルスはロルベーアの狂気に言葉を失ったが、彼は構わず続ける。
「その女はな……忘れていたよ。十四年前のあの日、一番泣いていた筈なのに……。そいつは、平和ボケして奴等との戦いを放棄したのだ……」
そこまで言うと、強烈な殺意を込めて剣先をクオーレに向けた。
「ッ……!」
「戦いを捨てた今、その女に生きる資格はない……!」
ロルベーアが攻撃の構えを取った時、ラウルスは、もう我慢できずに口を開いた。
「理解できない……」
「む……?」
ラウルスの言葉でロルベーアは動きを止める。
「貴方はこれから全ての魔族を殺しますか……? それとも、先生を殺そうとしているという事は、終戦を受け入れた人達をも殺しますか……? 貴方や先生、そして亡くなった貴方の仲間が齎した平和な時代を、貴方自身が壊すのですか……?」
「何……?」
ロルベーアの表情が明らかに変わったが、ラウルスは思っている事を全て吐き出す事にした。
「貴方は、その人が望んでいる事をしていると、本気で思っているのですか?」
ラウルスは鋭い視線をロルベーアに向けて言った。
「……」
「貴方は……」
ラウルスがもう一言言おうとした時、ロルベーアは何かを思い出したような表情で口を開いた。
「確か九年前も似たような言葉を聞いたな。俺と敵対した女が、俺に背を貫かれる前に言っていた……。そう言えばそれを言っていた女も、お前と同じような、白い髪の女だったな……」
「え……」
ロルベーアの発言にラウルスは硬直した。
「何故か今のお前のように毅然とした態度で俺に聞いてきた……。発言の内容はどうだってよかったが、重罪を犯しておいてそんな態度でいられた横柄さは癪に障ったぞ……」
「重罪……?」
(ラウルス……?)
ロルベーアに問うラウルスが握る手が少し震えている事にクオーレは気付いた。
「人間であるにも関わらず、魔族の子を孕んだ事だ……」
「ッ……⁉」
(まさか……)
クオーレとラウルスの顔に驚愕の表情が張り付いた。
「その顔は……そうか、お前はあの時の……」
ロルベーアの言葉にラウルスは息を呑んだ。
目の前にいたのは、五歳の時に彼女の人生を変えた男だった。
3
雪のように白い肌と頭髪を持つ少女は、同じく雪のように白い髪の女性と向き合っていた。女性の方は、息が上がっていて、身体が傷だらけだった。
「お母さん……」
少女が涙声で言うと、女性はゆっくりと口を開いた。
「真っ直ぐと……走りなさい……。村まで、決して振り返ってはいけないよ……」
「そんな……」
少女は大粒の涙を流して〝母〟と呼んだ女性を見つめた。
「ごめんね……」
力の入らない腕で思いきり少女を抱き締めると、女性は膨大な魔力で自身の周囲を包み込んだ。
「歩け……啓蒙の使者、是、我が至宝を護る尖兵なり、闇を欺き擦り抜けよ、受け継ぐ誇りのメモリアル、全てを貴方へ捧げるのならば、貫徹の魂は形見となる……光術〝星道〟終の詩・ライトシリウス」
直後、少女を光のマントが包み込み、静かに彼女の身体へ溶け込んでいった。それと同時に女性の周囲を包んでいた魔力は一切なくなっていた。
「……?」
何が起こったのか分からずに困惑する少女を、女性は静かに見つめる。
(私が死んでも、この魔法はこの子を守ってくれる……。それに、いつかこの子の才能を引き出してくれるかも……。この子は私の誇りであり、宝物だ)
少女の瞳の中で輝く〝快晴の空のような〟青いハートを見つめながら、女性は彼女が立派な成長を遂げた未来を確信しているかのように微笑んだ。
「さぁ……行って……。きっと、皆の幸せを守れる人間になりなさい……」
女性は少女の額にキスをすると、彼女に走るよう促した。
「っ……!」
少女は躊躇いを見せたが、〝母〟の笑顔を記憶に焼き付けて、やがて走り出した。
(貴方……ごめんなさい。この結末を貴方はきっと、納得しないでしょう……)
少しずつ小さくなっていく〝娘〟の背中を見送りながら、女性は自身の背に刺さる殺意を感じ取った。
(でも、最後に貴方が望んだとおりに生きたつもりです……。あの子と生きた時間は、私はとても〝幸せ〟だった)
「ラウルス……」
最後にそう呟いて、彼女は目を閉じ、自身を貫く刃を待った。
「……」
目の前を走る最愛の存在の足を止めないように、彼女は最後まで微笑んでいた。
「あの時の女が連れていた……」
ロルベーアが少し驚いたような表情でそう言うと、ラウルスも呟いた。
「よく覚えていなかった……。あの時は仮面に隠れていたし、私も必死だったから……」
「……!」
ラウルスの拳が震えている事にクオーレが気付いたのと同時に、ラウルスは真実に辿り着いた。
「そうか……貴方が、お母さんを……」
(駄目……ラウルス)
地面に這い蹲っているクオーレには、ラウルスの顔が見えなかったが、彼女の纏う雰囲気が変わっていくのは理解できた。
(それは駄目……怒りに任せて魔法を使っては……)
「……」
黙り込むラウルスには気にせずに、ロルベーアは続ける。
「あの時は……女を殺した直後に、魔王の仇討ちだったのかは知らんが、犬の耳を持った魔王軍幹部の弓使いとやり合う事になって逃がしてしまった……。しかしまさか、罪人の方から会いに来るとはな……」
ロルベーアは不敵に口角を吊り上げながら剣を構えると、強烈な殺意を練り上げた。
「……」
ラウルスは依然黙っていたが、少しずつ彼女の周囲を魔力が包んでいた。
「直ぐに地獄で会わせてやろう……。罪人の娘は、この場で殺す」
(下種……。ここまで堕ちたのね……‼)
クオーレがロルベーアを睨み付けると、ロルベーアは攻撃の構えを取った。
「お前もだ、クオーレ……。その娘を擁護するのならば、そいつ諸共始末して……」
狂気の笑みを浮かべながら、ロルベーアがそこまで言った時だった。
「光術〝光道〟一の詩・ポースオペラ」
一瞬のスピードでラウルスが魔法を発射した。
「何……ッ⁉」
予想外の攻撃にロルベーアは大きく体勢を崩した。
(いつ構え……いつ詠んだ……ッ⁉)
ロルベーアは驚愕の表情を浮かべ狼狽していたが、一番驚いていたのはクオーレの方だった。
(〝ポースオペラ〟だけじゃない……。今、〝ダッシュヴィエーチル〟で詠唱速度を上げて、〝ユートピアミラージュ〟で手元を隠していた……。ロルベーアに気付かれる事なく三つの魔法を、一切の無駄を出さずに……)
クオーレは、ラウルスがありえない程の速度で魔法を使った事を理解した。
(ラウルスの能力が大幅に強化されている……。この子の成長だけじゃない……。何か別の……)
「……‼」
(まさか……)
光に照らされてようやく見えたラウルスの表情を見て、クオーレは確信した。ラウルスの表情には、覚悟が現れていた。
(これは〝ライトシリウス〟……。自分の全ての魔力を代償に、対象とした者がその強い力を持つに値する程の存在となった時に発動する〝誰かのために使う〟強化魔法……。怒りや憎しみでは絶対に発動しないこの究極魔法が、今になって……)
「お母さん……」
(ラウルス……。貴方は彼をも赦すと……、それでも尚、お母様の矜持を守る事を選ぶのね……)
桁違いの魔力を纏う弟子の背を見て、クオーレは思わず笑う。
(夢を……貴方は……)
クオーレが見たのは、子猫のように付いて来ていた少女の姿ではなく、望むあり方に辿り着いた魔女の背だった。
「こいつ……ッ」
体勢を整え、ロルベーアは構える。其処には既に、本能から来る危機感のような物が現れていた。
「……確かに、怒っていないと言えば、嘘になります。でも、私は迷わない……。大切な人を喪った悲しみは、次にできた大切な人を守る糧になる。そして……、その糧で得た力は、誰かのための意思になる。その意思もまた……去っていった人達の代弁になる」
「何を……」
ロルベーアが上げた声を、ラウルスは静かに遮った。
「死んでいった人達が望んでいるのは、生きている人達の幸福だと……、私は思います。だから今はあくまで貴方を無力化する事で、これから貴方に壊される〝幸せ〟を守る事にします」
ラウルスは悪意のない、それでいて真っ直ぐな覚悟を灯した鋭い視線をロルベーアに向けた。
「〝敵対する事〟が〝貴方の戦い〟ならば、〝悪意に打ち克つ事〟を、〝私の戦い〟にします……。貴方の悪意をここで打ち負かし、誰かのために魔法を使える魔女になってみせる」
ステッキを構えて、ラウルスは微笑んだ。
「それが……、きっと旦那様が望んだ事ですよね……先生?」
「っ……!」
(ラウルス……)
「ぁ……りがと……ぅ……」
クオーレの目を見て、ラウルスは覚悟を決めて身構える。
「クソガキ……ッ‼」
黒い圧力を発して憤る黒騎士が、怒りに任せて吐き捨てた。
「私は、ラウルス。世界一の魔法使い〝硝子の魔女・クオーレ〟の意思を継ぐ者……。〝セルリアンハーツ〟の瞳に誓い、平和を壊す悪意を止める……ッ‼」
誇りを見失い憎悪に駆られた〝英雄〟に、少女は大声で啖呵を切った。
4
最大級の魔力とドス黒い殺意が激突する。
「暗黒……」
「光術〝光道〟一の詩・ポースオペラ」
ロルベーアの闇とラウルスの光がぶつかって、爆発を起こし相殺される。
「死ね……ッ!」
「……!」
煙幕を利用してロルベーアはラウルスとの距離を一気に詰めた。
「閃け……刹那の激流、是、魔影を切り裂く刀身なり、アナヒットの帰還を迎え、その戦争を終息へ、精神の流れに委ねるならば、守護の鱗は斬撃となる……水術〝水道〟二の詩・エイドスサーベル」
高圧水流の刃でステッキを覆うと、ラウルスは振り下ろされた剣を受け止めた。
「ッ……」
(なんて力……ッ)
「光れ……霊魂の灯火、是、悲劇を崩す爆破なり、憂鬱の夜を駆け抜けよ、俊足の回転は好機のチャリオット、生きる逃避を探るならば、反撃の額は火花となる……火術〝火道〟二の詩・ニトロルージュ」
「ぐ……⁉」
早口で詠唱を完了し、ラウルスは足元に起こした爆発でロルベーアの体勢を崩すと同時に、爆風を利用して後退した。
「っ……!」
ロルベーアの視線が一瞬、自身から外れた瞬間をラウルスは見逃さない。
「火術〝火道〟二の詩・ニトロルージュ」
同じ魔法で着地点を爆発させ、ラウルスは再びロルベーアに急接近する。そして、その数秒の間に別の詠唱も完了させた。
「築け……意地の堤防、是、覚悟で纏う外殻なり、コランダムの輝きを以て、定めた情熱で鎧を磨く、破壊の意思に抗うならば、不屈の骨は盾となる……土術〝岩道〟二の詩・ジュエルコート」
自身の靴底を石の塊で硬化して、勢いを乗せた蹴りをロルベーアに叩き込む。
「ぬぅ……ッ!」
ロルベーアが左手でそれを受け止めると、衝撃と共に籠手が砕け散った。
(中々やる……だが……)
「調子に乗るなクソガキがァ……‼」
ロルベーアが閃光のような横薙ぎを放つ。
「ッ……!」
ラウルスは咄嗟に硬化した靴底で攻撃を防いだが、超人的な腕力から生まれた衝撃を防ぎきれずに吹き飛ばされた。
「っ……」
ラウルスは着地するが、少しだけ足に痺れが残っていた。
(さっき受け止めた時よりも強かった……)
〝暗黒騎士の加護〟の性質を理解し、ラウルスは軽く身体を震わせた。
「次はこちらの番だ……」
ロルベーアは力を練り、再び横薙ぎの構えを取った。
「漆黒……」
ロルベーアが横薙ぎを放つと、その軌跡から半月型に巨大化した闇の衝撃波がラウルスを襲った。
「ッ……‼」
(この威力……、もう〝ポースオペラ〟では防げない……ッ‼)
「光術〝星道〟二の詩・ルスリゲル」
七本の光の槍を扇のように飛ばして衝撃波を相殺した。
「……!」
ラウルスは、煙幕が晴れた時にロルベーアが再び接近してくる事を警戒したが、ロルベーアの行動は真逆だった。
「漆黒……」
その場所から移動する事なく、彼は同じ行動を繰り返した。
「ッ…⁉」
(さっきよりも強力に……⁉)
「光術〝星道〟二の詩・ルスリゲル」
ラウルスは少し出力を上げて放ったが、それでようやく相殺できた。
(ダメージを受ける程能力が上がる……。もしかして〝それだけ〟ではない……?)
「……⁉」
三度、同じ構えを取るロルベーアの顔を見た瞬間、ラウルスは確信した。
「まさか……」
「漆黒……」
三度目の衝撃波は、今までの威力を軽く凌駕している事が見て分かった。
(間違いない……。彼は能力を使う度に……ッ‼)
ロルベーアは口から血を流していた。間違いなくそれは〝殺さないように〟戦っていたラウルスの攻撃による流血ではなかった。
「く……ッ‼」
〝死に近付く程、攻撃の威力が上がる性質〟と〝使う程、命を傷付ける攻撃〟の二つで一組の能力……それこそが彼の持つ〝暗黒騎士の加護〟であり、真の恐ろしさだった。
「ッ……‼」
「く……」
(まずい……ッ‼ 延長線上に先生がいる……ッ‼)
ラウルスは覚悟を決めてクオーレの前に立つ。
(この魔法は負担が大きいけど、やるしかない……ッ‼)
「ラウ……ルス……」
「先生は……私が守る……‼」
ラウルスは最大規模まで魔力を爆発させ、魔法を唱える。
「眠れ……怒気の武装、是、苦悶を拭う聖歌なり、望みの糸で明日を紡ぎ、流した泪へ贈るダイヤ、不屈の信念を汲むならば、献身の手は陣となる……光術〝星道〟五の詩・エードラムカノープス」
ラウルスとクオーレの周囲を、大きな魔力を宿した無数の光球が衛星のように回り、その軌跡がやがて層となってドーム型の領域を作り出した。
直後、ドームに衝撃波がぶつかったが、ドームの力が打ち克ち、二人を守った。
「面白い……」
ロルベーアはその光景を見ると、〝生存を計算から外す〟覚悟を決めて、今までで最も濃密な殺気を纏う。
「ならば、こちらも英雄の矜持を見せてやろう……ッ‼」
叫ぶと同時に、ロルベーアは大量の血を吐きながら、ひたすら剣を振り回した。
「常闇‼」
徐々に威力を増していく無数の闇の衝撃波がドームを襲う。
「っ……‼」
(絶対に倒れない……。私の覚悟を見せてやる……ッ‼)
死の圧力を孕んだ無数の衝撃を前にしても尚、ラウルスは闘志を燃やし続ける。
(……私も、どうにか……動かなければ……ッ!)
「……ゥルス……ッ」
その姿を見ながら、クオーレは限界を超えて震える身体に力を込め続けていた。
「ぐふ……ッ‼」
殺意と覚悟の攻防が暫く続いた後、ロルベーアは血を吐いた。
「思ったよりも粘ったな……」
「はぁ……はぁ……」
彼の目の前には、足を震わせながら息を上げる少女がいた。
「……」
ロルベーアは少しだけ朧げになった目で、彼女の背後の景色を見た。其処には血塗れの身体を震わせながら、やっと立ち上がったクオーレがいた。
(まさか……、本当にクオーレを守り抜くとは……)
「……見事だな」
ロルベーアは静かにそう呟くと、ゆっくりとラウルスに向かって歩き出す。
「……ッ‼ ……はぁ……はぁ……ッ‼」
それを見てラウルスは、震える手でステッキを構えて魔力で自身を包み込んだ。
「もういい……。ここまで俺を追い詰めた事は称賛に値するが、魔力が底を尽きつつある貴様に勝機はない」
ロルベーアの言う通りで、ラウルスは魔力の殆どを消費していた。全力で放った魔法で防いでも、ロルベーアの文字通り〝命を賭した〟猛攻は彼女に甚大な負担を与えていた。
「く……うぅ……」
少しずつ近付いて来る暗黒騎士を見据えながら、ラウルスは静かに思考を巡らせる。
(物凄い執念……。全力で戦っていたつもりだけど……、やはり〝限界を超えた〟相手には〝その程度〟では届かない……)
「っ……」
頭の中で結論を出すと、次にラウルスが選ぶ行動は一つしかなかった。
(ならば、私も限界を超えないと……。もうここまで来れば、私の中に残る全ての魔力を使い切る覚悟で……ッ)
「ッ……⁉」
ラウルスが覚悟を決めて深呼吸をしたのと同時に、ロルベーアの表情が変わった。
(こいつ……。まだやる気か……ッ⁉)
「クソガキ……」
ラウルスの周囲を魔力が包み込み、彼女の表情には揺るぎない程の闘志が宿っていた。
「水術〝霞道〟二の詩・デイドリーム」
直後、ラウルスの姿が四人に増える。そして、一人ずつが別々の魔法を唱え出した。
「肥えろ……豊穣の大地、是、既知の成長を促す土壌なり、痩せ行く冬を飛び越えて、切望の春に染まるエデン、香る緑に興ずるならば、眠る瞼は庭園となる……土術〝土道〟二の詩・ハーリーブランチ」
「何……⁉」
一人が魔法を唱えると、ロルベーアの足元の植物が急成長して蔓となり、彼の下半身を拘束した。
「留まれ……清流の記憶、是、確かな非力の抵抗なり、汲み上げた両手の雫に笑い、振り撒いた童心のスプラッシュ、弾けた輝石に見入るならば、繁吹きの眉は群れとなる……水術〝水道〟三の詩・クリアファントム」
「照らせ……晴天の残像、是、暗夜を晴らす朝日なり、導きの熱を呼び起こし、浮かぶ緋色のプロミネンス、敵意に抗い、前を向くならば、情熱の口は恒星となる……風術〝天道〟三の詩・ミニチュアサンライト」
一人が魔法を唱えると、もう一人も立て続けに魔法を唱えた。
「ッ……‼」
ロルベーアの周囲に水でできた無数の球が浮かんだのも束の間、太陽光の槍がそれら全てを貫いて蒸発させた。
(こいつ……まさか……)
ラウルスの考えを悟り、ロルベーアの表情に明らかな焦りの色が張り付いた時、
「火術〝火道〟二の詩・ニトロルージュ」
ラウルスの詠唱は完了した。
「貴様……ッ‼」
太陽光に熱されて水蒸気となった魔法に火が付き、巨大な爆発現象がロルベーアを包み込んだ。
「はぁ……はぁ……」
自身の分身の消滅を確認しながら、ラウルスはロルベーアの周囲を舞う土埃が晴れるのを待った。
「……!」
「ハァ……ハァ……」
視界が良好にになった瞬間、恐ろしい形相でこちらを睨み付けるロルベーアと目が合った。ラウルスの〝限界を超えた〟攻撃は流石に威力が桁違いだったのか、尚も〝殺さないように〟意識していた攻撃でも相当なダメージだったようだ。
「漆黒……ッ‼」
歯を食い縛りながら、ロルベーアは徐に横薙ぎの構えを取った。
しかし、彼の動きよりも先にラウルスは動いていた。
(今撃たせる訳にはいかない……ッ‼)
「光術〝光道〟一の詩・ポースオペラ」
「ッ……⁉」
ロルベーアが剣を振る前にラウルスの一番の得意魔法が彼の持つ剣を弾き飛ばした。
(一回だけでも〝あの魔法〟を使えるだけの魔力さえ残れば……、後はもう全部使ってでも彼に攻撃はさせない……ッ‼)
再び勝負を賭ける覚悟を決めると、ギリギリまで摩耗した残存魔力を無理矢理燃やしてラウルスは早口で魔法を唱えた。
「風術〝風道〟三の詩・ダッシュヴィエーチル」
瞬発力を上げて走り出す。ロルベーアとの距離を急速に縮めながら、ラウルスはひたすら魔法を唱え続けた。
「土術〝土道〟二の詩・ハーリーブランチ」
「風術〝風道〟二の詩・ターンアネモス」
「ぐ……貴様……ッ‼」
走りながら、確実にロルベーアの行動を縛る。
「っ……!」
そして、一気に彼との距離を詰めた。
(これで終わらせる……ッ‼)
「弾め……ッ‼」
ラウルスが彼の意識を刈り取る為の魔法を唱え始めた時だった。
「馬鹿が……ッ‼」
ロルベーアは確かに口角を吊り上げた。
「ッ……⁉」
その今の状況に不相応な反応にラウルスの動きが硬直した一瞬……
(しまっ……)
その一瞬を見逃さずにロルベーアが握っていた拳を開く。
「暗闇‼」
直後ラウルスを大きな衝撃が襲った。
5
「きゃああああああッ⁉」
悲鳴と共にラウルスの身体が宙を舞った。
「ん……?」
魔力を纏いながら地面に叩きつけられたラウルスを見てロルベーアは少しだけ声を上げた。
「土術か何かか……? 咄嗟に魔法で防いだのか……。つくづく驚かせてくれる……」
ダメージに耐えられずにボロボロになった鎧の上半身を拳で叩いて破壊しながら、ロルベーアは言った。
「く……うぅ……」
「だがどうやら……、もう抵抗できないようだな……」
うつ伏せに倒れて顔を顰めるラウルスを見ながら剣を拾い上げると、ロルベーアは再び彼女のもとへゆっくりと歩き出した。
「うぅ……」
少しずつ彼我の距離が縮んでいるが、ラウルスは身体を動かす事が出来なかった。
「さて、もう終わりにしよう……」
「ッ……!」
そして、ラウルスがやっと顔を上げた時、ロルベーアが目の前にいた。
「随分と……死に近付いたが、おかげで貴様を始末するだけの力は十分溜まったぞ」
口元から血を流しながら、ロルベーアは手に持つ剣に殺意を込めた。
「さぁ死ね……」
「っ……‼」
刀身に闇の力が集まり、明らかな〝死〟を纏った一撃がラウルスに向けられていた。
「ぅ……」
「屍……」
殺意の刺突がラウルスの命を貫かんと放たれる。
「っ……!」
ラウルスは目を閉じ、唇を噛んだ。
「……」
ラウルスの成長を見た時、自分の役目が終わったと思った……
「……」
苦手だった土術だけではなく、からきしだった火術までも使い熟した姿は、弟子になってすぐの頃からでは想像もつかない程の成長が見て取れた。
「……」
そして〝ライトシリウス〟に認められ、ロルベーアをも追い詰める程の力を身に付けたのを見た時は、誇らずにはいられなかった。
(この子はきっと……いいえ、もうこの子は立派な魔女になった)
「……」
だから、最後に自分がやらなければいけない事があるのだと、勝手に身体が判断していた。
「……」
それに気付いた時には既に、残り僅かだった魔力が燃え上がっていた。
「紡げ……」
そして、自然と口が動いていた。
「お前……ッ!」
「……?」
何処か驚いたようなロルベーアの声に、ラウルスは目を開けた。
(何が……?)
そんな疑問を抱いて見上げた光景に、
「え……」
ラウルスは凍り付いた。
「水術……〝霞道〟い……一の詩・ユートピア……ミラージュ……」
ラウルスとロルベーアの間に、いつの間にかクオーレが立っていた。
「ぅ……がぁ……ッ」
しかし、異常なのはクオーレの胸から血に塗れた剣が飛び出していて、彼女が今にも死にそうな顔で血を吐いている事だった。
「先生……?」
「ラウルス……貴方の想いを踏み躙ってしまうようで悪いけれど……、もう、彼は手遅れね……。生きている限り……災厄しかない……。貴方は悪くないし、気にしなくていい……。ただ、彼は命ある限り、貴方の未来を滞らせる……」
静かに、クオーレが話し始める。
「……何があっても貴方の未来だけは……。大丈夫……、貴方に人は殺させない……。汚れた部分は、私が背負ってあげるから……」
明らかに致命傷を負っているが、クオーレは何事もなかったかのように微笑んでいる。
「クオーレ……貴様……」
(剣が抜けん……)
クオーレは自身の胸から飛び出した刃を左手で強く握り締めていた。
「先生……ッ! 何で……ッ⁉」
(完全に致命傷だわ……、このままだと、先生が死ぬ……ッ!)
「これでいい……これ以上……私の大切な人は奪わせないわ……。もう、〝置いて行かないで〟って……言ったものね……」
「先生……何を……」
ラウルスは未だに混乱していたが、クオーレは構わずに魔力で全身を包み込んだ。
「ッ……⁉」
ロルベーアは剣を手放し、その場を離れようとしたが、既にクオーレは〝ハーリーブランチ〟でロルベーアをその場に縛り付けていた。
「この……、貴様……ッ‼」
「貴方はやり過ぎたわ……。もう、剣を手放すのが皆の為……。安心なさいな……。ヴェールじゃなくて貴方と一緒なのは少し不愉快だけれど、私も一緒に逝ってあげるわ……」
そう言って微笑むクオーレの左手のステンドグラスが常時輝いていた。
「先生……そんな……」
「……」
涙に濡れる眼で見つめてくる愛弟子にクオーレは満面の笑顔を向けた。
「貴方が覚悟を決めたんだもの……。私だって戦わないと……。私は、〝世界一の魔法使い〟だものね……。私も、恐怖に怯えるのはやめる事にするわ……」
「あ……」
ラウルスの頬を撫でて、クオーレは魔法を唱えた。
「染まれ……破滅の虚像、是、悲劇に殉じた宿命なり、我で染め上げ侵略せよ、その運命は強制のシンメトリー、縋る悲願を捨て去るならば、軋轢の身体は同体となる……虹術〝鏡道〟終の詩・エリダシュピーゲル」
クオーレが詠唱を終えた瞬間、ラウルスには、一瞬だけ彼女の身体が透明になった気がした。
(何をしたの……?)
ラウルスがそう思った瞬間、瞬く間に変化が現れた。
「ぐ……うおぉ……ッ⁉」
ロルベーアが困惑と苦悶の声を上げて震えた。
「っ……‼」
突然ロルベーアの脇腹が抉れた。
続けて、体中に無数の打痕が現れ、腹部かから大量に血が流れ出した。
そして、左手に大きな穴が開いた。
「これは……まさか……」
ラウルスが目を見開くと同時、最後にロルベーアの胸に、まるで〝剣で貫かれた〟かのような穴が開いた。
「ぐ……ガハァ……ッ⁉」
まるで透写したかのように、クオーレと全く同じ傷を負ってロルベーアは膝を突いた。
「勉強になったでしょう……?」
「こんな筈じゃなかった」とでもいうような表情で血を吐くロルベーアに向かってほくそ笑むと、クオーレも糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。
「先生‼」
慌てて彼女の身体を受け止めると、ラウルスは息を呑んだ。
(魔力がもう殆ど……)
クオーレは生命維持に使う為の魔力をも使って魔法を唱えていたようで、既に命は風前の灯火だった。
「先生……どうしてこんな事を……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらラウルスが叫ぶと、クオーレは静かに微笑んだ。
「……先生……、だもの……」
「そんな事……ッ‼」
ラウルスが唇を噛んで、クオーレの手を握った時、
「ッ……⁉」
依然強烈な圧力を放つドス黒い殺意を感じ取った。
「貴方は……本当に……ッ‼」
ロルベーアがふらふらと立ち上がり、ラウルス達を睨み付けていた。
「もういい……。俺は助からないが、お前達もだァ……ッ‼」
「うぅ……」
大量に血を流しながらゆっくりと歩いて来るその姿に、ラウルスは戦慄した。その姿は最早〝英雄〟のそれではなく、ただただ異常なバケモノだった。
「死なば諸共、俺の全ての力を以て、お前達を殺してやる……、殺してやるぞ……罪人共ォォオオッ‼」
憎悪に満ちた慟哭を吐き散らかしながら、ロルベーアは力を込めた。
「暗黒星雲……ッ‼」
直後、ロルベーアを中心に膨大な闇の力の爆発が起こった。
「ッ……‼」
ラウルスはクオーレの身体を抱いて目を閉じた。
6
「水術……特に〝霞道〟が得意なのか……。普段は専ら虹術を使っているから、あまりピンとは来ないけど……」
モノクルを着けた青年が言うと、トパーズのような瞳の女性は静かに笑った。
「ええ、どんなに凄い技術を持っていたとしても結局は基礎に助けられるというものですから……。そういった意味では、これは私が一番愛用している魔法という事になるでしょうか……」
「そうなのか」
モノクルを着けた青年が言うと、女性は少しわざとらしい笑顔で言った。
「シルフィーさんは〝精霊さん達〟の力を使わなければヒョロヒョロの運動音痴なんですから、使ってみたら意外と助けられるのではないですか?」
「本当に、君は可愛くないな……」
青年は苦笑いを浮かべて言った。
「しかし、まぁ……」
くすくすと笑いながらその場を離れる女性を見ながら、青年は静かに呟いた。
「覚えておこう……」
「静寂……」
爆発に包まれる直前に、ラウルスはそんな言葉を聞いた気がした。
「え……?」
そして、煙幕が晴れた瞬間に驚愕の声を上げた。
(な……何ともない……⁉)
ロルベーアの最期の自爆攻撃を前に死を覚悟した筈だったが、ラウルスも彼女が抱く師もその攻撃を一切受けていなかった。
「どうなって……」
ラウルスが困惑していると、彼女のすぐ近くからロルベーアの声がした。
「ぐ……おぉ……」
「……‼」
生きてはいたが、その身体は石炭のように黒ずんでひび割れていた。声も邪悪な圧力は微かに感じられたが随分と弱々しい。何故生きているのかが不思議なくらいだった。
(だから……自爆攻撃自体は本当に使われている……。なのにどうして……)
何が起こったのかが分からず、ラウルスは混乱したが、ロルベーアの発言が答えを明確にした。
「シルフィー……貴様……ッ‼」
「っ……⁉」
彼の視線の先には、以前王都で会った男がワンドを手に魔力を纏って立っていた。
「クオーレの言う通り……〝霞道〟が役に立った。最後まで君に気付かれずにここまで来る事が出来たからな……」
シルフィーはラウルスが抱く女性を見ながらロルベーアに言った。
「ッ……! まさか、貴様〝静寂〟を……」
ロルベーアが言うと、シルフィーは軽く頷いて話し出す。
「その通り。全ての属性による事象を無効化した。君の闇の力を帯びた爆発は不発に終わり、そこの二人を巻き込んだ自爆攻撃は只の無意味な自殺行為となった」
「ぐ……」
直後ロルベーアは力なく崩れ落ちた。
「しかし、何故だ……あれ程の負傷で、貴様は何故動ける……ッ⁉」
「フン……」
ロルベーアの問いにシルフィーは鼻を鳴らすと、ラウルスの方を見た。
「言っただろう? 〝霞道〟が役に立ったとな……。そこにいるクオーレの弟子が〝君に会う前に〟使った〝霞道〟が、僕の命を繋ぎ、お前を追い詰めた」
「……?」
シルフィーの発言にラウルスは首を傾げたが、シルフィーの後ろに立つ存在で、疑問が解けた。
「あ……!」
「私がシルフィーを治したのよ」
そう言って、彼の後ろから現れたのはリジェだった。
(……届いたんだ!)
ラウルスは彼女の姿に全てを理解した。
「何故……君がここにいる……⁉」
仰向けで倒れるシルフィーの目の前には、息を切らしたリジェがいた。
「ラウルスちゃん……と言っても分からないか……。クオーレの弟子に呼ばれたのよ」
「ど……どういう事だ……⁉」
シルフィーは困惑の声を上げるが、リジェも同じだった。
「こっちが聞きたいわよ。何で貴方がここにいるのよ……⁉ 私はラウルスちゃんの〝デイドリーム〟にクオーレの身が危ないから助けに来て欲しいと頼まれただけよ……!」
「……⁉」
「何だと……」
「シルフィーから事情は聞いた。貴方の暴走とクオーレ達の危機をね……。ラウルスちゃんは貴方の事を知らなかったみたいだけど、単純に〝クオーレが何かに巻き込まれているかもしれない〟という危機感で私宛に〝デイドリーム〟を飛ばしたのよね……。貴方がシルフィーを殺さないで放っておいた、ラウルスちゃんがクオーレを救おうと〝霞道〟を使った、そんな多くの要素が、結果的に貴方を追い詰めた……」
「リジェさん……」
「ぐぉお……」
ロルベーアが唸り声を上げた時、シルフィーは彼の目の前まで歩み寄った。
「諦めてゆっくりと眠るんだな……。時代を履き違えた馬鹿者が……、そんな奴が未だにしがみ付いていたらヴェールも迷惑だ」
「ふざけ……ッ」
シルフィーの挑発染みた言葉にロルベーアが憤慨した瞬間、いきなり彼の最期の時が訪れた。
「ーッ……」
既に限界を迎えていた〝身体の形をした石炭〟が、急な動きに耐えきれずにボロボロと崩れた。地を踏み締めようと力を入れた足は砕け散り、目の前の敵を掴もうと伸ばした腕は捥げた。それを皮切りに大量の亀裂が一瞬で全身を蝕み、ロルベーアの命は粉微塵となって消滅した。
「醜いわね……」
リジェは静かに言うと、直ぐに視線をラウルスの方へ向けた。
「さぁ、ラウルスちゃん……クオーレは、どうかしら……」
「……!」
目の前で起こった急な決着に呆気に取られていたラウルスの意識が、一気に正常になった。
「リジェさん……ッ! 先生が……!」
7
クオーレの姿を見て、リジェは顔を顰めて俯いた。
「心臓が貫かれている……。駄目だわ……ここまでの負傷は私でも治せない。魔力が尽きたら、クオーレは死ぬ……」
「ッ……!」
リジェの言葉にラウルスは言葉を失った。
「……」
シルフィーも目を閉じて拳を握っていた。
一秒一秒が永遠に感じるような、まるで氷河のような時間の中で、三人は佇んでいた。
「先生……」
そして、力のない声でラウルスがやっとそれだけを口にした時、
「……ラウルス」
「っ……‼」
クオーレは微かに目を開け、彼女の名を呼んだ。
「先生……!」
思わず涙目で叫ぶラウルスにクオーレは笑顔を向けた。
「泣かないで……。最後はよく見えなかったけれど、感じるわ……ロルベーアの悪意に克った。貴方は……間違いなく〝誰かの幸せを守る為に〟魔法を……使った……」
口から血を流しながら、クオーレは微笑んでいた。
「免許皆伝ね……私がいなくても、貴方はもう……立派な……」
「嫌です……ッ‼」
ラウルスが叫ぶがクオーレは気にしない。
「これも何かの因果かしら……ヴェールと同じ場所……それに、私は愛する人の……腕の中……、ヴェールも……こんな気持ちだったのなら……嬉しい……な……」
「そんな……満足そうな顔しないでください……!」
ラウルスが叫ぶと、クオーレは左手で彼女の頬を撫でて言った。
「少しだけ……魔力が、残っている……。ラウルス……最後にいいかしら……?」
「最後……なんて……」
泣きじゃくるラウルスの唇を指で押さえると、クオーレは言った。
「もしも、その魔力の量で使えるのならば……最後に……見せて……貴方の〝虹術〟を……」
「……!」
ラウルスが目を見開くと、クオーレは静かに笑った。
「最終試験……」
「……」
言いたい事が沢山あったが、その笑顔を見て、ラウルスの選択肢は決められた。
「はい……」
「いい子ね……」
ラウルスは涙を拭って笑顔を作ると、普段通りの挙動で口を開いた。
「私の作った虹術は、無から花を咲かせる魔法です。〝破壊術〟ではない魔法を作りました。何の役に立つかは分からないけれど、私は、魔法で皆を幸せにしたいから……」
「本当に、驚かせてくれますね……やっぱり貴方は……素晴らしい」
クオーレもまた、普段彼女と接するように笑うと、彼女の姿をじっと見た。
「いきますね……?」
ラウルスは力の限りクオーレの身体を抱きながら、魔力で周囲を包み込んだ。
「芽吹け……生命の祝福、是、笑みの彩る天恵なり、賛辞に満ちる光を抱いて、楽園の懸け橋に香るローレル、善意に意義を見出すならば、名誉の歌は正義となる……虹術〝命道〟一の詩・テソロヴィアツァ」
ラウルスが詠唱を終えると、クオーレの周囲に色とりどりの花が咲き始めた。
「……!」
暖かな光に包まれながら、周囲が命の色に染まった時、最初に奇跡に気付いたのはシルフィーだった。
「これは……まさか……」
その声を聞いて、リジェもある変化に気付く。
「信じられないわ……。こんな魔法が……」
この瞬間、驚くべき事が起きていたが、ラウルスはまだ気付いていなかった。
「ラウルス……これは……!」
そして、クオーレが上げた驚愕の声で、ようやく、彼女は理解した。
「え……」
自身が抱く存在が、大きく目を見開いていた。生気を失って傷だらけだった顔が、本来の美しさで溢れていた。
「先生……傷が……」
(この魔法に、そんな性能があったなんて……)
彼女達の周囲の景色が、戦いの影響を忘れる程大きな花畑に変貌した時、死にゆく運命に晒された命が戻って来ていた。
「クオーレの傷が、心臓が、完治している……。これは……、人の怪我を治す新たな魔法だわ……‼」
リジェが叫ぶと同時に、クオーレは立ち上がった。
「……ッ‼」
「先生……」
何の苦痛もなく、何事もなかったかのようにそこに立つ彼女の姿に、ラウルスも立ち上がった。
「ラウルス……貴方は……」
「先生‼」
彼女の反応を待てずに、次の瞬間にはラウルスは彼女に思いきり抱き付いた。
「奇跡だ……ッ‼ 今、魔法の歴史が変わったぞ‼」
シルフィーが声を上げたと同時に、クオーレもラウルスを思いきり抱き締めた。
「貴方は……私の誇りです」
「先生……先生……‼」
つい先程まで殺意と血の匂いに穢れていた地が、今、歓喜と笑みで潤っていた。その奇跡のような時間を、静かに咲う花々の香が祝福していた。
魔法大会が翌日に迫った今夜、ラウルスは全ての修行を終了させた。
8
「むぐっ……⁉」
少しの窮屈さと息苦しさで目を覚ます。ラウルスがいたのはクオーレの腕の中だった。
「……」
彼女の胸に顔を埋めて、ラウルスは彼女の体に抱き付いた。
「今日は……、抜け出さないの……?」
「……!」
自身の目線より少しだけ上の位置から声を掛けられる。
「あと、五分だけ……いいですか?」
「だめよ……。今日は、大事な日なんでしょう?」
そう言って、自身を抱く女性に頭を撫でられる。
「はい……」
不思議と目頭が熱くなったが、少しだけ微笑んで、ラウルスはその腕を解いた。
準備を終えて箒を出すと、白い頭髪を静かに風が撫でた。
「……」
ラウルスはフードを被って深呼吸する。
「緊張している……?」
「先生……」
声のした方を振り返ると、クオーレが静かに微笑んでいた。
「いいえ、楽しみです。どんな結果で終わっても、先生の弟子として出場した事を、私は一生誇る筈ですから」
「うん……」
ラウルスの返答に頷くと、クオーレは徐に彼女の胸元に何かを着けた。
「……!」
「卒業おめでとう」
それは、魔法使い最高の〝魔女〟の称号を得た者に贈られるブローチだった。それが渡されるという事は、正真正銘、ラウルスがクオーレのもとから巣立つ瞬間が来たという事だった。
「先生……ッ! ありがとう……ございました……」
「笑って……? そんな顔されると、私にもうつってしまいます……」
少し腫れた目元を左手の影で隠すと、クオーレはいつもの調子に戻ってラウルスの頭を撫でた。
「リジェちゃんとシルフィーさんも呼んで、応援に行きますからね。いつも通り、貴方らしく……頑張って来なさい」
そう言って、クオーレはラウルスを抱き締めた。
「はい」
不意に零れた涙を拭ってそう答えると、ラウルスは彼女に一礼した後、箒に腰を掛けて飛び上がった。
「行って来ます!」
白いローブと美しく光る魔力に身を包んだ少女の弾けるような声が、森の風に乗って木霊した。
第六章 「快晴の心と命の詩」
1
「……!」
大きな魔力を感じ取り、目を覚ました者がいた。
「ハァ……ハァ……」
息を上げながら仰向けになると、その男はようやく意識を正常にする。
(まだ……生きているぞ……)
ひび割れ、用途を失ったモノクルを投げ捨て、シルフィーは体を動かそうとした。
「ぐ……ッ⁉」
しかし、身体を起こそうとすると腹部が突っ張り、思うように動けなかった。
(最大出力の結界を纏っていたおかげで、辛うじて生きていたはいいが……)
「ぐ……身体が、動かん……ッ」
ギリギリの範囲で命を繋いでいたシルフィーには、これ以上動く事は不可能だった。
「クソッ……」
(動ければ、状況を変えられるかもしれないのに……ッ)
歯を食い縛りながら、シルフィーが唸っていると、
「……!」
「え……」
彼の近くに誰かが近付いて来ている事に気が付いた。
「何故……君がここにいる……⁉」
シルフィーは目を見開いた。
一切の容赦もなく、クオーレはロルベーアに全力で魔法をぶつけていた。
「燃えろ……猛進の刺突、是、死地を抉る尖塔なり、死にゆく御霊を抱き、赦しの鮮血を啜るミゼルコリデ、滾る勇気を握るならば、天使の翼は弾丸となる……光術〝星道〟四の詩・リュミエールベガ」
ロルベーアの足元から、強力な閃光の柱が天へ向かって伸びた。
「……」
ロルベーアはそれを最低限の防御の構えだけを取って真正面から受けた。
「む……?」
光が止むと、ロルベーアの目線からクオーレの姿が消えていた。
「水術〝霞道〟だったか……」
ロルベーアは周囲を軽く見回すと、目を閉じた。一度深呼吸をして、クオーレのアクションを待つ。
「震えろ……地核の産声、是、怒気の罵倒を遮る絶叫なり、終末の衝突を叩き込め、魂に込めるはガイアの激震、正しさで武器を振るうならば、自信の拳は震源となる……土術〝土道〟一の詩・フレイルアース」
死角から、クオーレが地面を殴ると、ロルベーアの周囲を大きな衝撃が襲った。
「……!」
揺れる地面に立ちながら、ロルベーアはクオーレが立て続けに詠唱を唱えている事に気付いた。
「回れ……凝視の旋風、是、疾走を阻む無情の牢獄なり、刮目の圧で縛れ、敵意を包むは堅牢なるジベット、心の疼きを受け入れるならば、慟哭の声は拘束となる……風術〝風道〟二の詩・ターンアネモス」
「……」
ロルベーアの周囲が、暴風の牢獄に包まれた。
(退路を塞ぎ、一気に決めるつもりか……)
「水術〝霞道〟二の詩・デイドリーム」
「……!」
牢獄の中に五人のクオーレが入って来たのを見て、ロルベーアは少しだけ笑った。
「面白い……」
五人の分身達が詠唱を唱え始めると、ロルベーアは剣を構え、次の攻撃に備えた。
「光術〝星道〟二の詩・ルスリゲル」
五人のクオーレが同時に詠唱を唱え、一瞬で牢獄の中は眩い程の閃光に包まれた。
「……」
その様子を少し離れた位置から、クオーレは見ていた。
(ロルベーアは〝聖騎士の加護〟で負傷する程に頑丈になっていく……。何とか隙を作って、〝鏡道〟を……)
「揺らげ……」
クオーレが勝負を決めるべく、詠唱を始めた時だった。
「そこか……」
光の中から強烈な殺意と共にロルベーアの声がした。
「ぐぁ……ッ⁉」
一瞬だった。気が付いた時にはクオーレは脇腹を抉られていた。殺意に満ちた闇の衝撃波が、暴風の壁をも突破してきたのだ。
「く……ッ⁉」
クオーレが膝を突くと、ロルベーアを包囲していた魔法は解除された。
「ふぅ……」
鎧の埃を掃いながらロルベーアが姿を現した。中々に負傷はしているようだったが、あまり気にしていなかった。
「さて、こちらの準備は出来たが……」
剣を向けてロルベーアはクオーレを見据える。
「ぅ……がァふッ⁉」
傷はかなり深く、脇腹を抑えた瞬間にクオーレは血を吐いた。
「随分と狙いやすくなったな……?」
「くっ……」
脂汗を流しながら睨み付けるクオーレをよそに、ロルベーアは攻撃の構えを取った。
「では、今度はこっちの番だ……。行くぞ」
「……ッ!」
自身に向けられた剣先が、より濃密な殺意を放っていた。
「コォォォオオオ……」
精神を集中し、力を練るロルベーアがどんどんと〝死〟の圧力を纏っていく。
「ぐ……」
負傷によって思うように動かない身体を生存本能で無理矢理操って立ち上がると、クオーレは声を絞り出す。
「聳え立て……大いなる城塞、是、戦火を塞ぐ巨石なり、不屈の精神を熾せ、庇護に殉ずるはアルマースの矜持、守る大義を欲するならば、不退転の背は神器となる……土術〝岩道〟一の詩・ゴルドメガリス」
目の前に巨石の壁を出現させて、クオーレはロルベーアの攻撃に備えた。
「暗黒……」
剣先から放たれた闇の衝撃波が軌道で地盤を抉りながらクオーレを襲った。
「ッ……⁉」
直後、予想外の威力に耐えられずに破壊された巨石ごとクオーレは吹き飛ばされた。
「ぐはぁあ……ッ⁉」
何度か地面をバウンドし、クオーレは叩き付けられる。
「ぐ……ぅ……」
破壊された巨石の破片に全身を打たれ、クオーレは体中から出血していた。
(数か所骨が折れて……、右の肺にも穴が開いている……。それに、腎臓も一つ潰れている……)
「がぁ……あ……」
体中を支配する悶絶する程の痛みに、クオーレは体を動かせなかった。
(でも、一番驚くべき事は……)
「な……何て威力……ッ!」
攻撃が直撃した腹部からは、破片による負傷とは比にならない程出血していた。
「今の俺は、死に近付く程攻撃の威力が上がる……。これが、俺があの時から進化させた〝暗黒騎士の加護〟だ」
クオーレがのたうち回っている間に、彼女の目の前まで歩いてきたロルベーアがそう言った。
「お前は〝聖騎士の加護〟を警戒して徐々に魔法の威力を上げていたようだが、それが逆に俺への助力になっていたという事だ」
「くっ……!」
ロルベーアが話している間にクオーレは身体を起こそうとしたが、力が殆ど入らなかった。
「もういい……」
そう言うと、ロルベーアはクオーレの左手に深々と剣を突き立てた。
「ぐあああああぁぁぁぁぁあああああッ‼」
利き手を潰されクオーレは悲鳴を上げる。
どんどんと大きくなっていく絶叫とは対照的に、彼女を包む魔力は徐々に弱まっていった。
「あ……ぐぅ……ッ」
「お前の負けだ」
左手を押さえ蹲る彼女を見下ろしながら、ロルベーアは剣を振り上げた。
「ッ……」
最早、クオーレには痛みと消耗で朧げになる視線で、それを見上げる事しか出来なかった。
「先生……ッ‼」
「……!」
そんな時に、周囲に響いた声で、ロルベーアの動きが止まる。
「ッ……⁉」
そして、満身創痍だったクオーレの意識も一瞬で正常になった。
(どうして……⁉)
クオーレの目線の先には、必死の形相でこちらへ駆けてくる弟子の姿があった。
「ラウルス……⁉」
クオーレは困惑の声を上げた。
2
「父は私が母のお腹にいた時に亡くなったそうです」
ラウルスがそう言うと、クオーレは少しだけ顔を強張らせた。
「そう……」
「母も私が五歳の時に、殺されました。終戦してあまり時間が経っていなかったからなのか〝魔族の子を孕んだ者は人間とは見なさない〟という考え方を持った人に……」
終戦後、魔族が降伏してから暫くの間は、彼等を受け入れる事に抵抗を示す人間が一定数いた。
「嫌な事を、聞いてしまいましたね……」
クオーレが申し訳なさそうに見つめると、ラウルスは首を振った。
「恨んでいないと言えば、嘘になります。母は村の人達から慕われていたし、何も悪い事なんかしていませんから……。でも、母は父と真剣に恋をして私を産んだらしく、その事を後悔していないと言っていたんです。例え誰かの反感を買っていたとしても、私を愛して守ってくれていた母の優しさと生き方を否定している事になりそうだから……私は仇を討とうだなんて思いません……」
ほんの少しだけ複雑そうな表情を浮かべながらも、一切の憎悪を纏わずに笑うラウルスを見て、クオーレも控えめに微笑む。
「強いのね……」
過去の記憶に残してきた、しこりのようなものを感じながらクオーレはそう呟いた。
「何故来たのです……ッ⁉」
森から遠ざけた筈の弟子が目の前にいるという状況に、クオーレは思わず叫んだ。口中が血の味がして肺が痛んだが、この声だけはかなり鮮明に出せた。
「ほう……? あの娘は……」
ロルベーアはクオーレへの関心をなくし、ラウルスを見据えた。
(駄目……逃げなさい……ッ‼)
「ぅ……ぐはぁ……ッ⁉」
大声で叫ぼうとしたが、思い浮かべた言葉が言えずにクオーレは大量に血を吐いた。
「ッ……⁉」
その光景が、ラウルスの選択肢を奪った。
「……」
ラウルスは目を見開き、深呼吸する。その瞬間、ラウルスの周囲を膨大な魔力が包み込んだ。
「ほう……」
その光景にロルベーアは少しだけ口角を吊り上げた。
「さっき感じた桁違いの魔力はクオーレのものではなかった……。そうか……お前がそうか……」
「何の事かは分からないけれど、先生から離れてください……‼」
ステッキを構え、ラウルスはロルベーアを睨み付けた。
(逃げて……ッ‼)
「ガッハ……ッ⁉」
「先生……ッ」
ラウルスは絶叫しながら走り出した。
「……」
それを見てロルベーアは剣を構えたが、ラウルスは構わず詠唱を唱える。
「浮かべ……瞬発の疾風、是、枷を捨て去る残像なり、流れの音を超えて進め、ボルテチノの四肢で、成果の道程を走るならば、闘争の汗は結晶となる……風術〝風道〟三の詩・ダッシュヴィエーチル」
風の力を纏い、ラウルスは全力で走る。
「……!」
ロルベーアを視線から外し、ラウルスは真っ直ぐとクオーレの元へ走った。
「む……?」
(ラウルス……⁉)
少し身を屈めると、ラウルスは早口で詠唱を口にする。
「水術〝霞道〟二の詩・デイドリーム」
ラウルスは自身の隣に分身を一人作り出すと、その分身にこれから読み上げるものとは別の詠唱を唱えさせる。
「抱け……平穏の理想、是、傍らの友を包む羽織なり、尖る狂気を躱せ、命を覆うは慈愛のケープ、真の愛を歌うならば、庇護の胸は装甲となる……風術〝天道〟一の詩・エアリアルメイル」
「……!」
(これは……)
分身が詠み上げた瞬間に、クオーレの全身を空気の保護膜が包み込んだ。
「昂れ……巨神の闘魂、是、雷雲が齎す剛力なり、覚醒の血肉に呼応して、纏う紫電のマキシマム、闘志の叫びを肯定するならば、神秘の血は進化となる……風術〝天道〟二の詩・トールフォース」
そして自身が唱えた魔法で筋力を向上させると、クオーレ目掛けて走る。
「先生……‼」
「……!」
ラウルスは全速力でのヘッドスライディングで一気にクオーレのもとへ接近すると、彼女を抱き抱えてロルベーアから一瞬で距離を取った。
「はぁ……」
ラウルスが着地すると同時に彼女の魔法は消滅した。
「成程な……。中々優秀な弟子だ……」
ほんの数秒の出来事だったが、ロルベーアは一部始終でラウルスの実力を推し量った。
(本人も気付いていないようだが、既にクオーレを大きく凌駕している……。真の脅威はあの娘と見て間違いない……)
ロルベーアを警戒しつつも、ラウルスはクオーレの顔を見下ろした。
「先生……酷い怪我……」
「……何故来たのです……ぁ……貴方は、彼はもう英雄ではなく……ただただ……い……異常な、殺人犯なの……よ……」
懸命に口を動かしていたが、クオーレは見るからに満身創痍だった。
「それでも、私は先生には死なないで欲しいです……」
ラウルスはクオーレを抱きながら、ロルベーアに鋭い視線を向けた。
「それに……、あの人を放っておいたら、きっと色々な人が不幸になりますよ、どっちみち……!」
ラウルスは瞳に闘志を込める
「先生、残った魔力は生命維持に使ってください……。私も、なるべく早く終わらせますから……」
「っ……」
クオーレは目を見開いた。逃げるように促した筈の弟子が、戦おうとしているのだ。
「ぁ……やめて……。貴方だけは……」
クオーレが言うと、ラウルスは彼女の唇に指を当てて彼女の発言を遮った。
「いつか……先生の事も守れるくらいまで……」
「……‼」
静かにそう言うと、ラウルスはゆっくりとクオーレの体を下ろし、ロルベーアに体を向けた。
「貴方は……どうして先生を……ッ⁉」
「フン……」
ラウルスが問うと、ロルベーアは少し不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「その女は、俺の敵だからだ……」
「そんな……どうして……ッ⁉」
ロルベーアはラウルスに剣を向けると、口を開く。
「邪魔をする者は、敵と見なす。誰であろうとだ……。それにその女は英雄の矜持を忘れた罪人だ。最早生きるに値しない……」
「英雄の矜持……?」
ラウルスは不快感を示す。言っている事がいまいちよく分からなかったが、自分達にとっては最悪なものでしかないという事は何となく理解出来たからだ。
「俺達はな……仲間を魔族に殺された事がある。〝心臓を貫かれて〟死んだのだ……。俺は奴等の首をあいつの墓前に花と一緒に供えてやるために戦い続ける事を誓った。それがあいつの人生に意味を与える行為なのだ!」
「……」
ラウルスはロルベーアの狂気に言葉を失ったが、彼は構わず続ける。
「その女はな……忘れていたよ。十四年前のあの日、一番泣いていた筈なのに……。そいつは、平和ボケして奴等との戦いを放棄したのだ……」
そこまで言うと、強烈な殺意を込めて剣先をクオーレに向けた。
「ッ……!」
「戦いを捨てた今、その女に生きる資格はない……!」
ロルベーアが攻撃の構えを取った時、ラウルスは、もう我慢できずに口を開いた。
「理解できない……」
「む……?」
ラウルスの言葉でロルベーアは動きを止める。
「貴方はこれから全ての魔族を殺しますか……? それとも、先生を殺そうとしているという事は、終戦を受け入れた人達をも殺しますか……? 貴方や先生、そして亡くなった貴方の仲間が齎した平和な時代を、貴方自身が壊すのですか……?」
「何……?」
ロルベーアの表情が明らかに変わったが、ラウルスは思っている事を全て吐き出す事にした。
「貴方は、その人が望んでいる事をしていると、本気で思っているのですか?」
ラウルスは鋭い視線をロルベーアに向けて言った。
「……」
「貴方は……」
ラウルスがもう一言言おうとした時、ロルベーアは何かを思い出したような表情で口を開いた。
「確か九年前も似たような言葉を聞いたな。俺と敵対した女が、俺に背を貫かれる前に言っていた……。そう言えばそれを言っていた女も、お前と同じような、白い髪の女だったな……」
「え……」
ロルベーアの発言にラウルスは硬直した。
「何故か今のお前のように毅然とした態度で俺に聞いてきた……。発言の内容はどうだってよかったが、重罪を犯しておいてそんな態度でいられた横柄さは癪に障ったぞ……」
「重罪……?」
(ラウルス……?)
ロルベーアに問うラウルスが握る手が少し震えている事にクオーレは気付いた。
「人間であるにも関わらず、魔族の子を孕んだ事だ……」
「ッ……⁉」
(まさか……)
クオーレとラウルスの顔に驚愕の表情が張り付いた。
「その顔は……そうか、お前はあの時の……」
ロルベーアの言葉にラウルスは息を呑んだ。
目の前にいたのは、五歳の時に彼女の人生を変えた男だった。
3
雪のように白い肌と頭髪を持つ少女は、同じく雪のように白い髪の女性と向き合っていた。女性の方は、息が上がっていて、身体が傷だらけだった。
「お母さん……」
少女が涙声で言うと、女性はゆっくりと口を開いた。
「真っ直ぐと……走りなさい……。村まで、決して振り返ってはいけないよ……」
「そんな……」
少女は大粒の涙を流して〝母〟と呼んだ女性を見つめた。
「ごめんね……」
力の入らない腕で思いきり少女を抱き締めると、女性は膨大な魔力で自身の周囲を包み込んだ。
「歩け……啓蒙の使者、是、我が至宝を護る尖兵なり、闇を欺き擦り抜けよ、受け継ぐ誇りのメモリアル、全てを貴方へ捧げるのならば、貫徹の魂は形見となる……光術〝星道〟終の詩・ライトシリウス」
直後、少女を光のマントが包み込み、静かに彼女の身体へ溶け込んでいった。それと同時に女性の周囲を包んでいた魔力は一切なくなっていた。
「……?」
何が起こったのか分からずに困惑する少女を、女性は静かに見つめる。
(私が死んでも、この魔法はこの子を守ってくれる……。それに、いつかこの子の才能を引き出してくれるかも……。この子は私の誇りであり、宝物だ)
少女の瞳の中で輝く〝快晴の空のような〟青いハートを見つめながら、女性は彼女が立派な成長を遂げた未来を確信しているかのように微笑んだ。
「さぁ……行って……。きっと、皆の幸せを守れる人間になりなさい……」
女性は少女の額にキスをすると、彼女に走るよう促した。
「っ……!」
少女は躊躇いを見せたが、〝母〟の笑顔を記憶に焼き付けて、やがて走り出した。
(貴方……ごめんなさい。この結末を貴方はきっと、納得しないでしょう……)
少しずつ小さくなっていく〝娘〟の背中を見送りながら、女性は自身の背に刺さる殺意を感じ取った。
(でも、最後に貴方が望んだとおりに生きたつもりです……。あの子と生きた時間は、私はとても〝幸せ〟だった)
「ラウルス……」
最後にそう呟いて、彼女は目を閉じ、自身を貫く刃を待った。
「……」
目の前を走る最愛の存在の足を止めないように、彼女は最後まで微笑んでいた。
「あの時の女が連れていた……」
ロルベーアが少し驚いたような表情でそう言うと、ラウルスも呟いた。
「よく覚えていなかった……。あの時は仮面に隠れていたし、私も必死だったから……」
「……!」
ラウルスの拳が震えている事にクオーレが気付いたのと同時に、ラウルスは真実に辿り着いた。
「そうか……貴方が、お母さんを……」
(駄目……ラウルス)
地面に這い蹲っているクオーレには、ラウルスの顔が見えなかったが、彼女の纏う雰囲気が変わっていくのは理解できた。
(それは駄目……怒りに任せて魔法を使っては……)
「……」
黙り込むラウルスには気にせずに、ロルベーアは続ける。
「あの時は……女を殺した直後に、魔王の仇討ちだったのかは知らんが、犬の耳を持った魔王軍幹部の弓使いとやり合う事になって逃がしてしまった……。しかしまさか、罪人の方から会いに来るとはな……」
ロルベーアは不敵に口角を吊り上げながら剣を構えると、強烈な殺意を練り上げた。
「……」
ラウルスは依然黙っていたが、少しずつ彼女の周囲を魔力が包んでいた。
「直ぐに地獄で会わせてやろう……。罪人の娘は、この場で殺す」
(下種……。ここまで堕ちたのね……‼)
クオーレがロルベーアを睨み付けると、ロルベーアは攻撃の構えを取った。
「お前もだ、クオーレ……。その娘を擁護するのならば、そいつ諸共始末して……」
狂気の笑みを浮かべながら、ロルベーアがそこまで言った時だった。
「光術〝光道〟一の詩・ポースオペラ」
一瞬のスピードでラウルスが魔法を発射した。
「何……ッ⁉」
予想外の攻撃にロルベーアは大きく体勢を崩した。
(いつ構え……いつ詠んだ……ッ⁉)
ロルベーアは驚愕の表情を浮かべ狼狽していたが、一番驚いていたのはクオーレの方だった。
(〝ポースオペラ〟だけじゃない……。今、〝ダッシュヴィエーチル〟で詠唱速度を上げて、〝ユートピアミラージュ〟で手元を隠していた……。ロルベーアに気付かれる事なく三つの魔法を、一切の無駄を出さずに……)
クオーレは、ラウルスがありえない程の速度で魔法を使った事を理解した。
(ラウルスの能力が大幅に強化されている……。この子の成長だけじゃない……。何か別の……)
「……‼」
(まさか……)
光に照らされてようやく見えたラウルスの表情を見て、クオーレは確信した。ラウルスの表情には、覚悟が現れていた。
(これは〝ライトシリウス〟……。自分の全ての魔力を代償に、対象とした者がその強い力を持つに値する程の存在となった時に発動する〝誰かのために使う〟強化魔法……。怒りや憎しみでは絶対に発動しないこの究極魔法が、今になって……)
「お母さん……」
(ラウルス……。貴方は彼をも赦すと……、それでも尚、お母様の矜持を守る事を選ぶのね……)
桁違いの魔力を纏う弟子の背を見て、クオーレは思わず笑う。
(夢を……貴方は……)
クオーレが見たのは、子猫のように付いて来ていた少女の姿ではなく、望むあり方に辿り着いた魔女の背だった。
「こいつ……ッ」
体勢を整え、ロルベーアは構える。其処には既に、本能から来る危機感のような物が現れていた。
「……確かに、怒っていないと言えば、嘘になります。でも、私は迷わない……。大切な人を喪った悲しみは、次にできた大切な人を守る糧になる。そして……、その糧で得た力は、誰かのための意思になる。その意思もまた……去っていった人達の代弁になる」
「何を……」
ロルベーアが上げた声を、ラウルスは静かに遮った。
「死んでいった人達が望んでいるのは、生きている人達の幸福だと……、私は思います。だから今はあくまで貴方を無力化する事で、これから貴方に壊される〝幸せ〟を守る事にします」
ラウルスは悪意のない、それでいて真っ直ぐな覚悟を灯した鋭い視線をロルベーアに向けた。
「〝敵対する事〟が〝貴方の戦い〟ならば、〝悪意に打ち克つ事〟を、〝私の戦い〟にします……。貴方の悪意をここで打ち負かし、誰かのために魔法を使える魔女になってみせる」
ステッキを構えて、ラウルスは微笑んだ。
「それが……、きっと旦那様が望んだ事ですよね……先生?」
「っ……!」
(ラウルス……)
「ぁ……りがと……ぅ……」
クオーレの目を見て、ラウルスは覚悟を決めて身構える。
「クソガキ……ッ‼」
黒い圧力を発して憤る黒騎士が、怒りに任せて吐き捨てた。
「私は、ラウルス。世界一の魔法使い〝硝子の魔女・クオーレ〟の意思を継ぐ者……。〝セルリアンハーツ〟の瞳に誓い、平和を壊す悪意を止める……ッ‼」
誇りを見失い憎悪に駆られた〝英雄〟に、少女は大声で啖呵を切った。
4
最大級の魔力とドス黒い殺意が激突する。
「暗黒……」
「光術〝光道〟一の詩・ポースオペラ」
ロルベーアの闇とラウルスの光がぶつかって、爆発を起こし相殺される。
「死ね……ッ!」
「……!」
煙幕を利用してロルベーアはラウルスとの距離を一気に詰めた。
「閃け……刹那の激流、是、魔影を切り裂く刀身なり、アナヒットの帰還を迎え、その戦争を終息へ、精神の流れに委ねるならば、守護の鱗は斬撃となる……水術〝水道〟二の詩・エイドスサーベル」
高圧水流の刃でステッキを覆うと、ラウルスは振り下ろされた剣を受け止めた。
「ッ……」
(なんて力……ッ)
「光れ……霊魂の灯火、是、悲劇を崩す爆破なり、憂鬱の夜を駆け抜けよ、俊足の回転は好機のチャリオット、生きる逃避を探るならば、反撃の額は火花となる……火術〝火道〟二の詩・ニトロルージュ」
「ぐ……⁉」
早口で詠唱を完了し、ラウルスは足元に起こした爆発でロルベーアの体勢を崩すと同時に、爆風を利用して後退した。
「っ……!」
ロルベーアの視線が一瞬、自身から外れた瞬間をラウルスは見逃さない。
「火術〝火道〟二の詩・ニトロルージュ」
同じ魔法で着地点を爆発させ、ラウルスは再びロルベーアに急接近する。そして、その数秒の間に別の詠唱も完了させた。
「築け……意地の堤防、是、覚悟で纏う外殻なり、コランダムの輝きを以て、定めた情熱で鎧を磨く、破壊の意思に抗うならば、不屈の骨は盾となる……土術〝岩道〟二の詩・ジュエルコート」
自身の靴底を石の塊で硬化して、勢いを乗せた蹴りをロルベーアに叩き込む。
「ぬぅ……ッ!」
ロルベーアが左手でそれを受け止めると、衝撃と共に籠手が砕け散った。
(中々やる……だが……)
「調子に乗るなクソガキがァ……‼」
ロルベーアが閃光のような横薙ぎを放つ。
「ッ……!」
ラウルスは咄嗟に硬化した靴底で攻撃を防いだが、超人的な腕力から生まれた衝撃を防ぎきれずに吹き飛ばされた。
「っ……」
ラウルスは着地するが、少しだけ足に痺れが残っていた。
(さっき受け止めた時よりも強かった……)
〝暗黒騎士の加護〟の性質を理解し、ラウルスは軽く身体を震わせた。
「次はこちらの番だ……」
ロルベーアは力を練り、再び横薙ぎの構えを取った。
「漆黒……」
ロルベーアが横薙ぎを放つと、その軌跡から半月型に巨大化した闇の衝撃波がラウルスを襲った。
「ッ……‼」
(この威力……、もう〝ポースオペラ〟では防げない……ッ‼)
「光術〝星道〟二の詩・ルスリゲル」
七本の光の槍を扇のように飛ばして衝撃波を相殺した。
「……!」
ラウルスは、煙幕が晴れた時にロルベーアが再び接近してくる事を警戒したが、ロルベーアの行動は真逆だった。
「漆黒……」
その場所から移動する事なく、彼は同じ行動を繰り返した。
「ッ…⁉」
(さっきよりも強力に……⁉)
「光術〝星道〟二の詩・ルスリゲル」
ラウルスは少し出力を上げて放ったが、それでようやく相殺できた。
(ダメージを受ける程能力が上がる……。もしかして〝それだけ〟ではない……?)
「……⁉」
三度、同じ構えを取るロルベーアの顔を見た瞬間、ラウルスは確信した。
「まさか……」
「漆黒……」
三度目の衝撃波は、今までの威力を軽く凌駕している事が見て分かった。
(間違いない……。彼は能力を使う度に……ッ‼)
ロルベーアは口から血を流していた。間違いなくそれは〝殺さないように〟戦っていたラウルスの攻撃による流血ではなかった。
「く……ッ‼」
〝死に近付く程、攻撃の威力が上がる性質〟と〝使う程、命を傷付ける攻撃〟の二つで一組の能力……それこそが彼の持つ〝暗黒騎士の加護〟であり、真の恐ろしさだった。
「ッ……‼」
「く……」
(まずい……ッ‼ 延長線上に先生がいる……ッ‼)
ラウルスは覚悟を決めてクオーレの前に立つ。
(この魔法は負担が大きいけど、やるしかない……ッ‼)
「ラウ……ルス……」
「先生は……私が守る……‼」
ラウルスは最大規模まで魔力を爆発させ、魔法を唱える。
「眠れ……怒気の武装、是、苦悶を拭う聖歌なり、望みの糸で明日を紡ぎ、流した泪へ贈るダイヤ、不屈の信念を汲むならば、献身の手は陣となる……光術〝星道〟五の詩・エードラムカノープス」
ラウルスとクオーレの周囲を、大きな魔力を宿した無数の光球が衛星のように回り、その軌跡がやがて層となってドーム型の領域を作り出した。
直後、ドームに衝撃波がぶつかったが、ドームの力が打ち克ち、二人を守った。
「面白い……」
ロルベーアはその光景を見ると、〝生存を計算から外す〟覚悟を決めて、今までで最も濃密な殺気を纏う。
「ならば、こちらも英雄の矜持を見せてやろう……ッ‼」
叫ぶと同時に、ロルベーアは大量の血を吐きながら、ひたすら剣を振り回した。
「常闇‼」
徐々に威力を増していく無数の闇の衝撃波がドームを襲う。
「っ……‼」
(絶対に倒れない……。私の覚悟を見せてやる……ッ‼)
死の圧力を孕んだ無数の衝撃を前にしても尚、ラウルスは闘志を燃やし続ける。
(……私も、どうにか……動かなければ……ッ!)
「……ゥルス……ッ」
その姿を見ながら、クオーレは限界を超えて震える身体に力を込め続けていた。
「ぐふ……ッ‼」
殺意と覚悟の攻防が暫く続いた後、ロルベーアは血を吐いた。
「思ったよりも粘ったな……」
「はぁ……はぁ……」
彼の目の前には、足を震わせながら息を上げる少女がいた。
「……」
ロルベーアは少しだけ朧げになった目で、彼女の背後の景色を見た。其処には血塗れの身体を震わせながら、やっと立ち上がったクオーレがいた。
(まさか……、本当にクオーレを守り抜くとは……)
「……見事だな」
ロルベーアは静かにそう呟くと、ゆっくりとラウルスに向かって歩き出す。
「……ッ‼ ……はぁ……はぁ……ッ‼」
それを見てラウルスは、震える手でステッキを構えて魔力で自身を包み込んだ。
「もういい……。ここまで俺を追い詰めた事は称賛に値するが、魔力が底を尽きつつある貴様に勝機はない」
ロルベーアの言う通りで、ラウルスは魔力の殆どを消費していた。全力で放った魔法で防いでも、ロルベーアの文字通り〝命を賭した〟猛攻は彼女に甚大な負担を与えていた。
「く……うぅ……」
少しずつ近付いて来る暗黒騎士を見据えながら、ラウルスは静かに思考を巡らせる。
(物凄い執念……。全力で戦っていたつもりだけど……、やはり〝限界を超えた〟相手には〝その程度〟では届かない……)
「っ……」
頭の中で結論を出すと、次にラウルスが選ぶ行動は一つしかなかった。
(ならば、私も限界を超えないと……。もうここまで来れば、私の中に残る全ての魔力を使い切る覚悟で……ッ)
「ッ……⁉」
ラウルスが覚悟を決めて深呼吸をしたのと同時に、ロルベーアの表情が変わった。
(こいつ……。まだやる気か……ッ⁉)
「クソガキ……」
ラウルスの周囲を魔力が包み込み、彼女の表情には揺るぎない程の闘志が宿っていた。
「水術〝霞道〟二の詩・デイドリーム」
直後、ラウルスの姿が四人に増える。そして、一人ずつが別々の魔法を唱え出した。
「肥えろ……豊穣の大地、是、既知の成長を促す土壌なり、痩せ行く冬を飛び越えて、切望の春に染まるエデン、香る緑に興ずるならば、眠る瞼は庭園となる……土術〝土道〟二の詩・ハーリーブランチ」
「何……⁉」
一人が魔法を唱えると、ロルベーアの足元の植物が急成長して蔓となり、彼の下半身を拘束した。
「留まれ……清流の記憶、是、確かな非力の抵抗なり、汲み上げた両手の雫に笑い、振り撒いた童心のスプラッシュ、弾けた輝石に見入るならば、繁吹きの眉は群れとなる……水術〝水道〟三の詩・クリアファントム」
「照らせ……晴天の残像、是、暗夜を晴らす朝日なり、導きの熱を呼び起こし、浮かぶ緋色のプロミネンス、敵意に抗い、前を向くならば、情熱の口は恒星となる……風術〝天道〟三の詩・ミニチュアサンライト」
一人が魔法を唱えると、もう一人も立て続けに魔法を唱えた。
「ッ……‼」
ロルベーアの周囲に水でできた無数の球が浮かんだのも束の間、太陽光の槍がそれら全てを貫いて蒸発させた。
(こいつ……まさか……)
ラウルスの考えを悟り、ロルベーアの表情に明らかな焦りの色が張り付いた時、
「火術〝火道〟二の詩・ニトロルージュ」
ラウルスの詠唱は完了した。
「貴様……ッ‼」
太陽光に熱されて水蒸気となった魔法に火が付き、巨大な爆発現象がロルベーアを包み込んだ。
「はぁ……はぁ……」
自身の分身の消滅を確認しながら、ラウルスはロルベーアの周囲を舞う土埃が晴れるのを待った。
「……!」
「ハァ……ハァ……」
視界が良好にになった瞬間、恐ろしい形相でこちらを睨み付けるロルベーアと目が合った。ラウルスの〝限界を超えた〟攻撃は流石に威力が桁違いだったのか、尚も〝殺さないように〟意識していた攻撃でも相当なダメージだったようだ。
「漆黒……ッ‼」
歯を食い縛りながら、ロルベーアは徐に横薙ぎの構えを取った。
しかし、彼の動きよりも先にラウルスは動いていた。
(今撃たせる訳にはいかない……ッ‼)
「光術〝光道〟一の詩・ポースオペラ」
「ッ……⁉」
ロルベーアが剣を振る前にラウルスの一番の得意魔法が彼の持つ剣を弾き飛ばした。
(一回だけでも〝あの魔法〟を使えるだけの魔力さえ残れば……、後はもう全部使ってでも彼に攻撃はさせない……ッ‼)
再び勝負を賭ける覚悟を決めると、ギリギリまで摩耗した残存魔力を無理矢理燃やしてラウルスは早口で魔法を唱えた。
「風術〝風道〟三の詩・ダッシュヴィエーチル」
瞬発力を上げて走り出す。ロルベーアとの距離を急速に縮めながら、ラウルスはひたすら魔法を唱え続けた。
「土術〝土道〟二の詩・ハーリーブランチ」
「風術〝風道〟二の詩・ターンアネモス」
「ぐ……貴様……ッ‼」
走りながら、確実にロルベーアの行動を縛る。
「っ……!」
そして、一気に彼との距離を詰めた。
(これで終わらせる……ッ‼)
「弾め……ッ‼」
ラウルスが彼の意識を刈り取る為の魔法を唱え始めた時だった。
「馬鹿が……ッ‼」
ロルベーアは確かに口角を吊り上げた。
「ッ……⁉」
その今の状況に不相応な反応にラウルスの動きが硬直した一瞬……
(しまっ……)
その一瞬を見逃さずにロルベーアが握っていた拳を開く。
「暗闇‼」
直後ラウルスを大きな衝撃が襲った。
5
「きゃああああああッ⁉」
悲鳴と共にラウルスの身体が宙を舞った。
「ん……?」
魔力を纏いながら地面に叩きつけられたラウルスを見てロルベーアは少しだけ声を上げた。
「土術か何かか……? 咄嗟に魔法で防いだのか……。つくづく驚かせてくれる……」
ダメージに耐えられずにボロボロになった鎧の上半身を拳で叩いて破壊しながら、ロルベーアは言った。
「く……うぅ……」
「だがどうやら……、もう抵抗できないようだな……」
うつ伏せに倒れて顔を顰めるラウルスを見ながら剣を拾い上げると、ロルベーアは再び彼女のもとへゆっくりと歩き出した。
「うぅ……」
少しずつ彼我の距離が縮んでいるが、ラウルスは身体を動かす事が出来なかった。
「さて、もう終わりにしよう……」
「ッ……!」
そして、ラウルスがやっと顔を上げた時、ロルベーアが目の前にいた。
「随分と……死に近付いたが、おかげで貴様を始末するだけの力は十分溜まったぞ」
口元から血を流しながら、ロルベーアは手に持つ剣に殺意を込めた。
「さぁ死ね……」
「っ……‼」
刀身に闇の力が集まり、明らかな〝死〟を纏った一撃がラウルスに向けられていた。
「ぅ……」
「屍……」
殺意の刺突がラウルスの命を貫かんと放たれる。
「っ……!」
ラウルスは目を閉じ、唇を噛んだ。
「……」
ラウルスの成長を見た時、自分の役目が終わったと思った……
「……」
苦手だった土術だけではなく、からきしだった火術までも使い熟した姿は、弟子になってすぐの頃からでは想像もつかない程の成長が見て取れた。
「……」
そして〝ライトシリウス〟に認められ、ロルベーアをも追い詰める程の力を身に付けたのを見た時は、誇らずにはいられなかった。
(この子はきっと……いいえ、もうこの子は立派な魔女になった)
「……」
だから、最後に自分がやらなければいけない事があるのだと、勝手に身体が判断していた。
「……」
それに気付いた時には既に、残り僅かだった魔力が燃え上がっていた。
「紡げ……」
そして、自然と口が動いていた。
「お前……ッ!」
「……?」
何処か驚いたようなロルベーアの声に、ラウルスは目を開けた。
(何が……?)
そんな疑問を抱いて見上げた光景に、
「え……」
ラウルスは凍り付いた。
「水術……〝霞道〟い……一の詩・ユートピア……ミラージュ……」
ラウルスとロルベーアの間に、いつの間にかクオーレが立っていた。
「ぅ……がぁ……ッ」
しかし、異常なのはクオーレの胸から血に塗れた剣が飛び出していて、彼女が今にも死にそうな顔で血を吐いている事だった。
「先生……?」
「ラウルス……貴方の想いを踏み躙ってしまうようで悪いけれど……、もう、彼は手遅れね……。生きている限り……災厄しかない……。貴方は悪くないし、気にしなくていい……。ただ、彼は命ある限り、貴方の未来を滞らせる……」
静かに、クオーレが話し始める。
「……何があっても貴方の未来だけは……。大丈夫……、貴方に人は殺させない……。汚れた部分は、私が背負ってあげるから……」
明らかに致命傷を負っているが、クオーレは何事もなかったかのように微笑んでいる。
「クオーレ……貴様……」
(剣が抜けん……)
クオーレは自身の胸から飛び出した刃を左手で強く握り締めていた。
「先生……ッ! 何で……ッ⁉」
(完全に致命傷だわ……、このままだと、先生が死ぬ……ッ!)
「これでいい……これ以上……私の大切な人は奪わせないわ……。もう、〝置いて行かないで〟って……言ったものね……」
「先生……何を……」
ラウルスは未だに混乱していたが、クオーレは構わずに魔力で全身を包み込んだ。
「ッ……⁉」
ロルベーアは剣を手放し、その場を離れようとしたが、既にクオーレは〝ハーリーブランチ〟でロルベーアをその場に縛り付けていた。
「この……、貴様……ッ‼」
「貴方はやり過ぎたわ……。もう、剣を手放すのが皆の為……。安心なさいな……。ヴェールじゃなくて貴方と一緒なのは少し不愉快だけれど、私も一緒に逝ってあげるわ……」
そう言って微笑むクオーレの左手のステンドグラスが常時輝いていた。
「先生……そんな……」
「……」
涙に濡れる眼で見つめてくる愛弟子にクオーレは満面の笑顔を向けた。
「貴方が覚悟を決めたんだもの……。私だって戦わないと……。私は、〝世界一の魔法使い〟だものね……。私も、恐怖に怯えるのはやめる事にするわ……」
「あ……」
ラウルスの頬を撫でて、クオーレは魔法を唱えた。
「染まれ……破滅の虚像、是、悲劇に殉じた宿命なり、我で染め上げ侵略せよ、その運命は強制のシンメトリー、縋る悲願を捨て去るならば、軋轢の身体は同体となる……虹術〝鏡道〟終の詩・エリダシュピーゲル」
クオーレが詠唱を終えた瞬間、ラウルスには、一瞬だけ彼女の身体が透明になった気がした。
(何をしたの……?)
ラウルスがそう思った瞬間、瞬く間に変化が現れた。
「ぐ……うおぉ……ッ⁉」
ロルベーアが困惑と苦悶の声を上げて震えた。
「っ……‼」
突然ロルベーアの脇腹が抉れた。
続けて、体中に無数の打痕が現れ、腹部かから大量に血が流れ出した。
そして、左手に大きな穴が開いた。
「これは……まさか……」
ラウルスが目を見開くと同時、最後にロルベーアの胸に、まるで〝剣で貫かれた〟かのような穴が開いた。
「ぐ……ガハァ……ッ⁉」
まるで透写したかのように、クオーレと全く同じ傷を負ってロルベーアは膝を突いた。
「勉強になったでしょう……?」
「こんな筈じゃなかった」とでもいうような表情で血を吐くロルベーアに向かってほくそ笑むと、クオーレも糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。
「先生‼」
慌てて彼女の身体を受け止めると、ラウルスは息を呑んだ。
(魔力がもう殆ど……)
クオーレは生命維持に使う為の魔力をも使って魔法を唱えていたようで、既に命は風前の灯火だった。
「先生……どうしてこんな事を……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらラウルスが叫ぶと、クオーレは静かに微笑んだ。
「……先生……、だもの……」
「そんな事……ッ‼」
ラウルスが唇を噛んで、クオーレの手を握った時、
「ッ……⁉」
依然強烈な圧力を放つドス黒い殺意を感じ取った。
「貴方は……本当に……ッ‼」
ロルベーアがふらふらと立ち上がり、ラウルス達を睨み付けていた。
「もういい……。俺は助からないが、お前達もだァ……ッ‼」
「うぅ……」
大量に血を流しながらゆっくりと歩いて来るその姿に、ラウルスは戦慄した。その姿は最早〝英雄〟のそれではなく、ただただ異常なバケモノだった。
「死なば諸共、俺の全ての力を以て、お前達を殺してやる……、殺してやるぞ……罪人共ォォオオッ‼」
憎悪に満ちた慟哭を吐き散らかしながら、ロルベーアは力を込めた。
「暗黒星雲……ッ‼」
直後、ロルベーアを中心に膨大な闇の力の爆発が起こった。
「ッ……‼」
ラウルスはクオーレの身体を抱いて目を閉じた。
6
「水術……特に〝霞道〟が得意なのか……。普段は専ら虹術を使っているから、あまりピンとは来ないけど……」
モノクルを着けた青年が言うと、トパーズのような瞳の女性は静かに笑った。
「ええ、どんなに凄い技術を持っていたとしても結局は基礎に助けられるというものですから……。そういった意味では、これは私が一番愛用している魔法という事になるでしょうか……」
「そうなのか」
モノクルを着けた青年が言うと、女性は少しわざとらしい笑顔で言った。
「シルフィーさんは〝精霊さん達〟の力を使わなければヒョロヒョロの運動音痴なんですから、使ってみたら意外と助けられるのではないですか?」
「本当に、君は可愛くないな……」
青年は苦笑いを浮かべて言った。
「しかし、まぁ……」
くすくすと笑いながらその場を離れる女性を見ながら、青年は静かに呟いた。
「覚えておこう……」
「静寂……」
爆発に包まれる直前に、ラウルスはそんな言葉を聞いた気がした。
「え……?」
そして、煙幕が晴れた瞬間に驚愕の声を上げた。
(な……何ともない……⁉)
ロルベーアの最期の自爆攻撃を前に死を覚悟した筈だったが、ラウルスも彼女が抱く師もその攻撃を一切受けていなかった。
「どうなって……」
ラウルスが困惑していると、彼女のすぐ近くからロルベーアの声がした。
「ぐ……おぉ……」
「……‼」
生きてはいたが、その身体は石炭のように黒ずんでひび割れていた。声も邪悪な圧力は微かに感じられたが随分と弱々しい。何故生きているのかが不思議なくらいだった。
(だから……自爆攻撃自体は本当に使われている……。なのにどうして……)
何が起こったのかが分からず、ラウルスは混乱したが、ロルベーアの発言が答えを明確にした。
「シルフィー……貴様……ッ‼」
「っ……⁉」
彼の視線の先には、以前王都で会った男がワンドを手に魔力を纏って立っていた。
「クオーレの言う通り……〝霞道〟が役に立った。最後まで君に気付かれずにここまで来る事が出来たからな……」
シルフィーはラウルスが抱く女性を見ながらロルベーアに言った。
「ッ……! まさか、貴様〝静寂〟を……」
ロルベーアが言うと、シルフィーは軽く頷いて話し出す。
「その通り。全ての属性による事象を無効化した。君の闇の力を帯びた爆発は不発に終わり、そこの二人を巻き込んだ自爆攻撃は只の無意味な自殺行為となった」
「ぐ……」
直後ロルベーアは力なく崩れ落ちた。
「しかし、何故だ……あれ程の負傷で、貴様は何故動ける……ッ⁉」
「フン……」
ロルベーアの問いにシルフィーは鼻を鳴らすと、ラウルスの方を見た。
「言っただろう? 〝霞道〟が役に立ったとな……。そこにいるクオーレの弟子が〝君に会う前に〟使った〝霞道〟が、僕の命を繋ぎ、お前を追い詰めた」
「……?」
シルフィーの発言にラウルスは首を傾げたが、シルフィーの後ろに立つ存在で、疑問が解けた。
「あ……!」
「私がシルフィーを治したのよ」
そう言って、彼の後ろから現れたのはリジェだった。
(……届いたんだ!)
ラウルスは彼女の姿に全てを理解した。
「何故……君がここにいる……⁉」
仰向けで倒れるシルフィーの目の前には、息を切らしたリジェがいた。
「ラウルスちゃん……と言っても分からないか……。クオーレの弟子に呼ばれたのよ」
「ど……どういう事だ……⁉」
シルフィーは困惑の声を上げるが、リジェも同じだった。
「こっちが聞きたいわよ。何で貴方がここにいるのよ……⁉ 私はラウルスちゃんの〝デイドリーム〟にクオーレの身が危ないから助けに来て欲しいと頼まれただけよ……!」
「……⁉」
「何だと……」
「シルフィーから事情は聞いた。貴方の暴走とクオーレ達の危機をね……。ラウルスちゃんは貴方の事を知らなかったみたいだけど、単純に〝クオーレが何かに巻き込まれているかもしれない〟という危機感で私宛に〝デイドリーム〟を飛ばしたのよね……。貴方がシルフィーを殺さないで放っておいた、ラウルスちゃんがクオーレを救おうと〝霞道〟を使った、そんな多くの要素が、結果的に貴方を追い詰めた……」
「リジェさん……」
「ぐぉお……」
ロルベーアが唸り声を上げた時、シルフィーは彼の目の前まで歩み寄った。
「諦めてゆっくりと眠るんだな……。時代を履き違えた馬鹿者が……、そんな奴が未だにしがみ付いていたらヴェールも迷惑だ」
「ふざけ……ッ」
シルフィーの挑発染みた言葉にロルベーアが憤慨した瞬間、いきなり彼の最期の時が訪れた。
「ーッ……」
既に限界を迎えていた〝身体の形をした石炭〟が、急な動きに耐えきれずにボロボロと崩れた。地を踏み締めようと力を入れた足は砕け散り、目の前の敵を掴もうと伸ばした腕は捥げた。それを皮切りに大量の亀裂が一瞬で全身を蝕み、ロルベーアの命は粉微塵となって消滅した。
「醜いわね……」
リジェは静かに言うと、直ぐに視線をラウルスの方へ向けた。
「さぁ、ラウルスちゃん……クオーレは、どうかしら……」
「……!」
目の前で起こった急な決着に呆気に取られていたラウルスの意識が、一気に正常になった。
「リジェさん……ッ! 先生が……!」
7
クオーレの姿を見て、リジェは顔を顰めて俯いた。
「心臓が貫かれている……。駄目だわ……ここまでの負傷は私でも治せない。魔力が尽きたら、クオーレは死ぬ……」
「ッ……!」
リジェの言葉にラウルスは言葉を失った。
「……」
シルフィーも目を閉じて拳を握っていた。
一秒一秒が永遠に感じるような、まるで氷河のような時間の中で、三人は佇んでいた。
「先生……」
そして、力のない声でラウルスがやっとそれだけを口にした時、
「……ラウルス」
「っ……‼」
クオーレは微かに目を開け、彼女の名を呼んだ。
「先生……!」
思わず涙目で叫ぶラウルスにクオーレは笑顔を向けた。
「泣かないで……。最後はよく見えなかったけれど、感じるわ……ロルベーアの悪意に克った。貴方は……間違いなく〝誰かの幸せを守る為に〟魔法を……使った……」
口から血を流しながら、クオーレは微笑んでいた。
「免許皆伝ね……私がいなくても、貴方はもう……立派な……」
「嫌です……ッ‼」
ラウルスが叫ぶがクオーレは気にしない。
「これも何かの因果かしら……ヴェールと同じ場所……それに、私は愛する人の……腕の中……、ヴェールも……こんな気持ちだったのなら……嬉しい……な……」
「そんな……満足そうな顔しないでください……!」
ラウルスが叫ぶと、クオーレは左手で彼女の頬を撫でて言った。
「少しだけ……魔力が、残っている……。ラウルス……最後にいいかしら……?」
「最後……なんて……」
泣きじゃくるラウルスの唇を指で押さえると、クオーレは言った。
「もしも、その魔力の量で使えるのならば……最後に……見せて……貴方の〝虹術〟を……」
「……!」
ラウルスが目を見開くと、クオーレは静かに笑った。
「最終試験……」
「……」
言いたい事が沢山あったが、その笑顔を見て、ラウルスの選択肢は決められた。
「はい……」
「いい子ね……」
ラウルスは涙を拭って笑顔を作ると、普段通りの挙動で口を開いた。
「私の作った虹術は、無から花を咲かせる魔法です。〝破壊術〟ではない魔法を作りました。何の役に立つかは分からないけれど、私は、魔法で皆を幸せにしたいから……」
「本当に、驚かせてくれますね……やっぱり貴方は……素晴らしい」
クオーレもまた、普段彼女と接するように笑うと、彼女の姿をじっと見た。
「いきますね……?」
ラウルスは力の限りクオーレの身体を抱きながら、魔力で周囲を包み込んだ。
「芽吹け……生命の祝福、是、笑みの彩る天恵なり、賛辞に満ちる光を抱いて、楽園の懸け橋に香るローレル、善意に意義を見出すならば、名誉の歌は正義となる……虹術〝命道〟一の詩・テソロヴィアツァ」
ラウルスが詠唱を終えると、クオーレの周囲に色とりどりの花が咲き始めた。
「……!」
暖かな光に包まれながら、周囲が命の色に染まった時、最初に奇跡に気付いたのはシルフィーだった。
「これは……まさか……」
その声を聞いて、リジェもある変化に気付く。
「信じられないわ……。こんな魔法が……」
この瞬間、驚くべき事が起きていたが、ラウルスはまだ気付いていなかった。
「ラウルス……これは……!」
そして、クオーレが上げた驚愕の声で、ようやく、彼女は理解した。
「え……」
自身が抱く存在が、大きく目を見開いていた。生気を失って傷だらけだった顔が、本来の美しさで溢れていた。
「先生……傷が……」
(この魔法に、そんな性能があったなんて……)
彼女達の周囲の景色が、戦いの影響を忘れる程大きな花畑に変貌した時、死にゆく運命に晒された命が戻って来ていた。
「クオーレの傷が、心臓が、完治している……。これは……、人の怪我を治す新たな魔法だわ……‼」
リジェが叫ぶと同時に、クオーレは立ち上がった。
「……ッ‼」
「先生……」
何の苦痛もなく、何事もなかったかのようにそこに立つ彼女の姿に、ラウルスも立ち上がった。
「ラウルス……貴方は……」
「先生‼」
彼女の反応を待てずに、次の瞬間にはラウルスは彼女に思いきり抱き付いた。
「奇跡だ……ッ‼ 今、魔法の歴史が変わったぞ‼」
シルフィーが声を上げたと同時に、クオーレもラウルスを思いきり抱き締めた。
「貴方は……私の誇りです」
「先生……先生……‼」
つい先程まで殺意と血の匂いに穢れていた地が、今、歓喜と笑みで潤っていた。その奇跡のような時間を、静かに咲う花々の香が祝福していた。
魔法大会が翌日に迫った今夜、ラウルスは全ての修行を終了させた。
8
「むぐっ……⁉」
少しの窮屈さと息苦しさで目を覚ます。ラウルスがいたのはクオーレの腕の中だった。
「……」
彼女の胸に顔を埋めて、ラウルスは彼女の体に抱き付いた。
「今日は……、抜け出さないの……?」
「……!」
自身の目線より少しだけ上の位置から声を掛けられる。
「あと、五分だけ……いいですか?」
「だめよ……。今日は、大事な日なんでしょう?」
そう言って、自身を抱く女性に頭を撫でられる。
「はい……」
不思議と目頭が熱くなったが、少しだけ微笑んで、ラウルスはその腕を解いた。
準備を終えて箒を出すと、白い頭髪を静かに風が撫でた。
「……」
ラウルスはフードを被って深呼吸する。
「緊張している……?」
「先生……」
声のした方を振り返ると、クオーレが静かに微笑んでいた。
「いいえ、楽しみです。どんな結果で終わっても、先生の弟子として出場した事を、私は一生誇る筈ですから」
「うん……」
ラウルスの返答に頷くと、クオーレは徐に彼女の胸元に何かを着けた。
「……!」
「卒業おめでとう」
それは、魔法使い最高の〝魔女〟の称号を得た者に贈られるブローチだった。それが渡されるという事は、正真正銘、ラウルスがクオーレのもとから巣立つ瞬間が来たという事だった。
「先生……ッ! ありがとう……ございました……」
「笑って……? そんな顔されると、私にもうつってしまいます……」
少し腫れた目元を左手の影で隠すと、クオーレはいつもの調子に戻ってラウルスの頭を撫でた。
「リジェちゃんとシルフィーさんも呼んで、応援に行きますからね。いつも通り、貴方らしく……頑張って来なさい」
そう言って、クオーレはラウルスを抱き締めた。
「はい」
不意に零れた涙を拭ってそう答えると、ラウルスは彼女に一礼した後、箒に腰を掛けて飛び上がった。
「行って来ます!」
白いローブと美しく光る魔力に身を包んだ少女の弾けるような声が、森の風に乗って木霊した。
第六章 「快晴の心と命の詩」
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