一人で生きることは、死ぬよりも辛い

しぃ

文字の大きさ
7 / 42

7話

しおりを挟む
 その日、久しぶりの発作がきた。

 発作と言っても普段は手足が痺れてきたり、急に頭痛がきたりといった程度だ。
 手足の痺れはよくあることだが、その日は痺れに加え何故か甘い臭いがした。

「お母さん、なんかケーキとか買ってきた?」
 母は不思議そうな顔で私を振り返る。
「ごめん、今日はなにも買ってきてないなぁ」
「え?そうなの?サプライズかと思ったのに。でもなんだろう?なんか甘い臭いがするんだよねー」
 「なんだろうね?ちょっとお母さん売店に行ってくるわね」
 逃げるように病室を出る母の表情が陰るのを私は見逃さなかった。



 別室にて。
「先生、娘がありもしないケーキのような甘い臭いがすると言ってきました」
「断定は出来ませんがそれは、症状の1つではないかと思います。」
 主治医は冷静に言葉を並べていく。
「もしかすると、進行速度が上がった可能性があります。娘さんは不安に思うかも知れませんが、近いうちに精密検査をした方が良いと思います」
「そうですか…よろしく、お願いします」





 次の日

 なんだか妙に明るく振る舞う母に違和感を感じた。
「どしたのお母さん?」
「え!?なにが?」
 分かりやすいなお母さん。
「いや、まぁいいんだけどさー」
 こりゃなんかあったな。私に。やっぱりそうか。痺れる左手をそっとさすった。
「あのさぁお母さん。隠してたけど最近私、手足の痺れがすごいんだけど先生になにか聞いてる?」
 眉をひそめ、母は静かに私に語りかけた。
「あのね、昨日あなたが甘い臭いがするって言ってたでしょ?アレ、病気の進行が早くなったからなのかもしれないの。だからね、検査をした方がいいって先生が…」
 そうだったのか。私も手足の痺れを隠していたことは謝らないとな。
「そっか、じゃあ早く検査受けなきゃだね。あ、私ちょっと売店行ってくる」
 久しぶりにこれはキツいな。

 私は、あと少しで死んでしまう。そんなことはずっと前からわかっている。変えようのない事実を、私はとっくに受け入れた。

 受け入れたつもりだった。

 いざ、その事実がにじり寄ってくると、逃げ出したくなった。
 
 受け入れても、諦めても、やっぱり死ぬのは怖い。私はまだ生きていたい。そう強く望む他なかった。


 逃げるように病室を出た私はいつもの場所にたどり着いた。
 ロビーの一角。小さな本の貸出コーナー。

 手に取る本に挟まれたメモを開く。
 たくさんのキレイな手書きの文字が私の目に飛び込んだ。


 その中の【瀕死】という言葉が胸を打つ。

 彼にも【リミット】があるようだ。

 私と同じだ…

 なんだか少しだけ嬉しかった。彼には悪いが、同じ道を歩いている人がこんなに近くにいたという事実を私は幸せととらえたのだ。まぁ彼のことを私はほとんど知らないんだけどね。


 再び私は彼の言葉を読み返す。何度も何度も。

 優しいか…私はただ、貴方と繋がっていたかっただけで、許すとか受け入れるなんてそんな気持ちはあまりなかった。ただ私は必死だった。
 
 貴方だって、自分の非を認めてちゃんと謝ってくれた。
 私も貴方も案外素直なのかもしれない。もしかしたら、私たちは似ているのかな。

 彼の綴った文字が、意味を帯びて情報となり、私の中に蓄積した。その事実だけで、さっきまでの悲しい気持ちは吹き飛んでいった。
 

 私のことを知りたいという彼の質問に答えようとペンを取る。
 そこで、私はある質問が頭に浮かんだ。

 聞いてみたい…
 けど、すごく怖い。

 私たちはまだ顔も知らなければ互いに余命わずかだということしか知らない。あ、貴方はまだ私の病気のことをしらないんだっけ。


 迷いと不安で揺らぐペンがゆっくりと走り出した。




A.私も、実は瀕死です。もしかすると貴方よりも先に、死んでしまうかもしれません。脳に腫瘍があるんです。でも、明るく生きようと考えてます!

Q.私が死んだら悲しいですか?




 【死】という言葉を書いたとき、手が震えてしまった。


 そして、どうしても聞きたかった。

 私の死をどう思うか。
 そして、悲しいと言って欲しかった。

 だって、私は貴方がこの世界からいなくなることが想像できない。だけど、貴方が瀕死だと知ったとき、私はとても悲しくなった。



 私は、貴方も同じ気持ちでいてほしいと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...